第十七話「リディの想い」
リディアーヌ視点の話です。
昔の仲間、ゴーヴァン・ロックハートから手紙が届いたのは、七月の下旬頃だったわ。
正直、中身はあまり覚えていない。
確か、“孫の指導をして欲しいから、一度連絡をほしい”と書いてあったと思うけど、ゴーヴィから連絡が来たことの方がうれしかったから。
私はここ数年間、生まれ故郷の北にある森の王国サルトゥースに篭っていた。そう、引き篭っていたの。
私は昔から人付き合いが苦手だった。
里にいる頃はよかった。お父様やお母様がいらっしゃるから、それほど疎外感を感じたことはなかった。もちろん、エルフの里では普通のことだけど、同世代の友達は少なかった。それでも周りの大人の人は皆やさしくて、楽しい思い出の方が多かった。
十歳の時、私が四つの属性を使える才能があると分かり、それが一変したわ。
お父様もお母様もそして里の長老たちも、私を魔術学院に入れたがった。私はこの里にずっと居たかったのに十三の時、学院に連れて行かれた。
出発前、お母様から、
「学院には大勢の子供がいるの。お友達がたくさんできるから楽しいわよ」と言われ、泣く泣く学院に行くことにした。
でも、学院はお母様の言うようなところじゃなかった。
誰も私に声を掛けない。
いいえ、声を掛けてくる人もいたけど、どう言っていいのか分からないけど、私を見る目付きが嫌だった。そう、里の近くでゴブリンを見たときに感じた、あの嫌悪感を思い出させたから。
同性の友達ならできるかと思ったけど、私から声を掛けても理由を付けて付き合ってもらえなかった。私はみんなから嫌われていると思った。
結局、学院にいた五年間に友達らしい友達は一人しかできなかった。
学院は首席で入学したから入学金は免除だったけど、奨学金を受けていたから返さなくてはいけなかった。
どこかに仕官することもできたけど、どこに行ってもあの目付きが付いて回ったわ。
それなら冒険者になってお金を返そうと、冒険者の街ペリクリトルに向かったの。
ここでも誰も私と組んでくれなかった。結局、ソロで依頼を受けるしかないと諦め、簡単な薬草採取なんかを受けていたわ。
三ヶ月くらいした時かしら、秋が深まった頃、森の中でゴーヴィに出会ったの。
初めて会った時、彼はたくさんの野犬に追いかけられていたわ。剣は真っ赤に濡れていたから、何匹か倒したみたいだけど、思ったより大きな群れだったみたいで、彼の体は傷だらけになっていた。
革鎧が赤くなるほど、そこら中から血を流していた。
私が潅木の茂みで薬になるキノコを採取しているところに、偶然彼が飛び込んできた。
私がいることに、彼は一瞬戸惑ったような表情を浮かべ、
「すまない! 人がいるとは思わなかったんだ!」と謝ってきた。
そして、私が何か言う前に、
「俺がここで足止めする! その隙に逃げてくれ!」と、荒い息のまま、そう叫ぶと、私を庇うように野犬に立ち向かっていった。
私は咄嗟に「魔法で援護するわ! 私が合図を出したら、その通り動いて!」と叫んでいた。
その時、なぜ彼を救おうと思ったのか、よく覚えていない。でも、その時の選択は間違っていなかったわ。
私が風魔法で援護すると、彼はすぐにそれに合わせて反撃していった。
二人で五匹の野犬を倒し、ホッとした瞬間、彼が倒れたの。
私はその時のことをあまり覚えていないけど、治癒魔法を掛けて、彼に肩を貸して街に戻ったみたい。
それから、彼とコンビを組むようになった。二ヶ月後にはもう一人の仲間、バルドゥール、バルが加わったわ。
バルは二m近い大柄の人間で、大きなハルバードを使っていた。
彼は私たちより七歳年上の二十五歳。傭兵の国フォルティスで有名な傭兵団に入っていたけど、何かのトラブルでソロになったって話。酒場でゴーヴィと意気投合したみたいで、そのまま仲間に加わったわ。
スピードタイプのゴーヴィ、パワータイプのバル、そして、弓と魔法の遠距離攻撃の私。私たち三人の名は、瞬く間にペリクリトル中に知れ渡っていったわ。
そして、四年後、ゴーヴィがベリンダという娘と結婚した。
彼の家は平民だけど、代々貴族に仕える従士の家系。
“親が決めた婚約者と結婚することになった。一ヶ月だけ向こうにいる”とだけ言って、彼は故郷に戻っていった。
そして、約束通り三ヶ月も経たずに彼は帰ってきた。
でも、なぜか彼との関係がギクシャクし始めた。バルが間に入ってくれたから、何とかやっていけたけど、解散は時間の問題だった。
そして、バルが死んだ。
誰のミスでもなかった。油断もしていなかったはず。
戦いの最後で、どこからともなく飛んできた流れ矢が、彼の首を貫いただけ。たったそれだけのことで、彼は逝ってしまった。
その後のことは良く覚えていない。
ゴーヴィに酷いことを言った気がするけど、何を言ったのか覚えていなかった。彼は寂しそうな顔を浮かべ、故郷に戻っていった。
そして、私は再び一人ぼっちになった。
誰とも組むことも、組もうと思うこともなかった。一人で依頼をこなし、流れていく時に身を任せていた。
ゴーヴィが手柄を立てて、騎士になったという風の噂を聞いた。
そして、彼が領地に移住するという話も。
彼が領地に移住してから五年、彼の領地ラスモア村で疫病が猛威を振るっていた。
私は彼の身が心配で形振り構わず、ラスモア村に向かったわ。
そして、私が村に着いたとき、彼の妻ベリンダが亡くなっていた。
私は安堵した。彼の妻にどういう顔をして会えばいいのかと悩んでいたから。
そう、私は酷い女。ゴーヴィとは恋人でも何でもなかった。一番親しい仲間だったけど、その人の最愛の人が亡くなったことを一瞬だけど喜んでしまった。
私は疫病を食い止めるため、治癒師として働くためと言って、彼の下に居続けた。
二年間も。
私はこのままではいけないと、マットの結婚を機に村を去った。
数年間、里に篭っていたけど、心は癒されなかった。確かにお父様、お母様はまだ元気だし、昔からの知り合いもいた。
それでも里が私の居場所とは思えなかった。そう、ゴーヴィとバル、私の三人で過ごした五年間だけが、自分の居場所を見つけられた時間。
里でこのまま静かに暮らすのもいいと思い始めたとき、彼からの手紙を受取ったわ。
最初はやっと心の整理が付きそうなのにと腹も立った。でも、それ以上に私を必要としてくれる人がいると聞いて心が躍った。
私は考えることなく、すぐに里から飛び出した。
里からここラスモア村まで千km以上。それをひと月もかけずに駆けつけた。そう、文字通り駆けつけたわ。女の一人旅だから本当ならどこかの隊商に混じるとかするのだけど、今回は馬を三回も替えて、ここを目指した。
八月二十日にここに着いた時、本当に懐かしかった。
村の風景は全く変わっていなかった。丘に広がる畑、長閑に草を食む家畜たち。真夏の暑さすら懐かしかった。涼しいサルトゥースから来た身にはちょっと厳しかったけど。
そして、この屋敷の門をくぐった時、まず思い浮かべたのが、ゴーヴィ。彼がどう迎えてくれるのか、それだけが気になっていた。
でも、屋敷に着いた時、とても不思議なものが私を迎えてくれた。
最初は神の使いがいるのかと思ったわ。なぜって、精霊たちが飛び回っているのが見えたから。
私が馬を降りると、そこにいたのは小さな男の子。
黄金を溶かしたようなきれいな髪に、秋の青空のような深く澄んだ蒼い瞳で、とても愛らしい顔の人間の男の子。
彼の周りには八つの属性の精霊たちが彼を取り囲むように踊っていた。
その時思ったわ。この子は精霊に愛されている子、すべての精霊から愛されている子だと。
私はよく見たくなり、何も考えずに近づき、彼の前で跪いていた。
そして、こんなに美しい人間の子供がいるのかと、思わず見つめてしまった。
見た目のことだけじゃないの。見た目だけなら、この子より美しい子供はいるわ。でも、精霊の姿が見える私には別の物が目に映っていたの。
七色の光と時折さす影が作る美しい舞台。その中心に立つ、まさに神の使いとしか言えない美しい生き物が。
しばらく見つめ、私もようやく我に返れた。そして、私の前に立ちすくむ少年の様子に気付いた。
私を見つめる彼の瞳は、大きく見開かれ、表情もなく立ちすくんでいたわ。
最初は私を警戒しているのかと思った。でも、すぐに違うのだと気付いたの。
彼も私を見て何か感じてくれたのかもしれない。ううん、そう思いたかっただけかもしれない。
二人の間に言葉もなく、静かに時が流れていった。
何とか私のほうから声を掛けると、彼は走って屋敷の中に入っていった。
もう少し一緒に居たかったのにと一瞬考えるほど、私は彼に惹かれ始めていた。
ゴーヴィが出てきて、昔のように抱きしめてくれた時には少しホッとしていた。
昔と変わらず、ここには私の居場所があると示してくれた。
その夜、ゴーヴィの話を聞いて、そんな馬鹿なと思う自分と、やはりそうねと思う自分がいた。
神から全属性を使える才能を授かったという話はすぐに納得できた。でも、彼のあの小さな体に、ゴーヴィと同じくらいの歳の魂が入っているとはとても思えなかったから。
でも、彼と話をしてすぐに分かった。
私よりずっと大人の心が入っている。そう、ゴーヴィよりも成熟した大人の心が。
その時は彼の過去について聞かなかったけど、彼は紳士だった。それにユーモアもあるし。
その姿を、そして、その子供の声を聴かなければ、お父様のような包み込んでくれる感じを受けたかもしれない。
それから魔法の授業をすることになった。
彼の友達、屋敷ではザック組と呼ばれている子供たちも一緒に授業を受けることになった。
二人の女の子から、かわいい敵意を込めた視線を受けたけど、私は楽しんでいた。
里ではいつも子ども扱いだったし、ゴーヴィだけじゃなく、ウォルトと彼の妻のモリーも気を使ってくれるから、自分でも子供っぽいことは自覚しているわ。
でも実際に小さな子供を相手にしたのは初めてだった。
学院時代の教師の真似をして授業を進めていくと、ザックは気付いたのか、苦笑いを浮かべていた。でも、私は気にせず、四人に私の知っていることを教えていった。
教師ごっこで浮かれていたのはそこまでだった。
小さい方の女の子、シャロンに魔法の才能があることに気付いたから。
さすがにザックほど精霊に愛されているわけじゃないけど、かなりの才能を秘めていると思ったわ。
でも、このままでは彼女に魔術師としての将来はないわ。ザックは学院に行かせてもらえるだろうけど、シャロンが学院にいくことは難しい。
同じような貧しい里の出身の私が学院にいけたのは、サルトゥースの王室の方針だったから。里の財力だけでは難しかったと思う。それでも、私も少なくない借金、奨学金に悩まされた。
私がこの村に永住すればいいのだけど、多分無理。
私は長命のエルフ。人間の十倍の寿命を持つ者。
ここにいれば、ゴーヴィを看取り、その後も知っている人たちを看取り続けなくてはいけない。
私がそれに耐えられるとは思えない。
ゴーヴィは、あと二十年は生きていると思う。でも、その先は?
人とエルフが共に生きるのは難しいと思う。
シャロンについては結論を先送りにしたけど、私がいる間に一人前にすれば問題ない。
ザックの影響なのかもしれないけど、ダンという少年も、メルという少女も普通では考えられないくらいの速度で剣術を覚えていると言っていた。
それならシャロンが魔法を取得するのも人並み外れて早いかもしれない。
事実、ザックは僅か十日で魔法を使えるようになった。
天才と言われ、四属性が使える私ですら、魔法の訓練を始めてから使えるようになるまで、半年以上掛かったわ。
それを僅か十日。いいえ、呪文を覚えて二回目に成功したのよ。
こんなことを学院で話したら、教授連中に笑われるに決まっている。
魔法の理論を理解し、魔力を感じ、更に魔力を操作できるようになっても、精霊に伝える技術は一朝一夕では身に着かない。これが常識だと。
私も彼を見なければ、同じように笑ったかもしれない。でも、彼は私の目の前でやって見せた。ならば、シャロンも同じように常識を打ち破ってくれるかもしれない。
私はザックが、“あの人”が学院に入学した後、どうするつもりなんだろう?
一緒にドクトゥスにいくのもいいかもしれないし、彼が帰ってくるのをここで待つのもいいかもしれない。
あと九年くらいあるわ。
それまでに結論を出せばいい。
焦る必要はない。
それにその先のことも……
でも、本当にここに来て良かったわ。
あの人に会えたことが、これほど私に希望を与えてくれるとは思わなかった。
さっきも思わず抱きしめてしまった。あの小さな体を。
そう、自分を止めることができなかった。
彼が来る前にお酒を飲んだのもそう。
素面で会うのが怖かった、ううん、お酒の力で素直になりたかったから。
これも人に言ったら笑われるわ。
いい歳をしたエルフの女が、人間の子供を愛し始めたなんて。
でも、笑われてもいい。一緒にいられるなら、私の居場所ができるなら。
明日からは本格的に魔法の修行を始める。
そうなれば、心を鬼にして彼を導かないといけない。でも、今日はゆっくり将来の夢を見させてもらおう。そう、楽しい夢を……
女性の一人称で一話すべてを使ったのは初めてです。
難しいですね。特に女性の恋愛感情とか未知の世界ですから(笑)。




