第一話「出発」
第五章の始まりです。
トリア歴三〇一八年十二月十五日。
父マサイアスが子爵に陞爵することが決まり、俺たちは帝都プリムスに向けて出発することになった。今回は祖父ゴーヴァンを除き、ロックハート家の者は十一歳の双子セオとセラ、八歳の妹ソフィアを含めて全員が同行する。
これは弟たちの見聞を広めるためというのが名目上の目的だが、実際にはルナのカモフラージュだ。ルナ一人が同行していると目立つが、セオたちの付き人や学友として同行しているなら不自然さはないと考えたのだ。
ルナを同行させるのは彼女を守るために仕方なく決めた。帝国の宰相フィーロビッシャー公爵から直々に呼び出しを受けなければ、俺はこの村に残るつもりだったのだ。しかし、超大国カエルム帝国の実質的な支配者からの、要請という名の命令を断る選択肢はなかった。
ルナをこの村に残すという方法もないわけではないが、俺たちと一緒の方が様々な状況に対応できると考え、止むなく同行させたのだ。
今回は若いシム・マーロンが護衛の指揮を執り、ダンが補佐をすることになっている。この二人に新たに加わった五名の従士と、若手の自警団員五名が護衛となる。
平均年齢は二十歳を少し超えた程度と非常に若い。これは新たな世代に経験を積ませることが主な理由だ。
護衛に加え、侍女としてアンジーとエレナが同行するから、ロックハート家だけで三十人近くになる。爵位持ちになる貴族の一家が帝都に向かうのだから、それほど多いというわけでもないが、騎士とは名ばかりの田舎領主には不釣り合いな人数に見える。
ロックハート家の他に、勅使であるイグネイシャス・ラドフォード子爵らシーウェル侯爵家の家臣たちも同行する。
シーウェル家も護衛を含めると二十人以上おり、総勢約五十人という大所帯だった。
ウォルトやバイロンはもう少し護衛を増やすべきだと提案してきたが、俺たちザックセクステットに加え、父や兄もいるから戦力的には不安はない。更に義姉ロザリーや弟のセオたちも普通の兵士と同等の腕を持っているし、実戦経験もあるから思った以上に戦える。
逆に村の防衛の戦力を減らすことを危惧したくらいだ。
と言っても、祖父が指揮を執り、ウォルトら主要な従士が全員揃っているし、自警団員も先のアンデッドとの戦闘で多くがレベルアップを果たしており、昨年村の近くを通過した二、三百のオークの群れ程度ならほとんど問題にならないだろう。
もちろん、ヴラド・ヴァロノスに率いられたアンデッド軍団のような大軍に対しては戦力が不足しているが、神々の敵といえども、あれほどの戦力をおいそれとは揃えられないはずだ。
それにルナを村に残さないから、神々の敵が村を狙う可能性は低く、こちらの方が安全だと考えている。
馬車は母たちが乗る箱型のものの他に、三輌の荷馬車が同行する。一輌には衣装などが積み込まれているが、残りの二輌には三年物のスコッチの樽が五個ずつ積みこまれている。
三年物のスコッチは帝都や通った街の鍛冶師ギルドに贈るためのものだ。本当はもう少し持って行きたかったが、春のドワーフフェスティバルからスコッチの消費量が多過ぎて、これが限界だったのだ。
更にザックコレクションを詰めるステンレスタンクが三個積まれている。十年物のスコッチ、八年物のブランデー、五年物のカルヴァトス――蒸留職人カルバートの名を取ったリンゴの蒸留酒。“カルヴァドス”ではない――がそれぞれ入っている。
帝都に着いたらクリスタルガラスのボトルに詰めた物を皇帝に献上するためだ。
しかし、長期熟成酒はそれで全てではない。メインは俺の収納魔法の方に入れてある。
あえて収納魔法に入れているのは、帝都の貴族たちから要求されるのを防ぐためだ。あまり多いといろいろなところから要求されるから、必要以上に持っていないようにみせるが、鍛冶師たちには飲ませてやりたいと思い、収納魔法に隠してあるのだ。
母たちが乗る馬車だが、昨年から少しずつ改造し、乗り心地と安全性を改善している。
まず、板バネを取り付け、激しい振動を抑え、乗り心地を改善した。但し、ショックアブソーバーの開発が終わらず、思ったとおりの乗り心地にはならなかった。
ショックアブソーバーとしてオイルダンパーを作ろうとしたのだが、これが思った以上に難しかったのだ。
これについて原因は分かっている。
適切なオイルがなかったことと工作精度の問題だ。
この世界の油は基本的には食用の物か、研磨で使う研磨油くらいしかない。ラスモア村では豚や牛の脂肪を濾過した物が主であるため劣化が激しく、代替する物を探したが望んだものは見つからなかった。一応、魔法を使って改質しているが、満足いく性能の油は作れていない。
更にピストン部の隙間がうまく作れず、結局完成しなかった。
一応、注射器のようなエアダンパーを作ってみたが、音が大きい割には効果がなかったため、取り付けられていない。
サスペンションだけでなく、車輪の改造も行っている。
この世界では木製の車輪が使われていることがほとんどだが、それを鋼鉄製に取替え、軸受にはベアリングを使っている。
更に魔物の革を改良したタイヤをはめ込んだ。このタイヤだが、ウェルバーンの鍛冶師たちと作った祖父の鎧の内張りと同じ、木属性魔法で強化した魔物の革を使っている。鎧と同じく表面を強化するとともに、内部のゲル部分を多めにすることで、衝撃をより吸収できるようにしている。さすがに竜の皮を使うのはもったいないので、五級相当の魔物である灰色熊の皮を使っている。
耐久性について充分な実証はできていないが、何もしなくても数百キロは充分に使えるはずだ。もちろん、魔法でメンテナンスができるから、それ以上の距離でも問題はない。
ただ、鉄製の車輪は目立つため、ダミーとして外側に木製の車輪を嵌めてある。
なお、荷馬車にはこのタイヤが採用されているが、板バネは採用していない。強度が不安だったためだ。
更に車体にも工夫がなされている。
この世界の馬車には木窓しかなく、寒さが厳しい真冬や雨天時には車内は真っ暗になる。灯りの魔道具を使えば問題はないが、外の風景が見られないのは乗っている者たちのストレスになるし、乗り物酔いの原因にもなる。
最初は板ガラスを嵌めようと思ったのだが、未舗装の道路では振動が大きく割れる危険があった。そのため、防音の魔導具でつかった“風の板”を窓に応用することにした。
この風の板のいいところは透明であることに加え、開閉が自由にできることだ。
防音の魔導具では二時間程度しか効果を持続できなかったが、面積が小さいことと二重にし間を真空にする必要がないため、大した魔力を込めなくても十時間以上継続して使用できる。
これのおかげで真冬でも外の風景を楽しむことができるようになった。
ただ、こちらも目立つことと駐車時のために、木窓は外していない。
これらの改造のおかげで思ったより乗り心地は向上した。母はとてもよくなったと褒めてくれるが、俺自身はまだ満足していない。
出発の準備が整った。父が白い息を吐き出しながら、祖父に「では、行ってまいります。後のことを頼みます」と言って馬に乗り、「騎乗!」と命令した。
若い自警団員を含め全員がロックハート家の紋章が入ったマントを翻して騎乗する。
その姿は精鋭というにふさわしいきびきびとしたものだった。
同じようにラドフォード子爵の護衛隊長オズボーン・タワーディンも「騎乗!」と命じ、シーウェル侯爵家の騎士たちも一斉に騎乗した。こちらも皇帝の勅使の護衛ということで精鋭を集めたのか、ロックハート家と遜色ない動きを見せている。但し、戦闘力は若い自警団員と大して変わらず、レベル二十前後の者が多い。
こうして四十騎近い護衛が五輌の馬車を護衛するように前後を固めることとなる。これだけの護衛がいれば、盗賊はもちろん、魔物が襲ってくることも少ないだろう。
ロックハート家の馬車には母と末の妹のソフィア、そして、ルナとシャロンが乗っている。母たちは馬に乗れないからだが、シャロンはルナの相手をするためだ。
シャロンだけでなく、俺やメルも途中で代わって彼女の相手をするつもりでいる。母もルナのことを気にしているが、一緒に暮らしている俺たちの方が安心するだろうという配慮からだ。
父が「出発!」と合図すると一行はゆっくりと動き始めた。
村の中を進むと、村人たちが「いってらっしゃい!」とか「お気を付けて!」という声を掛けてくる。
貴族の一行に掛ける言葉ではないが、こういった距離感がラスモア村のいいところだと思っている。
ラスモア村から帝都プリムスまでは約千キロ。
アルス街道を南に進み、アルスまで行く。その後は東方街道を進んで帝国領に入り、帝国東部域をファネル川沿いに進み、中央街道に入る。
交通の要衝エザリントンからラングトン街道に入り、シーウェル侯爵領に立ち寄った後、帝都プリムスに入るという行程だ。
真冬である十二月半ばに出発という気象条件と、カウム王国を抜けるまでは山道が続くことから、往路だけで一ヶ月半を見込んでいる。この行程にはアルスで新年を迎えることも計算に入っており、実質的には四十日弱、一日当たり二十五キロ進むことになる。
これは帝国内の街道が整備されていること、この時期は天候が安定していることに加え、荷馬車の荷が比較的軽く速度を上げられるためだ。更に帝国領に入ったら、一日当たり三十キロ程度進む計画になっている。
ラドフォード子爵からの情報によれば、帝国東部域はカウム王国や傭兵の国フォルティスとの国境を接するものの、両国との関係もよく、治安も比較的いいそうだ。
「ロックハート家に喧嘩を売るような盗賊はおらんよ。実力もさることながら、酒樽を積んだロックハート家の荷馬車を襲えば、ドワーフたちが何をするか分からんからな」
ラドフォード子爵は最後に笑いながらそう付け加えた。
実際、ここまで名が売れたロックハート家を襲う盗賊はいないだろう。もちろん、名を上げたい盗賊はいるかもしれないが、ドワーフたちの執念を考えたら普通の感覚なら二の足を踏む。
更に言えば、東部域の治安を維持している貴族たちが必要以上に気を使うはずだ。
東部域の基本的な情報だが、ここにも北部と同じように総督府がある。しかし、北部のような総督府軍は存在しない。これは北部と異なり国境紛争がないことが理由だが、帝都に近い東部域に独立した軍組織を作らせたくないという帝都の思惑が大きい。
このため、東部域は領地を持つ貴族が○○領騎士団といった感じで、数十人から多くても数百人単位の治安維持部隊を持つだけだ。総督府があるエアルドレッド騎士団が最大規模だが、それでも千人を大きく超えることはない。
そして、その貴族たちだが、帝都から遠い北部とは違い、帝都の情報に敏感だ。当然、皇太子派とレオポルド皇子派が激しく争っていることは知っているし、今回のロックハート家の陞爵が両派閥からの推薦であることも伝わっているだろう。
東部には辺境伯以外、伯爵以下の貴族しかおらず、更に北部と違い辺境伯の配下というわけではなく、完全に独立した領主だ。そのため、いずれかの派閥に所属しており、当然自分が所属している派閥の領袖の意向を気にしている。
つまり、東部の貴族たちはロックハート家を無事に帝都に送り届ける必要があり、間違っても自領内でトラブルに巻き込まれないようにと考えているはずだ。
俺たちは頂に雪化粧をしたアクィラの山を見ながらラスモア村を出発した。
街道に出ると、楽しげに騎乗している弟のセオフィラスと双子の妹セラフィーヌが馬を寄せてきた。
二人はアンデッド戦でレベルアップしており、剣術士レベルが十八になっている。このレベルは二十歳くらいの七級傭兵に匹敵する。つまり、僅か十一歳で駆け出しとはいえ、プロの傭兵並の腕になっていることになる。ちなみに兄ロドリックが十二歳で騎士団に入った時がレベル十六だから、兄以上にレベルを上げていることになる。
これには俺だけでなく、父や兄も驚いていた。但し、本人たちの前で言うと増長するので、当たり前のように振る舞っており、俺やメルがいるから二人も気づいていない。
「アルスに着く頃にちょうど年明けですね。ザック兄様はアルスでどうされるんですか?」
妹のセラがニコニコとしながら話しかけてきた。彼女は母譲りの美しい金髪と澄んだ蒼い瞳が印象的な美少女だ。今は無骨な革鎧を身に着け、細身の剣を吊るしているが、着飾れば貴族の令嬢としてどこに出しても恥ずかしくない。
油断しているように見えるが、今日はカウム王国の国境の町ボグウッドまでであり、ロックハート家の勢力圏内ということで襲われる心配は皆無だ。もっとも護衛の副隊長に任じられたダンが気合を入れているので、何かあれば即座に気づくだろう。
「そうだな。特に考えてはいないが、間違いなくウルリッヒたちと宴会だろうな」
苦笑交じりにそう答える。セラの言う通りアルスへの到着予定日がこの世界での大晦日に当たる十二月三十日であり、年跨ぎの大宴会が待ち受けていることは間違いないだろう。
「王宮にも行くんでしょうか?」とセオが聞いてきた。彼もセラと同じく金髪碧眼だが、剣術士らしくセラより短いショートボブという感じだ。今はヘルメットを被っているので、ほとんど隠れているため、二人の見た目はそっくりだが。
「カティさんならギルドの宴会の方にお忍びできそうだが、今回は正式な訪問だからな。多分、一日は王宮にいくことになると思うな」
通過するだけとはいえ、今回は帝国騎士ロックハート家としての公式訪問になる。特に皇帝の勅使に同行しているため、帝国政府の代表として扱われる可能性が高い。
「王宮か……楽しみだわ」とセラが目を輝かせて独り言を呟いている。
王宮に憧れる年頃なのだろう。ラズウェル辺境伯家のウェルバーン城でのことを思い出しているのかもしれない。
身を切る寒さを感じながらも、和気藹々とした雰囲気のまま、ボグウッドの町に入っていった。
本話より第五章「教導者時代:帝国編」となります。
章タイトル通り、ルナとの関係が今までより強くなります。そのため、”本編”トリニータス・ムンドゥス側とリンクする話が多くなると思います。
(ようやくシェアワールドらしくなりそうです)
帝国東部域の地図を載せてみました。
今まではワードで作っていたのですが、地図作成ソフトで作ってみました。
そのため、若干形が違っていますが、お気になさらないように(笑)。




