09.第二小学校最強!
今日も学校が終わってすぐ、最寄のカード販売店の奥にあるバトルルームにイッキたち四人は集まっていた。
ここまで来れば意地とばかりに【百人組手】クリアを目指し、今日もチャレンジする予定だったが――
「なんだこれ?」
定位置となりつつあるいつものコートを借り、端末をイジッていたカイジが声を上げた。
「どうした?」
ダイサクの問いに、カイジは「ちょい待て」と端末を操作し、それを投影させた。
目の前に浮かぶのは、一枚の書類。カイジは読みやすいように少し拡大させた。
「ああ、チャレンジイベントだね」
ダイサクと横にいるケイイチは、並んで書類に目を通す。
「――新チャレンジ「ブレイカーズ・ハント」
ついに人気ランカーの【ヴィジョン】をキャプチャー&スキャニング!
本人たちがアドバイザーとして製作に参加した、ランカーに最も近い【NPV】と戦おう!」
二人の後ろから覗いていたイッキが大声を上げて、ケイイチの肩をゆすった。
「おい! これって賞品が出るのか!?」
「みたいだね。期間限定チャレンジか……」
概要だけまとめると、こうだ。
現ランカー三名の【ヴィジョン】がモデルとなった【NPV】とチーム戦をやろう、という期間限定チャレンジ。
プレイヤー側の上限参加人数は5名で、最大5対3の乱戦になる。
【NPV】としてどの程度の再現度で作りこんであるのかはわからないが、どんなに弱くてもランカーの半分くらいは強さを実感できるかもしれない。
そしてイッキが言っている「賞品」とは、クリアタイムに応じて運営から貰える特典だ。
参加費無料なので【ユニオン】端末専用の壁紙とかは全プレで貰えるだろうが、このチームで上位入賞を狙うとなると難しいだろう。数人掛かりで【百人組手】さえクリアできていないのだから。
最悪、そもそもこの「ブレイカーズ・ハント」というチャレンジイベントがクリアできない、という結果にもなりかねない。
……と、ケイイチとダイサクは冷静に考えていたのだが。
「すげー! 上位100組に限定カードプレゼントだってよ!」
「100組か……がんばればなんとかなんねーかな」
イッキとカイジは、すでにその気になっていた。特にカード購入という手段がないイッキの鼻息は荒かった。
本当に楽天家である。
――それから一週間の後、「ブレイカーズ・ハント」の詳細が明かされた。
「えー、開始は二週間後。それから一週間がチャレンジ期間になるみたいだね」
代わり映えのしないいつもの四人が、行きつけになってしまったバトルルームの同じ場所に集まり、明かされた新チャレンジをチェックしていた。
このチャレンジのモデルになった、現ランカー【ヴィジョン】は三名だ。
ランキング73位、【雷牙】。
赤いたてがみを持つライオンの頭に筋骨粒々の人間の男の身体という組み合わせの半獣人型。荒々しいライオンヘッドに見合った力強さと、その反面非常に紳士的なバトルスタイルを取る。武器は巨大なハンマーだ。
ランキング66位【エーテルウィンド】。
美しい金髪に深い緑の瞳、生気を感じさせない神秘的な白い肌に長く尖った耳という、ファンタジーで見かけるエルフそのものである。見た目の繊細さに見合う繊細にして精密な弓使いで、魔法も使える。
ランキング78位【ブラッド】。
黒いパンツに黒いジャケット……ライダースーツのような黒い上下、銀の長髪に切れ長の瞳と、中ニ臭のするやたら美形なにーちゃんだ。細身の剣の二刀流使いで、最近順位を上げてきたルーキーだ。
宙に浮かぶランカー三人の【ヴィジョン】を、子供たちは見上げる。
「前衛二人に後衛一人……バランスいいね」
ケイイチが呟き、ダイサクが頷く。
「そうだな。それに三人とも最近ランカーになったばかりの注目株だったか?」
「へー。強いのか?」
イッキの気のない声に、ケイイチははっきり「強いよ」と答えた。
「彼らのバトルは、ネットを探せば出てくるよ」
スピード重視のケイイチは、ランキング78位【ブラッド】はランカーになる前から注目していた。
あっという間に、日々順位変動の激しい混戦を極める1000番以内を勝ち抜け|100番以内《》ハンドレッドまで駆け上り、今なお勢いが止まらない注目株だ。
一昔前どころか二昔は前の中二病スタイルはともかく、スピード重視にして手数で押す、だがどこか品を感じさせるバトルスタイルはただただ単純に華美としか言いようがない。露骨な中二スタイルが様になるくらいに。
同じスピード重視タイプ。
ケイイチの身のこなしの参考にしているランカーの一人だ。
他の二人――【雷牙】と【エーテルウィンド】については名前くらいしかしらないので、チャレンジが開始される二週間以内に調べておけばいい。
「どこまで再現されてるんだろうね」
この手のキャプチャーだのなんだので、ランカーをモデルにした【NPV】が登場するゲームソフトは、なくはないが。
このシステム、実は再現されるたびに、より本物に忠実になっていく。
つまり、回を追うごとに、キャプチャーシステムが完成されていっているのだ。
慣例通り更にキャプチャーシステムが優秀になっていれば、初期の頃なんかとは比べ物にならないほど強くなっているだろう。
「吉田、俺は最近のランカーのことはよくわからないんだが。こいつらはどれぐらい強いんだ? 大まかでいいから教えてくれ」
ダイサクの気になる問いに、イッキもカイジもケイイチに注目した。
「……この三人の中の誰か一人相手であっても、僕ら四人じゃ10秒も立ってられないと思うよ。それくらい強い」
「おいおいホントかよ」
「な? ケイイチって大げさだもんな」
イッキとカイジが茶化すが、ケイイチは怒りもしない。
「本当だよ。【百人組手】なんてとっくの昔に一人でクリアしてる人たちだからね。根本的に強さの次元が違うんだよ」
ただし。
「でも今回は本人じゃなくて、本人監修の【NPV】が相手だからね」
当然、本人よりは弱い。どこまで再現しようとそれは間違いない。
そもそもこのチャレンジ自体、参加するのはランカーどころか1000番以内よりも下の、ランク外のプレイヤーが多いのだ。さすがにそこまで無茶な難易度の調整はしていないだろう。
真剣は真剣だろうが、真剣に遊ばせるために作られたチャレンジイベントだ。まあ簡単ではないだろうけれど、完全に勝算がないほど難しい、というわけでもないはずだ。
「4対3か……確実に勝つためには、あと一人欲しいところだけど。ダイサク君、誰かいないかな?」
「まあ何人かは心当たりがあるが――」
「おいおまえら」
ブレイン班が頭を働かせて作戦を練る中、ダイサクの声をさえぎるようにイッキは口を挟んだ。
「前々から気になってたんだけどよ。俺ら第二小で一番強い奴って誰なんだ?」
そういえば、とケイイチも思う。
ケイイチもまだ【ヴィジョン】を手に入れて日が浅い。同じクラス……いや、同じ学年くらいなら【ヴィジョン】を持っているプレイヤーは知っているが、誰が最強かなんて考えたこともなかった。
「あと一人入れるっつーなら、そいつ入れようぜ。俺は賞品のカードが欲しいからな!」
物欲から出た発言か。まあ、イッキらしい。
この辺で誰が強いのか――その辺の事情に詳しいのは、【ユニオン】暦の長いダイサクだ。
「最強か……一応心当たりはあるが、あいつは参加しないぞ」
「なんで? いつも遊んでるメンバーはいるかもしれないけどよ、その時だけ助っ人頼めばいいじゃねえか。俺はカードが欲しいんだ」
「いや、そういう問題じゃくてな……」
「第一おまえ、一つ間違ってるだろ」
「あ? 何が?」
「そいつがどれだけ強いのかわかんねーと、俺たちだって納得できねーよ。俺はカードが欲しいんだよ」
イッキはビシィ、とダイサクを指差した。
「俺より弱い奴はお断りだぜ!? カードを貰うためにな!」
「「おまえが言うな」」
【ユニオン】を始めたばかりで、まだまともなカードさえ持っていない素人同然のくせに。
「おまえこの中で一番弱いじゃん」
「んだとこのクズ野郎! ボコボコにしてやるからこっち来いよ!」
いつものようにカイジとイッキがやり始める。――話し合いには向かない連中なので、もう文句も出ない。
ケイイチとダイサクは何事もなかったかのように、それこそあの二人は最初からいなかったものくらいに何も気にせず話を続ける。
「ダイサク君、助っ人……というか、僕らの学校の最強の話だけど。詳しく聞かせてよ」
「そこまで詳しくは知らないが」
ダイサクはそう前置きし、ケイイチを驚かせるに足る詳細を口にする。
「俺が知っているのは、当時小三で1000番以内まで勝ち抜いた天才プレイヤーが、一つ下の学年にいるってだけだ」
「え……僕らの学校に1000番以内クラスがいるの!?」
何万人もいる中の1000番以内である。まだまだ最下層にいるであろうケイイチたちにとっては、それこそ雲の上の存在と言える。
まさかこんな身近にランカーがいるとは、とケイイチは驚いた。
「ああ。――ただ、そいつはもう【ユニオン】を引退してるんだ」
「引退……」
「やめてから一年以上経ってる。まあそれでも俺たちよりは強いだろうけどな」
ダイサクの言う通りだろう。一年のブランクがどれほどのものなのかわからないが、それでも、小学生が1000番以内まで行くなんて尋常な腕ではない。
「名前は早乙女シキ。五年一組だったかな? 気になるなら会いに行ってみろ」




