第六十話「初体験」
本年、最初の更新です。
俺たちはアルス街道――南部のカウム王国王都アルスと冒険者の街ペリクリトルを結ぶ主要街道――最大の難所カルシュ峠で盗賊たちの襲撃を受けた。
幸いにも、盗賊たちは圧倒的な戦力差があると油断してくれた。このため、魔法による先制攻撃により、敵に大ダメージを与えることができた。
運良く生き残った盗賊から、まだ仲間がいると言う情報を得た俺たちは、後顧の憂いを無くすため、盗賊の生き残りを倒すことに決めた。
得た情報では峠の頂上から一kmほど下った場所に馬と共に二人の盗賊がいるというもので、俺とベアトリスが奇襲を掛けることになった。
リディたちと分かれ、周囲を警戒しながら、だが、急ぎ足で峠道を下っていく。盗賊の生き残りは二人だけだが、戦闘の血の匂いが魔物を引き寄せないとも限らないからだ。
五百mほど下ったところで、周囲の風景は岩の壁から荒地に変わる。俺とベアトリスは念のため、身を隠すことにし、姿勢を低くした。
そして、更に周囲の警戒を強めながら慎重に峠道を下っていく。
五分ほど進むと、微かに馬の嘶きらしき音が聞こえてきた。
ベアトリスは俺に手で停止の合図を送る。
「東側の茂みに隠れていそうだね。ここの草むらなら、あたしでも十分隠れられる。ついておいで」
彼女はそう言うと、ガサガサという音と共に草むらに分け入っていく。
俺も遅れないように彼女の後ろにピタリとつき、身を屈めて進んでいく。
一応、緊張しているのだが、目の前に虎の太い尾が揺れているのがもの凄く気になる。俺は精神力を総動員して奇襲を掛けることに集中する。
草むらに入り五分ほど進むと、馬の嘶きが大きくなってきた。
ベアトリスはゆっくり立ち上がり、周囲の状況を確認していた。
「情報通りだね。茂みの中にいるようだよ。今回は魔法はなしだ。いいね」
俺は小さく頷く。
魔法を使わないのは、確実に敵を倒すためだ。
俺の風属性魔法を使えば、襲ってきた盗賊程度の敵二人なら、複数の魔法を同時展開することにより十分に倒せる。
だが、今の位置からは敵が見えないことから、魔法を使うにしてもかなり接近する必要がある。もちろん、接近してから魔法を使うと言う選択肢もあるだろう。だが、俺とベアトリスは不測の事態が起こることを恐れた。例えば、敵が魔法に気付くとか、馬が魔法に驚くとか。そのような状況になれば、結局強襲を掛けなくてはならなくなる。
それならば、最初から魔法ではなく相互に支援ができる、接近戦を挑む方がより確実性が高いとの判断だ。
俺は背中のバスタードソードを引抜き、しっかりと握り締める。
俺はゆっくりと立ち上がり、彼女の言う茂みを確認した。
峠道から三十mほど東に入った場所で、松のような低い木が十数本固まって生えている。その茂みは窪地になっているのか、荒地に生える背の高い草で馬や盗賊の姿は確認できなかった。
ベアトリスがゆっくりと前を進み、俺も同じように慎重な足取りで草むらを進んでいく。ガサガサという草を掻き分ける音が異様に大きく聞こえるが、周りを吹く風が草を揺らす音で聞こえないはずだ。
茂みまで十mほどのところに到着した。
馬の蹄の音と共に盗賊らしい男の野卑た声が聞こえてきた。
「何でも大女だが別嬪の獣人に、金持ちのところの餓鬼がいるらしいぜ。それに餓鬼は男も女もきれいな顔をしているって話よ。まあ、いずれにせよ、どっちも頭のおもちゃになるだけだがな……」
どうやら、狙いは商隊だけでなく、俺たちも入っていたようだ。
(なるほど。だから、通り過ぎるタイミングでの待ち伏せじゃなく、峠を上りきったタイミングだったんだな。あの位置なら後ろに逃げようとしても、商隊の荷馬車が邪魔になって簡単には逃げられない。袋のネズミだと思って、いたぶろうとしたわけか……)
更に慎重に、這うような姿勢で近づいていく。
俺たちは一番外側にいる馬まで、あと数mという位置まで近づくことができた。
俺たちは近づくためにガサガサという草を掻き分ける音を立てていた。だが、緊張感のない盗賊は馬が草を食べている音とでも思っているのか、一向に気にする気配が無い。
草の間から見ると、二人の盗賊が武器も抜かずに松の木にもたれかかり、見張りをすることなく、会話に夢中になっている。
ベアトリスがハンドサインで左を殺れと伝えてきた。俺はそれに頷き、左側の盗賊を観察するように見た。
その盗賊は二十代前半、恐らく二十歳をそれほど超えていない若者だ。だが、その顔はすさんだ感じがし、“チンピラ”という言葉が頭に浮かんでいた。
(あれだけ隙だらけということは、碌な訓練は受けていないのだろう。若造が食い詰めて盗賊の仲間に入ったというところか……さて、いわゆる“童貞”っていう奴を捨てに行きますか……)
俺は初めて自らの手で人を殺す行為を行う。
そのことに気付いた時、僅かに動揺があった。だが、すぐにいつもの冷静さを取り戻していた。今の俺には、あの若い盗賊はただの獲物であり、魔物と大差ない。その時、俺はその若者のことを駆除すべき“物”に過ぎないと考えていた。
俺はベアトリスとタイミングを合わせるため、“いつでも行ける”と目で合図を送る。彼女はしっかりと頷き、即座に行動を起こした。
彼女は槍を低く構え、バネに弾かれるように飛び出していった。
その動きに馬たちが驚き、暴れ始める。
盗賊は何事と思い、立ちあがろうとした。
俺もベアトリスの動きに追従すべく、魔闘術で瞬発力を上げていた。そして、目標のチンピラ風の男に真直ぐに跳んでいった。
目標の男は俺の姿を見て、大きく目を見開く。だが、動揺しているのか、手元の剣を抜くことすら思い付けない。
俺は右手に持っていたバスタードソードを両手でしっかりと持ちなおし、男の首目掛けて一気に振り抜いた。
男は信じられないと言う表情を浮かべ、呆然と俺を見つめる。
僅かな時間が流れた。
男は自分の首が斬り裂かれたという事実を認められないまま、何か声を上げようとした。だが、彼の声は言葉にはならず、気管から空気が漏れるヒューという音を出すだけだった。
その直後、噴水のように真っ赤な血が吹き出し、わずかに俺に降り掛かる。俺は若い盗賊を一瞥すると、すぐにその場を離れた。
盗賊を殺すのに要した時間は僅か数秒。十秒は掛かっていないはずだ。
俺は盗賊の死体から離れると、いつものように剣を振り、血を払いながら、周囲を警戒していく。
結局、これだけの行為を何の感情もなく行えた。
魔物とは言え、既に千近い命を奪っているからなのか、全く動揺がない。逆にそのことの方が驚きだった。
同時に攻撃を掛けたベアトリスも、右側の男を一撃で仕留めていた。彼女も俺と同じように、槍を振って血を払う。
「見事だよ。しかし、人を殺すのは初めてなんだろう? よく落ち着いていられるね」
そして、優しいとも言える笑みを浮かべ、「いや、これは悪い意味じゃないんだ。褒めているんだよ」と付け加える。
俺は苦笑しながら、「ああ、判っている」と答えた。
「自分でも驚いている。自分の冷静さにな」
俺はそう言いながら、周囲を見回し、他に敵がいないことを確認していた。
その動きにベアトリスは呆れたような声で、
「あんたは魔物相手の冒険者としても一流になれるが、人間相手の傭兵、いや、あんたの場合は騎士か……騎士としても一流になれるよ。本当に野犬相手に震えていたのかね」
俺が初陣で震えていたという話をしていたため、そのことを聞いてきたようだ。
俺はそれにどう答えていいのか判らず、結局何も言わなかった。
俺はその場を誤魔化すため、二人の死体から魔晶石とオーブ、そして、使えそうなものを外していった。
ベアトリスはまだ何か言いたそうだったが、小さく首を振り、馬の状態を確認していく。馬は全部で二十七頭――三頭には荷物が積んであった――おり、すべてを繋いでいく。
俺が殺した見張りは、チンピラ風の外見通り大したものは持っていなかった。質の悪い長剣と錆びの浮いたダガーが一本、身に付けている革鎧は使い物になるとは思えず、剥ぎ取る気すら起きなかった。ベアトリスが倒した方も同じようなもので、死体は松の木の下に捨てておいた。
繋いだ馬と共に街道に戻り、ベアトリスが馬の番をしている間に、俺がリディたちに残りの盗賊を仕留めたことを伝えにいった。
リディとシャロンは笑顔で俺を迎えてくれ、出発の準備を始めた。
俺は商隊の商人たちに盗賊は全滅させたとだけ伝え、同じように出発の準備をする。
商人たちは何か言いたそうだったが、特に何も言わず、俺たちを見ているだけだった。
俺たちは再び商隊の先頭に立ち、街道を南下していった。
そして、カルシュ峠を抜けたところで商隊のスピードに合わせることをやめた。ここまでくれば、危険な魔物に遭うことも少ないだろうとの判断だが、自分たちの馬を含めれば三十頭以上の馬を引き連れているため、速度を合わせるのが難しいと考えたためだ。
俺たちは商隊を引き離し、街道を南下していった。
午後四時頃、目的地であるボウデン村に到着した。
心配していた雨は、この辺りでは既に止んでおり、街道がぬかるむほどの降水量は無かったようだ。今も雲は低く垂れ込めているものの、雨が落ちてくる気配はない。
俺たちは以前泊った比較的マシな宿に部屋を確保し、荷馬車を置く広場に馬を連れていった。
その後、盗賊たちの荷物を検めていく。
大した盗賊団ではなかったようで、荷物を検めても金目の物はほとんど出てこない。
結局、武器や防具の他に野営用の道具と饐えた臭いのする保存食や衣類ばかりで、金目の物は金貨が五枚の他、小銭を合わせても七百C(=七十万円)に満たなかった。
更に生き残りの盗賊を尋問しても、アジトらしいところもなく、隠してある財宝などありそうもない。
詳しく聞くと、北部で食い詰めた盗賊が南部のカウム王国に拠点を移すところだったようだ。
(頭目が元五級傭兵だから、レベル四十くらいか。今回の商隊程度なら奇襲できれば、こいつらでも何とかなったのかも知れない。だが、この程度のレベルで盗賊というのはどんな生活なんだろうな)
この世界の司法制度はある意味、地球より厳格だ。それはオーブという魔道具があり、オーブが犯罪行為、すなわち、オーブを作る時になされる宣誓を破ると記録が残り、犯罪者と認定されるためだ。つまり、犯罪を行えば自動的に犯罪者に認定される。そこに裁判が入る余地などない。
また、罪を犯して逃げたとしても、一定規模の街では入門時にオーブを確認されるため、犯罪者になると街に入ることができなくなる。
もちろん、俺が知らない様々な抜け道があるはずだ。犯罪者を街から完全に締め出すというのは理屈上の話なのだと思う。特にドクトゥスの新市街は検問もないから、入ろうと思えば盗賊でも入り込める。
だが、犯罪行為を行うと、街に入りにくくなるという事実はかなりの抑止力を持つ。
特に魔物の跋扈するこの辺りでは、自分の安全に直結してくる。街に入れなければ、野宿か、手製の粗末な拠点を作るしかない。街にいるのとは安全度が圧倒的に劣るのだ。
だから、自分の身を守るために犯罪行為を起こさないようになるという考えは、十分に説得力のある話だ。
更に殺人や窃盗に対する罰も重い。
処刑されることもあるが、大抵は被害者の救済のため、犯罪奴隷に落とされる。そのため、盗賊に身を落としたものは、犯罪奴隷として一生を終えることが多いのだ。
その覚悟で盗賊になるのだが、今言った理由から、盗賊の生活はほとんどが野宿となる。ある程度の実力を備えて入れば、仲間から一目置かれ、多少マシな生活を送れるだろうが、下っ端は最底辺の生活だろう。魔物の襲撃を恐れ、粗末な材料から食事を作り、碌な睡眠も取れない。恐らく逃げ出した環境とあまり変わらないはずだ。
俺にはそれがどんな生活なのか、そして、下っ端たちがどう思って生きているのか、想像することすらできなかった。
今回、俺たちは僅か三人しか生かしておかなかった。
最初の襲撃時はともかく、ベアトリスと二人で殺した見張りは生かしたまま捕らえることも出来た。それだけの技量差は十分にあったし、奇襲効果を考えれば無抵抗のまま武器を捨てた可能性は高い。
今回はベアトリスの指示に従っただけだが、俺が指揮を執ったとしても同じように指示したはずだ。
理由はいくつかある。
まず、二十頭以上いる馬の中で戦闘を行うことへのリスクだ。
もし、敵が自棄を起こして反撃してきた場合、馬に当たる可能性があった。その場合、馬たちがパニックを起こして暴れまわれば、俺たちにも危険が及ぶ。このリスクを排除するために、手加減せず一撃で殺すことが必要だった。
もちろん、魔法で無力化する方法はある。俺の場合、闇属性魔法が使えるから、今回のチンピラ程度なら、眠らせることは可能だっただろう。だが、闇属性魔法は万能ではない。魔法への耐性に個人差があるのだ。もし、魔法で眠らせることができなければ、奇襲効果が無くなっただろう。
更に次の目的地はボウデン村という貧しい村で、守備隊もおらず、盗賊の生き残りを引き取るところがない。そんな村にたくさんの盗賊を連れて行くのはかなり危険だ。
もし、手引きする者がいたら、俺たちが寝首を掻かれる可能性は否定できない。
特に貧しい村では盗賊との取引を厭わないところも多いと聞く。もちろん、進んで取引するのではなく、脅されてのことだが、それでも協力者がいる可能性は街に比べて格段に高い。
ケガをした数人の盗賊なら、どこかの木にでも縛り付けておけば、それほど危険はないが、それが十人以上になれば、危険の度合いは一気に上がる。
そして、ベアトリスが見張りを殺すことにした最大の理由は、俺に“経験”を積ませることだろう。
基本的に俺の戦闘スタイルは魔法と剣の併用だ。つまり、いつの日か、人間相手に剣で殺し合いをする日が来る。
今回のような、俺より技量が圧倒的に低く、奇襲を行え、更にこちらが襲われたから反撃すると言う心理的な抵抗感の少ない敵は、好都合だとベアトリスは考えたのだろう。
実際に安全に経験を積むには絶好の機会だった。
彼女は俺を一人前にしようと努力しているから、俺に初めての“人殺し”を行わせるタイミングを常々計っていたのかもしれない。
だから、俺が人を殺した後、俺が動揺していないか気にしてくれたのだろう。
ベアトリスは見た目の豪快さとは異なり、そう言った点はよく気の回る女性だから。
生き残りの三人の盗賊に関しては、荷馬車を止める原っぱの近くに縛り付けたまま、放置することになっていた。
三人ということもあり、見張りは荷馬車の護衛たちがやってくれる。護衛たちも盗賊に対しては容赦が無いので、逃げようとすれば、躊躇い無く斬り殺すだろう。もちろん、捕まえた俺たちもそれを認めている。




