第二十話「後始末:後篇」
ラズウェル辺境伯の腹心、フェルディナンド・オールダム男爵から、第四大隊の反乱の処理について相談を受けた俺は、父マサイアス、兄ロドリックとともに辺境伯の執務室に向かった。
執務室に入ると、辺境伯が執務机で頬杖をつき一点を見つめていた。
「お館様。私の一存でマサイアス卿、ザカライアス卿をお連れしました」
辺境伯は「うむ」と気のない返事をした後、「済まぬ。考え事をしておった」と軽く頭を下げてきた。やはり、この状況をどうするかで相当悩んでいるようだ。
辺境伯は僅かに苦笑したような表情を見せた後、立ち上がり、俺たちに頭を下げた。
「マサイアス卿、ザカライアス卿。まずは改めて礼を言わせて貰おう……」
俺たちに礼を言った後、部下である兄ロドリックにも真摯な表情で感謝の言葉を述べる。
俺たちは慌てて頭を下げ、父が代表して「我らは当たり前のことをしたまで。礼には及びませぬ」と返すので精一杯だった。
その後、僅かに間が空き、沈黙が執務室を支配する。俺は覚悟を決め、辺境伯に考えを聞いた。
「失礼ながら、閣下はこの状況をどうお考えでしょうか?」
俺のストレートな問いに対し、「うむ」と一度口篭った後、話し始めた。
「少なくともルークスの関与は公表せねばなるまい。コンスタンス――実弟のコンスタンス・タイスバーン子爵――の関与も同様であろう……だが、そうした場合の影響がどの程度のものになるのか、それが読めぬのだ」
予想通り、無難な線で事実のみを公表することを考えているようだ。
俺はこの部屋に来るまでに考えたことを話すことにした。まだ、十分に練れているとは言い難いが、老練な政治家である辺境伯なら俺の言葉から更にいい案を考えつくかもしれない。
「部外者ではございますが、私の考えをお聞き頂けますか」
辺境伯は「部外者とは言えぬよ。卿も被害者であろう」と力なく笑う。
「では、私の考えを話させて頂きます。最初にお断りいたしますが、耳に心地よい話ではございません」
辺境伯は俺の言葉に小さく頷く。
「ルークスを徹底的に糾弾することは当然でしょう。オウレット商会がルークスの手先となっていたことは明らか。ですが、ルークスを糾弾しても、解決にはなりません」
辺境伯は「そうだな」と呟く。
「ルークスは敵国である帝国からの糾弾など痛くも痒くもありません。ですが、敵国以外、更に言えば、彼らの利害に直接影響するところからならばどうでしょう……」
俺はそこで言葉を切り、辺境伯の表情を窺う。彼は未だに苦悩した表情のままだった。
「……つまり、我々からではなく、第三者から間接的に攻撃するのです」
辺境伯は「間接的に?」と疑問を口にする。
「はい。間接的にです。ルークスと取引のある組織であり、今回の当事者に」
辺境伯は「アウレラか」と呟く。
「はい。アウレラの商業ギルドです」
辺境伯は小さく頭を振る。
「しかし、アウレラは今回の当事者ではあるまい。まあ、奴らのことだ。全く知らぬわけでもないだろうが……先を続けてくれんか」
俺は小さく頷き、話を続ける。
「今回、アウレラの商人オーラフ・オウレットなる者が直接的な当事者であることは事実。そして、重要なのはオウレット商会が現在でも商業ギルドに籍を置いていることです。つまり、商業ギルド、つまりアウレラが関与していると言っても誰も疑いません……」
俺は再び言葉を切り、辺境伯の表情を見た。先ほどまでの焦燥した表情とは異なり、冷徹な政治家らしく表情を一切表わさなくなっていた。
「……アウレラとルークスの聖王府が帝国に混乱を与えるため、ここ北部域で麻薬の製造を行った。そして、閣下はそれを突き止め、阻止しようとした。そこで、彼らは閣下を亡き者にすべく、ゲートスケルを薬で操り、反乱を起こさせた……」
俺の考えたシナリオはこうだ。
ルークス聖王府、アウレラの商業ギルド、そのどちらにもラズウェル辺境伯を排除したいという共通した思惑がある。
ルークス聖王府は言うまでもなく、敵国カエルム帝国に直接的な混乱をもたらすことが出来る。
一方、アウレラは北部総督府が力を弱めれば、アウレラ街道――西のアウレラと東のペリクリトルを結ぶ北部の主要街道――での相対的な力関係を改善できる。特にロークリフを独立させ、都市国家連合に引き込めば、ファータス河――カウム王国から流れる大河――の北側に帝国の拠点は無くなる。これにより、制限の多いアウレラ街道での行動の自由を得ることができるようになる。
このようにどちらにも十分な動機があり、世間を納得させるだけの説得力を持つ。
そして、その二つの勢力が秘密裏に手を結んだ。
彼らが手を結ぶ理由はこうだ。
ルークスの聖王府は聖王国内での権力争いを有利に進めることを目的に、教会内部の武闘派、聖騎士たちを取り込むため、彼らが欲する“光神の血”を必要とした。
そして、アウレラの商業ギルドは“光神の血”の生産で利益を上げるとともに、何度も踏み倒され煮え湯を飲まされている狂信的な聖職者たちではなく、実利をとる行政府、つまり聖王府と手を結ぶことを選んだ。
彼らはルキドゥスの血をルークス国内ではなく、国外で生産することを考えた。更に聖王府はルキドゥスの血の生産によって帝国に混乱を与えることができると考えた。
その標的として選ばれたのが、ラズウェル辺境伯家だった。
聖王府とアウレラはラズウェル辺境伯の唯一の弱点、後継者問題に着目した。
まず、タイスバーン子爵領内でルキドゥスの血を生産させる。成功すれば、タイスバーン子爵の力が増し、辺境伯との間に確執が生まれる。もし失敗してもタイスバーン子爵の不正を辺境伯の責任とすることができる。
それを実行するためにタイスバーン子爵の腹心、ゲートスケル准男爵を取り込むことにした。だが、ゲートスケルは彼らの申し出を断った。そこで敵は光神教の怪しげな薬物を使い、ゲートスケルを傀儡とした。
ここで重要なのは、ゲートスケルがルークスに操られたという話に疑いを持たれないことだ。
ゲートスケルは野心家であると噂されており、彼がルークスと手を結んだとしてもおかしくないと思われている。実際、その通りだったので、それを否定するには更に信憑性のある話が必要だ。
しかし、“光神教”が関与していると言えば、それだけで信憑性を持たせることができる。それだけのことを光神教の聖職者たちはやっているし、帝国内では対ルークス戦の戦意高揚のためにネガティブな噂を意図的に流してもいる。
そして、光神教は神の奇跡を疑うことを禁じる極端な秘密主義であること、圧倒的な戦闘力を持つ獣人奴隷部隊を使っているという事実がある。このことから、人の心を操ったと言えば、ほとんどの人は信じるはずだ。光神教の信者ですら信じるだろう。
話を戻すが、アウレラはゲートスケルを重用しているタイスバーン子爵を使って、ラズウェル家および帝国に混乱をもたらすべく動き始めた。
聖王府およびアウレラの思惑は成功しつつあった。だが、為政者として有能な辺境伯はいち早く彼らの策謀を察知し、素早く手を打ち始めた。
辺境伯の迅速な対応にアウレラが焦った。
もし、辺境伯が自分たちの関与を知れば、必ず報復してくるだろうと。
ならば、その前に辺境伯を排除してしまえばいい。幸い、帝国政府には自分たちのことが知られていない。今のうちにゲートスケルに反乱を起こさせ、辺境伯の生命を絶ってしまおう。もし、失敗しても、最悪でも政治生命は絶てるだろうと考えた。
「……つまり、今回の首謀者はルークスの聖王府であり、彼らと通じているアウレラの商業ギルドであると。そして、第四大隊に謀反を起こさせた実行犯、ゲートスケル准男爵は、彼らに薬で操られた不幸な被害者とするのです」
辺境伯は黙って聞いている。俺は更に話を続けていく。
「ルークスが首謀者であり、それに拝金主義のアウレラが手を貸した。そう公表すればどうなるか。ここ北部域では反ルークスはもちろん、反アウレラの機運も高まるでしょう……」
「それではアウレラへの出兵論を抑えられぬ」
「ですから、内々に商業ギルドの高官にこう伝えるのです。“アウレラが誠意を見せねば制裁が加えられるだろう”と。そう、彼らを恫喝するのです。そして、彼らに、“身の潔白を証明したいなら、ルークスを非難する声明を出し、更に経済制裁を加えろ”と命じるのです」
辺境伯は何も言わなかった。俺は更に話を続けていく。
「面従腹背が常であるアウレラは、その程度の恫喝には屈しないでしょう。彼らは時が経てば閣下が苦しい立場になると分かっておりますから。時間を稼ぎ、その間に帝都に工作を行えば、制裁など加えられるはずがないと考えるはずです。そこである国を利用します」
「ある国?」
「西の島国、ペリプルス王国です……」
ペリプルス王国はルークスの西に位置する島国で、アウレラとは海上での覇権を激しく争っている国だ。一般的には海賊国家と言われているが、これはアウレラの宣伝戦略のためで、実際には私掠船と呼ばれる国公認の海賊船が互いの商船を襲っているに過ぎない。
「……アウレラにはこう伝えればよいのです。“辺境伯領にも港はある。船もアウレラだけのものではない”と。恐らく、この言葉でアウレラは閣下がペリプルスと手を結ぼうと考えていると思うはずです。アウレラの富の源泉は海路を使った独占的な交易です。彼らのライバルとなり得るペリプルスと手を結ぶと思わせればよいのです」
辺境伯は静かに俺を見つめている。
「今までの話はすべて私の考えたこと。証拠はございません。ですが、否定する材料もないはずです。最初に申しましたが、決して褒められた方法ではないと……」
辺境伯は搾り出すように「……恐ろしいことを考えるものだな」と呟く。そして、真直ぐに俺の目を見つめる。
「……確かにアウレラは動かざるを得ないだろう。いや、卿ならこれも考えておるのではないか。“言うことを聞かねば、アウレラ街道を封鎖する”と」
俺は曖昧な表情で肯定も否定もしなかった。
辺境伯が言いたいのは、ロークリフを封鎖、ないしはアウレラの商人を狙い撃ちで関税を引き上げ、アウレラ街道の機能を麻痺させると脅すということだ。
確かにそれも考えたが、あえて口にしなかった。言わなくとも、辺境伯ならその程度のことは思いつくはずだし、更に言えば、この手は効き過ぎてアウレラが過剰反応するかもしれないと思ったからだ。
アウレラは現在でこそ交易を独占し栄えているが、帝国の北方戦略変更の隙を突いたに過ぎない。帝国が西のルークスに対応するため、北部への侵略を一時棚上げしていることが、アウレラの発展を促した。つまり、帝国の政策が変われば、アウレラの繁栄は一夜にして消え去る可能性がある。
北方戦略の全面的な変更とまで行かなくとも、政策の一部が変更になるだけで、アウレラの繁栄に影を落とす可能性は否定できない。帝国北部域は北のラクス王国や東のカウム王国と違い、草原地帯が広がっており、街道と言えなくとも村々を繋ぐ道は存在している。
その道を整備すれば、それほど労力を掛けずとも第二のアウレラ街道は建設可能なのだ。そして、アウレラの西側には帝国の漁村がいくつも存在している。この漁村の一つをペリプルスに開放すれば、すぐにでも港を拡張し、都市を建設するだろう。
もちろん、一年や二年で栄華を極めたアウレラが衰退するわけではないし、帝都の皇帝や貴族たちが黙っているとは考えがたい。だが、じわじわと効くこの策はアウレラを適度に追い詰めることができるはずだ。要は能力と意思を見せることが重要なのだ。それだけでアウレラは必ず屈する。
その一方で、アウレラ街道の封鎖は商業ギルドにすぐにダメージを与えることができる。つまり、即効性のある劇薬に似ているのだ。
いかに慎重な商人たちといえども、追い詰められれば何をしてくるか分からない。下手をすると手痛いしっぺ返しを食らう可能性がある。
だから、俺はあえてアウレラ街道の封鎖について言及しなかったのだ。
「アウレラはルークスに対し、制裁を加えざるを得ないでしょう。その上で帝都にはこう報告するのです。“ルークスと都市国家連合の力を同時に弱める策が成功した”と……」
辺境伯は「良かろう」と言って立ち上がる。
「ザカライアス卿の策で行く。帝都の貴族たちには“離間の計”が成功したと伝える。帝国の国益を考えた策だと思わせるのだ。これならば、無駄な戦争は起きぬ。まあ、ルークスへの出兵は避け得ぬがな」
自分で出した案だが、非常に後味が悪い。もちろん、証拠がないだけでアウレラの商業ギルドが関与しているかもしれない。いや、全く関与していないということはないだろう。
それでも証拠もなしに恫喝し、協力せざるを得ない状況に追い込む策というのは気持ちの良いものではない。
その後、ゲートスケル准男爵についての方針が決まった。彼はルークスに薬を盛られた被害者として公表するが、事の重大さに鑑み、自害を申しつけることとなった。
辺境伯はゲートスケルについて僅かに憐憫の情を見せた。
「あの者は運が無かった。もし、コンスタンスではなく、儂に仕えておったならば……あの者の才は儂を凌駕しておる。ここにおるフェルディナンドに匹敵するだろう……」
辺境伯はゲートスケルが自らの実弟コンスタンス・タイスバーン子爵に仕えたことが不幸の始まりだと断言した。そして、ゲートスケルの才能を高く買っていることを話し始めた。彼の腹心、フェルディナンド・オールダム男爵に匹敵すると評したのだ。
「……あの者には才があった。だが、経験が圧倒的に足りぬ。もし、儂に仕えたならば、十年後にはひとかどの人物となっておったであろうな。才能だけでは埋められぬものがあるということを知る機会を得られたはずだ……」
俺には素直に首肯できないところもあった。ロックハート家に対し、直接的な攻撃を仕掛けてきた人物だからだ。
だが一方で、もし、俺たちがいなければ、ゲートスケルの思惑通りに事が進んだ可能性は高い。たった一人で騎士団に罠を仕掛ける豪胆さやタイスバーン子爵に対する忠誠心など、評価に値する部分があることは認めていた。
「あの者の運の無さは、卿と敵対したことであろうな」
「それは買被りにございます」と答え、それ以上、その話題に触れないように口を噤んだ。
もう一人処罰すべき者がいた。ゲートスケルの上司に当たるタイスバーン子爵だ。彼はゲートスケルの暴走を止められず、敵国ルークスの間者の暗躍を阻止することができなかった。
だが、彼を処分することはゲートスケルが被害者であったという論理を崩すことになる。
結局、タイスバーン子爵については監督不行き届きということで隠居させることになった。更に若い嫡子には辺境伯の信頼する家臣を目付役として付け、これ以上外部から付け入る隙を与えないようにした。
身内に甘い処置だが、ここでタイスバーン子爵家を取り潰すような厳しい処罰を下すと、逆にタイスバーンが主体となっていたという話にされかねない。そのため、後顧に憂いを残すことになるが、已む無く甘い処罰とすることとなったのだ。
身内と言えば、兄と辺境伯の娘ロザリンドとの結婚のことが話題に上がった。
多くの死者を出したこの状況で、華やかな結婚式を行うことは不謹慎だろうということになり、当面延期することとなった。
いつまで延期するかについてはアウレラとの交渉状況や市民の反応を見て、辺境伯が決めるとのことだ。
そして、騎士団についてだが、俺に一つ考えがあった。
「第四大隊についてですが……」
辺境伯も騎士団の処遇について悩んでいたのか、「良い案があるのか」と目を輝かす。
俺は小さく頷き、話し始めた。
「第四大隊については、総督閣下直属の親衛隊もしくは衛士隊とすることを提案いたします」
「親衛隊? 第一騎士団がそもそも儂の直属だが?」
辺境伯は俺の意図を掴みかねているようだ。
「反乱を起こした第四大隊に対し、閣下が率先して信頼をお示しになるのです……」
俺の考えはこうだ。
第四大隊はルークスの陰謀によって、心ならずも反乱者に仕立て上げられてしまった。だが、総督は彼らの忠誠を疑っておらず、自らの命を預ける“親衛隊”とした。これならば、ルークスの思惑を挫き、更に民衆の同情を買える。
辺境伯はしばし黙考し、大きく頷いた。
「それがよかろう。儂としても彼らの忠誠は疑っておらぬ。ただ、グレンフェルがそれをよしとするかが問題だが……」
更に俺は今回の犠牲者に対し、戦場での名誉の戦死と同列に扱うことを提案した。
「今回の騒動はルークスの狂信者どもが起こしたこと。騎士たちはその犠牲者でございます。ルークスを徹底的に非難することで、民衆は第一騎士団に同情を寄せるでしょう」
元々、ラズウェル辺境伯領でも特にここウェルバーンでは騎士たちと民たちの関係は非常によい。俺たちが街に入る際、兄が熱狂的に迎えられたのがその良い例だ。
「……うむ。徹底的にルークスを悪者にする……悪くはない。いや、これしかあるまい。奴らの思惑には我が領内に不審の種を蒔くこともあったはず。ならば、奴らに一泡吹かせるためにも、第四大隊の処遇は重要だということか」
辺境伯は「この件に関しては、騎士団長らに諮った後、決定することとする」と宣言した。だが、その顔は明らかに俺の提案に乗るつもりでいる。
後始末と言えば、もう一つ大事なことが残っている。




