第八十話「メル、シャロン、ベアトリス」
メル、シャロン、ベアトリス視点となっています。
私は今、とっても幸せ。多分、人生で一番幸せな時だと思う。
だって、ようやく夢が叶ったんだから。あの方に、ザック様に振り向いてもらえたんだから。
戦勝記念のお祝いの前の日、シャロンと一緒に離れのリビングに呼ばれた。その後、ダンもやってきた。
私たちが呼ばれるちょっと前に、リディアさんとベアトリスさんがザック様の部屋にいっていたのは知っていたけど、何の話をするんだろうって思っていたわ。
シャロンも分からないようで、私が聞いても首を傾げていた。
「うーん? 分からないわ。明日の準備のことかしら?」
この子が分からないなら、私に分かるはずがない。それにすぐに話してもらえるのだからと、考えるのをやめた。
十分ほど待っていたら、ザック様たちがやってきた。
何となくベアトリスさんの目が赤い気がしたけど、すぐにザック様が私たちの前に座ったから聞けなかった。
最初は少し雰囲気がおかしかった。シャロンと目配せしていると、ザック様が突然話し始めた。
「メル、シャロン。俺と結婚してほしい」
私は聞き間違いだと思った。自分の願望が空耳として聞こえてきたのだと、その時はそんな風に思っていた。
その後の話を聞いて本当のことだと分かった。でも、そのせいで今度は声が出なくなってしまった。
ザック様が急過ぎるなら先に延ばすとおっしゃられた時、本当は「大丈夫です」って声に出したかったけど、全然声にならない。
それほど嬉しかった。だから、その後、思いっきり泣いてしまったわ。嬉し泣きであんなに泣けるんだって後で思ったほど。
ダンが祝福の言葉を掛けてくれた時は少し戸惑った。私のことを好きだというのは分かっていたから。だから、どう答えていいのか本当に困ってしまったわ。
それから奥方様のところでドレスを直したり、祝勝会で挨拶したりと大変だったけど、幸せ過ぎてずっとにやけていたと思う。
指輪を嵌めてもらった時にはこんなに幸せでいいのかしらって怖くなったくらい。
シャロンは澄ました顔をしていたから、舞い上がっているのは私だけと思ったけど、リディアさんもいつも以上にニコニコしていたし、ベアトリスさんもいつもと雰囲気が違って、少しおどおどしているように見えた。
後でシャロンに聞いたら、気が緩むと涙が出そうだから、がんばってすました顔を作っていたって教えてくれた。
お祭の後、奥方様から「リディアさんとベアトリスさんは結婚したけど、二人は婚約だけよ。それで良かったの?」って聞かれた。
正直に言えば、少しだけ羨ましい。でも、お二人が先に結婚するのは別に嫌じゃない。
特にリディアさんはいつも私たちの味方だったから。そう、本当に小さい時からリディアさんは私とシャロンがザック様と一緒になれるようにいろいろとしてくれていた。
私たちが諦めないように何度も背中を押してくれたし、ザック様にもいろいろと言ってくれていた。
でも、なぜなのかは分からなかった。だって、私なら好きな人を独占したいと思うから。
もし、私がリディアさんの立場だったら、邪魔をすることはあっても応援することは絶対にない。それは断言できるわ。
一度、リディアさんにそのことを聞いたことがある。
その時、リディアさんはお酒を飲んでいた。いつもなら、こういった話は適当にはぐらかされるんだけど、その時は物凄く真剣な表情で答えてくれたわ。
「私はエルフなの。あの人と一緒に歳を重ねられないわ。もし、彼がエルフなら、もし、私が人間なら、絶対にあの人を渡すようなことはしなかったと思う……多分、私は彼の子供を産むことはないわ。だから……」
私には理解できなかった。シャロンも一緒に聞いていたけど、理解できないって言っていた。実際、私はリディアさんが羨ましくて仕方がないから。
だって、私がおばあちゃんになっても、リディアさんは今の美しい姿のまま。それなのに子供ができないからっていうだけで、どうしてって……。
リディアさんはちょっと憂いを帯びた感じの笑い方をした。
「……それに家族はたくさんいた方がいいわ。あの人は他の人が思っているほど人付き合いが上手いわけじゃないから。本当に心を許せる人がたくさんそばにいた方がいいの。だからね、あなたたちが一緒にいてくれる方があの人のためなの。私はあの人のためなら、何だって我慢できるわ。一緒に笑っていられるなら……」
リディアさんはザック様のことだけを考えて生きていると思う。愛しているって気持ちで負ける気はないけど、こういう時には少し負けたかなって思ってしまうわ。
だから、先に結婚しても全然悔しくない。
だって、ザック様はおっしゃったことは必ず守って下さるから。少し先になるだけなら、全然気にしない。
それに今までと変わることはほとんどないわ。
変わったのは左手の薬指が少し重くなったくらい。これから私はこの重さと共に生きていく。
でも、夢を見ているんじゃないかって何度も思っている。
アンデッドとの戦いで命を落として、闇の神の国で幸せな夢を見ているのかもって……。でも、夢でもいい。それが覚めさえしなければ。
今はそれくらい幸せ……。
■■■
私は今回の突然の婚約に戸惑ってしまった。
ザック様がこのタイミングで私とメルちゃんにプロポーズする理由が分からなかったから。
うれしくないわけじゃない。本当にうれしくって泣きそうになるくらい。先にメルちゃんが泣いたから泣けなかったけど、一人だったら同じように泣いていたと思う。
話は変わるけど、戦いが終わった後、ザック様とリディアさん、ベアトリスさんは結婚するだろうなって何となく思っていたわ。
理由はベアトリスさんがいるから。
ベアトリスさんは今年三十六歳。最近はザック様の魔法で肌がきれいになったから、見た目だけなら二十代で通用する。だから、見た目が問題になるとは思わない。でも、ベアトリスさん自身が、ご自分の年齢が問題だと思っていたみたい。
実際、いつ腕が衰えるのか不安に思っているとおっしゃっていた。私にはどうしてそんな心配をするんだろうって思うんだけど。
だって、先代様もウォルトさんもまだまだ腕を上げておられるんだし、それを考えたら、まだ三十年くらいは大丈夫なんだから。
でも、普通は四十歳くらいから腕が落ち始めるみたい。ベアトリスさんは冒険者生活が長いから、そんな例をたくさん見ていて、不安になっていたらしい。
ベアトリスさんはああ見えても物凄く繊細な人。だから、自分がザック様に必要がないと思い込んでしまったら、私たちの前から姿を消したと思う。
でも、ちょっと考えれば、そんな必要はないって分かると思うんだけど。
ザック様は必要があるから、槍の腕がいいから一緒にいたいわけじゃないわ。そのことがなぜかベアトリスさんには分からなかったみたい。
そのことをリディアさんに聞いてみたことがあった。
「あの子は人に愛されたことがあまりなかったのよ。詳しくは聞いていないけど、七、八歳くらいに両親を亡くしたらしいし、ドクトゥスでも私たち以外とうまく付き合えなかったの」
「でも、今は違いますよね」と聞くと、ちょっと遠い目をして説明を続けてくれた。
「そうね。今は違うから、余計に今が不安なのよ。どう言ったらいいのかしら。そう、あの子は臆病なの」
私は驚いて「臆病なんですか? 一番、縁がない気がしますけど」と口に出していた。確かに繊細な人だけど、戦いの時は冷静だし、怖気づいた姿なんて見たことがなかったから。
リディアさんは小さく首を横に振って私の疑問に答えてくれた。
「戦いとかなら、あの子は勇敢よ。でも、人付き合いは物凄く苦手で臆病なの。これは間違いないわ」
私はどうして断言できるんだろうって思った。それが伝わったのか、理由を教えてくれた。
「私と同じだからよ。私は学院に入って人が怖くなった。学院を出た後にゴーヴィと出会って楽しかったけど、それがずっと続くか不安で仕方なかった。最初にこの村に来た時、私はその不安に押し潰されて里に帰ってしまったの。今思えば何でそんなことをしたんだろうって思うけど、その時は本当に不安だった。ゴーヴィたちに“お前はいらない”って言われたらどうしようかって……」
何となく分かった気がした。
だから、ザック様がそのことに気づけば、すぐにでも結婚されるだろうって思ったの。
でも、今回のこのタイミングは絶対に何か別の理由がある。
その理由だけど、その日のうちに何となく分かったわ。
ドワーフの皆さんが指輪を作ってくれたから。
ドワーフの鍛冶師方がご自分たちで思いつくとは思えない。きっとカティさんが裏で動いているはず。
でも、カティさんにどんなメリットがあるんだろう。
今回の結婚でザック様を取り込もうと、帝国の貴族たちが令嬢を押し付けてくることはなくなった。でも、それがカウム王国のメリットになるとは思えない。
鍛冶師ギルドとの関係にも影響はないし、お酒造りに影響が出ることくらいしか思いつかない。
カティさんはお酒が大好きだけど、王国を守るためならお酒を犠牲にできる人。ドワーフの皆さんとはそこが違う。だから、何かもっと深い理由があるはず……。
そこまで考えたところで、ニコニコと笑っているメルちゃんが声を掛けてきた。
「考え事?」
「ちょっとね。大したことじゃないわ」
私はメルちゃんの幸せそうな顔を見て、考えるのをやめた。だって、理由はともあれ、私も幸せだから。とにかく、今はこの幸せを満喫したい。
「そう、それなら良かったわ。ねぇ、今夜はザック様たちと一緒に夜更かしをしない?」
突然のことにちょっと首を傾げてしまった。そうしたらメルちゃんが理由を教えてくれた。
「だって、これからこんなお祭りがたくさんあるのよ。私たちもザック様の奥さん……えへ、言葉にするとちょっと恥ずかしいね……奥さんとして、何をしたらいいのか知っておいた方がいいと思うの。だから、今日はウルリッヒさんたちと朝までお付き合いした方がいいかなって」
メルちゃんが真っ赤な顔で“奥さん”って言ったとき、私も頬が熱くなった。
私もザック様の奥さんの一人になれるんだって、改めて思ったから。
「それがいいわね。でも、飲み過ぎては駄目よ。兄さんみたいにすぐに潰れたら意味がないんだから」
そういって二人で笑った。
その時、私は別のことを考えていた。
この先、ルナさんのことや帝国のことでいろいろなトラブルが舞い込んでくるはず。だから、こんなに何も考えずに幸せな時は長くは続かないと思う。
なら、今この瞬間を楽しんだ方がいい。
カティさんが何を考えているかは分からないけど、ザック様の敵に回りたいと思っていないことは確か。それなら、問題はないわ。
第一、メルちゃんだけ幸せそうにしているのはずるい。私もこんな時くらい幸せな気分に浸ってもいいと思う。
■■■
ドクトゥスで一人でいた頃、あたしは一生結婚しないんだって思っていた。
なぜかって? そりゃ、周りにいい男はいなかったからさ。それに、あたしのようながさつな女に惚れるような奴もいなかったからね。
でも、六年前の秋、あたしはあの人に出会った。
運命の出会いって奴さ。
それまではそんな話は吟遊詩人の戯言だと思っていたんだけどね。その時はそうとしか思えなかったよ。
あっという間に六年が過ぎた。本当に楽しい時間だったよ。でも、いつも心のどこかでこんな時間が続くわけがないって思っていた。
だってそうだろう。あたしは三十の半ばを過ぎた大女だよ。周りにはリディアーヌやメル、シャロンがいるんだ。あたしなんかが求められるはずがないって思い続けなきゃ、変な希望を持っちまう。
希望くらい持ってもいいだろうって思うかもしれないけどね、その希望が叶わないと分かったら生きていられなかったと思うのさ。それほどあたしはあの人に魅かれていたんだ。
でも、それも昨日までだ。
ベアトリス・ラバルから、ベアトリス・ロックハートになったんだから。
でもね。夢を見ているんだって思わなくもないんだ。この左手の指輪がなけりゃね。
そう言えば、生まれて初めて人前で泣いた気がするよ。あの人があたしに結婚を申し込んだ時に。
まあ、子供の頃はあんまり覚えちゃいないが、両親が魔物に殺された時も泣いていないはずさ。
「王虎族が泣くんじゃない」って、一番上の兄貴に殴られたからね。
今思うと何であんなに泣いたんだろうって思うのさ。結婚したっていっても、名前が変わったことと指輪をするようになったこと以外、何も変わっていないんだからね。
今までだって一緒に暮らしていたし、何一つ変わっちゃいない。
奥方様があたしたちのドレスの手直しをされている時、横にいたリディアーヌに何気なくそのことを話してみた。
そうしたら、彼女はプッて噴き出した後、くすくすと笑い始めた。
「笑うことはないだろう」
あたしがそう言うと彼女は「ごめんね」と言って謝るが、それでも笑いが収まることはなかった。あたしの顔が不機嫌な表情になったんだろうね、リディアーヌは笑いを堪えて真剣な表情であたしにこう言ったんだ。
「私も同じことを考えていたのよ。だから、おかしくなって……確かに何も変わっていないわ。でも、こう思うの。元々家族だったのよ、私たちは。それが結婚っていう形を取ったから、しっかりと認識できるようになっただけ。だから、家族ができたって涙が出たんだと思うの。そう考えるとちょっと笑えない? だって、今までだって家族だったのよ。それにやっと気づいたの。私たちは今まで何を見ていたんだろうって……」
彼女の言葉であたしも納得がいった。
確かに今までも彼はあたしのことを求めてくれたし、あたしも求めていた。それにリディアーヌたちのことも大切な家族だと思っていた。
「確かにそうだ。あたしらは何を見ていたんだか。笑われても仕方がないか。ハハハ!」
その瞬間、リディアーヌとは本当の家族になれた気がした。
だから、あたしは彼女のことを「リディア」と呼ぶことにしたんだ。
その後、多くの人に祝ってもらった。
こんなに多くの人に祝福してもらっていいのかって思うほどさ。
もし、故郷を捨てず冒険者になっていなかったら、どうなっていたんだろうね。王虎族の村で誰かと結婚して子供を産んで育てていたのかもしれないね。
もし、あの日、ドクトゥスのギルドで彼に出会わなかったら、あたしは何をしていたんだろう。今でもソロの冒険者を続けていたのかも……そう思うと不思議な気がするわ。
いずれにせよ、これほど幸せな気持ちになっていることは無かっただろうね。それだけは断言できる。
この幸せは神々が与えてくれたものだとあたしは信じている。
だから、もし神々がルナを守るために彼女の身代わりになれというのなら、あたしは喜んで命を捧げる。彼が悲しむかもしれないが、あたしは躊躇わない。
世界が滅ぶとかいう話は、あたしにはどうでもいいんだ。でも、これだけのことをしてもらった神々にあたしができることは何でもやるつもりさ。それが唯一、感謝を伝える方法だから。
この話もリディアにはしている。
「私も同じ考えよ。でも、あの人はこういう考え方を物凄く嫌がるわ」
「なぜなんだい?」
「神様に操られているみたいだから。あの人は“人は自分の意志で生きるべきだ”って考えているの。だから、神様でも相手の意志を無視して動かすってことは気にいらないのよ」
その話を聞いてザックらしいと思った。
「でも、あたしの意志で決めたんだから問題ないんじゃないのかい?」
そう言うと彼女はニコリと笑った。
「私も同じことを言ったことがあるわ。“あなたを守るのは私の意志なの。だから、あなたにも口を出させない”って。その時の彼の顔は今でも忘れられないわ。フフフ……」
その時、また一歩、リディアとの距離が縮まった気がしたね。
名前が変わっても今までと何も変わらない。それが悪いことだとは思っていないんだ。だって、こんなに幸せなんだから……。
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確かにそうだなと思い、リディを除くヒロインたちの想いを書いてみました。
今回あえてリディの話を入れなかったのには理由があります。
読んで頂ければ分かって頂けたかと思います。
(次話がリディの話というわけではありませんよ)
次話で第四章が終わる予定です。
第5章は「教導者時代:帝国編」を予定しています。
メインストーリーを進めつつ、各地で立ち上がる蒸留所の話がメインに……(殴




