第十八話「城門突破」
今回もダンの視点です。
城を脱出した僕――ダン・ジェークス――とロッド様――ロドリック・ロックハート様――は、すぐに騎士団本部に向けて駆け出した。
騎士団本部は城のすぐ近くにあり、一分ほどで騎士団本部の大扉の前に到着する。そこには城の異常を感じ取ったのか、多くの騎士たちが装備を整え、整列していた。
その中の一人、立派な甲冑を着た壮年の騎士がロッド様に気付く。
「ロドリックではないか! 何が起こっておるのだ」
その騎士は第一騎士団の団長、マンフレッド・ブレイスフォード男爵閣下で、ロッド様の上司に当たるそうだ。
ロッド様は片膝をつき、頭を下げる。僕も慌てて、それに倣う。
「団長閣下に申し上げます。第四大隊が謀反を起こした模様。総督閣下より、直ちに鎮圧せよとのことです」
ロッド様は僅かに躊躇いながら、“謀反”と言う言葉を使われた。
ブレイスフォード団長は目を剥き、「信じられん……」と呟いた。だが、すぐに頭を振り、
「そなたが偽りを申すわけはないか……あい分かった。これより総督閣下をお救いする! 総員、城門に向け進軍せよ!」
騎士団長は続々と集まってきた騎士や従士たちを率いて城門に向かった。僕は従士扱いという感じでロッド様に従っていく。
僕の横にはロッド様を見付けたメルのお兄さん、シム・マーロンさんが駆け寄ってきた。シムさんはロッド様の従騎士をしているが、今日は騎士団の仕事でロッド様と別行動をとっていたため、城にいなかったのだ。
シムさんは戸惑いを隠せないようで、小声で僕に状況を聞いてきた。
「どうなっているんだ? 第四大隊が謀反だと聞いたが?」
「僕にもよく分からないんです。でも、騎士団の兵士たちが襲ってきたことは間違いないです」
その説明にシムさんは信じられないという顔をする。
その間にもロッド様は騎士団長に状況を説明していた。
「……総督閣下を始め、ご家族がたは皆ご無事です。しかしながら……城門は一個中隊が守備しておりました。攻城兵器なしに突破することは難しいかと……」
「分かっておる。だが、破城槌はここにはないのだ。先ほど梯子は手配するよう命じたが、到着までに三十分は掛かるだろう。魔術師たちの魔法で何とかできぬか、やってみるしかあるまい」
ウェルバーン城の城門は、瀟洒な佇まいの城に合わせ、白く塗装された美しい門だが、実際には鉄の板で補強された分厚い樫材でできている。北部総督府軍の魔術師たちがどの程度の実力かは分からないけど、ザック様ほどの力がなければあの門を壊すことは無理だと思う。
ロッド様も、そして団長も同じことを考えているようだけど、それ以上策がないためか、何も言わない。
すぐに城門の前に到着した。
門の上には弓を構えた第四大隊の兵士たちが並んでおり、僕たちが射程内に入るとすぐに矢を放ってきた。
団長は心のどこかで信じたくなかったのか、「グレンフェル、なぜだ! くそっ!」と吐き捨てるように独り言を言っていた。そして、魔術師のローブを着た男たちに攻撃を命じた。
「謀反人どもを成敗しろ! 魔術師隊、攻撃開始!」
魔術師たちの数は十五人くらい。使う魔法はまちまちで、強い雨の中で炎の槍を使っている人もいる。
それでも五分ほどで城壁の上にいた弓兵たちを一掃することには成功した。城門からの攻撃がなくなると、白く塗装された城門に魔法を放ち始める。しかし、その尽くが重厚な城門に弾かれ、塗装を剥ぐ役にしか立っていない。
数分間攻撃を続けたが、全く効果がないと見た騎士団長が「攻撃中止!」と命じる。
「やはり無理か。決死隊を募って城壁を乗り越え、城門を内側から開けるしか手は無さそうだな……」
団長がそう呟くのが聞こえた。
その時、僕は首筋に気配を感じ、後ろを振り向いた。そこには見知った集団がいた。
それはドワーフの鍛冶師たちだった。
彼らは喧騒を聞きつけ、やってきたのか、大きな鍛冶用の槌を肩に担いでいた。そして、僕に気付いたのか、支部長のデーゲンハルトさんが近づいてきた。
「ザックのところの……確か、ダンだったな。一体、この騒ぎは何なんだ?」
僕は名前を覚えてもらっていたことに驚くが、すぐに事情を説明していった。
デーゲンハルトさんはザック様たちが反乱に巻き込まれて危険であると聞き、顔を真っ赤にして憤慨する。
「ロックハートの連中がヤバイだと! 何を手をこまねいているんだ!」
僕はどう説明しようか考えながら、
「……あの門をどうやって突破するか、団長閣下もお困りのようで、決死隊が城壁を突破して門を内側から開けようかと……」
僕の話を聞いたデーゲンハルトさんは憤慨したまま、騎士団長のところにズカズカと歩いていく。僕は拙いと思い、「待ってください!」と止めるが、デーゲンハルトさんは僕の声に耳を貸さず、ずんずん歩いていく。
騎士団長の前に立つと、「城門は壊しても構わんな」と睨みつけるように宣言する。
団長はその迫力に僅かにたじろぐが、すぐに「もちろん構わんが……何をする気だ?」と聞き返した。
デーゲンハルトさんは不敵な笑みを浮かべると、「任せてもらおう」と言って、鍛冶師たちに向かって、「ロックハートの連中が助けを待っている!」と叫んだ。
その瞬間、ドワーフたちの体から闘気のようなものが立ち上がった。僕には闘気なんて見えないけど、降りしきる雨が一瞬、靄に変わったように見えたからそう思った。あとで聞くと、シムさんも同じものが見えていたそうだ。
デーゲンハルトさんの「城門を壊すぞ!」という言葉に、鍛冶師たちは槌を振り上げ、「オウ!」と応える。
団長もその迫力に言葉が出ず、同じように騎士たちも見守ることしかできなかった。
デーゲンハルトさんは僕たちがいることなど全く気にせず、「ホルガー! クヌート! グスタフ!……」と二十人ほどの名前を呼び、整列させる。呼ばれた男たちはやや年嵩の親方たちだった。
デーゲンハルトさんは肩に担いだ槌を右手に持ち代えると、「行くぞ!」と宣言し、親方連中を引き連れて城門に向かって歩き始めた。
騎士たちから、「あのハンマーで城門を壊す気か」とか、「それは無理だろう」とか言う声が上がる。
確かに二十cm近い厚みのあるオーク材と一cm近い厚さの鉄の補強材で作られた門扉を、鍛冶用の大型の槌とはいえ、ただのハンマーで破壊することは不可能に思える。
そうしている間に、再び城門の上から敵兵たちが矢を射掛け始めた。数人の弓兵が生き残っていたようだ。
騎士団長が「敵に攻撃させるな!」と命じると、魔術師たちが城門の上に向け攻撃を再開した。あっという間に敵の生き残りも排除し、魔法による攻撃も止んだ。辺りには静けさが戻っていた。
そんな中、ドワーフたちは上からの攻撃など全く気にしなかったようで、いつの間にか城門の前にたどり着いていた。
そして、デーゲンハルトさんの「構えろ!」という合図で、ハンマーを一斉に振り上げる。僕には“ザッ!”という音が聞こえたような気がした。
「行くぞ! そぉれ!……」
その合図とともに一斉にハンマーが振り下ろされる。
周囲に“ドン!”という音が響き渡る。鍛冶師たちの全く乱れがない打ち込みに、二十本ではなく、一本で打ち込まれたかのように“ドン!”という音はきれいに揃っていた。
最初は二秒間隔くらいで始まった。
数回打ち込むと、デーゲンハルトさんの合図が徐々に速くなり、やがて一秒間隔で正確に打ち込まれるようになる。
辺りには巨大な心臓の鼓動のようなドン、ドンという重く低い音が響いている。
それでも僕にはあの扉を壊すことは無理だと思っていた。幅十m、高さ五mほどもある巨大な城門に対し、ドワーフたちの姿はあまりに小さく見えたからだ。ただ、彼らの奏でる巨大な打楽器の音は町中に響いていると思えるほど大きかった。
騎士団長はその光景に目を奪われるが、ドワーフたちが成功するとは考えていなかったようで、決死隊を募り始めていた。
ロッド様と僕も当然志願する。
ロープが到着するまでの間に決死隊の配置などが決められていく。その間も常に一定のリズムで城門から音が聞こえており、既にこの雰囲気の一部になっていた。
十分ほどで鉤爪のついたロープが用意され、僕たちは城壁からの攻撃に注意しながら接近していった。その時、城門を叩く音に変化が生じ始めたことに気付いた。
最初はドン、ドンという重く低い音だったが、いつしか響き方が変わり、バンという割れ鐘のような音も混じり始めていたのだ。ただ、その打ち込まれる間隔は全く同じ一秒間隔であったため、違いに気付くのが遅れた。
「ロッド様! 城門の音が変わっています。もしかしたら……」
僕の声にロッド様も音の変化に気付かれたようだ。そして、団長にそのことを報告しようとした。
その頃には団長を始め、騎士たちも音の変化に気付いていた。そして、微かに城門の扉が揺れ始めていることにも気付き、ざわめきが広がっていく。
誰が言ったかは分からないけど、「閣下! 城門が開きそうです! ドワーフたちがやってくれました!」と僕たちの気持ちを代弁してくれた。
最初は誰もが無理だと思っていた。でも、ドワーフの鍛冶師たちの想いが通じたようだ。一定のリズムで打ち込まれたためか、城門の巨大な蝶番部分が緩み始めたみたいだ。
それでもドワーフたちは全く変わらないリズムで打ち込みを続けていく。その頃には明らかに扉がぶれ、固く閉ざされた扉が緩み始めていることが見て取れた。
騎士団長はその機会を逃すことはなかった。
「扉が倒れたら、一気に突入する! 抜剣!」
城壁をよじ登ろうとしていた騎士たちもロープを投げ捨て、剣を引き抜いていく。
僕も長剣を引き抜き、ロッド様、シムさんの後ろで突入する機会を待った。
その機会はすぐにやってきた。
抵抗を続けていた城門だったが、遂にドワーフたちに屈服した。
最後の一振りで右側の蝶番が完全に破壊された。二枚の門扉は閂で繋がったまま、自らの重みでゆっくりと倒れていく。斜めに傾いたところで、左側の蝶番もその重みに耐え切れず、徐々に加速しながら倒れていった。
降りしきる雨の中、ドーンという音が周囲に響き渡る。
騎士団長は「突撃!」という雄叫びに似た命令を発し、自らが先頭になって走り出す。配下の騎士たちも、そして、僕たちもその叫びに「オウ!」と剣を上げて応えていた。僕たち突入部隊は指揮官を先頭に開かれた城門に殺到していった。
城門の先には数十人の兵士が半包囲のような形で待ち受けていた。彼らは盾をかざし、抜き身の剣をこちらに向けて待ち構えていた。
すぐに突入した騎士たちと戦端が開く。
敵は気迫の篭った騎士団長以下の精鋭たちを前にしても、ほとんど動揺の色を見せていない。普通ならこれだけの人数が突入してきたら、恐怖とまではいかないまでも畏れに似た動揺を見せてもおかしくないはずなのに。
だけど、騎士団長たちは何の躊躇いもなく、元同僚たちに襲い掛かっていった。彼らは栄誉ある第一騎士団員として、この汚名を雪ぐことしか考えていないみたいだ。
突入した騎士団員の「裏切り者が!」、「閣下をお救いせよ!」という声が響き渡る。無表情だった反乱兵たちの表情に僅かに恐怖が浮かぶ。騎士団長や騎士たちの気迫に反乱兵たちは成す術もなく、圧倒されていく。それでも狭い城門は中々突破できない。
少しずつ前進していき、僕たちも城門の中に入っていく。その途中、城門の脇で汗を拭くドワーフたちに僕は目礼で敬意を表した。
デーゲンハルトさんは僕に気付いたようで、「後は頼んだぞ! ダン!」と笑顔を見せてくれた。そして、「落ち着いたら宴会だ! ザックに言っておけ!」とドラ声で叫び、周りのドワーフたちも同様に「秘蔵のエールを飲ませてやるぞ!」と笑っている。
僕はその言葉に苦笑しながら、片手を上げることでそれに応えた。
騎士団長たちが敵を押し込み、遂に僕たちの出番になった。
僕はロッド様とシムさんの後ろについていた。その頃にはロッド様の指揮する小隊も合流しており、僕はその先頭の一角を任されていた。
ロッド様の前に騎士らしい立派な鎧の敵兵が現れる。
敵騎士は声も上げず、ただ盾を前面に押し出し、盾の横から長剣を突き出してくる。ロッド様はその騎士の攻撃を半歩横にずれることでなんなく回避し、もの凄い速さで敵騎士の懐に飛び込んだ。
次の瞬間、突き出されていたはずの盾がボトリという感じで地面に落ちる。ロッド様はいつの間にか元の位置に戻っており、すぐに次の敵兵と斬り結んでいった。
僕には一瞬何が起きたか分からなかった。ちょうど盾が邪魔になって見えなかったからだけど、すぐにロッド様が低い姿勢で敵の懐に飛び込み、敵の両腕を斬り落として戻ってきたと分かった。
ロッド様の剣術は先代様、ゴーヴァン・ロックハート様にそっくりだ。鋭い踏み込みと一撃に賭ける強力な斬撃。そして、すぐに元の位置に戻り、次の攻撃に繋げていく。
ザック様の速度を重視して相手を翻弄する剣とは全く違う。もちろん、どちらがいいとかいうものじゃない。
僕の前にいたシムさんもロッド様と同じように敵を斬り倒していく。
ロッド様の陰に隠れて気付きにくいが、シムさんも腕を上げているようだ。ロークリフの街からウェルバーンに来る途中で聞いた話では、剣術士レベルが四十だそうで、ここ数年で大きく腕を上げたそうだ。
でも、シムさんの妹であるメルの方がレベルが高く、それを知ったシムさんは「ザック様はともかく、メルにまで……」と凹んでいた。
僕はそれほど気にする必要はないと思っている。十九歳でレベル四十は普通ならもの凄いことだ。それにシムさんは馬術のレベルが高く、騎乗戦闘だけでなく、伝令などでも役に立っている。まあ、三つも年下の妹に負けて悔しいと思うのは理解できるけど。
ちなみに僕も悠長にそんなことを考える余裕があったわけではない。
騎士団長が突破に成功するまで、数人の敵兵と斬り結んでいたのだ。僕の場合、こういう前衛の戦い方は決して得意な方じゃないけど、そんなことは言っていられない。ザック様たちが助けを待っていると必死になってロッド様たちについていったのだ。
僕たちが戦闘に参加してから十分ほどで騎士団長以下の精鋭たちが包囲網を突破した。
戦いの流れはこれで決まった。
それまで均衡していた戦線が一気に崩れたのだ。
操られているためか、敵は臨機応変な対応ができず、騎士団長たちの攻撃に次々と倒されていく。更に兵力を分散していた反乱兵側は、城門を突破し勢いに乗った第一騎士団に次々と各個撃破されていった。
屋外の敵を無力化したブレイスフォード団長は「総督閣下の下へ!」と命じ、城の中に向かった。
僕たちもそれに続く。
南側の階段を使うことになったのだが、二階に上がったところで異様な光景に遭遇した。それは仰向けに倒れ泡を吹いている兵士や、四つん這いになってあえいでいる兵士たちの姿だった。
騎士団長は戦闘力を失った兵士たちに興味を示さず、すぐに三階に上がろうとした。
その時、嫌な予感というか、目に見えない何かを感じた。僕がそれを言う前に、ロッド様が先に叫んでいた。
「お待ちください! その先は危険です!」
その声に騎士団長たちが足を止める。
その時、僕にもロッド様にも具体的に何が危険なのかは分かっていなかった。ただ、ザック様が魔法で何かしたことは確実だった。
騎士団長はそれでも、「この先の状況が分からんのだ! ぐずぐずしておれん!」と階段に向かおうとする。
ロッド様は必死に「弟が魔法を使ったはずです。恐らく強力な魔法を」と説得を始めた。僕はザック様が何をしようとしたのか、必死に考えていた。
(ザック様ならどうする? 数が多いから敵を全滅することはできない。だったら、時間を稼ごうと考えるはず……魔法で毒の霧を使ったかも……)
騎士団員でもない僕が口を出すべきではなかったかもしれない。だけど、ここは僕が言わなければいけないと、お二人の話に割って入った。
「毒の霧を使ったかもしれません。念のため確認した方がいいと思います!」
騎士団長はザック様のことを思い出したようで、
「毒の霧だと……ああ、ザカライアス殿は高位の魔術師であったな。全軍停止! 三階への突入はしばし待て!」
そして、ロッド様に向かって、「ザカライアス殿が何をしたか確認してきてくれ。大至急だ」と命じた。
僕たちは階段を飛ぶようにおり、庭に向かった。庭では父が突入した騎士たちに取り囲まれており、武器を捨てて両手を挙げていた。
ロッド様は走りながら、「その者はロックハート家の従士だ! ガイ! ご苦労だった!」と叫ぶ。
ロッド様の言葉に騎士たちも納得したのか、すぐに剣を降ろした。
窓の下に到着すると、ロッド様が「ロドリックです! 敵はほとんど排除しました!」と叫ぶ。暗くてよく見えなかったけど、お館様であるマサイアス・ロックハート様とザック様が窓際にいらっしゃったようで、すぐに「ご苦労だった、ロッド!」というお館様の声と、「ダンもお疲れ様!」というザック様の明るい、でも少し疲れたような声が聞こえてきた。
僕たちは間に合った。
ロッド様は僕の右手を握り、「良くやってくれた」とおっしゃってくれた。
総督閣下たちの安否を確認し気が緩みそうになるが、本来の目的を思い出す。僕がザック様に廊下で何をしたのか確認すると、毒ではないが空気を汚したという説明があった。そして、出来るだけ多くの窓を開け、全員城の外に出るように指示してほしいとおっしゃられた。
ロッド様と僕は再び、騎士団長のところに走り、その旨を伝える。
騎士団長は捕縛した反乱兵たちを含め、二階より下にいた兵士と部屋に隠れていた使用人たちを城の外に出すよう命じた。
団長はロッド様に向かって、
「毒を使わずに空気を汚しただと……私にはよく分からんが、ロドリック、お前には分かるのか?」
ロッド様は首を横に振り、「私にも分かりません。ダン、お前はどうだ?」と僕に尋ねてこられた。僕は一度聞いたことがあったので、「正確には分かりませんが」と言った後、
「以前、ザック様、いえ、ザカライアス様から伺ったことがあります。空気の中には人が生きていくために必要な成分があるそうで、それを無くすと人は生きていけなくなるそうです……狭い空間で火を使うと気分が悪くなるのは、そのためだと聞きました。恐らく、今回もそれを使ったのではないかと思います。どうやったかは分かりませんが」
以前、洞窟の中でシャロンが火属性魔法を使おうとしたときに、そう説明されていたはずだ。
「さすがは千年に一人の天才と言ったところか。私にはさっぱり分からんが……まあよい。ザカライアス卿がよしというまで三階への突入は出来ぬということだな」
その後、城の中から風が吹き出してきた。風が収まってから数分後、ザック様がベアトリスさんに抱えられるようにして出てこられた。
「もう大丈夫です。総督閣下を始め、ご家族の方は皆無事です……」
かなりお疲れのようで、いつものような笑顔がない。後ろから付いて来た妹のシャロンとリディアさんも同じように疲れた顔をしている。魔力切れのようで消耗しているようだ。メルも無事だったようで、リディアさんとシャロンに付き添うように立っている。そして、僕を見て少しだけ笑顔を見せてくれた。
騎士団長はザック様に「かたじけない」と一礼すると、すぐに城の中に入っていった。残された僕たちはザック様たちのところに駆け寄っていった。




