第八十話「軍師?シャロン」
今回もシャロン視点です。
商業ギルドの建物を出た時には完全に日が落ちていました。荷物はザック様に預けているため、灯りの魔道具を持っておらず、家々の窓から漏れる灯りだけを頼りに暗い道を守備隊の宿舎に向かいます。
見辛い足元に加え、疲れて棒のようになった足のせいで何度も躓きます。街の中の平坦な道でもこんな状況です。森の中だったら何度も転んでいたでしょう。このことだけ見てもザック様のお命じになったことは正しかったのです。
守備隊の宿舎は南門近くにあり、既に百人以上の傭兵が集まっていました。更に城壁の上には多くの篝火や灯りの魔道具が並べられ、城壁の上だけが浮き上がって見えます。これも兄さんを通じてお願いしたことです。こちらに向かっているザック様たちの目に留まれば、少しは力が湧くと考えたからです。
守備隊の方にメルちゃんたちがいる部屋を教えてもらい、中に入っていきます。灰色の石造りの建物は冷たい感じがし、ザック様に何か起こっているのではないかと思わず思ってしまいました。部屋に入るとメルちゃんが寝台に横になっているルナさんに付き添っていました。ゆっくりとした調子で優しく頭を撫でており、きれいな声で子守唄を歌っています。
私に気付き、視線をこちらに向けますが、歌うことは止めず、撫で続けていました。
メルちゃんは剣を持たせれば先代様――ゴーヴァン・ロックハート、剣の達人――を髣髴とさせる凄腕の剣術士なのですが、こういう時は私がうらやましくなるくらい女性らしくなります。ザック様もこういった姿を見れば考えが変わるかもしれません。
一、二分待っているとメルちゃんは子守唄を止め、小さな声で状況を教えてくれました。
「ようやく寝付いたわ。最初は手をしっかり握って離さなかったの。でも、少し落ち着いたみたい」
私はリディアさんほど精霊の力が見えるわけではありませんが、先ほどまで感じていた締め付けるような感じがなくなり、雰囲気が和らいだような気がします。
「で、どうなの?」
私は小さく頷き、「うまくいきそう」と答えながら、剣を返します。
「商人の方たちは護衛の傭兵を出してくれるって」
メルちゃんは剣を受け取りながら、「いつ行くの」と鋭い口調で尋ねてきます。先ほどまでの優しい雰囲気は微塵もありません。
「あと十分くらい。傭兵が集まるのにそのくらいは掛かると思う」
メルちゃんは物音を立てないように静かに立ち上がりました。
南門に向かう途中で状況を説明していきます。
「エルフか獣人の方に先導してもらいながら森の中に進んでいくつもり。何事もなければザック様たちと合流して終わり。オークたちが暴走しているなら道を空けて後ろから攻撃する……」
メルちゃんは私の言葉に驚き、「えっ! ザック様を探さないの!」と言って足を止めました。私は説明不足だったと少し反省し、
「オークが暴走しているなら、ザック様は無事なはずよ。いえ、必ず無事よ。無理に戦わずにやり過ごせばいいだけだから。私でも思い付くくらいだもの、ザック様なら絶対にそうお考えになるはずよ」
少し安心したのか、再び歩き始めました。
「そうね……なら、どうして、これだけの人数を集めたの?」
私はずっと考えていたことを説明していきました。
「オークたちがどうして暴走しているか分からないからよ。多分、ルナさんを追いかけていたんだと思うけど、確証がないから。無いとは思うけど、もし、ザック様を追い掛けているのなら、オークを倒さないとザック様をお救いできない」
「でも、どうやって探すの? この暗さだと見えないわ」
「もし、ザック様たちが追われているなら、オークの声に向かっていけばいい。近くまで行けば戦っているなら、魔法剣の光が見えるはずよ。それを目印にすればいいわ」
メルちゃんは大きく頷き、やる気を見せます。このままでは暴走しそうなので私の考えを伝えることにしました。
「ザック様たちが見えたら、私が魔法を放つわ。それも派手な魔法を。見えなくてもザック様がいそうな感じがあったら、全員で鬨の声を上げてオークたちを引き付けるの。ザック様たちなら少しでも隙が出来れば何とかできるはずよ……」
私の作戦に納得したのか、「分かったわ」と言って、それ以上聞いてくることはありませんでした。
南門に到着すると、既に多くの傭兵と商人が集まっていました。その中にはノートンさんと護衛隊長のカーティスさんがいました。
「ザック様がヤバイんだってな。俺たちに出来ることなら何でも言ってくれ」
カーティスさんはそれだけ言うと、仲間たちのところに向かいました。
私たちは兄さんと合流しました。兄さんは守備隊のパークス副隊長とベテランの傭兵たちにどの辺りでザック様たちと別れたかを説明していました。
午後六時の鐘がなってから既に十分以上経っています。
ザック様たちと別れてから既に二時間以上経っており、この出発までの待ち時間がとても長く感じます。そして、間に合わないのではないかという不安が段々大きくなっていきます。
兄さんを通じてお願いしていたとおり、全員に灯りの魔道具と松明が手渡されていきます。松明には火はつけていませんが、灯りの魔道具が灯されたため、南門周辺は一気に明るくなりました。
「これより東の森に入る! 先ほど打ち合わせたとおり、総指揮は私が執る。五人の隊長を決めているから、彼らの指示に従ってくれ! 後は敵を見つけたら手筈どおりに動いてくれ! では、時が惜しい。すぐに出発するぞ!」
パークスさんの出発の合図と共に全員が「オウ!」と声を上げ、やる気を漲らせていました。嫌々参加している人はあまりいないようですので、かなり条件が良い特別報酬が約束されているのでしょう。
南門を抜けるとすぐに森に入る道に向かいます。
森に入ってすぐにオークたちの咆哮が聞こえてきました。それも先ほどまでのような狂ったようなものではなく、獲物を追いまわす時のような愉悦を含んだ物に聞こえました。
兄さんがパークスさんに「松明を」と合図を送ります。
「敵は近いぞ! 松明に火をつけろ!」
その命令で一斉に松明に火がつけられました。二百人以上が両手に灯りを持っている状態です。
「手筈どおり散開して、鬨の声を上げながら前進してくれ! だが、無用な戦闘はするな!」
私がお願いしたことは二つです。一つはオークたちが狂ったような咆哮をあげている場合は灯りの魔道具を消し、オークが通り過ぎたところで後ろから攻撃を掛けることです。
もう一つですが、オークたちが先ほどまでの狂ったような咆哮を上げていない場合のことです。この場合は松明にも火をつけ、大きな声で鬨の声を上げて欲しいとお願いしています。
これはオークが普通の状態に戻っている場合を想定していたもので、もし、狂ったような状態でないなら、オークを操る魔族がいるはずです。魔族がいるなら、こちらの人数が多く圧倒的な戦力差があると思えば、撤退するでしょうし、魔族がいなくても、本能で生きているオークは命の危険を感じて逃げると思ったのです。松明を使ったのも鼻のいいオークが気付きやすくするためでした。
以前、ザック様に教えていただいた戦いの基本に、“戦わずして勝つのが一番良い勝ち方”というのがありました。それと、“敵の心を攻める方が効率がいい”というものがありました。
心を攻めるというのが良く分からなかったのですが、教えていただいたことの中に“情報を軽視する軍隊は目の前の光景だけを信じるため、視覚や聴覚を錯覚させるようなトリックがよく効く”というものがありました。今回はそれが使えるかもと思ってお願いしたのです。もしかしたら、私の解釈が間違っているかもしれませんけど。
今回のお願いは私が考えたことだとは言っていません。私のような若い女性の考えだと聞いてもらえない可能性があったからです。だから今回は“ザック様のお考え”を兄さんが伝えているということにしています。
ザック様の噂――ウェルバーンで騎士団と戦った話や盗賊団に扮した傭兵を無傷で捕えた話は有名ですから、あの方が考えたという方が皆さん納得されるからです。もちろん、ザック様なら私以上のことを考えられるでしょうけど、今回はお名前を勝手に使わせて頂きました。
結論から言えば大成功でした。
森に入ってすぐにザック様の魔法剣の、優しく暖かいオレンジ色の光が見えたのです。私は十mほど前に出て、すぐに呪文を唱え始めました。
「火を司りし火の神よ。すべてを焼き尽くす御身の眷属を我は求めん、我は御身に我が命の力を捧げん……」
私が呪文を唱えている間にメルちゃんは森の中を疾走していきます。もちろん、私の魔法の射線は外しています。
メルちゃんはザック様のことになると周りのことが見えなくなってしまいます。さっき言った、オークたちを自分たちの方に引き付けるということはすっかり忘れているようです。
やっぱりこうなるんだと諦めに似た思いが頭に浮かびますが、今は魔法に集中していきます。
私の周りは真昼のような明るさになり、鍛冶場の炉の前のようなちりちりと焼くような熱気に包まれていきました。十分に精霊の力が集まったところで魔法を発動しました。
「……顕現せよ、炎龍。炎龍の咆哮!」
私の右側には長さ二mほどの口を大きく開けた竜の顔が現れました。それは全て炎で出来ており、“咆哮”と名付けましたが、咆哮はありません。ですが、絵本に出てくる竜そっくりに作ってあります。
私の炎の竜は発動の合図と共に弾かれるように飛んでいきました。
この魔法は魔力の消費量が大きく、朝から魔法を使っている私にとってはとても厳しいものでした。魔力が底を突き、ふらついて思わず膝をついてしまいました。
兄さんが「大丈夫か」と心配してくれますが、私は頷くことでそれに応え、ゆっくりと立ち上がります。
その間に私の炎の竜はザック様から少し離れたところに向かって飛んでいきました。そして、目標に近づくと大きく口を開け、炎が爆発するように一気に広がります。
本当は森の中で火属性魔法を使いたくはないのですが、ザック様のお命が掛かっているので止むを得ません。
この炎龍の咆哮という魔法ですが、ザック様と一緒に考えたもので、広範囲の敵にダメージを与える魔法として作ったものです。同じような魔法で獄炎の槍がありますが、この魔法は貫通力こそ凄いですが大勢の敵にはあまり有効ではありません。その欠点を補うため、目標に達したところで爆発する魔法を考えたのです。最初は普通の槍で考えていたのですが、ザック様が「竜の形にしたら脅しにもなっていいんじゃないか」と笑いながらおっしゃったので、このような形となりました。
この炎龍の咆哮は燕翼の刃と同じで木などの障害物は避けて飛んでいきます。ですので、熱量は凄いですが、目標にした大木以外に影響は少ないはずです。それに水属性魔法の魔術師も数人いらっしゃるそうなので、その方に消してもらえれば問題は無いと割り切りました。
周りでは鬨の声が未だに続いていますが、暗闇の中ではオークたちがどうなったのかは分かりません。一瞬、炎の竜の明るさでオークたちの影が見えましたが、すぐに見えなくなってしまいました。
「オークが逃げていくぞ!」
エルフの弓術士の方がそう叫びました。
良く見るとザック様の剣の光も消え、オークたちの咆哮も聞こえなくなっています。兄さんが私の横に立ち、「行こう、シャロン」と手を引きます。
早足でザック様のところに辿り付くと、既にメルちゃんが泣きじゃくりながらザック様に抱きついていました。ザック様もリディアさんもベアトリスさんも汗だくでかなりの激戦だったようです。ザック様の漆黒の鎧もところどころ土が付き、いつもの輝きを失っていました。
私が近づいていくと、「助かったよ」とおっしゃってポンポンと私の頭に手を置かれました。昔から褒めてくださる時の癖なのですが、小さな子供にする行為のようで少し気恥ずかしさを感じます。でも、嬉しいので何も言いませんが。
火の始末をし、全員で町に戻っていきます。
改めて全員無事に町に入れると思うと涙が出そうになります。ですが、ザック様は何かお考えのようで、それが気になりました。
私が尋ねると、
「良くこれだけの人たちに協力してもらえたものだと思って」
私はどう答えるか悩みましたが、
「皆さん、ザック様が危ないと聞いて、積極的に協力して下さいました。特にノートンさんは他の商人がたを説得して下さって……」
ウルリッヒさんの剣を出汁に使ったことは伏せておきました。いずれ知られてしまうかもしれませんが、お疲れのところに余計な話をお聞かせしたくありません。私は話題を変えるためにオークたちのことを尋ねました。
「さっきまでと様子が違ったように見えたんですが?」
「ああ、理由は判らないが、日没から少し経ったくらいに急に動きが変わった……もしかしたら、ルナに何かあったのか?」
「日没の少し後ですと、ちょうどメルちゃんが寝かし付けたくらいの時間だと思います。随分雰囲気が変わっていましたので、それが原因かもしれません」
ザック様はまた考え込まれました。
私の考えが合っていると思ったのですが、違ったのかもしれません。
「なるほど……シャロンの考え通りなら、明日以降も危険だということだ。何か手を打たないと拙いな……」
確かにそうです。
私の考えが合っているとしたら、ルナさんが眠っているからオークたちが落ち着いたということです。それなら目覚めた後はどうなるか分かりません。どうも、私は考えが浅いようです。今日のことで精一杯で、明日のことまで考えが及びませんでした。
そのことをザック様に伝えると、「気にしなくていい」と笑いながらおっしゃってくださいました。
「今は全員が無事だったことを喜ぼう。明日のことは明日考えればいいさ」
私には分かっています。ザック様はそうおっしゃっても恐らく今日のうちに何か手を打たれるはずです。ですが、ここでは「はい」と答えるだけにしておきます。だって、ザック様の笑顔が見られるんですから。
次話も別の人物の視点です。
後二話くらいで何となく謎解きになると思います。




