第十五話「授業」
八月二十一日。
リディの魔法の授業が始まった。
授業が始まると、学院時代を思い出したのか、教師のような口調で教え始めた。
(結構、ノリノリのような気がするな。小さい子供限定なら、意外と教師に向いているんじゃないか?)
俺の思いとは関係なく、彼女の授業は進んでいく。
「まず、魔法について説明しますね。魔法には八つの属性があります……」
彼女の説明を要約すると、魔法には属性神と同じく八つの属性――火、光、風、木、水、闇、土、金――がある。
魔法は人が持つ“魔力”を各々の属性の“精霊”に与えることによって、術者の望む現象に変える。
そのためには、魔力を精霊に与えることと、精霊に自分の願いをうまく伝えることが重要である。
魔力の与え方は人それぞれだが、魔力を与える量を間違えると大変なことになるため、充分な制御技術が求められる。
精霊に自分の望みを伝える方法としては、呪文による伝達がある。その他にも魔法陣を使う方法もあるが、イメージ力の強い者なら呪文も魔法陣もなしに魔法を使うことができる。
俺の理解では、人間の体が“増幅器”、人間の持つ魔力が“入力信号”、精霊の力が“電源”、そして、魔法が“出力”だ。
呪文と魔法陣が“バイアス”なのだろう。最適のバイアスに調整できれば、増幅率がアップするからだ。
人間の想像力が増幅器の性能と考えれば、それほど難しい考え方じゃない。
ただ、それが正しいのかは誰にも分からないが。
三十分ほどの座学だったが、メルとダンはほとんど舟を漕いでいた。
リディと俺はその姿に微笑むが、二人を起こした後、次のステップに移っていく。
まずは魔力を感じることから始めることになった。
リディは、へその辺りを触りながら、
「この辺に魔力が溜まっていると言われています。まずは魔力を感じてみましょう」
俺たちは皆、へその辺りに意識を集中し始める。
五分ほど、うんうん唸っていろいろやってみるが、全く感じない。
他の三人も同じようで、首を傾げていた。
リディもその結果を予想していたのか、「やはり難しいですね。では、一人ずつ私とやって行きましょう」と言って、立ち上がる。
「最初にダンからいきますよ。私が手をかざしますから、魔力を感じ取ってください」
そういってからダンの後ろに回り、抱え込むようにして、彼の腹に手を当てる。
「眼を瞑ってゆっくりと息を吐いて……どうですか? 分かりますか?」
ダンは何度やっても分からないようで、最後のほうには泣きそうになっていた。
「気にしないでいいですよ。ほとんどの人が分からないんですから。じゃ、次はメルね」
メルにも同じようにやっていくが、やはり彼女も感じることができないようだ。
負けず嫌いのメルは、何度もやり直すが、やはり無理だったようだ。
(魔法の才能っていうのは貴重なんだな。そういえば、この村にいる魔術師、つまり治癒師たちは三人だけだし、単純にいっても全人口の一%もいないんだからな)
メルもようやく諦めるが、その目にはうっすらと悔し涙が浮かんでいた。
(剣の才能があるから、無理に魔法を覚えなくてもいいと思うんだがな。まあ、そこがメルらしいと言えばそうなのかもしれないが。後でフォローしておいたほうがいいな)
三人目はシャロンだった。
リディが「どう感じる?」と聞くと、最初は戸惑ったような表情だったが、小さな声で「何かが動いている」と呟いていた。
リディも期待していなかったのか、その言葉に驚き、「これは? これは?」と何か別のことをし始める。
シャロンはその都度、うんうんと頷いていた。
「シャロンには魔法の才能があるわ。これは凄いことよ! 後でお父さんとお母さんにお話しさせてね」
リディは興奮気味にそう言うと、シャロンがコクンと頷く。そして、最後に俺の番がやってくる。
(シャロンにできて、俺にできないはずはない。全属性取得の才能があるはずなんだから)
俺はそう気合を入れて、リディを待つ。
だが、彼女が俺を抱え込んだ瞬間、その気合が一気に萎えていった。
(何かいい匂いだ。微妙に背中に何かが当たる……ああ、エルフは貧乳だと思っていたけど、結構スタイルがいいんだ……)
集中できない俺に気付いたのか、リディは小声で、「真面目にやりなさい」と叱ってくる。
その言葉に「ごめんなさい」と素直に謝り、再度気合を入れなおして、彼女の手の動きを感じていく。
最初は何も感じなかった。
集中するにしたがって、徐々に暖かいものを感じるようになっていく。
その暖かいものは、ゆっくりと形を作っていく気がし、意識すると長細い棒のような形に感じていた。
「棒が、長細い棒みたいなものがある。違う、蛇のようにくねくねとしている……」
俺の体の中をウネウネと動いていく。その様は恐怖映画に出てくる寄生する宇宙生物のようで、気色悪くもあった。
リディの手がゆっくりと円を描く。
さっきまでは半固形物のようなものが動いていたが、今は純然たる力の流れ、強いて言うなら水のような流れを体内に感じていた。
「今、あなたの魔力を循環させているの。正確には分からないけど、これがあなたの全魔力になるわ。分かるかしら?」
「ああ、分かるよ。これが魔力か……」
俺は少し興奮し、地のしゃべり方に戻っていた。
慌てて「凄い、凄い」と演技をするが、我ながらわざとらしかったかもしれない。
リディの手が離れるが、俺の中にある魔力を感じ続けていた。俺の魔力はへそ辺りに溜まっており、意識すると暖かくなるような気もしていた。
彼女も満足したのか、俺から離れていく。少し名残惜しいが、口に出すわけにもいかない。
「今日はこれでおしまいです。残念だけど、ダンとメルには魔法は使えないわ。でも、二人とも結構魔力を持っていますよ。魔力があれば魔道具を使うときに便利ですから、良かったですね」
俺がフォローを入れるまでもなく、リディがフォローを入れてくれた。
「明日からはザックとシャロンだけが授業を受けますが、二人も見たいなら、いてもいいですよ。将来、魔術師と一緒に仕事をするときにも役に立ちますから」
ダンとメルは笑顔で頷き、明日も来ると言っている。
「シャロンは後で、お父様とお母様を連れて来て頂戴。では、また明日」
ダンとメルはそのまま遊びに行こうとするが、シャロンのことがあるので、後で合流するといって二人とは別行動になった。
シャロンは自分の両親――ガイとクレア――を呼びに自分の家に戻り、その間に俺とリディは祖父の部屋に向かった。
祖父を見つけると、リディは少し早口で話し始める。
「ザックは別格だけど、シャロンっていう子も相当な才能よ。ゴーヴィ、あの子も一緒に教えるわよ」
興奮気味のリディに少し引き気味の祖父は「まあ落ち着け」と声を掛ける。
「シャロンの両親はこのことを知らんのじゃろう? 二人の意見も聞いてから決めねばならん」
リディも祖父の言葉が理解できたのか、少し落ち着き、同時に後悔に似た表情を見せていた。
俺は魔術師の才能があることは、いいことだと思っていたから、なぜそう言う話になるのか理解できない。
「魔法の才能があるということは、素晴らしいことなんじゃないんですか?」
祖父は苦笑に近い笑顔を浮かべながら、「一般的にはそうじゃな」と頷く。
「だが、それは魔術師の家系に生まれたものか、貴族の家に生まれたものに限られる」
俺は未だ話の筋が見えず、「それはなぜですか?」と首を傾げる。
「水や木、光などの治癒師になれる属性ならば良い。どの村にも修行の場があるからな。だが、普通の魔術師の場合、大成するためには誰かに師事するか、魔術学院に入るかせねばならんのじゃ」
そして、リディを見て
「リディアがずっと教えられるなら良い。魔術師の場合、一人前になるためには、最低でも十五年は掛かる。その間この村に居続けてくれるならな。それが難しいなら誰か師匠を探す必要があるんじゃ。中途半端な魔法の知識は身を滅ぼすからの」
その言葉に思わず彼女のことを見上げてしまう。
彼女の表情は少し曇っており、
「あなたの言う通りね。私がいつまでここにいるか分からないし、元々、あなたの頼みではザックが学院に入るまでっていう話だったから」
「学院に入るのは難しいんですか?」
「確かに入学試験は難しいと聞く。それよりも問題は金じゃ。入学金で一万C(=一千万円相当)、年間で最低三千Cは掛かる。お前なら首席で合格して、入学金免除を受けられるじゃろう。しかし、それが難しければ……」
祖父の言いたいことが分かった。
(なるほどな。中途半端な知識だと、まともな魔法が使えなかったり、魔力の調整が下手なままだったりして使い物にならないか。最悪、魔力切れで死ぬ可能性もあるってことだな。リディがずっと教えてくれればいいが、冒険者稼業の彼女に子供の弟子がついて行くのは難しい。そうなると、学校か。入学金と授業料。この貧乏な村の従士の家では絶対に出せない金額だ。さて、どうするかな……)
その後、ガイとクレア、シャロンの三人が祖父の部屋にやってきた。
俺はその話し合いに参加できないため、部屋から出て行ったが、後で聞いた話では、普段控えめなシャロンが強く主張したらしく、ガイも渋々認めたそうだ。
何でもきちんと修行を終えることができなかったら、一生魔法を使わないと約束すると泣いて頼んだそうだ。
俺は将来に禍根を残さなければいいがと思ったが、リディが予定を変更してシャロンの修行を続けてくれる可能性もあると思い直していた。
(将来、何があるか分からない。それなら可能性=夢を潰すようなことはしないほうがいい。やめて後悔するくらいなら、やって後悔したほうがいい。いざとなったら、俺がシャロンの分も稼げばいいさ。こうなると特産品で稼ぐことを、真面目に考えたほうがいいかもしれないな……)




