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ドリーム・ライフ~夢の異世界生活~  作者: 愛山 雄町
第二章「学院生時代:学術都市ドクトゥス編」

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第五十八話「ドワーフの固有能力?」

 ティリア魔術学院の夏休みに入った六月三十日。

 俺は故郷ラスモア村に帰るため、ドクトゥスを出発した。


 初夏の晴天が続き、更にトラブルも無かったため、ドクトゥスから二百km東にあるペリクリトルにわずか四日で到着した。


 俺たちは以前泊った宿、“荒鷲の巣”亭に泊ることにしていたが、少しだけ寄り道をする。

 以前、一緒に旅をした傭兵、バイロン・シードルフを訪ねるつもりだったのだ。

 彼が以前使っていた宿を訪ね、彼がいるか聞いてみたが、不在だった。商隊の護衛をしている傭兵がいないのはそれほどおかしな話ではないが、更に詳しく聞いてみた。すると半年くらい前から、ペリクリトルにはいないようで、どこかに仕官したとの話だった。


 以前届いた父からの手紙に新しい従士が入ったとあったが、俺が帰った時に紹介するつもりなのか、その手紙には従士の名前が書かれていなかった。

 バイロンがどこかに仕官したという話と父の手紙の内容と合わせて考えると、彼は無事、ロックハート家に仕官できたのだろう。

 これで帰る楽しみが一つ増えたと思いながら、荒鷲の巣亭に向かった。


 荒鷲の巣は冒険者に人気の宿で、部屋が空いていない可能性もあった。

 だが、俺はその可能性は低いと考えていた。

 今日は七月三日で、夏至祭は一昨日に終わり、近隣の人々も街を去りつつある。また、冒険者たちも祭りの余韻を残しているだろうが、今日くらいから平常に戻っているはずだ。つまり、泊り掛けの依頼を受けている者も多いだろうと考えたのだ。


 俺の予想通り、宿に空きはあった。

 午後六時くらいに宿に入ったため、夕食時間に被ったが、俺が来たということで調理人でもある主人のヨアンが顔を出してくれた。


「元気そうでなによりだ。今は忙しいが、あと二時間もしたら落ち着くから、待ってな」


 そう言って厨房に戻っていった。

 それを見たベアトリスが、「料理人に知り合いがいるのか?」と不思議そうに呟いていた。


 部屋に荷物を置き、馬の世話を終える頃には、夕焼けに染まっていた茜色の空が藍色に変わり始めていた。

 皆片付けなどを終え、食堂に向かった。


 以前と同様、今回も肉と魚からメイン料理を選ぶことができた。

 かなり遅い時間なのにと不思議に思っていたら、女将のミラが、「うちの人があなたたちにって取っておいたのよ。何なら、両方でもいいわよ」とのことだった。

 俺は折角なので両方貰い、ベアトリスも同じように肉と魚を頼んだ。シャロンとリディは魚をメインにし、久しぶりに本格的な料理を楽しむことにした。


 魚料理はイワナ(オンブル・シュバリエ)のポワレ。鱒かと思うほど大きな切り身が、バターによって表面をカリッと焼かれ、食欲をそそるバターと魚の油が焼けた良い香りが漂う。そして、フレッシュな香草が上に載せられ、爽やかな香りと風味を加えていた。

 相変わらず、うまいなと思いながら、溶けたバターにパンを浸す。水を片手に持ちながら、これが白ワインならと考えていた。


(本当に良い香りだ。鱒よりこっちの方が繊細な味がして好きなんだよな。これにほんの少しだけ柑橘の香りがあれば完璧だな……これには白ワイン。それもフレッシュなソーヴィニオン・ブラン。それともちょっと酸味が強めのシャンパーニュか……)


 魚料理を食べ終わる頃、肉料理が出てきた。

 今日の肉料理は牛頬肉の煮込みだ。赤ワインで煮込まれており、セロリやローリエの他に、仄かにクローブのようなスパイスの香りがする。


(これだと赤ワインが飲みたくなるな。シラーか、それとも南米辺りの濃い目のマルベックが合いそうだな。それとも少し奮発して、ボルドーのカベルネの良い奴か……)


 頭の中で妄想しながら、水を飲んでいく。


(子供の体で一番辛いのは、やはり酒だな。特にリディとベアトリスがうまそうに飲んでいるのをみると、禁酒するのをやめようかと思ってしまう……)


 そう思いながらも、いつものようにリディやベアトリスの酒を冷やしていた。


 食事を終えると、厨房からヨアンがやってきた。


 エプロンを外しながら、「どうだ、ドクトゥスは」と言って歩いてきた。

 俺が「楽しくやっているよ」と答えると笑顔で頷いている。

 俺の横に座るベアトリスに気付き、「そういや、こっちの姐さんは初めて見る顔だな。俺はヨアンだ」と軽く挨拶をする。

 ベアトリスも「ベアトリスだ。うまい飯だったよ」と笑顔で応えていた。

 ヨアンは彼女に笑顔で頷きながら椅子に座り、


「ところで、例の“スコッチ”だが、ようやく入るようになったぞ」


 俺はようやくという言葉を聞き、結構時間が掛かったのだなと思い、「割とすんなり行くと思っていたんだが」と疑問を口にした。


 ヨアンはお手上げという感じで両手を上げ、


「何でも去年の夏頃から、アルス――南部のカウム王国の王都――のドワーフたちの買う量が増えたんだそうだ。ノートン商会のヘンリー――往路で護衛をしたノートン商会の会長――に交渉してもらって、何とか二ヶ月に一回、回してもらう約束を取り付けたんだが、あっという間に、ペリクリトル(ここ)のドワーフに売れちまう。なあ、お前の力で何とかならんか」


 どうやら、アルスでの消費量が増えて、他への供給が難しくなったようだ。

 だが、スコッチは熟成期間が必要だから、すぐには供給量を増やせない。俺の計画に沿って、三年で出す一般品と十年以上寝かす高級品を同量生産している。長期熟成用は今のところ、どれだけ人気が出ても売りに出す気はない。これは領主であり、蒸留所のオーナーである父も了承していることだ。


(困ったな。短期熟成か……樽を小さくして寝かす期間を短くするか。これなら、二年くらいでも出荷できないことはない。まあ、やってみないと判らんが。あとは若干反則だが樽の再利用で香りを早くつけるかだな。帰ったら、これを解決しないと……)


 ヨアンの話ではアルスで評判のスコッチが飲めると、ペリクリトルにいるドワーフたちが入荷とともに押し寄せ、あっという間に飲み切ってしまうそうだ。

 三ヶ月前に初めて入れたときには、この値段で売れるのかと心配していたそうだが、どこで聞きつけてきたのか、入ったその日に数十人のドワーフが現れたそうだ。

 そして、約百リットルのスコッチを一晩で空けてしまった。


 次に入ったのは先月で、宣伝もしていないのに、どこからともなくドワーフたちが現れ、宿泊客の食事の場所がなくなるほどだったそうだ。そのため、急遽裏庭にテーブルと椅子を出し、臨時の酒場を作ったそうだ。案の定、その日も僅か二時間で無くなったとのことだ。


「済まんが、倍の値段を出してもいい。いや、三倍出してもいいんだ。十日に一樽くらい回してもらえないか。夕方になるとドワーフどもがうるさいんだよ。いつ入るんだってな」


 俺は軽く頭を振りながら、ドワーフという種族を舐めていたと反省する。

 確かに、ここペリクリトルには数百人のドワーフがいる。腕のいい鍛冶師も多いし、冒険者も一流の者が多い。だから、割と高所得の者が多いのだが、それでもこの値段の酒があっという間になくなるというのは信じられなかった。

 更にどういうわけか、スコッチが入る日に押し寄せるという。それが不思議で仕方なかった。


(それにしても酒の匂いでも感じるのか? いや、ベルトラム――ラスモア村の鍛冶師――は酒の匂いなら一km先からでも判ると豪語していたな。法螺だと思っていたが、案外、この世界のドワーフが持つ固有能力なのかもしれないな……しかし、今のところ打つ手が無いぞ……)


 俺はヨアンに頭を下げ、


「悪いが、今のところ約束は出来ない。出来るだけ手は打ってみるが、あれは作るのに三年は掛かるんだ。今から手を打っても早くて三年後だ」


 ヨアンはがっくりと肩を落とし、「三年か……それまであの(・・)ドワーフの相手をしなきゃならんのか……」と呟いていた。


 その呟きを聞き、なぜか厨房の方から視線を感じた気がした。

 俺が厨房の方に視線を向けると、酒を求め、幽鬼のように厨房を覗くドワーフたちの姿を見たような気がした。




 翌日の七月四日。

 今日から、ここペリクリトルからアルス街道――ペリクリトルからカウム王国の王都アルスを結ぶ南北の主要街道――を南下していく。


 今日の目的地はメイグル村だ。僅か二十五kmなので、ゆっくり出ても問題ない。

 今のところ、最も体力が無いシャロンに疲れも見えないので、ペリクリトルでは休まず、今日も移動日に当てた。

 ソーンブロー――ペリクリトルの南約八十五kmにある城塞都市――から、キルナレック――ラスモア村に近い街――までの六十kmは魔物、盗賊が出没する難所であり、そこは慎重にいくつもりでいる。だから、今日からは無理はせず、早めに宿に入るような行程にしている。


 僅か二十五kmということで、騎乗なら四、五時間で行ける。出発は午前九時過ぎに決め、その前にペリクリトルの鍛冶師、ギーゼルヘールに挨拶に行くことにした。

 ギーゼルヘールのところでも、剣の話はそこそこにスコッチの供給量を増やしてくれと言われてしまった。どんだけ酒好きなんだと思ったが、俺もあまり人のことは言えないので、善処するとだけ答えておいた。


 ギーゼルヘールの店からペリクリトルの南門を抜け、アルス街道に入る。

 出発から五日経つが天候は安定しており、夏の青空と白い雲が眩しい。


 そんな中、俺は黒尽くめの格好だ。

 暑いのは暑いのだが、思ったほどではない。

 もちろん、冬と違い、インナーは薄手の麻の物――リディが買ってきた物だが、なぜかこれも黒い――で通気性が良いことと、鎧を作ったリュファスの腕が良いのか、思ったほどの暑さでなかったのは嬉しい誤算だ。

 ただ、この夏空のもとで漆黒の装備というのはとても目立つ。

 俺とすれ違う人は必ずと言っていいほど振り返るのだ。そして、“この子は大丈夫なのか”とか、“こういう格好にあこがれているんだな”と痛い子(・・・)を見る優しい目をしながら、小さく頷いていく。


 メイグル村までは緩やかな丘が連なる草原地帯を抜けていく。

 草原には真っ白な羊たちが草を食んでいるが、真っ黒な俺が通ると羊たちも草を食べるのを止め、見上げているような気がする。

 そのことをリディに言うと、彼女は笑いながら、


「気のせいよ。羊はあなたのことなんか気にしないわよ。それにすれ違う人が見ているのは、その姿が似合っているから。でも、もう八ヶ月以上もその姿なのよ。いい加減諦めたら」


 我ながら諦めが悪いが、やはりコスプレという感じが消えない。最初に暗黒卿みたいだと思ったのがいけなかったのだろう。これを着けるたびに、あの低音のテーマ曲が頭に流れるのだ。



 そんな雑談をしながら、メイグル村に入った。

 翌日、翌々日も順調で、七月六日に城塞都市ソーンブローに到着した。


 ソーンブローはカエルム帝国の城砦を利用した街で人口千人ほどの宿場町だ。西にファータス河があり、東にアクィラ山脈まで続く森に挟まれた狭い土地に作られている。

 立派な石造りの城門をくぐり、街の中に入る。

 とりあえず、宿を確保し、その後に冒険者ギルドと傭兵ギルドで情報収集を行う。

 両ギルドで情報を集めると、特に変わった情報はなく、いつも通り魔物と盗賊が出ているそうだ。

 明日は往路でハーピーに襲われたカルシュ峠を通過する。

 今回はどこかの商隊に入るつもりはなかったが、単独で行動するつもりもない。商隊の前か後であまり離れずに街道を進むことにしている。


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本作品とは毛色が違い、非転生・非転移ものですが、こちらもよろしくお願いします。
最弱魔術師の魔銃無双(旧題:魔銃無双〜魔導学院の落ちこぼれでも戦える“魔力式レールガン戦闘術”〜(仮))
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