第四話「推測」
カエルム帝国北部のラズウェル辺境伯領に向かう途中、俺たちは一緒に行動するキャラバンとともに盗賊たちの襲撃を受けた。
三十人以上の盗賊が襲撃してきたが、父たちの奮闘と俺の魔法で何とか撃退する。
馬車の中にいた母も、父から戦闘の終了と全員の無事を聞き、ようやく安堵の表情を浮かべ、俺たちに笑顔を見せてくれた。
双子のセオフィラスとセラフィーヌは、間近であった実戦に興奮しており、周囲を警戒するメルに戦闘の様子を話すようねだっている。
俺はその様子を見て、危機が去ったと実感していた。
そして、落ち着くに従い、今回の襲撃に感じていた疑問を頭の中で整理していく。
まず、明らかに俺たちが目標だった。
俺たち一行がいるのは、前から数えて十台目くらい、先頭からは五十メートル以上後ろになる。
そして、俺たちが襲われたのは、先頭で襲われたという叫びを聞いてから五分も経っていない。
三十人以上の盗賊が俺たちだけを狙ってきた。先頭にどの程度の数が襲い掛かったのかは分からないが、先頭と俺たち以外、襲われたという声はなかった。
それにこの場所で俺たちを襲ったとして、商隊の荷馬車で街道は塞がっており、馬車ごと荷物を運び出すことは困難だ。
荷物を狙っているように見せていたが、本当の目的は俺たちの命と考えて間違いない。だとすれば、狙ってきた奴は限られる。
俺たちの命を狙う可能性があると言って、最初に思いつくのは光神教だ。カウム王国――ドワーフたちが多く住む山岳国家――から追い出され、未だに鍛冶師ギルドとの関係が修復しきれていない。完全に逆恨みだが動機はある。
しかし、光神教の高位聖職者たちはともかく、聖王府、つまりルークス聖王国の行政府の役人たちは、これ以上ロックハート家と鍛冶師ギルドと事を構えたくないはずだ。
狂信者たちが面目を潰されたと思いこみ、暴走している可能性がないとは言えないが、タイミング的に少しずれている。
(光神教の狂信者が襲ってくるなら、もっと早い段階だろうな。あいつらは大して考えもなしに行動するからな……総大司教が替わる前なら、あり得たかもしれないが、今の総大司教にとって、ロックハート家と鍛冶師ギルドを敵に回す必要はない。前総大司教派の暴走という線もないことはないが、タイミングとしては遅すぎる。やはり一番考えられるのは、ラズウェル辺境伯の縁者だろうな……)
兄の婚約者から、彼女の実家ラズウェル辺境伯の縁者にロックハート家を嫌っている者がいるという情報があった。
その程度のほどが分からないので、何とも言えないが、ここはカエルムの北部に近く、カエルム帝国北部総督であるラズウェル家の影響力を行使しやすい場所だ。
(いずれにしても情報が無さ過ぎる。麻痺しているだけの盗賊がいるはずだから、尋問すれば、ある程度分かるかもしれない……)
戦闘に要した時間はおよそ十分。
その僅かな時間で、三倍の敵を完全に無力化することに成功していた。
実際、先頭の状況を確認しに行ったガイが慌てて戻ってきたが、戦闘の趨勢が決まった後だった。
「後ろで戦闘の音が聞こえたので慌てて戻って来ましたが……相変わらずザック様の魔法は凄いですね……」
ガイはバイロンから盗賊たちが俺の魔法で全滅したと聞いたようで、魔法の威力に感心しながらも僅かに呆れるような雰囲気も漂わせていた。
父はガイとダンに周囲の索敵を命じ、イーノスに前方の様子を確認するよう命じた。
更にバイロンに損害を確認させ、俺たちに警戒を怠らないよう指示を出していく。
ロックハート家の損害だが、軽傷者が四名のみ。自警団の若者、ブレットとジムが腕に、ケビンとシドが腕と足に傷を負っていた。
リディが彼らに治癒魔法を掛けている間に、父は俺に声を掛けてきた。
「あの魔法は何なのだ? 奴らが勝手に倒れていったが?」
「麻痺の魔法です。人にもよりますが、放っておけば三十分くらいは動けないと思いますよ」
父は何とも言えない表情で首を横に振るが、すぐに治療を終えたブレットたちに盗賊たちを集めるよう命じていく。
既に前方でも戦闘が終了したのか、戦いの音は止んでいた。だが、未だに荷馬車が移動する気配はなかった。
十分ほどで、ガイとダンが周囲の索敵を終え、戻ってきた。周囲には盗賊たちの姿はないとのことだった。
前方の様子を見に行ったイーノスも戻り、今回のキャラバンの護衛のリーダー、三級傭兵のデューク・セルザムの指示を伝える。
「既に盗賊は排除したのですが、荷馬車が一台横転していました。馬に流れ矢が当たって暴走したようです。セルザムからは荷馬車をどけるのに三十分は掛かるので、それまではその場で待機し、周囲を警戒していてほしいとのことでした」
父はそれに頷き、ガイと俺たちに周囲の警戒を、バイロンに盗賊の処理を命じた。
今回のような襲撃の場合、盗賊を生きたまま捕えることは少ない。襲撃に失敗した盗賊たちはすぐに逃げ出すし、護衛も彼らを追うことはないからだ。
今回の場合は俺の魔法のせいで状況がかなり異なる。
ロックハート家への襲撃に加わった盗賊の数は囮であった南側を含め、三十七名。そのうち、二十一名が死亡するか重傷を負っていたが、十六名は無傷だった。
無傷の盗賊は武装を解除された上で、馬車の横に集められている。未だに麻痺が残っているため満足に動けず、ブレットたち四人に次々と縄を掛けられていく。
重傷者は六名だったが、そのうち四人は既に安楽死させていた。二名は俺が治癒魔法を掛け、歩けるくらいには回復させている。
父は盗賊たちを次の街、ロークリフで守備隊に引き渡すつもりでいる。盗賊たちの根城を聞き出し、大規模な掃討作戦を行うよう依頼するそうだ。
集められた盗賊たちの武器類について、父とバイロンが協議を始めていた。
三十七人分の武器と防具であるため、嵩張り、重量も馬鹿にできない。ドクトゥスでスコッチ一樽分の余裕は出来ているが、それでも荷馬車にとっては大きな負担だった。
俺は父に収納魔法での輸送を提案する。
「私の魔法で何とかします。あまり見られたくはないので、あの木陰で半分程度まで減らしましょう」
父にはインベントリーの魔法について概要は伝えてあるが、さすがに伝説級の魔法と言うことでためらいがあるようだ。
「盗賊の武器など放置すればよい。後ろの商人たちが回収すれば、盗賊どもや魔物が利用することはなかろう。お前のおかげでその程度の端金に執着する必要はないのだぞ」
現在のロックハート家の財政状況は良好で、無理に武器を回収する必要はない。
(確かに父上の言う通りなのだが……)
俺には考えがあった。
今回の盗賊たち、特に俺たちを襲撃した盗賊は統制が取れ過ぎていた。もし、この男たちが盗賊ではなく、雇われた者たちだったとしたら、そこから黒幕を探ることが可能だ。
オーブ――身分証明用の魔道具――を持っていれば、出身地や所属している組織は分かるだろうが、盗賊が正規のオーブを持ち歩いている可能性は低い。
傭兵や冒険者崩れなら、死んだ盗賊の魔晶石から各ギルドに調査を依頼することは可能だ。だが、情報が書き込まれているオーブではない魔晶石からの調査は、過去に登録した人物の特定から調査が必要となるため時間が掛かる。
俺はそれを補完するため、武器の製造場所からどこを拠点にしていた連中なのか、ある程度当たりがつけられるのではないかと考えたのだ。
人口三千人程度のロークリフの街に、どの程度の腕の鍛冶師や防具職人がいるかは分からないが、少なくともウェルバーン――ラズウェル辺境伯領の中心都市――なら、優秀な職人がいるはずだ。そこに武具を持ち込めば、今回の襲撃の手掛かりを得られる可能性があると考えたのだ。
(科学捜査ができるわけじゃないし、たまたまその場所の武器が多かったからと言って、証拠にはならないんだが……まあ、ウェルバーンで売った方が高く売れそうだしな……)
俺がここまで黒幕に拘る理由は、今回の敵の考えが読めないからだ。
もし、俺が盗賊であり、目的がロックハート家の主要人物の殺害だとするなら、弓術士に前後の馬車馬を射掛けさせ、混乱状態を作っただろう。
優秀な兵と強力な魔術師を擁していても、狭い街道で混乱した状況を作られれば、満足に対応することはできない。
今回、敵は初動段階において完全に主導権を握っていた。俺たちの排除を目的とするなら、いくらでも手はあったはずだ。
今回の襲撃で不審な点は、戦力のバランスが非常に悪いことだ。結局、弓術士は三人のみ。伏兵とするなら弓術士は非常に有効な戦力なはずだ。
あれほど用意周到だった盗賊にしては有効な戦力である弓術士の数が少なすぎる。こちらの戦力を正確に掴んでいなかった可能性は否定できないが、ここまで少ないと逆に何かあると考えるのが普通だろう。
俺を含む魔術師の存在を知らなかったか、侮っていたとしても、あまりに不自然だった。
考えられることは、流れ矢によって馬車を傷つけたくなかったということだろう。馬車というよりその中にいる人物、母たちを傷つけたくなかったということだ。
しかし、今回の襲撃の目標が母たちだとしても疑問はなお残る。
ロックハート家から手に入れることができる価値のあるものと言えば、蒸留技術しかない。
だが、母たちの身柄を使って父や祖父を脅し、蒸留技術を手に入れたとしても、最大の顧客であるドワーフたちの怒りを買うだけだ。売りに出された瞬間、ドワーフの報復を受けることは目に見えている。
(その程度のことが分からない相手ならいいんだが、もし、それ以外の目的なら面倒だな。まず、敵の目的が分からないことには迂闊に判断できないな。いずれにせよ、敵が母や妹たちを狙ったことは間違いない。だとすれば、この先も何か仕掛けてくる可能性はある……)
今回、兄の婚約者、ラズウェル辺境伯の娘ロザリンドから、ロックハート家に対して快く思っていない人物がいるとの情報を受け、ドクトゥスの情報屋、サイ・ファーマンにラズウェル家について調査を依頼していた。
その結果だが、ラズウェル辺境伯家は危機的な状況にあった。
当主ヒューバートは、三十年前に祖父ゴーヴァンの上官だった男で現在四十八歳。四半世紀に渡り北部総督を勤める優秀な統治者だ。本人については全く問題がない。問題は彼の家族だった。
ヒューバートには妾腹を含め、三男三女の子供があったが、次男と三男は幼い頃に事故と病でともに死亡していた。
嫡男であるパトリックは五年前、二十五歳の若さで病死している。更に長女と次女は既に他家に嫁ぎ、遠方の帝都、プリムスにあるため、ほとんど交流はないそうだ。
現在、北部総督府のあるウェルバーンにいるのは、三女のロザリンドとパトリックの遺児、七歳のフランシスだ。
更に面倒なことに、ウェルバーンにはヒューバートの実弟、コンスタンス・タイスバーン子爵がいる。コンスタンスは三十五歳で、跡継ぎがいなかったタイスバーン家に養子として入り、子爵家を継いでいた。しかし、彼の評判は芳しいものではなかった。
サイの調べた範囲では、政治にも軍事にも才能はなく、ただ権勢欲が強いだけの俗物というイメージが強い。
だが、更に調べていくと、その評価は少し前のもので、現在のカエルム北部での評判は、それとは違うものだった。
確かに数年前までは、行う政策はすべて行き当たりばったりで、ウェルバーンにおいても領地タイスバーン子爵領においても非常に評判が悪かった。
不幸なことに、優秀な兄ヒューバートと比較されることが多く、それが遠因となり無理な政策を強行したことも多かったそうだ。多少同情の余地はあるが、統治者としては明らかに質が低かった。
しかし、ある時を境にタイスバーン子爵領は発展を始める。
優秀な人材を手に入れ、その人物、ゲートスケル准男爵なる人物に政治を任せたらしい。サイはその点を評価し、「俗物のイメージは未だに強いが、度量はそれなりにある人物のようだ」という報告を上げてきたほどだ。
その結果、幼い直系の嫡孫より、弟であり度量のある働き盛りのタイスバーン子爵を、ラズウェル辺境伯家の後継者に指名しても良いのではないかという声が出ているそうだ。
つまり、ラズウェル家はお家騒動の危機にあるのだ。
しかし、このことを今回の襲撃事件と結びつけるには情報がなさ過ぎる。
ラズウェル家で後継者争いがあったとして、ロックハート家を排斥する理由はない。もし、タイスバーンが仕掛けてきたのなら、ロックハート家、すなわち鍛冶師ギルドを敵に回すことは愚策だからだ。
コンスタンス・タイスバーン本人がそう考えたとしても、優秀なゲートスケル准男爵がそんな愚策を犯すとは考えにくい。
(どうも考えがまとまらないな。こういう時は誰が得をするのか考えるのが一番いいだろう……)
ロックハート家を襲い、父を殺害して得をするのは誰か。
先ほども示したが、外部から見てロックハート家が所有するものの中で価値があるものと言えば蒸留技術だ。
そして、その蒸留技術の流出を拒んでいるのは、父マサイアスだと世間からは考えられている。
実際には俺なのだが、次男でありドクトゥスに留学していた俺が取り仕切っているとは、常識的には普通考えない。
あとは清廉なイメージの強い祖父ゴーヴァンが意見を言っていると考えるかもしれないが、祖父のことを少しでも知っていれば、細かい政策に口を出すことはないとすぐに分かるはずだ。
つまり、蒸留技術の独占を考えているのは、領主である父だと考えるのが自然なのだ。
そうなると、“父を排除することイコール蒸留技術の取得が可能”という図式が成り立つ。
だが、ここにも問題がある。
父を排除し、蒸留技術がラスモア村以外に拡散するとして、それだけでは直接的なメリットに成り得ないのだ。
正確に言えば、父の暗殺を考えた人物に直接的な利益が生まれない。蒸留技術は独占してこそ膨大な利益を得られる。それが拡散するだけでは利益も分散してしまうのだ。
(蒸留技術を狙っていることは間違いない。そうなると考えられる可能性は一つだな。だが、それを証明するには圧倒的に情報が少ないな。本当に蒸留技術だけを狙っているのか、いまいち確信が持てないところが辛いところだな。まだ俺の知らない情報があれば、足元を掬われかねないし……こういう時にサイが近くにいてくれると便利なんだが……)
とりあえず、盗賊の尋問結果を聞いてから、もう一度考え直すことにした。




