13 壊したくなかったモノ
「……。うぅ……」
朝食の支度をしている女性たちの間を縫って、フラフラ……と額を押さえたロックが現れた。食器をまとめて運んでいたキッドは、今にも嘔吐しそうな程顔色の悪い彼を見つけると、「あら、大変……」と、食器を近くのテーブルに置いて心配げに近寄った。
「どうしたの?」
「……ち、ちょっと……」
「夜はどこに?」
「い、いや、それが……。目が覚めたら……なぜかひまわり畑の中に……」
「まさか、一晩中そこで?」
「……よく覚えてない……」
ドサッ、と、尻餅でも突くように木の根元に座り込んだロックに、キッドは呆れた吐息を鼻から吐いた。
「飲み過ぎたのね? 二日酔い?」
「いや……ちょっと……身体の節々が痛いだけで……」
ゲッソリとした顔で身体の力を抜くロックに、「まったく……」と苦笑しつつも水瓶から水を汲み、「はい」とコップを差し出した。ロックは素直にそれを受け取って、少しずつ飲みながら、虚ろな目で彼女を見上げた。
「……そういえば……みんなは? タグーたち……」
「タグーは昨日の晩から姿を消してるわよ。ガイはリタと一緒に宿泊施設の方。アリスは夜、私たちの所で一緒に話をして艦に戻ったみたい。クリスさんは、朝から上官の方たちと艦に戻ったわ」
「……そうか……。……あー……身体がだるい」
「どれだけ飲んだの?」
「……全然覚えてないんだけど……。でも、そんなに飲んでないのになぁ……」
「自覚がないだけよ」
「困った子ねぇ」と言わんばかりにため息を吐き、空になったコップを受け取った時、視界の隅に何かが見えて顔を上げた。
「あらタグー、おはよう」
彼女の言葉に、ロックは視線だけを向けた。タグーが満面の笑みで歩いてくる。その斜め後ろからは、身体を揺らして、虚ろな目をしたカールも。
「すっごいねぇー! クロスの知識って、すごいよー!!」
興奮気味に拳を振って報告をするタグーの大声に、ロックは少し顔を歪めた。
「ま、まさかお前……今までずっとカールと……?」
「うん! 楽しかったよー!!」
満足げな笑顔で頷くタグーの後ろで、カールは「……は、はは……」と力無く笑った。
「タ、タグーさんにはお手上げッス……」
「……。ご苦労サン」
ロックは苦笑しながら、隣に座り込んだカールの肩を叩いて労った。
「手強いだろ?」
「……うッス」
ガクンッ、と、頭を落として、そのままピクリとも動かない。放って置いたら、そのまま眠りに落ちてしまいそうだ。
ロックは呆れるようにタグーを見上げた。
「……お前は疲れを知らないのか?」
「ん? どうして??」
タグーはキョトンとした顔で首を傾げただけ。まったく疲労が窺えない。
キッドは少し笑うと、「三人とも、朝食ができるまで少し眠りなさい」と優しく促した。
「……ふあぁぁ……」
と、人目もはばからず大きな欠伸をした。
実習訓練艦デルガ内、パイロット候補生Aクラス。自分の席に着いて目をこする彼の周りでは、同じように昨夜はしゃぎ過ぎた候補生たちが眠そうな顔で机に平伏している。
昼前、上官からの命令で、フライ艦隊群のクルー、そして候補生は各自、招集所と教室へ向かった。今から、艦内放送にて異人のヴィンセントから話がある、ということなのだが……。
ロックは再び大きく欠伸をすると、首を回して「ふうっ」と大きく息を吐いた。
今から大事な話が始まる。ちゃんと気合いを入れて聞かなくっちゃな……。
その頃、タグーはエンジニア候補生Aクラスにて、他の候補生たちの視線を浴びながら教室の後ろ、席に座らずガイと一緒に立って話をしていた。
「カールにいろいろ見せてもらってたんだよ。すごいんだね、クロスの人たちって」
徹夜でカールを引っ張り歩いていた割には元気だ。
ガイは、未だ冷めやらぬタグーを見下ろして頷いた。
「彼らの知識はノアの番人から受け継がれていますから」
「てことは……ノアの番人の方がもっとスゴイってコト?」
「そうなりますね」
タグーは「ふぅん……」と小さく鼻で返事をして壁にもたれ、ため息を吐いた。
「今からヴィンセントがノアの番人のこと、話してくれるんでしょ? ……できれば、ちゃんと正面向いて話が聞きたかったなぁ」
「そうですね。しかし、この艦隊には大勢の人間がいますから。タグーたちだけを特別に扱うことはできないのでしょう」
「それはそうだけど……」
タグーは少し不服そうに眉間にしわを寄せた。
「僕たち、このまま放って置かれる、なんてコト……ないだろうなぁ……」
アリスは、じ……と俯いている。クリスの配慮で、彼女は一人、候補生のクラスには戻らず個人病室で待機。ベッドの片隅に腰掛け、艦内スピーカーに気を向けている。
……全てがわかる。……ノアの全てが。
膝を見つめていた目を、ベッドの脇の小棚に飾ってあるひまわりに向けた。
ひまわりを育てたあの人のことも、何かわかるかな……――
《只今から、フライ艦隊群、艦内放送を始めます》
《……わたしはクロスのヴィンセントと申します。これから話すのは、あなた方人間がこの数日戦ってきた相手、ノアの番人と呼ばれる種族についてです。……わたしの目で全てを見てきたわけではありません……。多くが語り継がれてきたもの……。それを事実として受け止めるかは……あなた方次第です》
《……ノアの番人と呼ばれる彼らは、地球という名の惑星に住んでいた生命体。つまり、あなたたちと同じ人間です……。彼らは地球のとある極秘組織に所属していました。組織名は通称M2。……M2は、医療スペシャリストの集まりだったようです。……彼らは、重傷を負った人間が再び元の生活へ戻れるよう、様々な研究を続けていました。そして、辿り着いた結果が機械の融合……アンドロイドでした。当初は皆がその研究に没頭したようですが……しかし、徐々に不安を覚える人間たちが現れたんです。……もし、アンドロイドが機械と融合したその身体で突拍子もない行動を起こしてしまったら、と……。その力に味を占める人間が現れたら、と……。そしてそれは現実のものとなってしまった。M2の上層部はアンドロイドの兵器化を決定したのです……》
《……確かに、アンドロイドを戦場へと繰り出せば生身の人間は傷付かずに済む。……それは正当化され、M2は生命のある人間の希望を募り、また半死の人間を人造化し、兵士としました。……あなた方の知らない所で、改造を受けた方々が今も生きています。……この地にも、数人、M2によって作り替えられた方がいます……。彼らは見た目、あなた方とほぼ変わりはありませんが、体内構造から、あなた方より優秀な力を秘めています。……ノアの番人たちは、アンドロイドの暴走化を恐れ、そして、やがて全ての人間がアンドロイド化されてしまったらという不安に駆られたんです。……彼らは、これ以上研究が進むことを恐れました。……地球上から人間がいなくなってしまうことを恐れたんです……》
《人類が滅亡するなんて、誰も想像はしないだろう。有り得ないことだと思うだろう……。しかし、それとは裏腹に、地球上での生態系は麻痺してきている。絶滅する生物がいるのなら、人間もその一例とならないわけはない……。弱肉強食。人間もまた、その一つ。……そして、その危機がまさにこの時ならば……》
《元々、彼らの科学者としての知識は優秀でした。ですから、地球を発つ時も立派な艦を作ったそうです……。……しかし、彼らをM2が逃がすわけはありません。極秘組織を知っている。なにより優秀な頭脳を持っている。……人造人間化するには最適な材料。ただで逃がすにはもったいない。頭脳明晰な人造人間ができる。そこにバトルタイプの人造人間と組み合わせれば怖いものはない……。……逃げるノアの番人たちをM2は追い掛けた。……そして、そんなノアの番人たちを救ったのが、わたしたち、クロスの片親、ヒューマです》
《……ヒューマは、地球という惑星を長年傍観していました。彼らもまた、地球という惑星の将来に不安を覚えていたんです。宇宙に住み着く生命体の仲間として。……ヒューマはノアの番人たちの事情を汲み、そして、このノアの製造に協力しました》
《ノアの番人たちは、人間がいなくなることを恐れた。……人造人間を、そして機械を憎みつつあった。……彼らがこのノアを作ったのは、せめて生身の純粋な人間を残したく思い、このノアを第二の地球としたかったのです。……しかし、彼らには地球の人間との接触は許されない。地球に戻ることもできない……。彼らの想いは強過ぎて、結果として強制的に人間を誘拐してしまった。それが罪だということはわかっていた。……けれど、人間として生き続けていて欲しいという思いの方が強かった。……このノアが地球に似せて作られたのも、ここに住み着く人間たちに何不自由なく生活をして欲しかったから……。しかし、誘拐されてきた人間が大人しくノアの番人たちの言葉を信じるわけはありません。極秘組織のM2のことだって信じるわけはないのです……。いくら地球にて機械文明が発達しようと、人造人間を創り出してしまうことが可能なはずはない、と。……そして、その人造人間を悪用して戦いが起こるなど……。ノアの番人たちは、どうにかして聞き入れてもらおうと努力しました。……しかし、その思いは報われるものではない。さらわれてきた人間は“帰りたい”と、そう願うものなんですから……》
《……ノアの番人たちは悩みました。人間をさらい続けながら、心のどこかで段々と気が付いていたんです。生きているものは、いつしか罪に気が付く。自分たちがM2で研究を進め、途中で恐怖を覚えたように、未だM2に居座る人間も、いつかこのままではいけないと気が付く時が来るだろう……。ということは、全ての人間が人造化することはほぼないと考えてもいい。……では、ノアの番人たちの行動はなんだったのか……。彼らは、いきり立った思いで先走り、そして、逃してしまった。……いつしか罪に気が付く時が来るという、その時を。……ノアに閉じこめられた人間たちは、ただノアの番人たちを憎むだけ。そしてノアの番人たちは……罪に苦しむだけ》
《ノアの番人たちがさらった人間の中に、人造人間が混じっていました……。90%は人間として、10%を機械化された者……。その人造人間はM2によって、骨格部と一部内蔵を変えられていただけ。瀕死の事故に遭い命を落とし掛けた時、M2による手術にて一命を取り留めた者……。……そう。戦うために作られた人造人間ではなかった。……ノアの番人たちは、M2が再び人間の命を守るために研究を進めていることを知ったんです。けれど、その時にはもう遅かった。……後戻りはできなかったんです》
《……ノアの番人たちは、M2がいずれ攻撃を仕掛けてくるだろうと危機感を募らせていました。被害妄想でしかありません……。全て、自分たちの意志を貫き通すための、自作自演に過ぎなかった。……このノアを支配し、武器を作り、機動兵器を作り、我らが正義なのだと、そう貫き通すしか、彼らには残されていなかったんです……》
《今のノアの番人たちは、罪を罪だと知りながらも、募りに募る私欲と支配欲に駆られた人間がほとんどです……。M2が改心していることを知りつつも、もう戻れない……。それでも彼らは、ノアを第二の地球とし、そして、この地上で権力を持つのは自分たちだと信じている。……ノアの番人たちの間でも次第に格差が付いて来た。M2と戦おうと意気込む者、そして戦いを望まぬ者……。わたしたち、ノアの番人と対峙するクロスは、戦うことを望まなかった、その彼らの教えを信じている……》
《わたしたちクロスは、ノアの番人たちの思いもわかる……。壊したくないモノを護ろうとした……それは事実。しかし、今は違う。戦う人間を作ってきたM2も、人間を護るべき道を見つけたのだから。……後は、互いが過去を許し合い、そして、今度は未来を見つめ直すべき……。しかし、ノアの番人たちには、もう後戻りができない。M2が命を守るために人間を人造化しているとしても、それでも結局、そうすることで生身の人間が減っていく……。それは変わらないのだから、自分たちは生身の人間たちを集め続ける……。そう自分たちを偽善化して……》
《ノアの番人にさらわれた人間の中には、戦うために作られた人間もいます……。彼らは、自分を人間だとして疑っていませんでした。……一度死人だった自分が、機械化されて生き返ったという事実を認めたくはない。けれどそれが事実ならば、どうしてこんなコトになってしまったのかと悩む……。悩みはやがてM2への怒りに変わる。……M2によって戦う人造人間として作られた人間は、M2を滅ぼすため、ノアの番人たちに戦力として手を貸している。……それでいいんでしょうか? ……わたしたちは、このままじゃいけないと思い、ノアの番人たちがこれ以上の罪を起こさないようにと努力をしています。……生命は皆、罪を背負い生きている。しかし、罪を犯しただけの罰を用意するだけでいいのでしょうか。もっと違うものを、わたしたちは彼らに見つけて欲しいのです……》
《……ノアの番人たちは、人間の必要さを強く感じた。そして、失いたくなかった……。人間が人間として、幸せに暮らせる場所が欲しかった。……始まりは、そこからだったのです。……しかし、それが少しずつ満たされていくと、欲が生じる。ノアの番人たちは、人間を大事だと思う皮をかぶりながらも、結局、同じ種族である人間を支配し、そして……利用している。……戦いが生じる火種を用意している……》
《……ノアの番人たちは哀れな種族です。もう、彼らを助ける術はないのだと、わたしたちのほとんどは思っています。……彼らを滅ぼす以外の道はないものだと、わたしたちは、思っているんです……》




