第五十七話「戦後処理」
ジーク・スコッチ!
トリア歴三〇一八年十月二十五日。
ロックハート家はアンデッドの王、ヴラド・ヴァロノス率いる一万を超える大軍に勝利した。
勝利したものの五日間にも及ぶ激戦の爪痕は大きく、自警団員たちは溜まった疲労により大の字になって寝転がるか、座り込んでいる者がほとんどだった。
父マサイアスと従士頭ウォルト・ヴァッセルが非戦闘員である蒸留職人や主婦たちを指揮して負傷者の収容を行わせていた。
今回の戦いの原因となったルナだが、彼女は完全に心を閉ざした。世話をしていた義姉ロザリーに話を聞いてみると、戦闘が激しくなるにつれ食事すら摂らなくなったそうだ。
「恐らくですけど、彼女は自分が原因だと気付いたのではないかと思います。何度か戦闘の音を聞きたくないのか耳を塞いでいましたから」
生まれ育った村が全滅し、更に一年しか経っていないのに自分が来た村が襲われたら、原因が自分だと思うのはおかしなことではない。
折角少しずついい方向に向かっていたのに、これで振り出しに戻ってしまった。このことが残念で仕方がない。
ただ、今回の戦闘で神々の敵の先兵を排除している。もちろん警戒を怠る気はないが、ルナを守るという使命は果たせたと考えてもいいと思っている。
(あれだけの敵が前座なんてことはないだろう。この先はゆっくり彼女を導いていけばいい。急ぐ必要はないはずだ……)
戦いの後始末が終わったら、ゆっくりとルナの心の傷を癒してやろうと考えていた。
俺は早朝からリディと共に正門に来ていた。
正門は最後の戦闘で最も激しく攻められた場所であり、多くの負傷者を出していたためだ。重傷者たちは学校に運び込まれ治療を終えていたが、緊急性の低い軽傷者は持ち場で治療の順番を待っているしかなかった。重傷者たちの治療を終え、俺たちの手が空いたため、ようやく軽傷者の治療に当たることができる。
午前八時過ぎ、援軍であるカウム王国軍が到着した。
カウム王国軍の指揮官はイザドル・ロクスバラ男爵で、四月にウルリッヒら鍛冶師たちやお忍びの王妃を護衛した人物だ。
男爵は正門付近のアンデッドの残骸の多さに驚きを隠せない様子だったが、父を見つけると馬を下りて駆け寄っていく。
「間に合わなかったようで申し訳ありません」
父は頭を下げる男爵の手を取る。
「援軍に来ていただき、感謝いたします」
男爵は「大勝利ですな。おめでとうございます」と一旦表情を緩めるが、負傷と疲労でしゃがみこむ自警団員の姿を見て、真剣な表情に変えて助力を申し出る。
「我々にできることがあれば何でもおっしゃってください。治癒師も連れてきております……」
カウム王国軍は黒鋼騎士団から千五百名、緊急招集した傭兵と冒険者が各百名の総勢千七百名だ。正規軍ということで治癒師も多数おり軽傷者の治療を任せられる。
父は治癒師の派遣を要請すると、今後の行動について協議を行うため、男爵と共に屋敷に向かう。
「ザックも来てくれ」と俺にも声が掛かった。
屋敷で協議を行った結果、カウム王国軍には村の警備とアンデッドの残骸の処理を依頼することにした。敵の残党は気になるが、大規模な別働隊がいるとも思えないため周囲の警戒に留め、喫緊の課題であるアンデッドの処理を優先することにしたのだ。
アンデッドの残骸だが、まだ魔晶石の回収を終えておらず、場合によっては再度アンデッドとして復活する可能性があった。もちろん、アンデッドの王ヴラドや死霊魔道師、首なし騎士などの強力な魔物の魔晶石は最優先で回収している。
それに骨だけのスケルトンが主体とはいえ、疫病の元となりかねないグールの死体も結構あった。これは可能な限り早期に処理をしたいのだが、余りに多いため、どうやって処分するかが問題だ。
最終的な処分方法は決めていないが、とりあえず、魔晶石の回収とアンデッドの残骸を堀から引き上げてもらうことを依頼した。
ロクスバラ男爵の指揮の下、カウム王国軍は一斉に行動を開始した。今回の援軍は王国軍の主力、黒鋼騎士団の中でも練度が高い優秀な部隊が選抜されているようで、大きな混乱もなく、命令が実行されていく。
騎士団による警備が開始されたと知ると、村人たちは徐々に家に戻り始めた。今回は村の中心部から北に外れた館ヶ丘周辺でのみ戦闘が行われており、村の主要な集落に損害は出ていない。しかし、自分の家は心配なようで、動けるようになった男たちはふらふらと家に向かっていった。
午前十一時頃、周囲の警戒に当たっていた騎士が新たな援軍が来たと父に報告してきた。
「ペリクリトルの冒険者と鍛冶師たちのようです。いかがしましょうか」
父は兄を呼び、冒険者たちを招き入れるように指示を出す。
「我々を助けに来てくれたのだろう。丁重に案内してくれ」
三十分ほどで約三百人の集団が館ヶ丘と北ヶ丘の間の草原にやってきた。
遠目に見た感じでは冒険者が百人、ドワーフの鍛冶師が二百人くらいに見える。
すぐに冒険者と鍛冶師の代表が屋敷にやってきた。
冒険者の代表に面識はないが、鍛冶師の代表は以前から知っているギーゼルヘールだった。
ギーゼルヘールは俺を見つけると、すぐに駆け寄ってきた。
「無事でよかった」と俺の手を取る。俺もその手を握り返して礼を言うが、ギーゼルヘールはキョロキョロと周囲を見回した後、
「スコット殿も無事なのか?」
そう不安そうに聞いてきた。やはり彼らの“教祖”の安否は気になるようだ。
「もちろん職人たちは全員無事だ。それにスコッチの貯蔵庫も守り切っているぞ」
そう言って笑うが、ギーゼルヘールは真剣な表情を崩さない。
「皆が無事で良かった。儂らにできることがあれば何でも言ってくれ。冒険者はペリクリトルでも優秀な連中を連れてきておる。他の魔族が来ておらんとも限らんからな」
冒険者の街ペリクリトルでも優秀な冒険者たちを引き連れてきたらしい。強引な手段を取っていなければいいのだが、そのことを聞くと藪蛇になりそうなので聞いていない。
父と兄、俺がロックハート側の代表で、ギーゼルヘールとペリクリトルの冒険者の代表であるペラム・ドレイク、更にロクスバラ男爵の六人で協議を行う。
「ペリクリトルの優秀な冒険者たちなら、明日から東の森を偵察してもらった方がいいだろう……」
東の森にアンデッドが残っている可能性は低いが、これだけ大量のアンデッドが襲来した事例は少ない。万全を期すために明日から三日間掛けて東の森からアクィラの麓に掛けて調査してもらうことになった。
冒険者の代表ペラムは三十代半ばの人間の男性で、身長百六十センチ強とリディやメルより小柄だ。しかし、その隙のない所作は二級冒険者であることを感じさせる。
「この辺りは初めてだが、我々もペリクリトルの東で深い森には慣れている。アンデッドの痕跡があれば必ず見つけ出してやるよ。鍛冶師ギルドからたっぷりと依頼料が出ているからな。ハハハ!」
豪快に笑うペラムから話を聞くと、ペリクリトルから来た冒険者たちはベテランと呼ばれる四級冒険者が主体で、更に二級や三級の凄腕も多く含まれている。
彼らは鍛冶師ギルドのペリクリトル支部が通常の倍の金を積んで集めたそうだ。冒険者たちも鍛冶師たちに恩が売れるならとやる気になっている者が多い。
これだけの冒険者を雇うとなると一日いくらになるのだろうと思ったが、恐ろしい数字を聞かされそうなので聞いていない。
ペリクリトルから来た鍛冶師たちには、ベルトラムたちが行っている自警団の武器の手入れの他、カウム王国軍が行っているアンデッドの処理を手伝ってもらうことになった。
二千人近い労力がアンデッドの処理を行うが、一万を超える残骸は集めるだけでも大変だった。
その日は堀から引き上げるだけで終わった。
村の周囲の偵察を行った結果、アンデッドの残存兵力はなく、父は自警団を招集する必要が無いと判断した。
夜間の警戒もカウム王国軍が行ってくれることになり、ロックハート家及びラスモア村自警団は久しぶりにゆっくり眠ることができた。
ちなみにギーゼルヘールたちは研修所に宿泊し、ベルトラムらと祝杯を挙げていたらしい。俺にも声が掛かったが、さすがに断っている。
翌朝、ペリクリトルの冒険者たちが夜明けと共に東の森に入っていった。
ラスモア村自警団は今日一日ゆっくりと休むことになっている。というより、ロックハート家の従士たちはともかく、自警団員でまともに動ける者は少なかった。肉体的な疲労に加え、極限の緊張状態で戦闘を続けていたため、精神の方がより疲弊していたのだ。
ロックハート家でも祖父とニコラスが床に就いたままで、ベアトリスとメルも精神攻撃の影響が抜け切れておらず疲れた顔をしている。シャロンは魔力切れが回復し、元気になっているが、戦闘の記録をまとめるといって部屋に篭っていた。
俺も肉体的な疲れと共に精神的な疲れを感じていたが、アンデッドの処理を行わなければならず、ゆっくりできない。ただ、負傷者の治療がすべて終わっており、治癒師としての役割から解放されている。
そんな中、スコットら蒸留職人たちは操業再開のため、朝から蒸留所で作業を始めていた。五日以上放置しているため、製麦中の麦芽、仕込み槽の糖化中の麦芽、発酵槽の中の発酵もろみなどはすべて駄目になっているらしく、それらの設備の洗浄からやらなければならない。その作業の膨大さに操業再開の目途が立たないとスコットが零していた。
自警団の武具の手入れをやっているギーゼルヘールたちに「蒸留所の手伝いを頼めないか」というと、満面の笑みを湛えて即座に了承した。
「武具の手入れはほとんど終わったからな。後はベルトラムたちだけで充分だろう。それに陰気なアンデッドの片付けより、蒸留所の方がやる気が出るわい。スコット殿の手伝いができる機会など滅多にないことだしな。ガハハハ!」
そう言って大声で笑うと、ドワーフたちはスコット、ブランドン、カルバートの三人の蒸留責任者に率いられ、嬉々として出発していった。
ドワーフたちはスコットに任せ、アンデッドの処理の状況を見にいく。
堀から引き上げられたアンデッドの残骸はスケルトンとグールに仕分けされ、魔晶石が回収されていた。既にグールたちの身体は腐敗し始めており悪臭が凄い。
カウムの兵士にそんな作業を任せることに罪悪感を覚えるが、グールだけでも千を優に超えており、これだけ大量の死体をどうやって処理すべきかを考えると、途方に暮れてしまう。
焼くにしても燃料が問題だ。薪は準備するだけでも大変だし、俺とシャロンの魔法でも何日掛かるか分からない。埋めるにしても下手な場所では地下水の汚染の原因になるし、第一近くにアンデッドの死体が埋まっているというのは気分が良くない。
(俺とシャロンががんばって燃やすしかないかな。燃えカスは西の森に埋めれば、それほど深く埋めなくても汚染の心配はないし……)
アンデッドはスケルトンを含め、全て焼却処分しようと思っている。高火力の魔法は火山の魔法があり、これを使えば何とかなるだろう。グールも魔晶石を抜き取れば風化していくため、今よりは燃えやすいはずだ。最悪、中途半端な燃え方でも穴を深くしておけば、影響は少ない。
父に俺の案を説明し許可をもらうと、王国軍の指揮官に西の森に運んでもらうよう依頼する。
俺自身は西の森に入り、開けた場所に穴を掘っていった。場所は大木が少ない村の入口に近い場所に決めた。
四日間掛けてグールの死体を処理した。俺が穴を掘り、カウムの兵士がグールを放り込む。そして、俺とシャロンが火山の魔法で一気に焼いていくという単純作業だ。
予想通り魔晶石を抜き取ると腐敗が止まり、グールの身体はミイラのように乾いていく。そのため酷かった悪臭も弱まり、焼く時も風向きさえ注意しておけばそれほど悪臭に悩まされることはなかった。
十月二十九日。
グールの死体の処理が終わり、残すはスケルトンだけとなった。スケルトンについては骨を焼いて灰を森に捨てるだけにするつもりだが数が多い。
骨は腐敗の心配がないのであまり急ぐ必要はないが、マンパワーがあるうちに運んでおきたい。運んでしまえば、そこでゆっくり処分できる。
グールの処理が終わり、屋敷に戻ろうとした時、大勢の人の気配を感じた。
誰が来たのかは分かっていた。到着したのはアルスのドワーフたちだ。
昨日、カウム王国の伝令がウルリッヒら鍛冶師ギルド所属の鍛冶師が村に向かっているという情報を伝えてきたのだ。
村が無事だったという情報は二日前に彼らには伝わっていたが、更なる敵がいる可能性を考え、引き返さなかったそうだ。
確かに昨日までペリクリトルの冒険者たちが東の森を探索しており、可能性は否定できなかったが、カウム王国軍の精鋭もいることから村の防衛に不安は無い。
俺たちの顔を見て安心したいのだろうと軽い気持ちで考えていた。
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時は二日前に遡る。
十月二十七日の午後三時頃、カウム王国王妃カトリーナ・ブレントウッドと鍛冶師ギルドの匠合長ウルリッヒ・ドレクスラー率いるドワーフ千三百人――アルス以外のドワーフも加わっている――はアルス街道の交通の要衝バルベジーを抜け、ラスモア村まで百二十kmの位置に到達していた。
それまでの彼らの行軍速度は、一日当たり七十キメルを超えている。騎兵でも輜重隊を連れていれば、これより遅いのだが、彼らは徒歩であり、その非常識さは際立つ。
ドワーフの集団の前に黒鋼騎士団の早馬が通りかかった。伝令はロックハート家の勝利の報を王都に伝えるべく馬を走らせていたが、王家の紋章をつけた馬車に気付き停止した。
馬車から出てきた王妃に勝利とロックハート家関係者の無事が報告されると、その場は歓喜の渦に包まれる。
王妃はその場で跪き、涙ぐみながらに「よくぞ無事で……神々に感謝を」と深く頭を垂れる。その姿は聖女のようであったと伝えられている。
その横では勝利の報を聞いたウルリッヒらが咆哮にも似た歓喜の声を上げる。
「「ジーク・スコッチ!」」
その言葉によりラスモア村勝利の情報は瞬く間に全ドワーフに伝わっていく。
深い森の中で千人のドワーフが「「ジーク・スコッチ!」」と叫ぶ。その声に驚いた鳥たちが一斉に飛び立つが、誰も気に止めない。更に森の奥にいた狼や熊などの獣たちは声と反対の方向に一斉に逃げ出していた。
十分ほど歓喜の咆哮が続いた後、ようやく咆哮が収まり始める。その機を捉え伝令が更なる情報を伝えた。
「マサイアス・ロックハート卿は未だに敵がいるのではないかと気にされております。ロクスバラ男爵閣下も警戒を強めておられました。また、ペリクリトルから鍛冶師二百名、冒険者百名が到着しております……」
敵がいるかもしれないという言葉に「何だと……」と、ドワーフたちの雰囲気が剣呑なものに変わる。
「ゴーヴァン卿のお考えは? あの方なら無駄な警戒はされないはずよ」
王妃の問いに伝令は深く頭を下げる。
「ゴーヴァン・ロックハート卿は敵の首魁との戦闘で重傷を負われ、臥せっておられます。そのため、防衛の指揮もご領主マサイアス卿が執っておられます」
王妃はゴーヴァンが負傷したと聞いて驚くが、すぐに表情を戻し、
「ザカライアス卿は何かおっしゃっていなかったかしら? まさかザックさんまでお怪我を」
伝令は「いいえ」と首を横に振ると、
「ザカライアス卿はお疲れのご様子でしたが、負傷されておりません。ザカライアス卿も敵の残党を気にされておりましたが、近くに脅威となる敵はいないとお考えのようでした……」
王妃は「ご苦労様でした。では、王都への伝令を頼みます」と労い、ウルリッヒらと今後の協議を始める。
「ザックさんが守りを固めず警戒だけで済ませているということは、すぐに危険になる状況ではないのでしょう。そうなると、私たちがラスモア村に行く理由はありませんわ」
王妃の横に控える若手の文官、オットー・エルウェスは疲労で血の気を失い、落ち窪んだ目で王妃の言葉に大きく頷く。
「黒鋼騎士団が駐屯し、更にペリクリトルから三百名。既に二千名、ラスモア村の人口の倍以上です。これ以上押しかけることは激戦で疲弊しているロックハート家に無用な負担を掛けることになります。ここは引き返すべきかと」
彼はロックハート家の負担という理由の他に、鍛冶師たちの不在がアルス経済に与える影響も懸念していた。アルス街道はアンデッド出現の第一報を受け、封鎖されていたが、カエルム帝国や傭兵の国フォルティスへの街道は機能しており、交易は続けられている。
更にこの情報を受け、武器の需要が高まることは目に見えている。鍛冶師たちの不在は製品の輸出や原料の売買だけでなく、消費意欲が旺盛なドワーフたち相手の商売が回らなくなることを意味する。官僚の一人としては一刻も早くドワーフたちにアルスに戻って欲しいと考えていた。
しかし、彼の思惑とは全く違う方向に話は進んでいく。
「負担を掛けるのは儂らも本意ではない。だが、寝るのは野原でもよい。酒や飯は儂らが持っていけばよいだけじゃ。それにあの獅子心ゴーヴァンが臥せるほどの戦いがあったんじゃ。村の者たちも皆疲れておろう。儂らにできることが必ずあるはずじゃ」
ウルリッヒの言葉にドワーフたちから賛同の声が上がる。エルウェスは一縷の望みを掛けて王妃を見た。
「ご迷惑を掛けるかもしれませんが、ここは一度行くべきです」
王妃はきっぱりと言い切った。
「皆さんの存在は皆さんが思っている以上に大きいのです。鍛冶師ギルドの重鎮が挙ってラスモア村を守りにいった。危機が去った後も行かずにはおれないほど心配している。この事実が重要なのです」
「どういうことじゃ。分かるように言ってくれんか」とゲールノート・グレイヴァーがそう口にする。
「ラスモア村はロックハート家によって守られたのです。それも万を超える大軍を退けて。この武名は世界に轟くことでしょう」
「そうじゃな」とドワーフたちは頷く。
「今、帝国では後継者争いが起きています。恐らくロックハートの武名を利用しようとする勢力が現れるはずです。いいえ、必ず両陣営から声が掛かるでしょう。そうなれば、ロックハート家は帝国のお家騒動に巻き込まれることになるのです……」
ドワーフたちは話が大きくなってきたことに困惑するが、静かに耳を傾けている。
「……当代のマサイアス卿も次代のロドリック卿も清廉な騎士の鑑であり、権力争いは望まれません。ザカライアス卿、いえ、ザックさんも同じです。あの方なら帝都の重臣たちと渡り合えるでしょうが、そのことを望んでおりません。ですから、皆さんが、鍛冶師ギルドのドワーフの皆さんが、ロックハート家と懇意であり、無用な干渉はギルドを敵に回すと世界中に宣言する必要があるのです!」
「そのことと儂らが村に行くことにどんな関係があるんじゃ?」
「皆さんはカウム王国の精鋭ですら信用できず、自らの手でラスモア村を、ロックハート家を救いにいくのです。つまり、どのような国であれ、人任せにはしないと世界に宣言することになるのです。もし、ロックハート家に手を出す者がいれば、鍛冶師ギルドが相手をする。そう見えるように行動すれば、ロックハート家が無用な干渉を受けることはないでしょう」
ドワーフたちは腕を組んで考え込む。
「つまりじゃ。儂らはロックハートに手を出したアンデッドにぶち切れて、ラスモア村に脇目も振らずに猪突したと見せればよいのじゃな」
ウルリッヒの言葉に王妃は「さすがはウルリッヒさんです」と笑みを見せる。
「儂らはこのままラスモア村に向かう! 但し、必要な物資を準備してじゃ! エルウェス卿。ここにはギルドの職員がおらん。済まんが手配を頼む」
ウルリッヒはそう言って頭を下げる。
国王にすら頭を下げないという鍛冶師ギルドの匠合長に頭を下げられ、エルウェスは「承りました」と答えるしかなかった。
エルウェスは王妃の考えそのものは理解するものの、この状況が続くことに落胆する。また、王妃が言葉通りの目的でラスモア村にいくのか若干の疑問も持っていた。
(妃殿下は酒が飲みたいがために理屈を付けたのでは……いや、さすがにそんなことは……だが、この方ならあり得る。鍛冶師方に恩を売るために理屈を付けたのかもしれない。それがご自身の目的と合致した……)
エルウェスはそんなことを考えるが、彼に深く考える時間は与えられなかった。
彼のもとに次々と仕事が舞い込んできたのだ。彼は次の町の役人を王家の権限で臨時の部下に任命すると、必要な物資の手配を始めた。そして、その手配を徹夜で行った。
手配を終えたエルウェスは燃え尽きたように椅子にもたれかかっていた。彼は半ば意識を失っていたが、王妃の命令によって馬車に運び込まれる。
「エルウェス卿がいてくれて本当によかったわ。それでは出発しますよ」
その言葉をエルウェスは夢の中で聞いていた。




