第六十五話「ラスモア村武闘会?:前篇」
ベアトリス視点です。
七月十日。
昨日、あたし、ベアトリス・ラバルは、彼の故郷ラスモア村に足を踏み入れた。
彼の祖父、ゴーヴァン・ロックハートのことは、あたしも少しだけ聞いたことがあったし、彼の後見人になってから街のベテラン冒険者やアウレラ街道――西の商業都市アウレラと東の冒険者の街ペリクリトルを結ぶ主要街道――を行き来する傭兵たちにゴーヴァン・ロックハートのことを聞いて、ある程度の情報は持っていた。
ゴーヴァン・ロックハートが有名になったのは、二十数年前の話だが、彼のことを知っているものは意外なほど多かった。彼が剣術の達人で、あのルークスの獣人奴隷部隊と互角以上に渡り合い、今の辺境伯、カエルム北部総督の命を救ったと言う話は今でも語り草になるほど有名な話だった。
初めてルークスの獣人奴隷部隊のことを聞いた時、あたしは眉唾ものだと思った。幽霊のように神出鬼没で、一人で一個小隊を全滅させたとか、警備の厳重なカエルムの帝都で貴族を暗殺したとか、与太話が多かった。
だが、ドクトゥスで噂を集めてみると、酔った傭兵たちが真顔になるほど、恐ろしい相手のようだ。
その恐ろしい暗殺者集団を相手に同数の兵で勝利を収めたのは、後にも先にも、彼、ゴーヴァン・ロックハートしかいない。聞けば、その時の奮戦から、獅子心と言われているそうだ。
あたしはその“獅子心”と対面するという事実に、数日前からかなり緊張していた。
だってそうだろう。
あたしはしがないただの冒険者だ。三級とは言え、女だてらに槍を振り回すことしか能が無い粗暴な獣人に過ぎないのだから。
あたしの育った村は一応カエルム帝国の辺境に当たっている。だけど、村に貴族が来るなんてことはなく、年に一回だけ、徴税官がやってくるだけの本当に辺鄙なところなんだ。
十数年前に村を出てから、ドクトゥスに居ついているが、あの街でも貴族との接点なんてありゃしない。まして、英雄と呼ばれる有名人なんか、ラクス――ラクス王国、サルトゥースと連合王国を形成――の“赤腕”だったか、“赤肩”だったか忘れたが、そんな感じの二つ名が付く傭兵くらいしか見たことがない。もちろん、その傭兵とだって話したこともない。だから、どう対応していいのか判るはずがないんだ。
それでも、自分では隠しているつもりだった。だが、あのリディアーヌが気付くほどだから、知らず知らずに、かなりため息をついていたようだ。
そして、村に来て最初にザックの父親、領主様に声を掛けられた時にはどうしていいのか判らなかった。ザックが堅苦しいのは嫌いな家だと言っていたが、あそこまで気さくに話しかけてくるとは普通思わない。
それでかなり拍子抜けしたんだが、それでもゴーヴァン・ロックハートを見た瞬間、戦慄が走った。
“この男は強い”、そう直感した。
何がどうとは言えないが、あたしでも判るほどの達人だと感じたんだ。従士たちもかなりの手練だと感じさせたが、ゴーヴァン・ロックハートの印象が強すぎて、ほとんど覚えていない。
話は変わるが、この村はザックが言うように楽園だ。
深い森に囲まれているのに、村に防壁はなかった。それなのに子供たちが安心して走り回っていた。
あたしの故郷でもそうだが、普通、開拓村って言われるところはとても危険な場所だ。柵がなけりゃ、村の中に危険な魔物が迷い込むことだってある。実際、あたしのいた村にも大物の四手熊が入り込んで、大人たちが大慌てになったことがあった。まあ、うちの村は王虎族の村だから、少々の魔物なら倒してしまえるんだが。
それに引き換え、この村は平和そのものだ。
それに清潔だし、食い物も酒もうまい。村の連中を見ると、皆幸せそうな顔をしている。
何より、公衆浴場があるのがいい。まあ、村の女たちにキャアキャア言われたのは少し困惑したが、それもこの村が平和な証拠なのだろう。
領主の息子が連れてきた女戦士を恐れることなく、普通に話しかけてこれるんだから。
昨夜は結構緊張したが、酒が入れば先代様や領主様――あたしも皆に倣ってそう呼ぶことにした――と話が弾んで、特に緊張することも無くなった。ザックが一番心配していた従士連中とも、領主様の一声が効いたのか、すぐに打ち解けられた。少なくともあたしはそう思っている。
そして、夜が明けて、いつものように朝の鍛錬に向かおうとしたんだが、ここでも驚かされた。
日の一番長い夏のこの時期に、まだ薄暗い時間から、人の動く気配がしたのだ。
もちろん、ザックはいつも夜明け前には起きて、素振りをしているのだが、それが屋敷全体で行われているとは驚きだった。
先代様や領主様はもちろん、近くに家を構える従士たちも、日の出と共に屋敷の横にある広場に集まってくる。戦える者でこの場にいないのはリディアーヌくらいだろう。
そして、朝の挨拶もそこそこに、すぐに素振りを始めていく。
最初は素振りを三十分ほど行い、その後は模擬戦を行ったり、型の確認を行ったりと、各々自分に合った鍛錬を行っていくそうだ。
そんな中、一番驚いたのが、領主であるマサイアス様だ。
ベテランの従士相手にかなり激しい模擬戦を行い、ボロボロになるまで体を動かしている。
貴族とは言え、騎士階級なのだから、武術の鍛錬をするのが当たり前と思われがちだが、普通の騎士はここまで激しい鍛錬はしない。
後で話を聞いてみると、書類仕事が多く、昼間の自警団の訓練に参加できないから、朝と夕方の訓練に力を入れているということだ。
それに加え、ここにはいない長男と、次男であるザックに剣術で追い抜かれたくないと思っているそうで、ここ一年ほどはかなり真剣にやっているとのことだった。
朝食を済ませて三十分ほどすると、村の自警団員十名ほどが、館が丘を上ってくるのが見えた。
ザックに聞くと自警団は月に二度の訓練が義務付けられているそうで、先代様と従士頭のヴァッセル殿――ウォルト・ヴァッセル――らの訓練を受けることになっているそうだ。
自警団員たちが準備運動を行う。準備運動はあたしも教えてもらったザックが考えた“ストレッチ”で、これと素振りを三十分ほど行ってから、本格的な訓練になる。
今日はザックが帰ってきたので、彼の腕がどの程度か見るため、訓練場には先代様、領主様を初め、従士全員が揃っていた。更に従士の子らもそれぞれ木剣を持ち、準備運動を行っている。
体が温まったところで、先代様がザックに声を掛けた。
「さて、どの程度の腕になったか見せて貰おうか。まずはメル。お前からだ。お前の頑張りがどのくらいのものか、ザックにきっちり見せてやりなさい」
メルは昨日ザックに抱きついてきた少女で、最後まであたしを睨みつけていた女の子だ。話には聞いていたが、ここまで敵意を向けられるとは思っていなかった。
今日のメルは、傷だらけの革鎧にバスタード型の木剣を手に持っていた。昨日の愛らしい姿とは打って変わり、その姿には歴戦の風格があった。戦乙女という言葉が頭に浮かんできたほどだ。
確かザックより一歳年上の十二歳のはずだ。
ザックやシャロンを見ているから驚かないが、この歳にしてこれほどの風格を出せるこの子たちは、一体何なのだろうと思ってしまう。
ザックはいつものように真っ黒な装備に身を固め、木剣を手にしていた。
二人は五mほどの距離を挟んで相対していた。
ザックは笑みを浮かべて、「久しぶりにメルと模擬戦か。楽しみだ」と言っている。
メルの方もうれしそうに満面の笑みを浮かべ、模擬戦をやると言う雰囲気ではなかった。
だが、先代様の「構え!」の合図で空気が一気に変わった。
メルの表情から笑みが消え、ザックを鋭い視線で見据えている。
あたしはその雰囲気の変わりように思わず息を呑んだ。
先代様の「始め!」の合図で、ザックとメルの模擬戦が始まった。
あたしはザックがいつものように突っ込んでいくと思っていた。だが、先に動いたのはメルの方だった。
その動きはとても十二歳の子供のものではなく、一気に距離を詰める。
そして、裂帛の気合と共に木剣を横薙ぎに払った。
ザックはその動きを予想していたのか、僅かに半歩下がるだけで、彼女の横薙ぎの斬撃を避け、振り抜いて隙を見せるメルの肩口に突きを放った。
メルもその攻撃を読んでいたのか、前転するように地面に飛び、一回転してきれいに立ち上がった。
メルは土を払おうともせず、向きを変え、ザックの足元を狙って掬い上げるように斬撃を繰り出す。ザックは木剣で軽くはじいて、斬撃の軌道を逸らし、そして、弾いた勢いのまま上段から彼女の腕を狙って斬り降ろした。
あたしにはその瞬間、彼の斬撃が決まったように見えていた。
だが、メルは逸らされた木剣の軌道を強引に引き戻し、彼の斬撃を受け止めていた。
ガン!という木が打ちつけ合う音が訓練場に響く。
両者とも打ち合った直後にバックステップで後退する。それだけじゃなく、二人とも後退しながらも斬撃を放ち、相手の急所を斬り裂こうとしていたのだ。
ここにきて、初めてザックが口を開く。
「強くなったな、メルは。今の攻撃は決まると思ったんだが。前より動きが読めなくなったよ」
「ザック様も強いです。最初の一撃で決めようと思ったのに簡単に避けられてしまいました」
そう言って微笑むが、すぐに表情を引き締めていた。
その直後、メルが再びザックの懐に飛び込んでいく。
さすがに互いの手の内は知っているのか、ザックに距離を取らせると簡単に避けられることを知っているようだ。
ザックはその動きに僅かに苦笑するが、飛び込んできたメルの剣に自らの剣を沿わせるように当て、更に剣にひねるような動きを与える。そう、彼は彼女の剣を絡め取ろうとしていたのだ。
だが、メルもそれは予想していたようで、片手で剣を持ち、手首の柔軟性だけで剣を回して、それをかわす。
ザックはそれでも落ち着いていた。すぐに剣を絡め取るのを諦め、逆に彼女の懐に入り込んでいった。
メルはその動きを予想していなかったのか、僅かに驚きの表情を浮かべる。だが、彼女も何かを感じたのか、咄嗟に剣を引き戻そうとした。
ザックは剣による攻撃を諦め、無手の攻撃に切り替えていた。
彼とはよく模擬戦をやるのだが、突拍子もない動きをよく見せる。酷い時などは剣を手放し、肘打ちを使ってきたり、腕を取って投げを打ってきたりするのだ。
今回もその無手の技で、メルの腕を掴みながら、鳩尾に肘を打ち込み、更に足払いを掛けて倒しに掛かる。
メルも腕を掴まれた状態で必死に肘打ちを防ぐが、その後の足払いまで対処できなかった。
ドンという音と共に僅かに土ぼこりが上がる。二人はもつれるように地面に倒れ込んていた。
土ぼこりが晴れると、二人の姿がはっきりと見えた。衝撃で一瞬無防備となったメルの首に、ザックがいつの間にか抜いた短剣を突き付けていたのだ。
「そこまで!」
先代様の声で模擬戦が終了した。
この高度な戦いに見とれていた者たちが、一斉に息を吐きだす、ため息のような音が聞こえる。あたしも同じように息を止めていたようで、ふぅと長い息を吐き出していた。
ザックはメルを助け起こしながら、「まさか肘打ちまで防がれるとは思わなかったよ」と笑っている。メルの方と言えば、悔しそうな表情も見せず、ニコニコと笑っていた。
メルが何か言おうとしたが、先代様が先に声を発していた。
「ザック。次はマットが相手じゃ」
先代様はザックに休む間を与えることなく、領主様との模擬戦を命じた。
領主様は柔和な表情で「この戦いの後にやるのはやりにくいな」と笑うが、すでに木剣を構えていた。
ザックも「よろしくお願いします、父上」と言って、同じように木剣を構える。
結果から言えば、領主様の辛勝だった。
ザックのトリッキーな動きに領主様は動揺することなく、的確に対応した。更にリーチ差――あたしよりは低いが百九十cm近い上背がある――を生かした連続攻撃で、ザックの動きを封じ、最後には彼の木剣を力任せに弾き飛ばした。
ザックは「参りました」と頭を下げるが、あたしには本気ならザックが勝っていたように思えていた。
領主様もかなりの実力の持ち主だ。だが、ザックは切り札である魔闘術を使っていなかったのだ。
恐らく魔闘術を使った動きを見せれば、領主様は一気に守勢に追い込まれただろう。
そして、主導権を握ったザックは強い。
あたしでも下手をすると一本取られることがあるほどだ。
父親思いの彼のことだから、従士たちや自警団が見ている前で領主である父親に恥をかかせないようにしたのだろう。
領主様も判っているようで「一年でそこまで強くなるとはな」と自らの方が不利だったと感じているようだ。
先代様はザックに模擬戦を続けるようにと次の相手を指名した。
新しい従士であるバイロン・シードルフだ。
彼はあたしと同じくらい――身長二m――の巨体で、ザックの身長――百五十cm――ほどの巨大な木剣を持っていた。
ザックの話によると、この男は元カウム王国――南部の山岳国家――の守備隊長だったそうだ。見た通りの剛の者だが、それ以上に実戦的な攻撃を使ってくると聞いていた。
「一年振りですな」
バイロンはそう笑い掛けるが、すぐに真剣な表情になった。
「私もここで先代様に鍛えて頂いております。以前の私ではないと言うところをお見せいたしましょう」
バイロンはそう言って、巨大な木剣を大きく振り上げた。
そして、先代様の「始め!」の合図がこだまするが、バイロンは上段に構えたまま、一向に動きを見せない。
ザックはその構えに警戒しながら、「“二の太刀いらず”か。厄介だな」と呟いていた。
その言葉の意味はよく判らないが、その構えから何となくバイロンが何を考えているのか判った。
ザックに主導権を取られる前に、一撃で仕留めようというのだろう。
あの巨体で振り降ろされれば、木剣でも致命傷を負いかねない。あたしは“やばいんじゃないか”と呟き、周囲を見回すが、誰一人、止めようとする者はいなかった。
そう、ザックを愛してやまないリディアーヌですら。
あたしは心配になり、「大丈夫なのかい? あのバイロンって男、かなりの腕だよ」とリディアーヌに言うが、彼女はいつもの軽い調子で
「大丈夫よ。ザックはいつも言っているわ。即死以外なら何でもありって。今日は私もいるし、ある程度私が治療すれば、後は自分で治しちゃうから問題ないわ」
確かに防具は着けているが、あの棍棒のような木剣が振り降ろされれば命に関わる。
あたしはこの訓練をやめさせたくなる心を必死に抑えていた。
そして、戦いは唐突に始まった。
ザックが先制しようと半歩前に出たところで、バイロンの殺気に僅かに躊躇いを見せた。その瞬間をバイロンは見逃さなかった。
あたしもそうだから判るんだが、体が大きければ初動に“タメ”がいる。だが、あの男は撓めた木の枝が弾くように何の予備動作もなく、距離を詰めた。
あたしは思わず目を見開いていた。
獣人、それも猫科の獣人なら判らないでもないが、ただの人間、それもスピードよりパワーを重視するタイプに見える男があたしに匹敵する動きを見せたんだ。驚くなという方が、無理がある。
バイロンは爆発的な直線的な動きでザックとの距離を一気に詰めた。そして、上段に構えた巨大な木剣を“ハッ!”という裂帛の気合と共にザックに振り下ろした。
木剣でもオークくらいなら簡単に叩き殺せそうなほどの勢いだ。
あたしはザックの頭がザクロのように叩き潰される姿を思い浮かべてしまった。
だが、木剣は地面を打ち、土埃を舞い上げるだけだった。そう、彼はその木剣の下にはいなかったのだ。
あたしがバイロンの動きに驚いている時、ザックは既に動いていた。
いつものあたしなら、目で追えていたかもしれない。だが、今日は驚きの連続でどうにもいつもの調子が出ない。
ザックはというと、バイロンが直線的に来ることを予想していたのか、致命的な打撃を受ける間合いを外すため、バイロンの懐に飛び込んでいた。
相変わらず大胆な動きをする。
彼はバイロンの懐に飛び込んだ後、右の脇腹を剣で斬り裂き、そのまま抜けて行こうと考えたようだ。あたしの方からはバイロンの体が陰になりよく見えないが、これでザックの勝ちだとも思った。
しかし、それで勝負は付かなかった。
バイロンはザックがそう動くと予想していたのか、外されたと思った瞬間、両手剣から右手だけを離し、頑丈な籠手でザックの斬撃を弾いていたのだ。
「さすがだな。おじい様の動きを参考にしたのか?」
ザックがそう言うと、バイロンはゴツイ顔に笑みを浮かべ、
「ええ、先代様にご指導頂きました。ザック様の右肩を叩き潰すつもりで打ち下ろしましたが、それが仇になったようです」
さすがにバイロンも模擬戦で頭は狙わなかったようだ。僅かに軌道を右に逸らしたところをザックにつけ込まれたようだ。
話は変わるが、ザックは回避がうまい。
初めて会ったときにもそう思ったが、避けるだけなら、一流の域に達している。今のザックが回避に専念したら、あたしでも一撃を入れることすら困難だ。
一度、どうしてそんなに避けるのがうまいのかって聞いたことがある。
彼はニヤリと笑って、こう答えた。
「装備の色は黒いが、通常の三倍で動けるからな。“当たらなければどうと言うことはない!”って奴さ」
「魔闘術で三倍の速さになれるのかい!」
あたしが驚いてそう言うと、彼ははにかむような表情で「冗談だよ」と言った。
あたしが不思議そうな顔をしていると、彼は少し寂しそうな顔をして「やっぱり元ネタが判らないと滑るな……」と呟いていた。
結局、彼の回避がうまい理由は判らないが、この場でもそれは遺憾なく発揮されていた。
言葉を交わした後、二人は猛然と打ちあいを始めた。
正確に言えば、バイロンが膂力とリーチを生かした暴風のような攻撃を見せ、ザックがそれをひらりひらりと木の葉のように避けていく。そして、避けながら急所を狙う攻撃を加えていくという感じだ。
五分ほど激しい戦いが続くが、スタミナに乏しいザックの動きが鈍ったところで、横殴りのような乱暴な一撃が彼の腹部にめり込んだ。それだけではなく、体重の軽い彼は数m吹き飛ばされ、地面を転がっていった。
あたしはその姿に焦った。
ドクトゥスで続けているあたしたちの訓練もかなり激しいものだ。だが、ここまで致命的な一撃は加えていない。
あたしは周りの目を気にする余裕もなく、彼のもとに飛んでいった。
あたしはすぐにリディアーヌを呼んだ。
「大丈夫かい! リディアーヌ! 治癒魔法を!」
あたしが焦る中、リディアーヌはあくびをしそうな感じでゆっくりと近づいてくる。
「大丈夫よ。衝撃で気を失ってるだけよ」
グールの時にはあれほど取り乱したリディアーヌが全く動揺していない。それどころか、周りの者たちも誰一人動こうとしていなかった。
あたしがリディアーヌにもう一度治癒魔法を頼もうとした時、ザックが目を開ける。
「だ、大丈夫だ。きついのを貰ったけど、おじい様の一撃に比べれば、大したことはない」
彼はそう言うと、治癒魔法すら掛けずに立ち上がる。
あたしが「本当に大丈夫なのかい?」と聞くと、彼は土埃を払いながら、
「ベアトリスは心配性だな。うちじゃ、これが普通だから」
そう言って笑うが、どうにも納得がいかない。
あたしはバイロンに対して怒りを覚えていた。そして、彼のもとに向かい、真正面に立って顔を近づける。そして、声を張り上げて文句を言ってやった。
「仮にも主君の子息だろう! 少しは手加減したらどうだい! あんたの一撃をこんな子供が受けたら、死んじまうよ!」
あたしの剣幕にバイロンは目を白黒させている。
彼は何か言おうと口を開くが、あたしの方が先に口を開いていた。
「その性根を叩き直してやる! あたしと立会いな!」
その時、「ベアトリス殿は心配性じゃな」と後ろから声が聞こえてきた。
あたしが振り向くと、そこには先代様が立っており、笑いを堪えていた。
「儂は手加減せずともよいと言っておる。じゃが、バイロンは手加減しておったよ。それにザックも気にしておらん。それでは納得がいかんかな」
先代様にそう言われれば、納得できなくても引き下がるしかない。
「バイロンとの手合わせは後ほどしてもらおう。まずはザックの腕を確認してからじゃ」
あたしは耳を疑った。
まだ、これ以上続けるつもりなのかと。
先代様はあたしの思いなど全く気付かず、「ニコラス! 次はお前じゃ」とニコラス・ガーランド殿を指名した。




