第五十六話「酒に勝利を!」
ドワーフライフです。
地の文は永井一郎さん、ウルリッヒは銀河万丈さん(田中 崇さん)の声をイメージして読んでください。
トリア歴三〇一八年十月二十四日の夜。
カウム王国の王都アルスに、ラスモア村が襲撃されたという情報がもたらされた。
届いた情報はロックハート家の従士シム・マーロンがバルベジーの黒鋼騎士団に伝えたもので、千を超えるアンデッドの集団がアクィラ山脈から突如現れたというものだった。
その情報により王宮は大混乱に陥った。
アクィラ山脈はカウム王国にとって魔族の地永遠の闇からの自国を守る鉄壁の防波堤だった。その防壁を突破してきたということは自国の安全保障上の大問題であり、早急に防衛計画を練り直す必要がある。
しかし、混乱を招いた原因はそんな将来のことではなかった。
すぐ近くに存亡の危機が迫っていたのだ。
伝令によってもたらされた情報は直ちに鍛冶師ギルドに伝えられた。その情報の重大さに、匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーは直ちに緊急総会の開催を決め、僅か三十分ですべての工房の代表者が集まり、協議が行われた。
そして、今後の方針についてもごく短時間で、更に全会一致によって採択された。
緊急総会で決定したことは非常に簡潔であった。
それは“有志によるラスモア村救援”ということだけである。
“有志”、つまり、アルスにいるドワーフの鍛冶師全員、いや、カウム王国全土のドワーフがラスモア村へ救援に向かうことが決まったのだ。
ドワーフたちはすぐに自分たちの工房に戻り、出発の準備を始めた。彼らは暗闇の中でも物を見ることができるため、夜を徹して移動しようと考えていた。
そして、匠合長自らがそれを率先する。
どこから取り出したのか重厚な造りの鋼の防具を身に着け、大きな背嚢に食糧を詰め込むと、鍛冶に使用する大型の鉄槌を担いで若い弟子たちと共に城門に向かった。
しかし、既に夜も更けており、城門はしっかりと閉じられている。通常なら翌日の夜明けまで開かれることはなく、開門には王国政府の許可が必要であった。
門の責任者である騎士は数百人にも上る殺気立ったドワーフたちに囲まれ困惑する。
如何に恐ろしくとも勝手に開門することもできず、また相手が鍛冶師ギルドの重鎮たちであり、一般市民を相手にするような高圧的な態度で追い払うこともできない。
すぐに王宮に指示を仰ぐが、悲鳴にも似た指示要請に対し、無能な国王は困惑するだけだった。
具体的な指示を出すことができないまま、だらだらと時間だけが過ぎていく。その間にも鍛冶師たちの動向に関する情報が次々と伝えられ、王宮は更に混乱に陥っていく。
解決策を見いだせない国王は、鍛冶師ギルド絡みの案件であることから王妃カトリーナを執務室に呼び出した。
「どうすればよいのだ」
国王の情けない声に、王妃は毅然とした表情で答える。
「ドワーフたちの行く手を遮ってはなりません。すぐに開門を命じるのです。鍛冶師たちの怒りが王家に向く前に」
国王はそれでもすぐには頷かなかった。
「鍛冶師たちがいなくなるのではないか? シャーゴールド侯はギルドが無くなれば我が国は立ちゆかぬ、鍛冶師たちを自由にさせてはならぬというのだ……」
側近であるシャーゴールド侯爵は国王の説明を補足する。
「このまま行かせればラスモア村を救援するという名目で、ドワーフたちは定住してしまうのではありませぬか。先のドワーフフェスティバルなる催しにおいても、匠合長らが長期にわたり不在となるという前代未聞の事態が起きておるのです」
王妃は内心で呆れていた。彼らの言いたいことは分からないでもないが、今の状況を考えれば、先の心配をする余裕などないことは明白なのだ。王妃はこの二人にどんな説明しても無駄だと悟る。
「鍛冶師方が立ち去るようなことにはなりません。いいえ、私がさせません!」
力強く宣言し、国王たちを安心させようとした。
しかし、それでも国王は優柔不断な態度を続けたため、王妃は「私が責任を持って対処します」と宣言し、国王の執務室を退出した。
王妃が立ち去った後、シャーゴールド侯爵は国王に対し、王妃の専横を許してはならないと進言するが、「ではどうすればよいのだ」と問われ、口を噤むしかなかった。
国王の執務室を出たシャーゴールド侯爵は王妃が国王を、更には自分をないがしろにしていると不満を抱く。
彼は王妃の排除を決めた。そして、王妃が不在になるこのタイミングを利用することにした。
城門では開門までの時間を利用し、ウルリッヒが集まったドワーフたちに向けて演説を行っていた。
ウルリッヒは伝えられた情報より遥かに危険な状況であると訴える。
「既に知っておる通り、我らが聖地、ラスモア村に危機が訪れておる! 情報では千を超えるアンデッドと言っておるが、その程度ならザックの作った防壁で充分に防げるじゃろう! 獅子心ゴーヴァンが援軍を要請したということは、あの防壁ですら防ぎえぬ敵がおるということじゃ!……」
そして、自分たちにできることは少ないとも話していく。
「……既に襲撃から四日が過ぎておる。今から行っても間に合う可能性は低い。ラスモア村は遠い。我らが夜を徹して走ったとしても六日、いや、五日は掛かる。我々が到着した時には、既にラスモア村が全滅しておるかもしれん……」
ウルリッヒの言葉は彼らが感じていることだった。ドワーフたちの目に悲しみの色が浮かぶ。
「……既に王国の騎士たちが増援に向かっておる。明日には村に到着するだろう……だからといって、ここで座視しておってよいのか!」
ウルリッヒは全員を見回し、「否!」と叫ぶ。
「我らは今こそ立たねばならん!」
ドワーフたちの目に力が蘇ってくる。
「ドワーフたちよ、立て! 悲しみを怒りに換えて! 立てよ、ドワーフ! ロックハートは我らの救援を欲しておる!」
ウルリッヒはその太い右腕をアッパーカットのように振り上げ、天に向かって突き出す。
そして、野太い声で叫んだ。
「ジーク・スコッチ!」
ウルリッヒの叫びにドワーフたちが同じように右腕を突き上げて唱和する。
「「ジーク・スコッチ!」」
「「ジーク・スコッチ!」」
「「ジーク・スコッチ!」」
アルスの街にドワーフたちの叫びがこだまする。
その叫びは十分ほど続いた。
ドワーフたちが戦いに挑む際、あるいは歓喜を表す際に必ず叫ぶ、有名な言葉、“ジーク・スコッチ”が誕生した瞬間だった。
“ジーク”とはドワーフ族に伝わる古語で、“勝利”を意味する。ほとんど使われることはないが、彼らが真に勝利を欲する時にのみ使用される特別な言葉だと伝えられている。
“ジーク・スコッチ”を直訳すれば“酒に勝利を”という意味になる。だが、この場合“スコッチ”は彼らの聖地ラスモア村、そして、彼らの友ロックハート家を象徴する言葉であった。
その力に満ちた“ジーク・スコッチ”という叫びは、正門から五百m以上離れた王宮にも届いていた。また、鬨の声にも聞こえる叫びに、アルス市民の多くが王都が戦場になるのではないかと思い、不安な夜を過ごすことになる。
ドワーフたちの熱狂は最高潮に達した。しかし、門は未だに固く閉じられたままだった。
ドワーフたちの怒りが王国に向かい始める。
「儂らを出さぬというならそれでもよい。門を壊していくだけじゃ。できぬと思うなよ」という匠合長の低い声に責任者は震えが止まらなかった。しかし、ここで暴発されるわけにはいかないと、
「もう一度王宮に使いを出しますので、今しばらくお待ちを」と必死に頭を下げる。
ドワーフたちは「それでは遅い!」と納得せず、「開けるんじゃ!」という怒号が飛び交うようになる。
責任者は「王妃殿下に直接指示を仰ぎますので、妃殿下のご指示が出るまで今しばらくお待ちを」と額を地面に擦りつけて懇願した。
「カティに直接確認するのならば、今少し待とうではないか」と前匠合長ゲールノート・グレイヴァーが言うと、ウルリッヒも「今のうちにこの後の段取りを決める」と言って五百人以上に膨れ上がったドワーフたちをいくつかの班に割り振っていく。
門の責任者は班の編成に時間が掛かると一旦は安堵するが、ドワーフたちは僅か十分で編成を完了してしまう。その手際の良さに“酒絡み”だったことを思い出すが、どうすればいいのか打つ手を思い付かない。
そんな彼に救いの手が差し伸べられた。それはカウム王家の紋章が付いた一台の馬車だった。
「すぐに開門しなさい!」という中年女性の声が馬車から聞こえてきた。
王妃カトリーナ・ブレントウッドが開門を命じたのだ。
門の責任者はすぐに開門するよう部下に指示を出す。その間にウルリッヒは馬車に近づき、
「助かったわい。もう少し遅ければ門を壊しておったところじゃ」
「お待たせしました。すぐにでも出発いたしましょう」
そこでウルリッヒは王妃が旅行用の服装であることに気付く。
「一緒に行くつもりか?」
その問いに王妃は心外だという顔をし、「もちろんですわ」と答える。
「私が同行すれば、先々の町を簡単に通れますわ。その方が皆さんもよろしいのでは?」
その言葉にドワーフたちから「さすがはカティじゃ!」という称賛の声が上がった。
「それでは出発じゃ! ジーク・スコッチ!」
ウルリッヒの出発の合図にドワーフたちは「「ジーク・スコッチ!」」と応える。同様に王妃カティも馬車の窓から右腕を上げ、「ジーク・スコッチ!」と叫んでいた。
午後十一時過ぎ、ドワーフたちの行軍、後に“ドワーフ族の聖地回復運動”もしくは“鉄槌軍遠征”と呼ばれる大遠征が始まった瞬間だった。
出発時にはアルスにいる全ドワーフの九十パーセント、九百人もの大集団に膨れ上がっていた。なお、参加していない者は幼い子供と妊婦のみであり、二百歳を超える老人も加わっている。
更にその後、近隣の町や村に住むドワーフたちが合流し、最終的には千人を大きく超えていた。独自の国を持たないドワーフがこれほどまでの大集団を形成したことは前代未聞の出来事であった。
ドワーフたちは闇に包まれた街道を早足で歩いていく。背が低く足が短いため、速度自体はそれほどでもないが、休憩を全く挟まず進むため、全体としては通常の歩兵よりも速い行軍速度だった。
七時間後、ケルサス山脈の頂きが上り始めた太陽によって、うっすらと明るくなる。
ドワーフたちは三十kmもの距離を夜通し歩き続け、アルス街道の宿場町に到着した。
しかし、夜明け前ということもあり、門は固く閉じられている。さすがのドワーフたちも夜を徹しての移動により“補給”を欲していた。もちろん、彼らが最も欲するものは“酒”である。
王妃の馬車が門に近づくと、若い文官オットー・エルウェスが馬車の中から現れた。彼は王妃の強い要請――残業を終え帰ろうとしたところを拉致された――により同行していたのだ。
徹夜の移動で目の下に隈を作っていた彼だが、王家の紋章が付いた馬車を指差すと、文官とは思えぬ大きな声で叫んだ。
「こちらにおられるのはカトリーナ王妃殿下である! 直ちに開門せよ!」
門衛たちは王家の紋章の付いた馬車と血走った眼をしたドワーフたちを見て、上司に伺いを立てることなく、直ちに門を開いた。
王妃はその迅速な行動を褒め称える。
「あなた方は王国兵士の鑑ですわ! エルウェス卿、彼らの名を控えておきなさい。後日、褒美を与えます」
更に騒動を聞き、駆け付けた町の代官に対し、
「鍛冶師方に食事とお酒を! エルウェス卿が渡す金貨で足りぬようでしたら、王家に請求をするように……」と酒と食事を供出するように命じた。
エルウェスは代官に白金貨の詰まった革袋を手渡しながら、
「王国の危機が迫っているのです。細かい説明、手続きは後日ということで、今はすぐにでも行動を」と言って頭を下げる。
代官は王妃自らが現れたことに驚くが、今の王国は王妃の存在によって保たれていると知っており、無駄な議論をすることなく、すぐに町中に伝令を走らせた。
「カトリーナ王妃殿下のご命令である! ドワーフの鍛冶師方に無料で食事と酒を提供せよ! 提供した量を控えておき、後日役所に請求すれば正当な対価を支払う! 直ちに酒を提供せよ!……」
伝令たちの叫び声に町は大混乱に陥った。しかし、王妃自らが命じたことであり、すぐに自分たちの朝食用に作ってあった食事を外に持ち出していく。更に酒場や食堂からは樽が持ち出され、道沿いに並べられていった。
ウルリッヒはその手際の良さに「カティが一緒でよかったわい」と言いながら、ジョッキに注がれた麦酒を呷る。
同じようにドワーフたちが酒を呷る中、エルウェスは代官に早馬を出すように要請した。
「この先の町に妃殿下のご命令をお伝えください。特に酒は必要です。足りぬようなら近隣の村からも運び込むように伝えてください。これはボグウッドまでのすべての宿場町に伝えてください……」
エルウェスが手配を行っている僅かな間に、ドワーフたちの“補給”は終わっていた。街道沿いに出された樽はすべて空になり、再びウルリッヒの号令で隊列が組まれる。
彼は鉄槌を掲げ、出発の号令を発した。
「では出発じゃ! ジーク・スコッチ!」
ドワーフたちもハンマーを掲げてそれに応える。
「「ジーク・スコッチ!」」
「「ジーク・スコッチ!」」
「「ジーク・スコッチ!」」
再びドワーフたちの行軍が始まった。
ドワーフたちとともに“補給”を終えていた王妃は立ち尽くすエルウェスに対し、無慈悲な言葉を掛けた。
「私たちも出発しますわよ」
エルウェスは既に馬車の馬が替えられ、御者も交替していることに気付き愕然とする。彼は食事どころか休憩すらしていなかったのだ。
「馬車の中にあなたの分が用意してありますわ」
エルウェスはその言葉に感謝の言葉で応えて馬車に乗った。しかし、そこにあったものは茹でられた大ぶりの腸詰と、二十リットルほどの小型の樽だった。彼は空腹ではあったものの、徹夜明けの胃はこってりとした腸詰と酒を拒否する。湧き上がる吐き気を抑えながら、
「私は大丈夫ですので、妃殿下がお召し上がりください」
力なくそう言うと、王妃は嬉々とした顔で頷く。
「ありがたく頂きますわ」と言って揺れる馬車の中で器用に酒を注ぎ始める。
腸詰を頬張りながら「エルウェス卿も何か食べなければもちませんことよ」というが、エルウェスは頷くことしかできなかった。
彼は内心でこう考えていた。
(今回のことが王国にとって非常に重要であることは理解する。私が選ばれたのは妃殿下が私を評価して下さっているからだということも。だが、私はドワーフではない。せめて普通の食事にしてくだされば……)
彼は王妃が本当に“人”なのかと何度目かの疑問を持つ。そして、今回もいつもと同じ結論に達した。
王妃は“彼ら”と同じ種族なのだという結論に。
前書きでネタバレになってしまいましたね。でも、後悔はしていません(笑)。
しかし、何度読んでも酷い出来です。
いつもならドワーフたちの消費する酒の量を計算し、どのくらいの時間で用意できるかなどを反映するのですが、今回は勢いだけで書いています。
この「ジーク・スコッチ!」という言葉は、いつかどこかで出そうとずっと思っていました。
ドイツ語である”ジーク”を出すことになるのですが、ドワーフの名前はドイツ語ですので、ドワーフの古語がドイツ語風であってもいいかなと。
しかし、こんな形になるとは私自身、思っていませんでした。
普段ならここまで露骨なパロディにはしないのに……
とりあえず、最後にもう一度。
ジーク・スコッチ!




