第二十九話「告白の余波」
トリア暦三〇一七年七月十九日、午後三時頃。
今日の午前中、俺はデズモンド・ゲートスケル准男爵の部下、ハリソン・ガネルに暗殺されかかった。傷自体は大したことはなかったが、攻撃に使われた短剣には毒が塗られており、かなり危険な状況に陥った。
俺の持つ毒耐性のスキルと咄嗟にかけた解毒の魔法、そして、リディの治癒魔法がなければ、死んでいたかもしれない。
今回、俺に油断があったことは事実だ。
ハリソン・ガネルがルークス聖王国との戦いで、暗殺を行っていたという噂は聞いていたが、実際にどのような方法をとっていたかまでは誰も知らなかった。そもそも、彼の過去は謎が多い。ガネルは帝都の出身と言われており、ここ北部域に知人もなく、ゲートスケル准男爵以外、彼の過去を知る者はいない。
俺の油断は帝国騎士に対する思い込みがあったことだ。いくら魔術師として名が売れているとはいえ、俺程度の暗殺に毒のような姑息な手段を用いるようなことは、彼らの高いプライドが許さないはずだという思い込みがあったのだ。もう少し慎重に事を進めていたら、ここまで危機的な状況になることはなかっただろう。
結局、市内を巡回中の第二騎士団の兵士たちに運ばれて、ウェルバーン城に戻ることになった。肩の傷は浅く、毒自体も三十分ほどで完全に消えたため、問題は全くなかったのだが、心配する彼女の懇願を受ける形で城に帰ってきたのだ。
父に事の顛末を報告し、更にリディたちにもガネルを誘き出すために自ら囮となったと説明した。
リディとベアトリスは烈火の如く説教を開始する。
久しぶりに正座をした。
硬い石の床で、それもブーツを履いた状態で。もちろん、自主的に行ったものだ。決して、二人を恐れて本能的に行ったものではない。
二人の説教より堪えたのが、メルとシャロンだった。
先日の城内での戦闘でもかなり心配を掛けていたようで、俺が死にそうになったと聞き二人は涙を浮かべて「無茶なことはしないでください」と懇願してきたのだ。
俺は正座した状態から頭を床に付け、所謂土下座の姿勢で全員に謝罪した。
後で知ったことだが、父も俺と同罪と言うことで母からかなり叱られたそうだ。普段温厚な母だが、こういう時は腹を空かせた竜より恐ろしい。それはともかく、口止めを頼んだのは俺なので、父には悪いことをしたと思っている。
俺が皆に謝罪していると、第一騎士団長ブレイスフォード男爵からの使いがやってきた。
使者である騎士は、俺が土下座に近い形で謝罪していることに対し、驚きの表情を浮かべていた。だが、すぐに見て見ぬふりをしながら、ガネルが重大な告白をしたので、父とともに辺境伯の執務室に来て欲しいと伝えてきた。
俺はこれで助かったと僅かに安堵の息を吐く。だが、リディとベアトリスには気付かれたようで、用事が済んで戻ってきても、再び説教が始まることは間違いない。
俺は暗い未来に暗澹としながらも、ともかく立ち上がるべきだと考えた。だが、焦る俺は痺れた足のことを忘れており、立ち上がりざまに足をもつれさせてしまう。
俺の目の前では未だ怒り心頭のリディが冷たい視線を送ってくる。
(駄目だ。足が痺れて歩けない……足の痺れって、麻痺の回復でいいのか? それとも普通の治癒の方が効くんだろうか?)
現実逃避のため、そんなどうでもいいことを考えていた。
使者の咳払いで我に返り、慌てて普通の治癒魔法を掛けて脚の痺れをとる。歩けるようになったことを確認し、早足で辺境伯の執務室に向かった。
執務室に入るが、そこには辺境伯、腹心のオールダム男爵、ブレイスフォード男爵の三人しかおらず、傍に控えているはずの文官たちの姿すらなかった。
最初に感じたのは、部屋を覆う重苦しい空気だった。
ガネルを捕らえ、明日の式典の憂いが取り除かれたはずなのに、未だに危機が去っていないかのような重苦しさだった。
(重大な告白って奴が相当重い内容だったのだろうな。全く想像がつかないが……)
俺たちが席に着くと、ブレイスフォード男爵がゆっくりと口を開く。
「ガネルの告白の内容だが、思わぬことが判ったのだ……」
ガネルの告白を騎士団長が苦々しい表情で語っていく。
ガネルが帝都の大貴族に嵌められ家族や部下を失ったことに始まり、報復のためにルークスから舞い戻り、ゲートスケル准男爵に仕えるようになったこと、ゲートスケルの栄達のため、彼やタイスバーン子爵の邪魔になる者を暗殺したことなどが語られていく。
辺境伯の嫡男パトリックが暗殺されたという話では、騎士団長は怒りに声を振るわせ、
「あの者がおらねば……パトリック様は……ルークスの狂信者に……おかしいと思っていたのだ。あれほど元気であられたパトリック様が急に病魔に……」
騎士団長はそれ以上言葉を続けることが出来なくなる。
オールダム男爵が話を引き取り、ガネルの告白の内容を話していった。
ガネルの告白の話が終わる。
誰も口を開かず、沈黙が場を支配する。
俺も全く予想していなかった事実を知り、言葉を失っていた。横にいる父も同じように驚愕の表情のまま口を開くことができない。
(ルークス聖王国は思った以上に厄介な相手だ……)
これが聞き終えたときの第一印象だった。
今回のガネルの件は偶然かもしれない。だが、十年近く前から帝国内に混乱を与えようと画策していたことは事実だ。少なくとも帝都を含め、帝国内に多くの工作員を送り込んでいることだけは間違いない。
事実、アウレラの商人を名乗るオーラフ・オウレットは、数十年も前から商業ギルドに登録しているそうだし、帝国軍の事情にも詳しいようだ。
更に薬物関係の知識も脅威だろう。
光神の血なる麻薬、俺を襲った時に使った猛毒、パトリックを殺した時に使った二種類の薬品……そのどれもが恐ろしい薬であることは間違いない。どの程度制約があるかは判らないが、今回のようなテロリズムに使用されると防ぐことは難しい。
俺がそんなことを考えていると、薄く目を瞑って話を聞いていたヒューバート・ラズウェル辺境伯がゆっくりと話し始めた。
「ルークスに相応の報いを与えねばならぬ。暗殺や陰謀をすべて否定はせぬが、手を出してはならん相手に手を出してしまったことをしっかりと刻み付けてやらねばな」
温厚な辺境伯からは想像できないほど冷え切った口調でそう言い切った。
その言葉を聞き、背筋に冷たいものが流れる。そして、真夏だというのに皮膚が粟立つような寒気を感じていた。
オールダム男爵もブレイスフォード男爵も辺境伯の言葉に頷き、部屋は冷気にも似た殺気に包まれていた。
「そこでだ。ザカライアス卿の知恵を借りたい。もちろん力もな」
辺境伯は据わった目で俺を見つめ、耳に届くギリギリの声で話しかけてきた。
俺は場の雰囲気に飲まれそうになりながら、「知恵はともかく、力とは……」と声に出すので精一杯だった。
「卿なら鍛冶師ギルドを動かせる。ドワーフたちを使って、各国に圧力をかけるのだ」
「圧力ですか……」
「そうだ。ルークスに対して宣戦布告するよう圧力をかけるのだ。協力せねば、ドワーフたちを引き上げさせるとな。商業ギルドも今回の件では我らに協力せざるを得ぬだろう。鍛冶師ギルドと商業ギルドが動けば、ラクスもサルトゥースも動かざるを得ぬ。もちろん、カウムもな」
辺境伯は鍛冶師ギルドを通じて各国に脅しをかけ、中立を守っているラクス・サルトゥース連合王国やカウム王国を動かし、更に商業ギルドにも手を回して都市国家連合に属する各都市も包囲網に加わらせる。
辺境伯の考えどおりなら、ルークスは世界中を敵に回すことになり、一気に崩壊するだろう。
(辺境伯は嫡男を殺されたと聞いて完全に逆上しているようだ。冷静に考えれば北部総督の権限を遥かに超えたことだとすぐに判るはずなんだが……ブレーキ役のオールダム男爵ですらそれに気付いていない……協力する気はないが、どう説得したらいいのだろう……)
正直なところ、辺境伯らの考えに賛同するつもりはない。ドワーフたちを政争の道具にする気など俺には微塵もない。
だが、この雰囲気でそれを言い出すことに躊躇いがあった。彼らの纏う雰囲気から、反対するもの全てを敵と看做すと宣言しているように思えたのだ。
常識的な意見を述べて、彼らの反応を探る。
「帝都へはどのように説明するのですか? このような外交問題は北部総督府の権限を逸脱していると思いますが?」
俺の問いに辺境伯は何も答えなかった。代わりに騎士団長が話し始めた。
「卿はルークスを放置せよと言うのか! 奴らは神の名を騙るだけでなく、暗殺などと言う卑劣な手段を使ってきたのだ! これを放置すれば、これから先も奴らは卑劣な手段を使い続けるはずだ。それを見過ごすことなどできぬわ!」
完全に頭に血が上っており、冷静な判断が出来ないようだ。
「私もルークスは放置すべきでないと考えます」
俺の言葉に辺境伯が「ならば手を貸してくれるのか」と声を上げる。
俺は「いいえ」と答えながら頭を振る。
「なぜだ! 卿が協力せねば、奴らを、狂信者どもを叩き潰すことができん!」
そして、父に視線を向け、
「マサイアス殿! 卿なら分かってくれよう! ロックハート家は我がラズウェル家と縁を結ぶのだ。ならば儂に、我が息子の仇を討たせてくれ……」
俺は父がどう答えるのか気が気ではなかった。基本的に政治や外交と言った話が得意ではなく、辺境伯の言葉に頷くのではないかと心配していたのだ。
だが、父は躊躇いながらも首を縦には振らなかった。
「私に、我がロックハート家に出来ることであれば、万難を排してでも協力させていただきます。ルークスとの戦において、死地に赴けと命じられれば喜んで向かいます……」
辺境伯はその言葉に一瞬表情を輝かせる。
「……ですが、鍛冶師たちを使うことだけは承服できかねます」
辺境伯は父の答えが意外だったのか、「なぜだ」と口にするのが精一杯だった。
「鍛冶師たちと我がロックハート家は主従でもなければ同盟関係でもありません。ただ友誼によって結ばれておるに過ぎぬのです。此度の閣下の策は私怨によって戦を引き起こそうとするもの。大義無き戦に“友”を巻き込むことはできませぬ」
父は辺境伯や騎士団長の強い視線を受けても全く怯まず、そう言い切った。
「卿は私怨というが、帝国の要人に暗殺者を差し向けたのだ。それに対する報復であれば私怨とは言えん」
辺境伯の言葉に父は再び頭を振る。
「証拠はガネルの証言のみ。それだけを信じ、仇を討とうとされるのは私事と言わざるを得ません」
俺は父を支援するため、「私も父と同じ考えです」と話に割り込む。
「閣下も先日ご覧になったはずです。あの素朴なドワーフたちを、このような陰謀に巻き込むなど私には出来ません」
父と俺の言葉に辺境伯らは沈黙する。
「ですが、ルークスを放置するわけにはいきません。戦の上での謀略、陰謀なら否定はしませんが、それ相応の報いを受けることを教えてやるべきでしょう」
ブレイスフォード男爵が「どのような報いを与えるつもりなのだ?」と疑問を口にする。
「ルークス聖王国、いえ、光神教の指導者たちに教訓を与えてやるのです。このようなことをすれば、お前たちが広めようとしている光神教は信じるに値しない教えであり、世界中から光神教の信者が消えていくだろうと……」
辺境伯は「具体的にはどうするつもりか?」と興味を示す。
俺は自らの考えを説明していった。
今回の事実を大々的に公表する。
ルークスが毒を使った暗殺を頻繁に行っており、帝国だけでなく、自分たちの不利益になる人物を排除しようとしていると、実行犯であるハリソン・ガネルに公の場で証言させる。それもガネルが光神教の信者であり、ルークスから潜入した工作員であると言う筋立てで。
ルークスが光神教の教会を各国に作っているのは破壊工作の活動拠点にするためである。今は弱者救済を謳って貧者に食事などを施しているが、すぐに薬物を混ぜて隷属化しようとするだろう。実際、タイスバーン子爵領内に送り込まれた奴隷たちはルークス国内の貧民であり、そのほとんどが“光神の血”の中毒患者だった。彼らは薬物中毒にされた挙句、敵国内に送り込まれている。光神教は自国の信者すら使い捨てる。つまり、彼らを受け入れれば、同じようなことがどこでも起きるのだと証言させる。
ガネルに証言させる内容はほとんどが事実だ。ガネル自身がルークスの工作員でないこと、すべての光神教関係者が工作員になり得るという点は事実ではないが、他の点については全て事実だ。一部でも真実が含まれていれば、話全体も真実であるのではないかと考え易い。特に光神教を苦々しく思っている人たちにとっては、十分に腑に落ちる話だろう。
だが、この程度ではルークスは動じない。
敵国からの誹謗など無視するに決まっている。しかし、もう一つ手を打つことでルークスの“聖王府”にダメージを与えることが可能だ。
聖王府の行った謀略はすべて失敗に終わったと世間に認識させるのだ。
辺境伯は俺の話を聞き、冷静さを取り戻しつつあった。そして、俺に二つの点で疑問があると言ってきた。
「……一つはガネルが素直に従うかと言う点。もう一つが聖王府の謀略の全容が分からぬのにどうやって失敗したと証明するかだ。特に聖王府の謀略の一部は成功しておる。パトリックを暗殺したことで、帝国北部に混乱を与えたことは間違いないのだからな」
俺は小さく頷き、「ご懸念はごもっともかと」と答える。
「その二点についてはうまくいく方法がございます。ですが、これには閣下の決断が必要になってまいります」
辺境伯は静かに「具体的には?」と尋ねてきた。
俺は勤めて冷静な声で、こう告げた。
「コンスタンス・タイスバーン子爵閣下とデズモンド・ゲートスケル准男爵の罪を問わぬと宣言するのです」
「コンスタンスとゲートスケルの罪を問わぬだと? あの者らは我らを、卿を含めロックハート家にあだなそうとした者。卿の策により、ルークスの被害者であると公表しておるが、事実は違う。そのことは卿も判っておろう?」
俺はそれに頷くが、想定の問いであったため、すぐに自分の考えを披露していく。
「確かにそれは事実です。ですが、タイスバーン子爵閣下はともかく、ゲートスケル准男爵も最初から閣下を打倒しようとしていたわけではありません。あくまでルークスの工作員オウレットの脅迫に屈した結果。准男爵の罪を問わぬことを条件にすれば、ガネルは素直に我々の策に乗ってくるはずです……」
タイスバーン子爵の処分を取り消した上で、ゲートスケル准男爵の罪を不問とする。
タイスバーン子爵は今回の件で支持を失っており、処分を取り消したとしても問題にはならない。これ以上、子爵が何か起こそうとしても、また敵国に利用されるつもりかと思われるだけで、国内の者は誰も協力しないだろう。
ゲートスケルの方だが、こちらは罪を不問とした上で北部総督府で重用すると発表する。元々有能な官吏であり、経験さえ積めば帝国でも有数の能吏になると評価されているから、真相を知らなければ不自然な話ではない。
これらが光神教の指導者たちに伝わればどうなるか。
帝国北部域に混乱を引き起こすという策が失敗しただけではないと気付くはずだ。結果だけ見れば、ラズウェル辺境伯家のお家騒動は何事も無く収束しただけでなく、北部域で最も貧しかったタイスバーン子爵領を発展させたという事実だけが残る。帝国は自らの資金を用いることなく、貧困地域の振興策を成功させたことになるのだ。
それだけならまだいい。
今回の失敗でアウレラが反ルークスを表明することになるから経済的にダメージを負うことになる。ルークスの外貨獲得の手段が無くなることを意味する。
更に、怪しげな薬物を使ったことを大々的に公表することから、光神教の布教活動にも支障が出ることは間違いない。つまり、経済的な損害だけでなく、政略的にも損害は大きい。
光神教の指導者たちは表層的なところしか見ないから、この結果に激怒するだろう。つまり、ルークス国内で聖王府と教団本部の確執は一層深まる。
今回の失敗はすべて聖王府に責がある。カウム王国での失策――鍛冶師ギルドと問題を起こしドワーフの鍛冶師たちがルークス国内から退去した――によって力を落とした教団本部にとっては巻き返しの絶好の機会であり、ルークス国内では混乱が生じることは間違いない。
その混乱を最小限に食い止めるために、聖王府の上層部は今回の失策の責任を実行者たちに取らせるはずだ。当然、オウレットも処分の対象になるだろう。
ガネルがこの策に従うかについては、ゲートスケルを窮地から救えると言ってやれば、忠誠心の篤い彼ならすぐに首肯するはずだ。更に策が成功すればオウレットに報復できると教えてやってもいい。彼は自らが引き合わせたオウレットのせいで准男爵が窮地に陥ったと思っているから、必ずこちらの言うとおりに証言するはずだ。
俺がそこまで説明すると、辺境伯は苦り切った表情を浮かべる。
「確かにルークスにひと泡吹かせることができる。だが、パトリックを亡き者にしたオウレットをこの手で殺せぬではないか……」
俺がそれに答える前にブレイスフォード男爵が声を上げる。
「卿の策は間違っておらぬ。だが、第四大隊はゲートスケルの策によって殺されたのだ! 如何にルークスに追い詰められていたとはいえ、城での反乱騒動は奴自らが主導し、引き起こしたものだ! それを不問にすることなど、賛同できるはずがない!」
心情的には騎士団長の言いたいことは理解できる。だが、俺はあえて強い口調で反論した。
「では、総督閣下の策に従って、ドワーフたちを使えとおっしゃるのですか! それで亡くなった騎士や兵士がたが納得されると、そうお考えなのですか!」
騎士団長もドワーフを使うという策に納得していなかったのか、俺を睨みつけるだけで反論してこなかった。
「これは戦です。ですが、あくまで帝国とルークス聖王国の戦争なのです。その戦争に関係のない者を巻き込むことが許されるのでしょうか?」
俺は辺境伯たちにそう問いかけながら、彼らの表情を窺う。先ほどの冷たい殺気に満ちた表情は消え、僅かに苦悩していることが判った。
それを確認し、更に説得を続けていく。
「……それだけではありません。ラズウェル家が取り潰されるかもしれないのです。それを亡くなった方々が望んでいるとそうお考えなのでしょうか?」
俺の言葉に沈黙が広がる。その沈黙を辺境伯が破る。
「確かにそうだな……パトリックのことで頭に血が上っていたようだ。パトリックも第四大隊の勇者たちも我がラズウェル家を犠牲にしてまで仇を取ってほしいとは思わぬだろう……」
そして、ブレイスフォード男爵に対し、
「卿の気持ちも判る。騎士たちも同じ気持ちだろう。ザカライアス卿の策に納得せよとは言わぬ。コンスタンスやゲートスケルとわだかまりなく付き合えとも言わぬ……」
そこで頭を下げ、
「だが、此度はザカライアス卿の策でいく。堪えてくれんか」
ブレイスフォード男爵は慌てて「頭をお上げ下さい」と言った後、
「少なくとも心情的には納得はできませぬ。ですが、これ以上の良案を出せぬ以上、仕方ありますまい」
オールダム男爵も頷き、
「ザカライアス卿のおかげですな。我らだけでは頭に血がのぼったまま、敵に利するだけであったかもしれません」
辺境伯は穏やかな表情で頷き、俺に向き直る。
「卿にゲートスケルとガネルの説得を頼みたい。我らでは彼らを目にして冷静さを保つことは出来ぬだろう。面倒事だが頼まれてくれぬか。もちろん、卿に全権を委ねる」
俺は頷き、「判りました。何とか説得してみます」と答えた。
今回は理性的な対応をするよう、辺境伯たちを説得した。だが、俺自身に置き換えて考えた場合、理性的な対応が出来るとは思わない。
もし、家族や仲間を理不尽な理由で傷付けられたら……もし、リディたちが殺されたら、そうなった場合、俺は間違いなく、自分が取れる手段は全て使って復讐するだろう。
俺のもちうる全ての伝手を使って権力者を追い詰めるだけでなく、自らの手で止めを刺すだろう。世界最強といわれるカエルム帝国の皇帝であろうと、アクィラ山脈――東の大山脈――の果てにいる魔族の王であろうと、あらゆる手を使って報復する。
その点では心情的にブレイスフォード男爵に近いと言える。
(実際、そんなことが起これば、自分を抑える自信が無い。今は封印している前世での知識と魔法を最大限に利用すれば、原始的な核兵器……ウラニウム爆弾の製造はそれほど難しい話ではない。金属性魔法を使えば、ウランの抽出は容易に出来るし、実際に抽出したこともある。ウラン二三五を分離し、濃縮するには多少時間が掛かるだろうが……起爆装置も魔法を使えば……)
そこまで考えたとき、自分が先走っていることに気付く。そして、自ら考えていたことに慄然とする。
(なまじ力を持ったから考えが過激になっているようだ。こんなことは考えてもいけない……だが、今回のことは他人事じゃない。陰謀に巻き込まれないように注意すべきだ。今回のウェルバーン訪問では陰謀に巻き込まれ続けてきた。すべてをコントロールすることはできないにしても、もう少し注意を払っておけば未然に防げたものもあるはずだ……)
俺はそんなことを考えながら、ハリソン・ガネルのいる部屋に向かった。




