10.早乙女四季!
「早乙女シキか? 知ってるぜ」
案の定、イッキは件の存在を知っていた。
チャレンジイベントが発表された翌日、ケイイチは登校時に聞いてみた。「早乙女シキって知ってる?」と。
統廃合の進む教育機関において、小学校の集団登校は義務化されている。いや、正確には義務ではなく強く推奨されているのみで留まっているが、この地区ではほとんど義務化されている。
遠くから電車で通ってくる子供もいるだけに、単独で行動させてトラブルや事件に巻き込まれないよう、ボランティアで働く大人の引率が付き添ったり、教師が運転するスクールバスが走ったりしている。
イッキとケイイチの住んでいるところは学校に近いので、集団登校では同じ班に割り当てられ、徒歩で通っている。
五、六人の子供と引率の大人……ではなく、今日は登校途中の女子高生の付き添いで、登校している最中である。
通っている小学校に子供が少ないだけに、小一から小六まで通っていれば、ほとんどが顔見知りくらいにはなる。憶える顔が少ないので自然とそうなってしまうのだ。
ケイイチは一年前に転校してきたのだが、イッキは根っからの地元っ子である。知っているかもな、と予想はしていたが、どうやら当たったようだ。
「昨日ダイサク君が言ってた、僕らの小学校の最強の話。憶えてる?」
「ああ。俺はカードが欲しいんだ」
「それはもういいから」
昨日はあれから、「話はいいから遊ぼうぜ」と押し切られ、いつものようにゲームに興じてしまった。異論を唱えなかったケイイチもアレだが、そそのかしたイッキとカイジの方がもっとアレだ。
「その早乙女……さん? その子が最強なんじゃないか、ってさ」
「へえ? 早乙女が最強なのか」
「らしいよ。その辺は憶えてない?」
早乙女シキは、一年前に引退したと聞いている。その頃のイッキは、すでに【ユニオン】を物欲しそうに見ている子だった。バトルの見学とかしている可能性は充分ある。
「【ユニオン】持ってたのは憶えてるけど、それ以上は何も憶えてねえや」
イッキの話によると、小学校低学年の頃は一緒に遊んだりしたこともあるらしいが、学年も違うので自然と付き合いはなくなってしまったらしい。
イッキがこの調子なので、早乙女シキもイッキに対しては似たようなものだろう。
まあ、面識があるなら大助かりだが。
「会いに行ってみない? 僕らの五人目としてスカウトしに」
「そうだな。だがしかし――」
イッキは不遜に笑い、胸を張った。
「俺より弱かったら入れなおい聞け。聞けよ。聞けって!」
スタスタ行くケイイチをスタスタ追うイッキは、スタスタ追いかけてきた引率の女子高生に怒られた。
六年生は四階で、五年生は三階である。鞄を置いてすぐ、二人は階段を下りて五年の教室にやってきた。
入れ物である校舎だけ大きくて中にいる子供は少ないのだが、そこは小学校である。子供はそれなりに元気に、授業が始まる前の自由時間を謳歌している。
「ダイサク君、何組って言ってたかな?」
「端から見てけばいいだろ」
ケイイチは「雑だな」と思ったものの、だが確かにその方が早そうだ。どうせ一クラス十数名しかいないのだ、ちょっと覗けばすぐわかるだろう。
恐らく、ケイイチも顔はきっと見ているはずだ。名前と一致してないだけで。
イッキの提案通り、一組から順に教室を覗き――階段から数えて三番目の教室に、早乙女シキの姿を見つけた。
「あ、いたいた。早乙女!」
窓際、朝日が差し込む席で本を読んでいた女の子が振り返った。
肩の下まで、まっすぐ伸びた長い黒髪が柔らかく揺れる。
細い肩と細い身体、平均で見ても背はやや低めで、全体的に小さい子だ。フレームのないメガネを掛けていて、その奥に何だかぼんやりした印象の瞳がある。
私服登校もOKだが、早乙女シキは小学校指定の制服を着ていた。藍色のセーラーっぽい服で今時の小学生のファッションからすると地味でしかないのだが、でもとてもよく似合っていた。
まるで絵に描いたような文学少女、という感じである。
「あ、あの子か」
やはりケイイチは彼女を知っていた。珍しく制服を着ているだけありよく目立っていたし、ケイイチの行動範囲にある図書室で時々見かけていた。
そんな早乙女シキが、ゆっくりとやってきた。
「どうしたの山本くん」
小さな彼女がイッキを見上げる。――やはり顔見知りではあるが、双方それ以上の感情はなさそうだ。
さて。
どう話そうか、とケイイチが頭を回転させ始めたその時。
「おまえ【ユニオン】持ってるよな? ちょっと付き合えよ」
「おい!」
相棒が無鉄砲に先駆けしてしまった。いくらなんでもストレートすぎるだろう。内容が。
「引退している」という事実からして、【ユニオン】から手を離すだけの相応の理由があることが伺える。それも1000番以内というランクにまで到達しているにも関わらずだ。それこそ心の問題が影響しているのであれば、無遠慮に触れていいわけがない。
どれだけ慎重に話を進めようかと思い悩んでいたのに。このバカは。
「【ユニオン】はもうやめたから」
彼女の答えは、至極静かなものだった。心の変化はまったく見られない。誤魔化して笑うこともないし、ムキになって断るでもない。平然としたものだ。
「え? なんで――おうっ!?」
またしても土足で人の心に踏み込もうとするイッキの脇腹に、ケイイチの肘が入った。ドッ、と肉を穿つ鈍い音がしたおかげで、しばらくイッキは会話に復帰することはできないだろう。
「あの、僕は吉田ケイイチって言うんだけど。イッキと同じ教室で」
「うん。知ってる。時々図書室で見かけたから」
人見知りするケイイチだけに、顔だけでも知っている……それもお互い知っているというこの小さな繋がりは、少しだけ気を落ち着かせてくれた。
「……その…………誘いに来たんだ。今度チャレンジイベントがあるから。僕らの五人目として入ってくれないかな、って」
まず訪ねてきた用件を話してみた。否の意思がはっきりしてしまっている今、遠回しに話をしても時間の無駄だろう。
「悪いけれど、やめたから」
答えはさっきと同じである。
「そっか……それじゃ――いてっ」
こちらに復帰したイッキに足を踏まれた。イッキはイラついた顔を隠そうともせず、ケイイチを睨む。
「それじゃ、なんだよ? おまえ諦めようとしただろ? 諦めんの早いんだよ」
「いやいや。やめたって言ってるじゃん」
「うるせーな。こっちはカードが掛かってんだよ。そう簡単に諦められるか」
物欲か。どうやらイッキは本気で賞品を狙っているらしい。
「早乙女、理由を話せ。なんで引退したんだよ。おまえ強いんだろ? 俺より強くないと入れるわけにはいかないが、とにかく手を貸せよ。俺のカードが掛かってるんだよ」
めちゃくちゃな交渉である。しかも頼む側なのに上から目線である。
「……」
早乙女シキは、顎に手をやり考え込む。
「おいなんか言えよ。言わないとおまえん家に爆竹投げ込むぞ」
「やめなよ。昭和の子供かよ」
「じゃあ俺が極めた伝説の十九連ピンポンダッシュを見せてやる!」
「だから昭和の子供かよ。やめろってば」
イッキが幼稚な嫌がらせを提案するのにツッコミを入れていると、考えがまとまったのか早乙女シキが口を開いた。
「【ユニオン】を持っていると、おかあさんが嫌がるから」
「あ?」
「私がやめた理由」
――早乙女シキは、父親に【ユニオン】を教わった。そんな父親と母親が離婚し、シキは母親の方に引き取られたそうだ。
この時代、離婚なんて珍しいことではない。イッキの親も離婚している。
「【ユニオン】を見るとおとうさんを思い出すみたいで、悲しそうな顔をするから」
だからシキは、【ユニオン】を持つことをやめた。
「……」
別に珍しい話ではない。
ただ、掛ける言葉が見つからなくなっただけだ。
「……あれ? でも、早乙女ってお父さんの姓じゃないの?」
去年離婚したのなら、小学校低学年の頃に遊んだ頃があるというイッキは、「早乙女シキ」という名前で認識しているのは矛盾してはいないだろうか。別れて母方に引き取られたなら、父方から母方に苗字が変わったのではないか。
「婿養子だったから」
なるほど。お父さんがお母さんの姓に入ったのか。
「で?」
イッキは腕を組む。
「おまえはやめたいのか? それとも続けたいのか?」
その言葉には、不思議な重みがあった。
「俺もおまえと一緒だからよ。親に振り回されて好きなこと色々諦めたしよ。離婚なんて知るかっつーの」
親には親の人生があり、いろんな思惑があり、いろんな価値観がある。
イッキはまだ子供だから、大人の立場で考えるなんて発想さえ出てこないが、最近ようやく親や姉にできるだけ迷惑かけたくないな、とは思うようになってきた。
だが、今は思う。
「おまえのそれは、諦めなくていいやつだろ」
「君、話し聞いてた? お母さん悲しそうな顔するって言ってたじゃん」
「ケーチのバーカ! おまえバカだな!」
なんてことだ。バカがバカと言い切りやがった。
「こっそり持ち歩けばいいじゃねえか! 手提げとかバッグに入れろ!」
やはりイッキはバカである。これほどバカって言う奴がバカって理屈が相応しいシチュエーションは早々ない。
が――
「……」
早乙女シキはハッと息を呑んだ。
「……その手があったか」
すごく頭良さそうな外見に寄らず、早乙女シキも結構バカそうだな、とケイイチは呆れた顔を晒すのだった。




