第七十六話「従士たちの処遇」
十二月十日。
帝国からの勅使、イグネイシャス・ラドフォード子爵からロックハート家が子爵家に陞爵することが告げられ、今後の方針をロックハート家だけで話し合った。
当面の方針が決まったことから、従士たちがホールに招き入れられる。
まず、従士頭であるウォルト・ヴァッセルがいつもの訥々とした口調で祝辞を述べる。
「この度は子爵への陞爵、我ら従士一同、心よりお祝い申し上げます」
そこで他の五人が深々と頭を下げる。
「心からの祝福の言葉、ありがたく受け取らせてもらう。しかしだ。今回の陞爵は先のアンデッドとの戦いの褒賞、つまり、我ら一同で勝ち取ったもの。私から諸君らに今一度感謝の言葉を捧げたいと思う。ありがとう」
そう言って父が頭を下げ、俺たちロックハート家も同じように頭を下げる。
祝意の交換が終わると、従士たちを座らせ、父が今後の方針を語っていく。
「……我がロックハート家は子爵となるが、本拠はここラスモア村から変えぬ。これは次代のロドリックも同意している。キルナレックについても当面は今まで通り。但し、少しずつ浸透していき、我らの関与を強めていく……」
ウォルトたちは今まで通り、この村に残ると聞き、安堵の表情や笑みを浮かべている。彼らもここが故郷であり、離れ難いと思っているようだ。
そして、従士たちの処遇の話になる。
まず、ウォルトに言葉を掛ける。
「ウォルト・ヴァッセル。貴殿を騎士に推挙し、我がロックハート家の家宰としたい。受けてくれるか」
ウォルトは家宰と聞き、驚きを隠せない。
「私に務まるとは思えませんが……」
貴族領で家宰は非常に重要な役職だ。主家の家の中のことだけではなく、領主が不在の場合には、その代行も務めなければならない。また、内政・軍事の両面で主家を支える必要がある。
そのため、一介の兵士上がりであるウォルトは尻込みをしているのだ。
父は不安そうなウォルトに「心配するな」と笑いかけ、
「今までと変わらんのだ。名前が変わるだけだと思えばよい。それに細かなことはイーノスがやってくれる」
父の言葉にウォルトは大きく頭を下げ、「ありがとうございます」と言って了承した。
次にニコラスに向かって話し始めた。
「ニコラス・ガーランド。貴殿を騎士に推挙し、我がロックハート家の内政官としたい。受けてくれるか」
ニコラスはいつも通りの笑みを浮かべているが、小さく首を横に振る。
「御館様のお言葉なれど、我がガーランド家には跡継ぎがおりません。この名誉は誰か他の者にお与えください」
彼の言う通り、ガーランド家には跡継ぎがいない。正確にはアーロンという息子がいたが、僅か七歳で疫病により亡くなっている。彼の子はイーノス・ヴァッセルの妻であるジーンしかいない。
「そのことは分かっている。だが、イーノスの次男ヒューイがガーランド家の養子となれば家は存続するのだ。可愛い孫のために受けてくれんか」
イーノスとジーンには二男二女の四人の子供がいる。次男ヒューイはもうすぐ六歳になる腕白な男の子だ。ジーンがイーノスと結婚する時に、男子が二人生まれたら、ガーランド家の養子にすることが決められていた。
「しかし、ヒューイが成人するまで十年ほどあります……」とニコラスは渋った。
「覚悟を決めよ、ニコラス。まだまだ隠居などさせぬぞ。儂と同じように死ぬまで働くのじゃ」
祖父の言葉でニコラスは苦笑いを浮かべ、「謹んでお受けします」と言って承諾した。
父はヘクター、ガイにも同じように騎士に推挙し、ロックハート家の武官としたいと告げた。
ヘクターは「自分には過分なことですが、誠心誠意お仕えいたします」と答えて了承した。しかし、ガイは自分の出自が農村生まれの冒険者であることで固辞しようとした。
「諦めよ。平民で冒険者というなら儂も同じじゃ。あくまで断ると言い張るなら、一年ほど説得し続けるぞ。フハハハ!」
祖父は彼が従士になるため、ロックハート家の食客として一年間居座ったことを引き合いに出した。それにはガイも苦笑いを浮かべるしかなく、素直に了承した。
そして、問題のバイロンの番になった。
予想通り、彼は断ってきた。
「ご存知の通り、私はカウム王国で兵を率いていながら出奔した身。このことが知られれば御館様、そしてロックハート家に必ず災いをもたらします」
父は静かに、しかし断固とした口調で説得する。
「ロックハートにバイロン・シードルフという男は必要なのだ。誰が何を言おうが構わん。お前の価値に比べたら、その程度の障害など全く問題にならん」
「お言葉は大変嬉しく思いますが、従士のままでも、今まで通りお仕えできると思います。であるなら、無理に騎士の叙任を受けずともよいのではないでしょうか」
父に代わり兄が説得に乗り出す。
「私はバイロン・シードルフという男が我がロックハート家の騎士であると公言したい。父上同様、私も君にはそれだけの価値があると思っている」
それでもバイロンは首を縦に振らなかった。
俺は祖父に目配せし、説得するように頼むが、祖父は小さく首を横に振って、お前が説得しろと目で伝えてきた。
言葉にはしていないが、“お前が推挙して従士になったのだから責任を取れ”と言いたいのだろう。
「今回の推挙のことを最初に口にしたのは俺なんだ。もちろん、お前の力を認めているからだが、政治問題になると思っていないことも事実だ」
「それはなぜでしょうか?」
「お前は常々カウム王家を批判していた。そして、王国を見限った後、民を守るために命を掛けるロックハート家に仕官したんだ。それに大事なのはカウム王家との確執は今でも消えていないということだ。昨年、王妃から剣を受けるという話になった時、それをよしとせず、主家が説得するまで首を縦に振らなかった。この事実を公表したらどうなると思う?」
「分かりません」と言って頭を振る。
「カウム王国の実質的な支配者、カトリーナ王妃から剣を、それもただの剣じゃない百万クローナはする名剣ですら、贈られることを拒否した。そんな男をロックハートは騎士に推挙したんだ。それを正面切ってカウムに内通する可能性があるなんて言えるはずがない。もちろん、俺と王妃が密約をなんてことを考える奴はいるだろうが、少なくとも表立って批判することはできないはずだ」
「確かにそうかもしれませんが……」と煮え切らない。あと一押しだと思い、更に話を大きくしていく。
「カウム王国側も同じだ。王妃はお前の出自を知った上で剣を贈っている。贈ったのは鍛冶師ギルドのためだ。それを今更抗議して、ギルドのメンツを潰すようなことはしない。だから、カウムから抗議が来ることはありえない。もし、帝国が何か言ってきたら、それはそれで今後のロックハートを守ることに使える。つまり、政治に利用できるんだ」
彼は俺の言葉の意味を掴みきれず、首を傾げる。
「政治に利用ですか?」
「ロックハート家が拠って立つところは何だ? それはどのようなことがあっても、決して逃げないということじゃないのか?」
バイロンは俺の話についていけず、戸惑いを見せる。
「そのことと私にどのような関係が……」
「ロックハート家は望む望まないに関わらず、今後帝国の後継者争いに巻き込まれていく。その時、ロックハートは自ら正しいと思ったことはどんな圧力が掛かろうが、決して屈しないと思わせた方がいい。言い方を変えれば、うちは政治に利用できないと思わせる必要があるんだ……」
バイロンは黙って聞いている。
「領民、領地を守るためなら出自など関係なく登用する。上級貴族から横槍が入ったとしても、ロックハートは必ず貫き通す。次期皇帝のことも同じだと思わせたいんだ。ロックハートは帝国臣民のことを考えた選択しかしないとな」
「つまり、私のことをもって、皇太子派、皇子派双方の勧誘から御館様をお守りすると。しかし、それだけでうまくいくのでしょうか?」
俺は笑いながら、それに答えていく。
「もちろん、このことだけで両派閥が手を引くとは思っていないよ。他にも手を打つつもりだが、バイロンのことはその手の一つでもあるんだ」
バイロンは静かに考えている。
「父上も、おじい様も、そして兄上も、お前がロックハートに必要な男だと断言した。もちろん俺もだ。それでは不満か。何か問題が起こるなら、俺たちロックハート家が何とかする。お前は父上に誠心誠意仕えてくれればいい」
そこで父が俺の言葉を引き取る。
「ザックの言う通りだ。お前を騎士に推挙するのはロックハート家の、そして私の責任だ。何が起ころうと我らに任せておけばよい」
「そこまで私のことを……うっ……」
感極まったバイロンは涙を流していた。
「分かりました。このバイロン・シードルフ、ロックハート家のため、御館様のため、命の限りお仕えいたします」
その決意に父も感動したのか、力強く「分かった」と言い、
「では、バイロン。お前にはキルナレックの守備隊の指揮を任せたい。激戦地トーアの守備隊指揮官としての経験、傭兵隊長としての経験を存分に生かしてほしい」
「はっ! 謹んで拝命いたします」
バイロンは吹っ切れたのか、きれいな敬礼と共に了承した。
最後に父はウィルに向き合う。
「ウィル、お前はロックハート家直属の従士長だ。今後取り立てる従士たちの取りまとめ役となる。ウォルトたちと従士の間に入る大変な仕事だが、お前ならできると信じているぞ」
その言葉にウィルは「私がロックハート家の従士長……」と呟いた後、目に涙を浮かべて「つ、謹んで拝命いたします!」と言って勢いよく頭を下げた。
その姿を見て、騎士に推挙しなくてよかったと胸を撫で下ろす。
従士長というだけで完全に舞い上がっているが、もし、騎士にするといったら逆に尻込みしただろう。
「ウォルトたちの今後だが、済まんが領地は与えられん。その代わり我が家より俸禄を出すことになる。条件は今後相談させて欲しい」
この話はあっさりと片付いた。スコッチの売り上げが安定してから、彼らには生活費として月に三百クローナ、三十万円ほど渡している。安過ぎると思うかもしれないが、元々、武具だけでなく、食料や衣服なども現物で支給している。実際、現金はほとんど使っていないらしい。
「従士についてだが、自警団から新たに昇格させるつもりだ。少し慌ただしいが、帝都に向かう前に決めてしまいたい」
これについては予想していたのか、ウォルトたちは皆頷いている。
父は帝都行きの話を始めた。
「帝都に向かうことになるが、出発は恐らく四、五日後になるだろう。我が家からは父上以外の全員が出向くことになる。護衛はシムが指揮を取ってくれ。ダンはジェークス家の嫡男としてのシムの補佐を頼む」
シムとダンは大きく頷く。そして、ウォルトとヘクターに向かい、
「自警団から数名連れて行く。人選は二人に任せる」
ヘクターが「何名ほどでしょうか」と確認すると、
「十名ほどだ。半数は従士となる者、残りは優秀な若手に経験を積ませたい。済まんが、うまく調整してくれ」
二人が頷くと、ロザリーたちに顔を向ける。
「侍女としてアンジーとエレナにも同行してもらう。ウェルバーンに寄ることになるかもしれんからそのつもりで」
ロザリーたちは里帰りできると聞き、喜んでいる。
そして、最後に従士たちに視線を戻す。
「リディアたちは全員一緒だ。まあ、これは当然だな……あとルナも連れていく」
そこで従士たちが驚きの表情を浮かべる。
「ザックたちと一緒の方が安全だ」と父は言うが、村のことも考えて決めたことだ。
もし、神々の敵がルナを狙うなら、俺たちと一緒の方がいい。さすがにあれほどの戦力で襲ってくることはないだろうが、絡め手を使ってくる可能性はある。そうなった場合、村に残すより、俺たちと一緒にいる方が安全だ。
村も今の体制なら、俺たちザックセクステットがいなくても三百や四百のオークなら充分に倒せる。つまり、昨年のオークの群れ程度ならほとんど問題なく対応できるのだ。
父は更に指示を出していく。
「私が不在の間は父上にすべて取り仕切っていただく。帝都、そしてウェルバーンに行くことになるから、半年は戻って来られないと考えてくれ。いつも通り、ウォルトたちには父上の補佐を頼む。準備期間はほとんど取れないが、引き継ぎを含め、準備を怠らないように」
そこで俺の顔を見て、
「献上する品が必要だろう。酒が一番だと思うが、ザック、お前が選んでおいてくれ」
全ての話が終わった後、ウォルトたちに祝福の言葉を掛けていく。
特にシムには「これでアンジーと一緒になれるな」と小声で言っておく。彼は驚いたような顔をし、「ご存知だったのですか」と同じように小声で聞き返してきた。
「ウェルバーンに行ったら、アンジーの実家に行かせてもらえるよう父上に頼んでおこうか」
そう言うと真っ赤になって「いえ、それは」と慌てていた。
その後、ラドフォード子爵が戻り、今後の方針について報告した。子爵は特に何も言わなかったが、満足そうな笑みを浮かべていたので、俺たちの選択は間違っていないのだろう。
「では、風呂を使わせていただいてもよいだろうか。風呂上りの麦酒があればありがたいのだが」
「どうぞ、お使いください。ザック、お前がご一緒しろ。麦酒は後で届けさせる」
父の指示通り、ラドフォード子爵と共に公衆浴場に向かった。
既に午後四時を過ぎているが、風呂は空いている。今日は勅使が到着するということで、自警団の訓練を中止しており、普段ならいるはずの自警団員がいないためだ。
湯に浸かっていると、子爵が話しかけてきた。
「シーウェルワインの品質向上の件、何とかうまくいきそうだ」
「それはよかったですね」
「それでもまだ不安でな。此度の帝都行きの際にシーウェル侯爵領に寄ってもらい、現地を見てほしいのだが」
シーウェル侯爵領は帝都から見て北東にあるが、主要街道である中央街道から外れている。と言っても大した距離ではなく、充分に寄り道できる場所であり、父も侯爵への挨拶のため寄ることに反対しないはずだ。
「喜んでお手伝いさせて頂きます。私は現地でこそ、最高のシーウェルワインが生まれると思っていますから。もちろん、最高の物ができた時には私にも飲ませて頂くという条件で」
俺の言葉に子爵は「ハハハ! 了解した! しかし、さすがはザカライアス殿だな。全くぶれん」と笑い、
「私も君のワインを超える物を作りたいと思っているのだ。シーウェルではなく、ラスモアでなければ最高のシーウェルワインが飲めんというのは納得いかんのでな」
「イグネイシャス様こそ、全くぶれませんね。正直な話、帝都行きは気が重かったのですが、今の話でやる気が出てきました」
子爵は満足そうに頷くが、真剣な表情になる。
「私が言うのも何だが、シーウェル家は帝国貴族の中ではそれほど力のある家ではない。帝都ではシーウェル侯爵家がロックハート家を預かることになるが、油断はせぬことだ。君なら皇太子派、皇子派だけなら何とかなるだろう。しかし、宰相閣下は別だ。あの方は恐ろしい方だ。無論、無私であり公正ではあるが、帝国のことを第一に考えておられるからな……」
陽気な子爵が深刻な表情をしていることに不安が過る。
「それほどとは……」
「私が気にしているのは君が宰相閣下に取り込まれることだ。恐らく、閣下はエザリントン公を後継に指名したいと考えておられる。エザリントン公には皇太子派のインゴールスロップ公の商業ギルド、レオポルド皇子派のラングトン大公の軍のような明確な後ろ盾がない。宰相閣下は君の鍛冶師ギルド、魔術師ギルドとのパイプを利用しようと考えるかもしれんのだ」
皇太子派は経済を、レオポルド皇子派は軍事を掌握しているが、宰相率いる中立派は行政を掌握している。しかし、中立派が行政を掌握できているのはあくまで宰相フィーロビッシャー公の手腕によるものだ。もし、フィーロビッシャー公が引退すれば、中立派は一気に力を失うだろう。
皇太子派、皇子派のいずれかが政治的に有能で、私欲よりも公益を優先するなら問題はないが、今のところ商業ギルドのスピーカーに過ぎない皇太子派は全く信用できず、皇子派も無謀な軍事行動を起こす恐れがあって、こちらも信用し難い。
宰相としては誰が次の皇帝になっても帝国の屋台骨が傾くようなことにならないよう、優秀な政治家であるエザリントン公を自分の後継者に指名したい。しかし、まだ四十二歳と若いエザリントン公が手腕を発揮するには、ある程度の時間が必要だ。フィーロビッシャー公が後ろ盾になるが、年齢的なこともあり、目に見える力を欲しているらしい。
「確かにあり得そうですが、帝国の宰相ともあろう方が私のような若造ともいえないひよっこに何か仕掛けてくるとは思えないのですが?」
「いや、あの方は年齢や種族など全く気にされん。純粋に力を持っているかどうかで判断されるのだ。シーウェル侯爵家ですら、ワインを通じていろいろなところから情報が得られるという点で評価されておると思っているよ。もちろん、御館様が信用に値する方ということもあるがな」
俺は「そうなのですか……」と絶句することしかできなかった。
「そうなのだよ。それに御館様から聞いたのだが、宰相閣下は君がドワーフたちから“酒神の申し子”と呼ばれていることをご存じだったそうだ」
子爵の話を聞き、暗澹たる気持ちになった。
風呂を出た後も暗い顔をしていたらしく、子爵に「今は酒のことを考えてくれ。私は最高の状態の物を飲みたいのでな」と笑いながら言われてしまった。
「確かに今考えるべきは酒のことですね。では、最高の状態の麦酒を飲みましょうか」
そう言って父が用意させた麦酒の樽に向かった。
次話はラドフォード子爵歓迎の宴です。
ほぼワインの話で、酒エッセイかと思うほど(笑)。お楽しみに!




