第十一話「オーブ」
六月二十日の夕方、俺は夕方の素振りを終え、何気なく自分のステータスを確認した。
ステータスは“情報”と念じると、頭の中に勝手に浮かんでくるのだが、いちいち確認したい項目を思い浮かべないと見たい項目が見られないので面倒だ。
誕生日にカミングアウトしてから、トイレの改善や別の改革案の立案で忙しく、最近はステータスをほとんど見ていなかったのだ。
(久しぶりだな、ステータスを確認するのは)
ステータスを確認すると、各ステータスはほとんど変わっていなかったが、決定的に違う項目が一つあった。
“剣術士”という称号がついていたのだ。
“ザカライアス・ロックハート 四歳 剣術士レベル一”
俺はビックリして、思わず声を上げそうになった。
スキルを確認すると、
“スキル:剣術一、体術五、交渉三十、計算七十”
(剣術のスキルが一になったから、剣術士か……良い響きだな)
剣術以外のスキルについては、四歳になるまでに上がっていた物だ。体術については、自分で考えた体操などで少しずつ上がり、交渉も言葉を覚えるに従って、徐々に上がっていた。だが、計算だけは数字を覚えた時点で、一気に上がっていたのだ。
当時、そのことに驚いていたが、誰かに聞くわけにもいかず、そのまま放置してあったのだ。
(“体術”はコツコツ訓練した結果だろう。“交渉”も言葉を覚えて語彙が増えたからなんだろうな。だが三十なのはなぜだろうな。それに“計算”が七十っていうのも驚きだ。じい様の剣術が七十だったから、それに匹敵するスキルレベルなんだよな)
交渉と計算についてはある仮説を考えてある。
計算も交渉も元の川崎弥太郎の能力が数値化されたのではないか。
計算については、幾何は結構忘れているが、微積分くらいはまだ覚えているから、この世界のトップクラスだろう。
交渉についても、二十数年の社会人生活で培ったものが、言葉を覚えたことによって、数値化されたのだろう。三十という数字が高いのか、低いのかはよく分からないが、一般的な剣術士のレベルが三十くらいだから、職業に使える程度のレベルに達しているということなのだろう。
他に上がりそうなスキルがないか考えたが、スキル自体何があったのかを覚えていないから、まだ上がっていないものがあるのかは分からない。
計算と交渉についてはそう結論付けたが、剣術については努力の結果だ。それに、“剣術士”という称号を得られたことが、何かの資格を得たようで無茶苦茶嬉しかった。
(剣術士か……何か、国家資格みたいだな。まさに“士”資格か……待てよ、俺が剣術士になっているなら、メルもなっているかもしれないな。明日にでも聞いてみるか)
俺は師匠である祖父に、剣術士になったことを報告に行った。
祖父の部屋に行くと、夕食前に流した汗を拭いていた。
さっきまで一緒だった俺が、嬉しそうに入ってきたため、祖父は少し怪訝そうな顔をする。
「どうしたんじゃ? ニヤけた顔をして?」
多分、俺の顔が相当ニヤけていたんだろう。それでも俺は嬉しさを隠しきれず、
「剣術士になったんです。さっき確認したら、剣術のスキルが……」
「何!」
俺の話を途中で遮り、祖父が驚きの顔を見せる。
俺は祖父が喜んでくれると思って報告に来たのだが、祖父の反応は俺の想像と全く違った。
(そんなに驚くことなのか? 毎日修業したから、結果が出てもおかしくはないだろう?)
「何か変ですか? 修業した結果だと思うのですが……」
「誰かにそのことを話したか? いや、そもそも、お前はオーブを持っておらんはずじゃが……どうやって……」
祖父は混乱しているのか、俺には何を言っているのか、意味が分からない。
「まずはおじい様に報告しようと、一番にここに来ました。ご存知でしょうけど、私は四歳ですから、オーブは持っていませんよ。しかし、何がそんなに変なんでしょうか?」
オーブとは特殊な魔道具で、個人の情報をその道具に転写することにより、本人確認が行えるというある意味ハイテクな身分証明書のような道具のことだ。
原理は聞いても良く分からないのだが、人間も含め、魔力を持つ者の体内には魔晶石という宝石のような結晶があるそうだ。そこには個人の情報である、真名、種族、性別、年齢などが蓄えられており、オーブはその魔晶石の情報を転写できる魔道具の総称だそうだ。
普通、十歳くらいになった時、街や村の役場のようなところで作成する。他にも冒険者ギルドや傭兵ギルドなどのギルドでも作成することができる。
十歳まで作らないのは、子供の死亡率が高いことと、子供に持たすとすぐに失くしてしまうためと言われている。
ラスモア村でも村人は十歳の誕生日に作ることが多い。
うちのような騎士の家系では、武術の訓練を開始する五歳くらいに作ることが多いそうだが、俺の場合はまだ作っていなかった。
兄ロッドは五歳で作ったと言っていたから、俺も来年貰えるものだと思っていた。
「オーブがないとおかしいのでしょうか?」
「お前は知らんのか……そうか……」
祖父は納得し難い顔をしたまま、ゆっくりと話し始めた。
「スキルというのは、オーブを身に付けて初めて確認できるものなのじゃ。オーブを作った場所、例えば、傭兵ギルドで作れば主に戦闘に関するスキルが、魔術師ギルドで作れば魔法に関するレベルが分かるといった具合にだ。理屈は知らんが、それぞれの職業で使いやすいようになっていると聞く……」
(つまり、俺はオーブなしでスキルが見えたから、異常だと……)
「屋敷にあるオーブの“転写機”は、冒険者ギルドのものに近い。武術系と野外活動に必要なスキルが読み取れる。だが、お前はまだオーブを持っていないという。このような話は聞いたことがないのじゃ……」
祖父は深刻な顔で更に話を進めていく。
「魔晶石にはその者のすべてが、神によって刻まれているとされるのじゃ。事実、罪を犯した者は魔晶石にその罪が刻まれる。当然、オーブでもそれを読み取ることができる。神殿では神と人を繋ぐ“絆”が魔晶石であり、オーブであると考えておる者も多い。お前は神との絆であるオーブを介さず、それを読み取ったのじゃ。つまり……」
俺は祖父の言葉を引き継ぎ、
「つまり、私は神との絆であるオーブもなしに、スキルを確認できた。だから、異端の者であるとされるかもしれないということですか?」
「そうじゃ。お前は神により、ここに生まれ落ちた。だが、それを知らぬ者は我らの信じる神を必要としない存在、つまり邪神や悪魔のような存在とされる可能性がある」
厳密に言えば、この世界では邪神と呼ばれる神は存在していない。光の神を信じる光の神殿――光神教と名乗る教団――が、闇の神を邪神と言っているが、闇の神も属性神の一柱であり、十二柱の中に含まれる。
闇の神の眷属に独特な価値観で行動する悪魔や魔族がいるが、彼らも魔晶石を持つ存在である。
唯一信仰の対象となっておらず、十二柱の神に数えられない、虚無の神があるが、この神を邪神とする教義は一般的ではない。それどころか、ヴァニタス自体を知らない者の方が多いらしい。
「どうしたら良いと思いますか?」と、祖父の考えを聞く。
「まずはオーブを作らねばな。その上でオーブに情報が出ればよし。出なければ……その時考えるしかあるまい」
苦悩した祖父の顔を見ていられず、俺は黙って頷き、そのまま下を向いてしまった。
「ともかく、明日にでもオーブを作るようにマット――ザックの父――に言っておく。この件は儂とお前の二人だけの秘密じゃ。明日の結果次第でマットとターニャ――ザックの母――に話すが、いたずらに心配を掛ける必要はなかろう」
俺はそれに頷き、更にステータスについても聞いてみたが、
「すてーたす? 力や体力、知恵を表わす数字だと? そんなことは初めて聞いたぞ。ドクトゥス――学術都市――で調べてみねば分からんが、少なくとも儂は聞いたことが無い」
少なくともステータスは一般的ではないようだ。
(ステータスも見られないのか。しかし、オーブに俺の情報が転写できなかったら、かなり厳しい状況になるな)
オーブは生体認証付きの身分証明書だ。これがないと大きな都市には入れないし、宿にも泊ることができない。つまり、この村で一生暮らさなければならないことになるのだ。
俺は入ってきたときの高揚した気分がすっかり冷め、暗澹たる気持ちで祖父の部屋を出て行った。
その後の夕食時も、俺と祖父の気分は晴れず、食卓全体が沈んだ雰囲気となっていた。
父は何か問いたげであったが、祖父の顔に拒絶の色を見たのか、何も言わなかった。
翌日、俺とメル、ダン、そして、シャロンの四人のオーブを作るという話が持ち上がる。
ダンとメルは五歳になっており、更に修行を開始していたので特に問題はなかった。しかし四歳でしかなく、更に修行に参加していないシャロンのオーブを作ることには皆も驚いていたようだ。
シャロンについてだが、これはおまけのようなものだ。祖父から修行を始めた俺を含む三人だけにオーブを与えると話があったため、一人仲間外れになるシャロンにも作ってやって欲しいと俺が頼んだのだ。
いつもの祖父なら反対したのだろうが、俺のことが気になっていたのか、特に何も言わずに認めてくれた。
父からメルの父親ヘクターと、ダンとシャロンの父親ガイに、オーブ作成の話をした。
唐突に決まったことに、二人も驚いていたようだが、特に反対する理由もなく、オーブの作成が行われることになった。
俺たちは父の言葉に続き、「領主の命に従い、法を破らないことを誓います」という宣誓をさせられる。
これは誓約を破るような重大な犯罪行為を行えば、魔晶石に記録が残る仕組みとなっているからだが、どういうメカニズムで魔晶石に記録が残るのかは誰も知らなかった。
(心理的なもの、例えば罪を犯してしまったというような負の感情が魔晶石に残るんだろうか?)
宣誓を済ますと、屋敷の奥にある一室に向かう。
その部屋には、魔晶石の情報を読み取る魔道具――高さ三メートル、幅一・五メートル、奥行き一メートルほどの木製の箱――があり、その中で情報を読み取るとのことだった。
年齢順で、メル、ダン、シャロンと入っていき、最後に俺の番になる。
メルは少し怯えながらも、箱に入っていく。
特に音も何もなく、三十秒ほどで彼女は箱から出てきた。
ダンが「どうだった?」と尋ねるが、父から「次はダンだ」とせかされ、渋々箱に入っていった。
俺はメルに小声で「どうだった?」と聞くと、
「光がきらきらして、うーん……光の線がこう……」
何やら光が出てくるようだが、彼女の言葉とゼスチャーでは何のことか良く分からない。
とりあえず痛くも痒くもないとのことで、恐怖で顔が青くなっていたシャロンの表情にも少し余裕ができる。
ダンの後にシャロンが続き、最後に俺の番が回ってきた。
(俺にはどうしようもないが、判決を受ける罪人もこんな気分なんだろうな……)
俺はそんなことを考えた後、この世界に俺を呼んだのがこの世界の神様ならきっと大丈夫だと自分に言い聞かせながら、箱に入っていった。
俺が中に入ると、外からゆっくりと蓋を閉められる。隙間のない箱の中は一瞬真っ暗になる。
その状態で五秒ほど待っていると、唐突に色とりどりのレーザー光線のような光が放たれ、俺全体を走査していくように、光が体をなぞっていく。そして、光は三十秒ほどで唐突に終わった。
箱の蓋が開けられ、これで終了だと告げられる。
(あっけないが、結果はどうなんだろう?)
父からオーブができるまでに三十分ほど掛かると告げられたため、四人で待つことになった。
興奮気味の三人に比べ、俺は結果が気になり、雑談に混じれない。
長い三十分が過ぎ、父が俺たちの前に戻ってきた。彼の手には直径一センチメートルくらいの黒曜石のような輝く宝石が付いた四つのペンダントがあった。
「これがお前たちのオーブだ。失くすと大変だから、寝る時も着けていなさい。では、メル」
父は一人ずつに確認しながら手渡していく。
そして、俺の番になる。
「これがザックのものだ。失くさないようにな」
全員に渡ったところで、父からオーブの使い方について説明がある。
「さてオーブの使い方だ。うちの村には門がないから関係ないが、大きな街では街の中に入る時にこれを見せなければいけない。今度はオーブの見方だ。こうやって手に持って、“表示”と念じる。そうすると頭の中に名前とかが浮かんでくるはずだ。やってごらん」
父の合図で四人はオーブを手に持ち、一斉に目を瞑る。
俺は覚悟を決め、“表示”と念じた。
名前:ザカライアス・ロックハート 年齢:四歳 性別:男 種族:人族
出身地:カエルム帝国北東部辺境地区ロックハート領ラスモア村
レベル:剣術士 一
スキル:剣術一、体術五
俺は表示が出たことに、思わず右拳を握りガッツポーズを作ってしまった。
(頭の中に情報が浮かんでくる。文字のようでもあり、音声のようでもあるな。確かに文字の読めない人でも音声なら理解できるな。それにしても良かった。これで普通に暮らせる……)
俺のガッツポーズに父たちが不思議そうにしている。
父が「何かあったのか?」と尋ねてきたので、どう答えていいのか焦ったが、
「剣術士になっていたんです。剣術が……」
その言葉に父も納得したのか、俺の頭を軽く叩く。
「そうか、良かったな。父上が早く作らせたのも、これを考えておいでだったのかもしれんな」
俺はガッツポーズを誤魔化すようにメルに「どうだった?」と聞くが、彼女は良く分からないのか、首を横に振っている。
その様子を見た父が、
「次は他の人のオーブの見方だ。やり方は同じ。その人のオーブを持って、同じように“表示”と念じればいい。メルとザック、ダンとシャロンでやってごらん」
俺がメルのオーブを表示させると、
名前:メリッサ・マーロン 年齢:五歳 性別:女 種族:人族
出身地:カエルム帝国北東部辺境地区ロックハート領ラスモア村
レベル:―
レベルが“―”になっており、スキルは表示自体されない。
俺はようやく落ち着けたので、いつもの幼児言葉に戻し、「父上、見れないものがあるの?」と尋ねる。
「人のスキルは見れないんだ。見てもいい人、例えば私のような領主しか見れないんだ。ギルドだとまた違うが、もう少し大きくなったら教えてやろう」
剣術士となっていたのはどうやら俺だけだった。
(メルの方が才能はあると思っていたんだけどな。朝と夕の素振りの時間が効いているのかもしれないな。それにしても交渉も計算も表示されない。商業ギルドのオーブなら表示されるんだろうか?)
俺はすぐに祖父のところに行き、剣術士となったことを報告する。
そして、小声で、「何とかなりました。ご心配をお掛けしました」と頭を下げておいた。
その後、俺が剣術士になったことを知ったためか、メルがいつも以上に気合を入れて稽古を始めた。
ダンも彼女に触発されたのか、疲れても稽古をやりきるようになった。
そして、メルは俺の十日後の六月三十日に、ダンも更に遅れること二十一日後の七月二十一日にそれぞれ剣術士になった。
祖父を始め、従士たちもその驚異的な速さに驚いていた。




