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BAY  作者: 一真 シン
12/19

12 ひまわり畑-2

「みゅーっ!! カールぅーっ!!」

「あはははっ! フローレルさん、元気そーっス!!」

 ……機動兵器格納庫。

 見知らぬ機動兵器が一体、ポツンと立っている。その足下に降り立った少年に、フローレルはダッと駆け寄り飛びついた。

 少年は笑顔でフローレルを抱き上げ、ぐるりと一周回ると、彼女を下ろしてその顔を覗き込んだ。

「死んじゃったかと思ってたッスよーっ!!」

「ひっ、ひどいみゅーっ!!」

 フローレルは半べそを掻いて、ジタバタと両腕を大きく動かす。少年は「あははははっ!」と両手を腰に乗せて大笑いをした。

 ……この二人の周りにだけ、なにやらホンワカとした雰囲気が溢れている。

 ロックとタグー、そしてアリスは顔を見合わせ、心の中で頷いた。……“やっぱり”フローレルの仲間だ。と。

 ――ノアからの攻撃で、インペンド数体破壊された。搭乗していたクルーたちは脱出用ポッドにて一命を取り留めたものの、重傷者が数名。軽傷者に至っては50名近くに登っている。

 ……フライ艦隊群の周囲は、機体の残骸などで荒れ果て、人が歩けるような場所ではなくなってしまった。

 そして、今――

 ロックたちの傍に立っていたガイは集まっているクルーたちの間を抜けて、ゆっくりと少年に近寄った。

「クロスの方ですね?」

「うッス! カールって言うッス!」

 カールが愛想よく頷いて見せると、フローレルは「あっ!」と顔を上げ、ロックたちに「こっちこっち!」と手招きをした。三人は少し顔を見合わせ、クルーたちの視線を浴びながら、傍に立っているクリスを伺った。クリスは軽く頷き、ロックたちと上官を連れてカールに近寄った。

「こんにちは」

 クリスが微笑んで声を掛けると、カールは「ちわッス!」と笑顔で手を挙げた。

「さっきは助けてくれてありがとう」

「どーってことないッス!」

 カールはブンブンっ、と首を振って「あははははっ」と笑う。賑やかな様子にクリスは少し苦笑すると、ロックたちをカールに向けた。

「あの時の機動兵器に乗っていたのは、彼らだよ」

「みゅーっ。フローレルの友だちみゅーっ!」

 カールは「へぇーっ」と笑顔でロックたち三人を見ていたが、突然、何を思ったのか、自分の機動兵器をよじ登りコクピットに戻った。そして、しばらくして「んしょ、んしょ」と降りて戻ってくると、

「コレ!!」

 カールは笑顔でひまわりの花を差し出した。……アリスに。

 アリスは「……え?」と戸惑っていたが、にっこり笑うカールを見て、しばらく間を置き、手を伸ばし受け取った。――堅い茎。重く感じられる花。手に取った瞬間、とても優しい感じがした。

 アリスはみずみずしい花びらを見つめ、カールに目を戻して微笑んだ。

「ありがとう」

「どーってことないッス! 教えッスから!」

「……教え?」

「友好の印ッス!!」

 カールはニッコリと笑ってみせる。

 タグーはそろ……と、横目でロックを窺った。……。か、顔が怖い……――。

「あなたがここに来た、ということは、信号をキャッチしたのですね?」

 問い掛けるガイに、カールは笑顔で頷いた。

「うッス! オレ、偵察に来たッスよ! したら、ぐっちゃんぐっちゃんになってたからびっくりしたッス!」

「じゃあ、他の仲間の方は」

「いるッスよ! ここからちー……っと離れてるッスけど!」

 ロックは、ハッ! と顔を上げるなり、焦ってカールに問い掛けた。

「キッドたちは!?」

 勢いよく身を乗り出されてカールは「ヒョッ」と背中を反らしたが、しばらくして首を傾げた。

「キッド? ……ッスか? 誰ッス?」

 今までの勢いをなくして顔をしかめるカールに、ロックも、そしてタグーもアリスも息を飲んだ。

 まさか……そんな……。

 ロックはカールの腕を掴むと、問い質すように険しい表情で睨んだ。

「キッドだよ! エバーの!!」

「エバーッスか? この前メチャクチャにされた……」

「……!!」

 ロックの顔が怒りで歪むが、カールはそんな彼ににっこり笑って見せた。

「キッドって人とか、オレ、知らないッスけど、エバーの住人なら無事ッスよ!」

 元気よく告げるカールの言葉に、ロックは「……へ?」と、キョトンとした顔で瞬きをした。

 タグーは「……うわぁ!!」と嬉しそうにガイにしがみついた。

「キッドたちが生きてる!! キッドも……リタも!! みんな!!」

 ガイは嬉しそうに飛び跳ねるタグーを見て、カールに顔を向けた。

「本当ですか?」

「うッスっ。オレントコじゃないッスけど、エバーの近くを通ってた仲間が救助したって通信は入ってるッスっ」

 ニコニコしながら答えるカールに、アリスはホッと肩の力を抜いた。

 ……よかった……。……生きてた……。

 ロックはカールの腕を滑らせるように放し、気の抜けた表情で安堵のため息を吐いた。

 フローレルはロックたちの様子を見て嬉しそうに微笑んでいたが、「……あっ」と、何かを思い出してカールに手を振った。

「カールっ、カールっ」

「ん? なんスか?」

 フローレルは口を開き掛けて顔をしかめ、ロックを振り返った。

「あの機動兵器っ。誰だったみゅっ? エラい人が乗ってた……タイムゲートで飛ばされちゃったかも知れない人っ」

 ロックは「あ!」と目を見開いてクリスを見上げると、彼は頷き、カールに申し出た。

「見て欲しいモノがあるんだ」

「見て欲しい……ッスか?」

「ああ。機動兵器に乗っていた仲間が……襲われた。相手の機動兵器がコクピットに手を突っ込んで……。血痕は残っているんだが姿がない。フローレルの話だとタイムゲートで飛ばされたかも知れないと言うんだが……。本当の所はどうなのか、知りたいんだ」

 クリスの話を聞いていたカールは、「うーん……」と腕を組み、眉をひそめた。

「装置、今オレ、持ってないッスから……」

「……じゃあ、すぐにはわからないか」

「ンけど、見るだけ見るッスよっ。正確な判断はできないッスけど、見れば大体はわかるッスからっ!」

 笑顔で答えるカールに、クリスは「……ありがとう」と少し微笑んで、人混みを分けながら案内した。その二人の後を、上官たち、そしてロックたちが追う。

 ――格納庫の一画に立つ、アポロンとディアナの前にみんなが集まり、二体を見上げた。

「綺麗な身体ッスねぇーっ!!」

 カールがマジマジと見上げ、アポロンの足を撫でる。クリスはそんな彼を見て口を開いた。

「……どうだろう? コクピットを見た方がいいかな?」

「そうッスねっ。その方がいいッスっ」

 クリスが近くに立っていたエンジニアに足場を用意するように告げると、エンジニアはすぐに数人が乗れるクレーン台を用意してきた。クリスとカールが乗り、そして数人の上官たちが乗ろうとして、それをクリスが制した。

「あなた方が乗る必要はないでしょ」

 「……え?」と顔を見合わせる上官たちを無視して、クリスは、クルーたちの傍で突っ立っているロックたちに「来いよ」と手招きをした。ロックたちは顔を見合わせると、鋭い目で睨み付けてくる上官たちとは目を合わすことなく、台の上に乗った。

 みんなが乗り終えたのを確認し終えた後、エンジニアの合図でクレーン台がゆっくりとコクピットに向けて上昇し出す。

「……しっかし」

 その間、カールはロックとタグーとアリスを見てため息混じりに苦笑した。

「よくアラニスから逃げられたッスねぇ」

「……。アラニス?」

 ロックが顔をしかめると、カールは小さく頷いた。

「ほら、オレが行った時、ノアの機体に追っ掛けられてたっしょ? あのパイロット、アラニスって奴なんスよ」

 ――……そういう名前なのか。あいつ……。

 ロックはニヤついた顔を思い出して、グッ……と拳を握り締めた。

「鼻に掛かる奴ッス。性格も悪いッスよー、あいつは。けど、腕がいいッスからねぇ……」

 と、カールは言いながら自分の腕を上げ、力こぶを作ってみせる。ロックは、「……けっ」と、不愉快さを露わに軽くあしらった。

 しばらくしてクレーン台の動きが止まり、彼らの目の前には――

「……」

 アリスは少し顔を青くして、一歩、後ろに下がった。その様子に気付いたタグーが、心配げに彼女の顔を覗き込んだ。

「……大丈夫?」

 アリスは目を逸らし、顔を歪めて頷いただけ。

 カールはクレーン台から身を乗り出して、えぐり取られたコクピット部をマジマジと見回した。そんな彼の背後にガイが近寄り、同じようにそこを見つめて問い掛けた。

「どのようにお考えですか?」

「うーん……」

 カールは顔をしかめながらクリスを振り返った。

「コレをやったのは、ノアの機体ッスか?」

「……。いや、違う。ここの機動兵器だ。……仲間がノアに洗脳されて、襲ってきた」

「……そうッスか」

 カールは、「悪いこと訊いたッス」と小さく謝り、言葉を続けた。

「ノアの機体だと、もっと綺麗なんスよ。ここまでハデには壊さないッス」

「……というと?」

「確かにタイムゲートを利用している可能性はあるッスね。遺体がないのもそうッスけど、……ンほら、こうしたら普通潰れるっしょ?」

と、カールは握り拳にした右手を、左てのひらに「パンッ!」と押し当てた。

「えぐり取るにしても、指を差し入れる時に生じる圧力によって、パイロットはそれだけで充分に押し潰されてるッス。けど、ここにはそれだけの血痕もないし、肉片もない。この状況を見る限り、生物用タイムゲートを利用した可能性は高いッスね」

 期待していた答えにそれぞれの顔が明るくなるが、しかし、カールは真顔で言葉を続けた。

「けど、敵の機体がノアの機体じゃないってコトはッスね、タイムゲートが不充分な可能性もあるッス」

「……不充分?」

「えーと、ッスね……。タイムゲートには二つの種類があるッス。まず、機体ごとタイムゲートさせるモノ。そして生物のみをタイムゲートさせるモノ。機体ごとタイムゲートさせるのは簡単なんスよ。けど、それが生物のみになると、結構ややっこしいンッス。生物用のタイムゲートを利用できるのは、改造した一部のノアの機体だけで、ほとんどが機体の指先に仕掛けられてるッス。指先を生物に向ければ、それでいいンスよ。機体に乗ってても、ほんのちょっとの隙間さえできれば、そこからタイムゲートを使うことも可能なんです。ノアの機体だったら、もう気が付いたらそこから消えちゃうようなスピードでタイムゲートさせちゃうンスけど……装置を搭載していても、それが不充分なモノだったら、タイムゲートしている最中に遺伝子バランスを崩して重傷を負っているかも知れないッスね」

 みんなの顔から笑顔が消えた。

 だが、そんな彼らに同情も慰めもなく、カールは再び荒れたコクピットの方へと目を向けた。

「しかし……奇妙ッスよね……」

「何がですか?」

 呟くような声にガイが問い掛けると、カールは彼を見上げて、訝しげにコクピットを指差した。

「タイムゲートを使うならここまでする必要はないッスよ。さっきも言ったとおり、ほんの少しの隙間さえできれば充分なんスから。……なんだか、ここにいたパイロットを押し潰したんだ、って見せたいがためにやった、……そんな感じもするッス」

 ロックたちは不意に表情を消した。

『……ワシはお前らを殺せるぞ』

 そう言っていたダグラスの本意が掴めない――。

「これだから、ノアの奴らはわかんねぇッスよ」

 カールは拗ねるように、ため息混じりに口を尖らした。

「素直になればわかり合える相手なのに……。謝る機会を逃したからって、こーんなかわい気のないことやったって、仕方ないッスよねぇ?」

 カールは肩をすくめ、相槌を問うようにみんなを振り返る、が……

「ん? どうかしたッスか?」

 クリスもロックも、タグーもアリスも不可解な顔をしているのに気が付き、首を傾げた。

 フローレルは、ツンツンとカールの腕を突いて囁いた。

「カール、……みんな、ノアのコト、なんにも知らないみゅ」

「……へっ? ……なんにも!? って!?」

 カールは驚いたように目を見開き、それぞれを見回した。

「んじゃ、何も知らずにやり合ってるッスか!?」

 クリスとロックが分が悪そうに顔を見合わせ、それを捉えたカールは「あっちゃー……」と右手でおでこを覆った。

「そりゃーダメッスよーっ」

「ダメって言われたってよ、ガイはお前らに話を聞いた方がいいって言うし、フローレルはろくなこと話さねーし」

 ロックがふて腐れて反論すると、カールは顔をしかめてフローレルを見た。フローレルは、上目遣いでモジモジと手遊びをする。

「みゅー……だってぇ……」

「フローレルさん、ヴィンセントさんに怒られるッスよ?」

「みゅ~……」

 フローレルは泣きそうな顔をして口を尖らせた。

 カールはため息を吐くと、頷いてクリスたちを見回した。

「よくわかったッス」

「……なにが?」

「アラニスが本気で攻撃をしてなかった訳ッスよ」

 ロックは、ピク……と顔を上げた。

 ――……本気じゃなかった……だと?

「アラニスから逃げれたのも、あいつが本気を出してなかったからッスね」

「ちょっと待てよ。そりゃどういうこった?」

 ロックが不愉快げに睨み付けると、カールはそんな彼に何をするでもなく、肩をすくめた。

「アラニスはわざとここを攻撃したッス」

「……、なんのためにだよっ?」

「オレをここに呼ぶためッスよ」

 カールの言葉の意味がわからず、みんなは躊躇って顔を見合わせた。

「よろしければ、彼らに事情を説明してもらえませんか?」

 ガイが声を掛けると、カールは「んー……。だったら……」と目を上に向けて考え込み、クリスを見た。

「あなたが責任者ッスか?」

「……ああ。今の所はね」

「じゃあ、どうします? オレたちのトコ、来るッスか?」

「……君たちの所?」

「うッス。オレ、事前に連絡入れて、仲間を集めてもらうッスよ。そしたら、エバーの人たちとも会えるし。で、オレたちの兄貴、ヴィンセントさんに会って、話を聞いた方がいいと思うッス」

 笑顔で申し出てくれたが、クリスは少し考え込んだ。

「しかし……その間にノアの攻撃に遭わないか?」

「大丈夫ッス。ここの艦、みんな動くッスよね?」

「ああ」

「んじゃあ、オレが仲間のトコまで誘導するッスよ。ノアのことは心配ないッス」

「……どうして?」

 アリスが眉間にしわを寄せて小さく問い掛けると、カールは苦笑した。

「アラニスがここを攻撃したのは、いち早くオレにここの場所を知らせるためッス。あれだけの戦闘ッスから、遠くからでもすぐわかったッスよ。あと、あなたたちがオレの敵じゃなく、ノアの敵だって教えるためッスね」

 やはり言っている意味が何一つとしてわからず、アリスは少し首を傾げた。

「んじゃあ、用意して出発するッス!」

 ――カールの提案で、フライ艦隊群が騒々しく動き出した。

 彼ら異人クロスたちのいる場所へと向かうことに決まったのだが、その前に、先の戦闘で破壊された機動兵器をパイロットとエンジニアで一斉に回収作業をすることに。クルーだけじゃなく、候補生も応援に駆り立てられ、ロックとタグーも特別扱いはなく呼び出された。時間を要するだけに、作業も半端じゃない。

 手際よく作業が進められる光景をケイティ内の小窓から見つめていたアリスは、隣に立っているガイを見上げた。

「……キッドさんたち、元気かな?」

「大丈夫です。クロスの方々が一緒なのですから」

「……うん」

 アリスは窓の向こうから、手に握ったままのひまわりに目を移した。

「……。どうしてひまわりなんかが咲いているんだろ」

 呟くような声に、ガイはアリスを見下ろした。

「その植物は、ひまわりと言う名前なのですか?」

「うん。そうよ」

「あなた方、人間が住む所にはその植物が?」

「うん。……、ここにも?」

 キョトンとした顔で見上げると、ガイは「はい」と頷いた。

「ノアコアの近くの一画に、その植物が敷地一面広がっています」

「……ひまわり畑?」

「と、言うのでしょうか?」

「……うん。……たぶんね」

 アリスは訝しげに返事をしながらも、ひまわりを見つめて少し首を傾げた。

「……どうしてひまわり畑がこんな所に……」

「クロスの方、……カールが言っていましたね。友好の印だ、と」

「……うん」

「その植物は、ノアの番人が育てたんですよ」

 アリスは驚きを露わに目を見開いてガイを見上げた。

 ガイはゆっくりと、小窓の向こうに顔を向けた。

「友好の印だとクロスの方に教えたのも、おそらく、ノアの番人でしょう」

 アリスは躊躇うように視線を泳がして、ひまわりの花に目を向けた。

「……ノアの番人って……いったい、なんなの……?」

 問い掛けてもガイは答えない。フローレルとカールは司令塔に赴いているので、他の誰にもその答えは明確にできないまま。

 アリスは、ひまわりの優しさを感じながらも、何か不安を感じていた――。

 それから数時間後……。

「ぐはぁーっ。疲れたーっ」

「タグーは?」

「んぁ? ああ。あいつらエンジニアは総出で整備だと」

「大変なんだね」

 アリスは苦笑すると、椅子に深く座って身体の力をドッと抜いているロックの前、テーブルを挟んだ椅子へと腰掛けた。ガイはアリスの隣に立っている。

 ケイティ内の休憩室――。多くのクルーたちが、それぞれ身体を休めている。

 外部の回収作業をやっと終え、この場所からの出発準備が整うと同時に、フライ艦隊群はカールが誘導する機動兵器の後から移動を開始。フローレルは、クリスと共に司令塔の方で打ち合わせをしている。

「……これから、どうなるだろうね」

 テーブルにひまわりの花を置いて、アリスは両肘を付き、手を組んだ。

 ロックはひまわりの花を見ると、少しして顎をしゃくった。

「それ、本物なのか?」

「え? あ……うん。本物のひまわりだよ」

「ふぅん……。思いっきり地球の真似をしてるってコトか」

「そうだね」

 ロックは苦笑したアリスを見て小さくため息を吐いた。

「わからねぇコトだらけだぜ。あのアラニスって奴のことも、ノアの番人のことも」

 椅子の背もたれに深くもたれ天井を仰ぐロックを見て、アリスは視線を斜め下に置いた。

「……どっちが本当の姿なんだろう? あたしたち……ロックやタグーを襲ったノアの番人、……そしてカールの言うノアの番人……」

「……さぁなぁー」

 ロックは息を吐くように答えると、ズボンのポケットに手を入れた。

「……なんにしても、クロスの奴らに会えば全部がわかるンだ。……そっからだな」

「……うん」






「おい! 見ろよ!!」

 ――どのくらい時間が経っただろうか。フライ艦隊群が移動を開始して、まだ30分は経っていないはず。

 突然の大声に、うたた寝を始めていたロックとアリスは、はっ……と顔を上げ、声が聞こえた方を振り返った。そこにはすでに人溜まりができている。定位置に設けられているガラス窓だ。

 ロックとアリスは顔を見合わせると席を立ち、そして人が少ない窓辺へと急いだ。

 休憩室内が騒々しくなってきた。……いや、ひょっとしたらフライ艦隊郡内、全てが同じ状況だろう。

 ロックとアリスは、身体の大きいクルーたちの間を縫って、窓辺へと近寄り、そこから顔を覗かせた。

「……なんだ、ありゃ……」

 ロックとアリスは、ボー然と小窓の向こう、地上を見下ろした。

「……すごい……綺麗……」

 アリスが目を見開いて、感嘆の吐息と共に口にする。

 遙か地上、一面が黄色に染まっている。――ひまわり畑だ。

 その隣には、見慣れない機体が数体止まっている。艦と機動兵器、そして小型機や装甲車の姿も。

 ……ということは――

 遠かった地上が少しずつ近付いてきて、艦隊群が着陸を始めたのだということがわかった。

 ロックとアリスは、益々騒々しさを増すみんなの中から抜け出すと、テーブルの横に立っているガイへと駆け寄った。

「着いたみたい!」

 アリスが笑顔で見上げると、ガイは頷いた。

「タグーの元に行きたいのですが」

「うんっ」

 アリスは大きく頷いてロックを振り返った。

「ロックも行くっ?」

「おぅ」

 着陸態勢に入り、逆噴射の勢いで微かに揺れる艦内を、三人は人混みをすり抜けて格納庫の方へと駆け足で向かった。

「見た見た!? すっごく綺麗だったよね!!」

 タグーは、興奮気味に真っ黒になった顔を輝かせた。

「あんなひまわり畑、初めて見たよ! 外に出てみたいなー!! ね、隠れん坊とかしてみない!?」

 アリスはクスクス笑いながら、ポケットからハンカチを取り出して汚れている彼の顔を拭う。タグーはされるがまま、ガイを見上げた。

「キッドたちに早く会いたい! ねぇねぇっ、クリスのトコに行こうよ!!」

「ゴホン!!」

 はしゃぐタグーの背後から咳払い――。

 ロックとアリスは顔を上げ、タグーはソロ……と後ろを振り返った。油にまみれたザックが、片眉を上げ、腰に手を置いている。

「お前たちに言って置くけどな、クリスは今や総督なんだ。そのことを忘れるんじゃない」

 改めて注意されても……。と、ロックとアリスは顔を見合わせた。

「それと、ここから先は総督たちが指揮を執ることになる。お前たちは各自クラスに戻って待機。……と言いたい所だが、デルガには戻れないしな」

 「うんうんっ」とロックたちは何かを期待して笑顔で大きく頷く。

「……よし。それじゃここは規則通りにするか。非常事態の時の鉄則。各自、クラスの招集所に集結。ロック、お前はパイロットたちの招集所に行け。アリス、お前はライフリンクの招集所だ。タグー、お前はここに残って作業の続きをしろ。ガイ……はタグーの見張りをやってくれ。決して甘やかすなよ」

「了解しました」

「そ、そんなぁーっ!」

 タグーは半べそを掻くようにザックにすがりついた。

「キッドたちに会えるのにーっ。教官、お願いだからクリスのトコっ」

「クリス総督だ」

「……クリス総督のトコに行ってもいいでしょーっ?」

「ダメだ。呼び出しがあれば話は別だがな。お前たちはたかが候補生だということを忘れるな」

 “たかが”という言葉を強調しながら、ザックはふて腐れる三人を睨み付けた。

「おらおら、散れ散れ」

 顎をしゃくるザックを後目に、ロックとアリスは口を尖らしてその場から離れていく。

 タグーはガックリと肩を落としていたが、ザックに襟首を掴まれ、引き摺られ、ガイと共に作業に当たった。

「くそー。ザックの奴……」

 歩きながらロックは目を据わらせ、腕を組んだ。

「大体、誰のおかげでここまで来れたってんだ」

「仕方ないわよ。ザック教官もお仕事なんだから」

「チェッ」

 ひまわりの花を振りながら、アリスは小さく息を吐いて、踏み出す足下を見つめた。

「……いつキッドさんたちに会えるかな……」

「……。抜け出すか!?」

 意気揚々と提案するロックに、アリスはガックリと肩を落とした。

「どーしてあんたはそう問題を起こそうとするの?」

「……。ダメか」

「ダーメ」

 即答するアリスをロックは睨み付けるが、彼女の足が止まって歩くのを止めた。

「……と、こっちが招集所ね……」

 十字路の向こうを見て、アリスはロックを見上げた。

「じゃあ……あたし、こっちだから」

「おぅ」

 そのまま手を振って別れるが――

「……おいっ」

 背後からのロックの声に、アリスは足を止めて振り返った。

「なに?」

 ロックは十字路からあまり進んでいない距離で立ち止まって、少し視線を斜め上に持っていっている。

「……いや、その……」

「?」

「……ほら、耳の怪我ン時の……」

「……うん」

「……、そっちに行っても大丈夫なのか?」

 アリスは首を傾げていたが、しばらくして思い出した。

 ……そうか。耳を怪我した時のこと、ロックは知っているのか……――。

 アリスは少し微笑んでみせた。

「大丈夫。……先輩たちとは仲がいいから」

 ロックは疑うように、見透かすように目を細めた。

「……本当だろうな?」

「ホントだってば」

「……」

 ロックは更に目を細めて考え込んでいたが、ポケットに手を入れると、ズカズカと近寄ってきた。

「な、なに?」

 身動ぐアリスに近寄ると、ロックはそのまま、彼女が向かうはずの招集所へと歩いていく。

「ち、ちょっとロックっ?」

「お前の言うコトって、イマイチ信じられねぇんだよな」

「ちょっ……。ザック教官、パイロットの招集所に行けって言ってたでしょっ」

「どこに行っても同じだろ」

「け、けどっ」

「ンじゃあ、俺、今だけライフリンクに転向すっから」

「……」

 ……なれるわけないってば。

 ズンズン、と、歩いて行く背中にそう言おうとして、やめた。

 ……心配症なんだから……。

 ため息混じりに苦笑すると、アリスはひまわりの花を振りつつ彼の後を追った。

「うおっ!! ホントに女ばっかかよ!!」

 大声で驚くロックの後頭部を、アリスは恥ずかしそうに軽く小突いた。

 ライフリンクの招集所――。広く取られたこの一室で女性たちが数人、談話していたが、ロックの登場に顔をしかめている。

 ロックはキョロキョロと辺りを見回しながら、大きく頷いた。

「やっぱいいよなー。俺ンとこなんか男クセェ奴らばっかだし。パイロットの女子は色気がねーからなあ」

「……。ケダモノ」

 背後から呟くように言ったアリスを、ロックは睨み付けた。

「あれ? アリスっ」

 手を振って笑顔で近寄ってくるクルーに、二人は顔を向けた。メリッサだ。

 アリスは「あ……」と小さく笑みを零した。

「どうしたの? 病棟にいなくていいの?」

「はい。もう大丈夫です。回復しました」

 笑顔で応えると、メリッサは「そう、よかったね」と微笑み返し、ロックを見て瞬きをした。

「あれ? あんた……」

「ちわっす」

「……。なんでここにいるの? パイロットでしょ?」

「実はライフリンクなんだ」

 真顔で告げるロックに、メリッサは目を据わらせた。

「バカバカしいから、やめてくれる?」

 ロックは「……チェッ」と舌を打った。

 ライフリンクというのはみんなそう。どこか高飛車で、冗談が素直に通じない。

 メリッサは小さくため息を吐いたアリスに目を戻した。

「他のライフリンクたち、まだ大半はサブレットなのよ。みんな、気味悪がってるからなかなかあそこから出て来れなくってね。出てきた子も、この前の戦闘に繰り出されて怪我しちゃってたり」

「……あ。……だから少ないんですか」

「うん。にしてもさ……」

 メリッサは小窓の方を振り返った。

「今、みんなとも話をしてたんだけど、……ここの土地、なんか変な感じがしない?」

「……変な感じ……ですか?」

「そう。なんか、微妙な感じがね……するのよね」

 どこか躊躇うような、不可解そうなメリッサにアリスは少し首を傾げた。

「……微妙な感じ、……って?」

「とても複雑で、一言じゃ片付けられないわ……」

 メリッサは深く息を吐いてアリスに顔を戻した。

「気を付けた方がいいよ。あなた、力が強いんだから。ちょっと刺激が強いかも知れない。真っ正面から受けない方がいいわ」

「……はい」

 真顔で忠告するメリッサに、アリスは素直に頷いた。

 ロックは首を傾げると、二人の会話に割り込んだ。

「どんな感じがするんだ?」

「あら? あんた、ライフリンクなんでしょ? だったらわかるんじゃない?」

 いたずらっぽく、嫌みに突き放されてロックは軽く睨み付けた。

 メリッサは少し笑って、再び窓の方を振り返った。

「なんて言うのかしらね。……嬉しさとか楽しさとか、そういうモノはもちろんなんだけど、それ以外に、悲しみとか寂しさとか。……植物の感情って、こんなに複雑なのかなー、って」

「……植物?」

「そう。あのひまわりよ。……あのひまわりたちの感情。とても強い感情を持ってる。……恐ろしい程にね」

「……ふぅん……」

 ロックは鼻で返事をして小窓の方を見つめた。

 確かに、植物にだって何らかの感情は存在するだろう。命を持っているモノはみんなそうだと思う。しかし……。

 ……複雑な感情……か……。

 アリスは自分の手に握っているひまわりを見た。

 ……この子を手にした時に感じた優しい感覚は、カールのモノだったんだろうな……。

「まぁ……。何か連絡があるまでゆっくりしていたら? どうせ、またしばらくは外に出してもらえないだろうしね」

 メリッサが肩をすくめると、ロックはガックリと肩を落として「はぁー」と大きくため息を吐いた。


 その頃――


「みゅーっ!!」

 ケイティから降りたフローレルは、ダッ!! と、駆け出した。その先には数人が立っていて、笑顔で駆けてくるフローレルの姿に吹き出し笑った。

 フライ艦隊群が無事に着陸を済ませた後、クリスと上官たちが地上に降り立った。先に進むことが出来ず、辺りを見回すクリスたちに気遣うことなく、フローレルは、独り突っ走った。

「ヴィンセントーっ!!」

 遠く、中央に立つ男に向かって駆け寄り、嬉しそうに両手を広げ抱きつこうとしたフローレルの頭を、彼は無表情でスパン! と、素早く叩いた。「ンみゅ!!」と、フローレルが頭を両手で押さえてしゃがみ込むと、周りの人がそれを見て苦笑した。その後ろから機動兵器を降りてきたカールがやってきて、しゃがみ込んだまま呻っているフローレルを見下ろして「あはははは!!」と大笑いをし、男性を見上げた。

「ただいまッスー!!」

「ご苦労……」

「ひどいみゅーっ!!」

 無表情なまま、低い小声で労う、そんな男性を、フローレルはガバッと立ち上がるなり涙目で睨み上げた。

「それが久し振りに会った妹にすることみゅーっ!?」

 男性は、膨れっ面の彼女をじ……と見ていたが、

「……死んでなかったんだな……」

 と、たったその一言をやはり無表情に言い放った。

「みゅーっ! その残念そうな言い方はなに!? ひどい!! あんまりみゅー!!」

 ジタバタと両手を大振りして暴れるフローレルを目の前にしつつ、男性は、苦笑するカールに目を向けた。

「……ちゃんと連れてきたか……?」

「うッス! 呼んでもいいッスか!?」

「……そうだな……」

 返事を待ってから、カールは、「んじゃあ!」と、ケイティの方へと駆け足で向かった。

 フローレルは、ンググっ……と拳を握り締めると、彼の背後にいる人たちの元へと半べそ気味にすがり寄った。

「みゅー……。ヴィンセント、ひどいー」

「フローレル、お帰り」

「元気にしてたんだね」

「ヴィンセントさんも心配してたんだよ」

「あれは心配してたヤツのすることじゃないみゅーっ」

 フローレルが地団駄を踏んでいる間、クリスたちは艦隊の傍で目を細めながら辺りを大きく見回していたが、「こっちッス!」と、笑顔で導くカールに気付くと後を付いて足を進めた。森の傍にたくさんの家らしき建物が見える。見たことのない機動兵器や、装甲車らしき乗り物も至る所に存在し、そこからじっとこちらを見る“人たち”の姿も窺える。

 カールは足を止めると、遅れてやって来た正装姿のクリスを見上げた。

「こちらヴィンセントさん、オレたちの兄貴ッス。ヴィンセントさん、この人が伝えて置いた総督のクリスさんッス」

 紹介されたクリスとヴィンセントは互いに手を差し出して握手を交わした。

「……大変な目に遭ったようで」

 長身で細身、色白な肌のせいだろう、無表情でまったりとしていると精気を感じられないが、瞳には力強さがある。どこか不思議さを漂わせるヴィンセントに、クリスは「ええ、本当に」と情けなく笑って、どちらからでもなく握手の手を下ろした。

「訳がわからない状態が続いているので」

「……ここにはノアの者は来ないから……ゆっくりしてください」

 スローペースな彼の口調に、同行してきた上官たちが少々気の抜けた顔をしている。

 クリスは笑顔で頷いた。

「ありがとう。……わたしたちの方もいろいろお伺いしたいことが……」

「……ああ、カールから聞いてます。まぁ……それは後程。……ここに来てくつろぐ時間もなかったのでは……? 安心して過ごしてください……。同乗の方々も……」

 チラリと艦隊群の方に目を向けたヴィンセントに、クリスは申し訳なさそうに切り出した。

「しかし、かなりの人数が……」

「……構いません。警戒網を張ってますから……それ以上、遠くに行かないようにすれば。……敷地内ではごゆっくりどうぞ」

「じゃあ、外に出てもいいんですか?」

「……ええ、ご自由にしてください……」

 無表情なヴィンセントにクリスは笑顔で頷き、カールに目を向けた。

「上官たちと一緒にクルーたちに事情を説明してもらえるかな?」

「いいッスよ!」

 カールは元気よく返事をすると、上官たちと一緒にケイティに戻っていく。クリスはその後ろ姿を見送って、真顔でヴィンセントに目を戻した。

「着いたばかりでなんですが、至急、調べて欲しいことがあるんです」

「……タイムゲートで消えた人……のことですか」

「生存を確認したい。……大切な仲間なんです」

 訴えるようなクリスの視線に、ヴィンセントは小さく頷いた。

「……わかりました。……あなた方の艦の修理なども手伝いますから遠慮なく申しつけてください……。あと、食事もご用意しましょう……」

「何から何まで」

 クリスは、肩身が狭い思いで微妙な笑みを浮かべた。

「しかし……、初対面のわたしたちに、どうしてそんなに親切で?」

 クリスの問い掛けに、ヴィンセントはやはり無表情で応えた。「……教えですから」と。

 ――着陸数分後に艦内放送が響き渡った。表に出てもいいこと、網でできた警戒網が張られ、それを越えてはいけないこと、異人クロスと気軽に話をしてもいいこと、など。それを聞いていたクルーたちは、嬉しいやら不安やら、複雑な気持ちでいたが、地球を離れてから数年、“外”に出たことのない者もいる。

 みんなが緊張の中、艦の外へと足を進めた。

「……。静かだな」

 吐息と同時に言うロックの隣に足を進めたアリスも、辺りを見回し、目を細めた。

「変わらないね、ここも……」

「……ああ」

 ロックは、アリスと同様に辺りを見回した。……そう。戦いが行われているとは思えない程の静けさ。青々とした森、晴れ渡った空。そして――

 二人はゆっくりと目を向けた。そこにはひまわり畑が広がっている。

 フライ艦隊群が着陸したすぐ傍に、それはあった。地球で生活していたときでも見たことのないような、そんな巨大なひまわり畑だ。顔を180度動かさなくては見渡せられない程の広さ。奥行きなんて、なおさらわからない。花自体も2メートルはあるだろうか。一つ一つが大きく成長して、空に顔を向けている。

 アリスは一歩、そちらに近寄ったが、ロックに腕を掴まれて足を止めた。

「やめとけ。さっきのライフリンクも言ってたろ」

 真顔で首を振るロックに、アリスは少し視線を落とし、顔を上げると笑顔で頷いて元気よく背を伸ばした。

「タグーとガイを見つけよう! キッドさんたちに会いに行かなくちゃ!」

「そうだな」

 二人は、楽しそうにはしゃぐクルーたちの間を縫うようにタグーとガイの姿を探す。

「ロックー! アリスー!!」

 背後からの元気のいい声に足を止めて振り返ると、整備作業を終えたばかりの真っ黒い顔のまま、駆け寄ってきたタグーは拳を握り締めた。

「キッドたちを探そうよ!!」

 まるで子犬のよう。落ち着きなく、笑顔で辺りをキョロキョロと見回している。そんな彼の後ろから、ゆっくりとガイが歩いてきた。

「早く! 早く探そう!!」

 ロックは、急かすタグーのなりを見て苦笑した。

「その前に着替えてこいよ。顔も洗った方がいいぞ」

「……え!? 汚れてる!?」

「メチャクチャな」

「う、嘘!! ち、ちょっと待っててね!!」

 タグーは「絶対に待っててね!」と何度も振り返り釘を刺し、駆け足でケイティへと入っていった。

 ロックは苦笑していたが、真顔に戻るなりガイを見上げた。

「……ここにはノアの番人は来ないのか?」

「ノアの番人単体だけなら警戒網で動きを封じることができるので。ビットも、警戒網を潜ることはできません」

「じゃあ……とりあえずは安全なんだな」

「はい」

 ロックは少しホッとして肩の力を抜いた。

 はしゃぐクルーたちとは裏腹に、彼の気持ちは不安だった。奴らの強さは知っている。襲われたら戦うことができないことも――。

「みゅーっ!! ロックーっ!!」

 聞き慣れた声がして、ロックはそちらを振り返った。フローレルがクルーたちの間をすり抜けながら、元気よく手を振って駆けてくる。

「見つけたみゅーっ!! 探したみゅーっ!!」

「よぉ、フローレル」

 フローレルは彼らの前で立ち止まると、息を切らしながら笑顔を向けた。

「ソートクに頼まれたっ。ロックたちを連れてくるようにってっ。キッドたちに会いに行くみゅーっ!!」

 フローレルが、待ちきれない! という感情を露わにロックの手を掴み引っ張った。

「行くみゅ!!」

「ち、ちょっと待て。タグーを待ってるんだよ」

「タグゥ?」

 フローレルは、足を踏ん張るロックを振り返って口を尖らした。

「放っとくみゅーっ。早く行くみゅーっっ」

「誰を放っておくってっ?」

 背後から息を切らしたタグーが不愉快げな顔で近寄ってくると、フローレルはドキっと肩を震わせ、「み、みゃははははっ」と誤魔化すように笑った。

「ジョーダンみゅーっ。タグー、待ってたみゅーっ」

 綺麗になってきたタグーは、フローレルを不愉快げに睨み付けた。

「キミはそういうヤツなんだよね」

「み、みゅーっ。誤解みゅっ。違うみゅっ」

 フローレルは慌てて頭を左右に振るが、タグーはじっとりと目を据わらせている。

 ロックは、「やれやれ」とため息を吐きつつ足を踏み出した。

「行くぞ、お前ら」

 無愛想に告げるロックの後をアリスが追いかけ、タグーもフローレルも思い出したかのように笑顔で頷き、歩き出す。タグーはガイの横に並んで彼を見上げた。

「楽しみだねっ!」

 ガイは、にっこりと笑って相づちを問うタグーを見下ろし、しばらく何かを考えていたが、顔を上げると「――そうですね」と、小さく答えた。

 楽しそうなクルーたちの間を縫って、異人クロスたちの待つ所へ――。フローレルの後を追って足早に歩いていると、フローレルは「あっ」と笑顔で大きく手を振った。

「みゅーっ。連れてきたみゅーっ」

 クリス、そしてヴィンセントとカール、その他大勢の人たちが集まっている。

 フローレルは、ロックたちをヴィンセントの前に連れて行った。

「ヴィンセントっ、フローレルの友だちみゅっ。ロックにタグーにアリスにガイ! 友だち!」

 笑顔で手を向けるフローレルを見ていたヴィンセントは、戸惑うロックたちを無表情で見下ろした。

「……フローレルがお世話になったようで……。ヴィンセントと申します……。よろしく……」

「フローレルのお兄ちゃん!」

 フローレルに笑顔で紹介され、ロックたちは「……え?」とヴィンセントを改めて見てみた。

 兄妹なのか……。そのワリには、何か雰囲気が全然違うような気が――。

 ヴィンセントは、ロックたちを一人一人見ていたが、ふと、ロックに目を戻した。

「……」

 彼の視線に気が付いたロックは「ん?」と顔を上げ、少し首を傾げた。

「……な、なんスか?」

 無表情にじっと見つめられていると気味が悪い。だが、ヴィンセントは、オドオドしたロックの問い掛けには何も応えず、代わりにフローレルに目を向けた。何かを問い掛ける視線に、フローレルはサッと顔を逸らし、とぼけるように青空を見上げて逃げた。

 “二人だけの空気”を感じ、「どうしたんだろう?」と、タグーとアリスは目を見合わせる。

 釈然としない空気が流れ、ロックは再び何か問い掛けようと口を開いたが、クリスが彼の横に並んで笑顔で肩を抱いてきた。

「エバーの住人たちの所へ案内してくれるそうだぞっ」

 その言葉で雰囲気が変わった。

「どこっ? どこにいるの!?」

 思い出したようにタグーがキョロキョロとし出し、「……こちらへ」と、ヴィンセントは案内を始めた。その後を、みんなは心を弾ませながらついて行く。

 異人クロスの生活区域に入ると、辺りからおいしそうな匂いが漂ってきた。フライ艦隊群の、みんなの食事を手分けして作っているようだ。ロックたちに気付くと、みんなが笑顔で挨拶をしてくる。並んでいる建物も、鉄で出来てはいるものの見た目も綺麗だ。

「……エバーに最初に行った時とは、ちょっと違うね」

 愛想のいい彼らを見回し、歩き保ってタグーが呟いた。

「あの時は、みんな、悲しそうな目で僕たちを見てた……」

「……そうだったな」

 タグーの言葉にロックも頷く。それだけ、ここでの生活は快適で安全だということなのだろうか……。

 前を歩く二人の会話に耳を傾けながら、アリスは横のクリスを見上げた。

「……会えるね。キッドさん、……ケイティに」

「……ああ」

 少し緊張気味に頷くクリスを、タグーは軽く振り返った。

「リタはクリスの子どもなの?」

 突然の質問に、みんなからの視線が集中し、クリスは慌てて首を振った。

「違うって。俺じゃぁないよ。どちらかというとフライの方が……」

 そう言い掛けて言葉を切る、その彼の視線の先――

「お兄ちゃんー!!」

 リタが腕を広げてものすごい勢いで走ってくる。

 タグーは目を見開くと、笑みをこぼし、数歩駆け寄って飛び付いてきたリタを抱き留めた。

「リタ!!」

「お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんが帰って来たー!!」

 リタは嬉しそうに、ギュッとタグーの首に腕を回した。そしてガイの姿を見つけると、スルッとタグーから降りて堅い足にしがみついた。

「ガイー!!」

 ガイはリタの目線に合わせるように、ゆっくりと腰を下ろした。

「ご無事でしたか?」

「うん!」

 リタは大きく頷くと、今度はロックとアリスを笑顔で見上げ、二人の手を握って引っ張った。

「リタ、おりこうにしてたよ!!」

「えらいな、リタ」

 ロックが笑顔で頭を撫でると、リタは嬉しそうに「へへへっ」と首を縮めた。

 アリスは微笑んでリタを見下ろしていたが、ふと、気配に気付いて顔を上げた。

「……キッドさん――」

 遠くの方、キッドが笑顔でみんなを眺めている。その姿にクリスの顔色が変わった。

 キッドはゆっくりとした足取りで近寄ってくると、みんなの無事を確認するように見つめ、ホッとした表情で微笑んだ。

「……本当によかった……」

 その優しい声に安心したのか、タグーは涙を瞳一杯に溜めて彼女にしがみついた。

「心配だったよ! ずっと心配だった!! よかった! よかったー!!」

 キッドはしがみつくタグーを軽く抱きしめて、背中を優しく撫でてながら微笑むと、ガイを見上げた。

「……よくやったわね、ガイ。みんなをちゃんと送り届けてくれたのね」

「いえ。わたしは何もしていません」

 ガイはそう首を振って、キッドに真っ直ぐ顔を向けた。

「ご無事で何よりです」

 キッドは少し微笑むと、小さく頷き、ロックへと目を向けた。

「元気で本当によかった。大変だったでしょう」

「そんなことないッスよ」

 ロックは苦笑して首を振った。キッドは、そんな彼の横に立つアリスへと顔を向けた。

「もう回復した?」

「はい。いろいろご心配お掛けしました。もう大丈夫です」

「ロックのおかげね」

 アリスは「え?」と首を傾げ、ロックは少し視線を斜め上に持っていくと頭を掻いた。それを目敏く捉えたフローレルがズイっと前に出てきて、キッドは、彼女の剣幕に気付くことなくにっこりと笑った。

「仲間に会えてよかったわね、フローレル」

「みゅー。キッドたちも、元気でよかったみゅーっ」

 フローレルは「えへへっ」と笑う。

 キッドは微笑むと、しがみついたままのタグーを見下ろして、彼の腕を撫でた。

「タグー、本当に無事でよかったわ。みんなで心配してたの」

「……うん」

 タグーは、「ぐすっ……」と制服の袖で目元をこすると、顔を上げた。

「……もう、一緒だね?」

 タグーの半べそ気味の問い掛けに、キッドはにっこりと笑った。

「ええ。そうよ」

 以前と変わらぬ笑顔に、タグーは「……へへ」と少し照れたように笑ってみせたが、グイグイ、と、リタに服を引っ張られて見下ろした。

「ん? ん、なに? リタ」

「お兄ちゃん、泣き虫ぃ」

 小馬鹿にした口調に、タグーはヒクッと頬を引きつらせた。……忘れてた。リタはこういう“小悪魔”的な部分もあったんだ。

 タグーはキッドから離れると、真っ赤な顔でリタを見下ろした。

「ぼ、僕は泣き虫じゃないっ」

「泣いてたもん」

「泣いてないっ」

「泣いてたっ!」

 こちらもいつもの調子だ。ロックとアリスは顔を見合わせ、吹き出し笑った。

 キッドはそのやりとりを見て笑っていたが、立ち尽くすクリスと目が合うと、少し間を置いて微笑みかけた。

 アリスは「……あ」と小さく声を上げ、ボー然としてるクリスを手で指した。

「キッドさん、え、と……あたしたちの上官の、クリス・ロバーツです」

 キッドは頷いて、クリスに微笑み掛けた。

「いい子たちを仲間に持っていますね」

 クリスは、ハッ……と顔を上げると、複雑な笑みを浮かべて視線を反らした。

「ええ……。……まぁ……」

 通じ合っていない感じの二人に、様子を窺っていたアリスは、少し残念そうに口を結び、肩の力を抜いた。

 ロックは、何かを探して辺りを見回し、キッドを振り返った。

「アンダーソンさんは?」

「あ……、いつものように森にいるの」

「そうッスか。んじゃあ……また後であいさつでも」

「そうね。お父さんも喜ぶわ」

 キッドはニッコリと笑った。

 彼らの再会の様子を見ていたヴィンセントは、静かに口を開いた。

「……彼女から話は聞きました。……君たちのことだったんですね。とても勇敢な少年たちだと……」

 ロックたちは顔を見合わせると、照れるように苦笑した。

「……今夜は大いに賑わうといいでしょう……。募る話しもあるでしょうから……」

 そう勧められて、早速、タグーは拳を握り、カールを振り返った。

「ねっ、ね! クロスの技術って、どんなの!? 教えて欲しいな!」

 興味津々なタグーに、カールは「いいッスよ!」と笑顔で答えるが、その傍でロックは「……こいつの恐ろしさを知ることになるだろうな」と、カールに哀れみの視線を送った。

「リタもっ。リタも一緒!」

 リタが腕を伸ばし、タグーは笑顔でリタの手を握った。

「じゃあ、リタも一緒にお話し聞こうか!」

「うん!」

 リタは嬉しそうに頷いてガイを見上げた。

「ガイも一緒ね!」

「はい。かしこまりました」

 連鎖するように回ってきて、ガイは頷いて答える。

 和気藹々とした雰囲気にキッドは微笑むと、苦笑して眺めているロックに近寄った。

「……ちょっといいかしら?」

 遠慮気味に声を掛けられ、ロックは彼女を振り返って頷くと、「行ってくる」とアリスに断って、歩き出したキッドの後を追った。その背中をじっと見送るだけのクリスに気付いたアリスは、「……駄目か」と、残念なため息と共に少し肩の力を抜いた。

 ――みんながそれぞれ、楽しげに“夜食会”の準備を進めていた。戦時中のはずなのに、異人クロスたちの様子を見ているとそんなことも忘れてしまいそうだ。

 忙しそうに動くみんなの間を歩き、そして、二人が辿り着いたのは森の中……。

 ロックは、木々の間から差し込んでくるオレンジ色の光を見上げ、キッドの背中へと目を移した。

「どこに行くんスか?」

 ロックの問い掛けにキッドは足を止め、彼を振り返ると笑みをこぼした。

「お父さんね、死んでしまったのよ」

 躊躇いも見せず、直球で言われたロックは一瞬、キョトンとした。「冗談か?」とも思ったが、キッドの笑顔が以前とどこか違う。そう感じて目を泳がし、辛うじて「……え?」と、聞き取りにくいほどの声を漏らしていた。

 キッドは、か細く笑いながら森の中を見回した。

「あなたたちがいなくなった後、ノアからの攻撃でね。すぐに異人クロスたちが助けに来てくれたんだけど……、お父さん……、私とリタを逃がそうとして間に合わなかったの」

「……ど……どういうことですか!?」

 ロックは激しく呼吸しながら詰め寄るが、キッドは落ち着いた表情で彼を見つめた。

「逃げ遅れちゃって……。家の下敷きに……」

「……、リタは……知って……」

「……あの子は大丈夫。ちゃんと理解している。ずっと泣いてたけど……でも、あなたたちに会えたから。あの子はまた元気に戻れる」

 キッドは寂しげな笑顔でどこか遠くを見つめた。

 ロックは息を震わせ、愕然とした表情で拳を強く握り締めた。

 ……アンダーソンさんが……。

『わしにも、ひょっとしたら護れるかもしれん。確率的にはかなり低いが、しかし……強い想いがある。例え、ノアの番人の報復に遭い、命を落とすことになったとしても、それはそれで本望だろう……』

 以前、二人で歩いていた時に話してくれた言葉――。

 ……アンダーソンさんは、キッドとリタを護ったんだ……。

 ほんの短い付き合いだったが、それでも、優しく接してくれた記憶が甦って胸を締め付ける。

 エバーを離れるときも、無事を願ってくれた。抱きしめてくれた。

 ……俺たちが現れなかったら、今頃きっと――。そう思うとやり切れず、鼻の奥が熱くなり、俯くとグッ……と奥歯を噛み締めた。

 キッドは風に髪の毛を泳がせながら、森を見渡した。

「……森の中にはお父さんがいる。今もどこかで、のんびり木を切り倒してるんじゃないかな、って……思うの」

 キッドは微かに笑みを浮かべ、ロックを見た。

「……あいさつ……して、くれる……?」

 遠慮がちなキッドに、ロックは間を置いてゆっくりと顔を上げ、森の奥を見つめた。

「……。アンダーソンさん。……ただいま……――」






 ――賑やかな声が、あちらこちらから聞こえてくる。

 夜も更けて、星が空一面に広がっていた。その輝きに負けんとするような炎が焚かれ、ベースキャンプのような集いが行われている。

 各クルーたちが自由に行動する中、みんなから少し離れた木の根元に座って、クリスは、次々と食事を運ぶキッドの姿を目で追っていた。

「どうやって声を掛けるつもりだ?」

 背後からロックがいやらしく笑いながら顔を覗かせると、クリスは振り返ることなく苦笑した。

「そういうつもりはないって」

 ロックは「ケケッ」と笑い、クリスの横に座って持っているグラスの中身を飲み干した。「ふーっ」と息を吐いて、締まりのない顔で瞬きをするロックに、クリスは顔をしかめた。

「酒か?」

「んぁ? あー……。いや、ジュース」

「……。ま、いいけどね」

 せっかくの夜だ。堅いことを言いたくはない。

 空気を読んで笑ったクリスは、再びキッドを目で追う。ロックも同じようにボンヤリとキッドを見ていたが、クリスを横目で窺いながら口を開いた。

「いいのかよ? このまま放っておくのか?」

「そうだねぇ……。ケイティには間違いないんだが……」

 クリスはため息を吐いた。

「俺の顔を見て、思い出してもくれないなんてなあ」

 わざとらしく半べそを掻くクリスに、ロックは「ぷぷっ」と笑った。

「寂しいねぇ、クリスぅ」

「とほほ」

 がっくしと肩を落とす、その姿に笑っていたロックは、一息吐いて間を置き、再びキッドへと目を向けた。

「……いい人だよ、あの人は……。幸せになって欲しいな……」

 笑みを浮かべて優しく言う、そんなロックに、クリスは顔をしかめた。

「なんだお前。ケイティに惚れたのか?」

「なにバカ言ってンだよ。いくつ年が離れてると思ってンだ? しかも子持ちだぞ?」

「恋愛に年も子持ちも関係ないだろ」

「それもそうか」

「……」

「いや、そんなことないって」

 目を据わらせるクリスに、ロックは苦笑気味に首を振った。

「キッドは姉貴みたいなモンだよ。タグーもアリスも懐いてるし」

「彼女は昔っからそうさ。……他人の痛みがわかる人だったんだ。だから優しいんだよ」

「そこに惚れたのか?」

「惚れてたのは俺じゃなくてフライだってーの」

 クリスは苦笑して小さく息を吐き、遠くを見つめた。

「……フライもセシルも、彼女が好きだった。……三人が会えるといいのにな……」

 ロックは、寂しげな笑みを浮かべるクリスから、たくさんの星が浮かぶ空を見上げた。

「……会える。絶対会えるって」

「なんでそう自信たっぷりなのかねぇ」

 クリスが呆れるように笑うと、ロックは自分の左胸に右手を置いた。

「自信じゃない。こいつがそう言ってンだよ」

「……。クサイ奴だな、お前は」

「クリスに言われたかねーよ」

 横目で睨まれてクリスは愉快げに笑うと、ゆっくり夜空の星を見上げた。

 ――その頃……。

 アリスはひまわり畑の前にいた。背後では楽しげな会話が聞こえ、焚き火の明かりがひまわり畑を微かに浮かび上がらせている。

「……」

 どうしようかと考えていたが、数回深呼吸した後、意を決して、一歩、二歩とひまわり畑の中に進んだ。

 背の高さ以上はある、大きく成長したひまわりたち――。アリスは、どこに向かうわけでもなく、足を進め、そして立ち止まった。

 左右前後、どこを見回してもひまわり……。もう焚き火の明かりも届かない。偽物の月の明かりだけが、彼女のいるその場所を明るく照らしていた。

 アリスは、ひとつのひまわりにそっと手を伸ばした。大きな葉っぱに。そして太い茎に。そしてなめらかな花びらに。

 ――あたしは、ここで何を探しているんだろう……。

 心の中で、そう思う。

 ……何かを探している。……何かを――。……危険はないはず。危険だと思ったら、“帰って”くればいい。

 アリスは大きく息を吸い込み、目を閉じた。顔をゆっくりと空に向け、瞳の奥を真っ暗にする。……と、風が吹き、ひまわりの花びらが彼女の頬に触れた。

 ……微かな匂い。……なんの匂いだろう。ひまわりの匂いじゃない。別の匂い。……誰かの、匂い――。

 アリスは、ゆっくりと顔を戻して目を開けた。――ボンヤリと、陽炎のような人の姿がそこにいた。

 ……現れた。……ひまわりたちの想い……。

 アリスの視線の先、男性が立っている。見たことのない顔だ。何やら嬉しそうな顔で……種を蒔いている。

「ここをひまわり畑にしよう、父さん。いいと思わないか?」

 彼の言葉が聞こえる。

 ……この人が、ひまわりを育てた人……?

 彼は尚も楽しそうに種を蒔いている。

「……え? だってさ、ひまわりって元気の象徴だろ? 見てて楽しいし。みんながひまわりを見て元気になれたら……。みんながひまわりをもらって元気になれるなら……。ひまわりは友好の印、だなっ。あげる人の元気を、贈る人にもあげる。……え? ……そんな、バカみたいだなんて言うなよ。俺は結構真剣なんだからさ。……ああ。わかってるよ。ちゃんと研究の方も進める」

 誰かと会話をしている。

 アリスは少し首を傾げた。

 ……この人……――

 彼は種を蒔き終えると、大きく背伸びをした。

「……そうだ。花が咲いたらあの子にもあげよう。……喜んでくれるかな……。……ん、わかってるよ。言われなくったって。……ちょっと、気になるから……さ」

 照れたような笑みを浮かべながら、彼は空を仰いだ。

「早く咲かないかなー……」

 そう呟くように言うと、彼はアリスに背を向けて歩いていった。

 ……ひまわりたちが、なんだかすごく柔らかく感じる。――と、また彼が現れた。今度は何やら狼狽えているようにも見える。落ち着きなく、そわそわしている。

「あの……その、さ。……ここ、俺が作ったんだよっ。どうっ? って言われてもよくわかんないか。その……君にも見せたくってさ。……どう? 結構、綺麗に育っただろ? 毎日様子を見に来て、毎日水も蒔いて……。……え? あ、そりゃこれだけ広いから大変だけどっ。でも、なんかこう……これだけ育ってくれると嬉しいから。……だろ? なんか、楽しいよなっ」

 彼は笑いながら大きく頷くと、段々とその笑顔を消し、真顔を上げた。

「俺、その……君が好きなんだ。初めて見た時から本当は……。ンなかなか言い出せなくってっ。……君は、俺のことを嫌ってるんじゃないかって、そう思って……」

 アリスは唖然とその男性を見つめた。

 ……この人、告白してる最中!?

「き、君の気持ちはどうなんだろうっ? 俺のこと、どう思うっ? やっぱ……最低なヤツかなっ? ……。そんなこと、言わなくたっていいだろ……」

 口を尖らせる彼の表情が、突然、明るくなった。

「ほ、本当に!? う、嘘じゃないよな!? ……ゆ、夢みたいだぁ……。お、俺! 絶対に君を大事にするからさ! そ、そうだ! じゃあ、近々ノアを離れようか! いい所を知ってるんだ! ……大丈夫っ。父さんはわかってくれるよ! ……やったー!! 俺は幸せモンだよーっ!!」

 嬉しそうに飛び上がり、はしゃいで駆けていく彼の背中を見つめながらアリスは微笑んだ。

 ……おもしろい人。

 ――しかし、彼が消えた後、突然ひまわりたちの様子が変わり、それに気が付いたアリスは辺りを見回した。

 ……なに? どうしたの?

 彼の姿は現れないが、確かに今までと、ひまわりたちの感情がガラっと一変した。

 ……この感じは……――

「発見!!」

「!!」

 アリスはビクッと肩を震わせ目を見開くと、バッ! と振り返った。

「見つけたぞ! お前、なんでこんなトコにいるんだよ! 入るなって言っただろーが!!」

 ロックが目を据わらせながら、ひまわりを掻き分けて入ってくる。アリスは大きく深呼吸をして、彼の方に身体を向けた。

「よく見つけられたね」

「俺は鼻が利くんだ」

と、ロックは自分の鼻を指差す。その仕草にアリスは少し笑った。

「それよりも」

 ロックはアリスを睨みながら腰に手を置いた。

「なんでここに入ったんだよ。危ないって言われただろ」

「んー……。なんとなく……」

「お前なぁ」

 ロックは大きくため息を吐く。……と、アリスは顔を歪めて一歩退いた。

「うっ……。ロック、ひょっとしてお酒飲んでるっ?」

「の、飲んでないぞ!」

「……、匂うってば」

 驚いて大きく首を振るロックに呆れるようなため息を吐いたが、ふと、眉間にしわを寄せた。

「まさか……タグーにも飲ませてるんじゃないわよね?」

「ああ。あいつはカールを餌にしてウロウロしてるぞ」

「……。あ、まだやってるのね」

 これだけ珍しい機械があれば無理もない。カールには悪いが、徹夜してもらおう。アリスは「うん」と頷いた。

「ガイたちは?」

「ガイはリタと一緒だったぜ。キッドもクリスもな。フローレルはヴィンセントたちと盛り上がってた」

「そう。……あ。キッドさん、クリスのこと……」

「ダメだ。全然覚えてないみたいだな。クリスさん、なんて呼んでるし。クリスとしちゃー辛いだろーぜ?」

「でしょうね……。……フライやセシル教官と会ったら思い出すかな……」

「さぁなあ、重傷っぽいしなあ……」

「……」

 言葉が途切れ、アリスは気を取り直そうと笑顔で顔を上げた。

「ンそういえば、アンダーソンさんは? もう会った?」

 ロックはアリスを見て、しばらく間を置き笑顔で頷いた。

「ああ。会ったよ。……キッドとリタをしっかり護ってた。スゲェじーさんだよ、ホント」

 ロックの言葉にアリスは少し吹き出す。

「そっか。アンダーソンさん、元気なんだね」

「ああ。……前みたいに、元気に森の中、木を切り倒してる」

 ロックは笑顔でそう言うと、森の方を振り返った。

 ――アリスは少し首を傾げた。なにかしら、いつもと雰囲気が違うような……。

「……ねぇロック。なんか」

「おお! そうだ!!」

 突然、言葉を遮り手を打つと、笑顔でアリスを振り返った。

「思い出した! アレ!!」

「……なに?」

「星に刻む、ってヤツだ!!」

 笑顔で星空を見上げるロックに、アリスはキョトンとした。

「な、何? 突然……」

「えーと、なっ、えーっとっ!」

「……ロック?」

「よし! 何を刻むか決めたぞ!」

「え?」

 ロックは「うっしっ」と気合いを入れ、大きく深呼吸をして、顔をしかめつつ首を傾げるアリスを笑顔で振り返った。

「俺、お前のことが好きだから、それを星に刻む」

 アリスはピタ……と動きを止めた。

 ……。……え?

 ロックはゆっくりと夜空を見上げ、穏やかな表情で星を見渡した。

「……星は……変わらず誰かのことを見下ろし続けてるんだろうな……。誰かが投げた気持ちを受け止めてさ……」

 アリスは呟くように言うロックを見つめた。

 ――風が二人の間を吹き抜け、ひまわりが微かに動いた。

「ガキの頃は、星を見上げるなんてコト、なかったな……。目の前と足下、あと……青空と曇り空……。宇宙に飛び出て恒星に囲まれて……。けど……星は見上げてなかった……」

 ロックは空に向かって手を伸ばした。

「星って……こんなに遠かったんだな……」

「……」

「こんなに輝いて見えるのに、近付いたらガス吹き出してるゴミ、なんだぜ?」

 微かに笑い、そして、再び穏やかな表情に戻る。

「もっと……見上げたいな。……このまま……」

「……」

「星に刻みたいこと……たくさんあるんだ。一晩だけじゃ足りないくらい。だから……」

「……。ロック……」

 不安を感じて、一歩、彼に近付いた、その時、――ドサッ!!

 アリスは、ギョッ!! と背中を反らした。

 ――突然、ロックが後ろ向きに倒れた。

「ち、……ちょっとロック!?」

 慌てて近寄り、跪いて彼の顔を見下ろした。

「ロックってば!!」

「……」

「ロック!!」

「……。ZZ……」

「……ロック?」

「ZZZ……」

 ロックは気持ちよさそうな寝息を立てている。

 ……な、何こいつ。……まさか……酔っぱらってただけっ!?

 アリスは、ムカ! と怒りで眉をつり上げ、「もぉ!!」と地面に座り込むと、膨れっ面でひまわりを見上げた。

「あなたたちも思うでしょっ? ……こいつ、最低だよねっ!?」

 アリスのその言葉にひまわりたちが風に揺れた。

 まるで笑っているかのように――。

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