11 ひまわり畑-1
――ふと目を開けた。
窓からの眩しい光が、真っ暗だった瞳の奥に痛く滲みる。
ロックは、「いてて……」と、少し首を押さえて回した。ボンヤリとした意識の中、辺りを見回してここがどこだかを思い出す。
……ああ。……そうか……。
視線を落とすと、見慣れた顔が静かな寝息を立てて眠っている。
ロックは、「……ふぁっ」と大きく背伸びをして欠伸を漏らした。
――あの後すぐ、アリスは泣き疲れて眠ってしまった。ロックはそのまま部屋を後にしようしたのだが、アリスの手がしっかり自分の服を掴んで解放してくれなかった。途方に暮れた結果、「俺が悪いんじゃない……」と言い聞かせ、ここで寝泊まりをした。もちろん一切の過ちはない。
ロックは、未だ握られている自分の服を見て、数回、引っ張ってみたが、その度にアリスの顔が不愉快そうに歪む。
やはり動けずに、再びため息を吐いて窓の外を見た。
靄が掛かったような早朝の景色――。
ボンヤリと外を見つめながら、ふと思う。
……ダグラスは……フライやセシル教官はどんな気持ちで戦ってたんだろう……。
ガイが言っていた、敵機の様子、ダグラスの様子がおかしかったということ。そして、フライスとセシルをタイムゲートでワープさせているのが本当なら、ダグラスは……。
ダグラスの意識はちゃんとしていた。俺たちのことだって覚えてた。ダグラスは、どんな想いで俺たちに攻撃を仕掛けてきたんだろう……。そして、今も……。
ロックはアリスの寝顔を見下ろした。
距離が離れても離れないモノ……。ダグラスには残っているのか? だとしたら――
「……見えないな……。なかなか……さ」
アリスの安らいだ寝顔を見ていたロックは、そ……と彼女の頭へと手を伸ばしたが、髪に触れようとして手を止めた。
……勘違いしない方がいいな。こいつが求めてるのは、“仲間”だ……。
手を引っ込めてため息を吐き、また窓の向こうを見つめた。
――掴めそうで掴めない。……いつか、掴めるモノがどんなものか、わかる日が来るのかな……。
「みゅーっ。ロック、どこに行ってたみゅーっ!」
「んぁ? あぁ……。ちょっとな」
「みゅーっ?」
「……。なんだよ」
アリスが目覚め、「……あんたっ、なんでここにいるのよ!?」と誤解された挙げ句「女子の部屋に寝泊まりするなんて最低!!」と怒やされ、やっと解放されたと思ったら……、今度はフローレルが勢いよく突っ掛かってくる始末。
開発研究室、第一室。
フローレルの鋭い視線から逃げるように、ロックは徹夜で作業をしていたタグーに近寄った。
「どうだ?」
「んー……。なんとか……ね」
そう曖昧に返事をしながら眠そうな目を擦り、ロックを窺った。
「そっちはどうだったの?」
「……なにがだよ?」
「……。別に」
タグーは睨み付けてくるロックから視線を逸らすと、再び作業に取り掛かった。彼が作っているものは、フローレルが作りたかったという通信機。フローレルの指示通りに作ってはいたものの、タグーの知識とはまったく違う仕組みで指示を出すので、彼なりの解釈で作り直している。
「フローレルの言うとおりに作ってたら、また爆発しちゃうよ……」
「そんなことないみゅっ」
「キミの言ってることはメチャクチャ過ぎるんだ。大体、プラスとマイナスを逆に繋ぐようなこと言うし。ホントにちゃんと理解してるのか、わかんないよ」
「みゅーっ」
フローレルは、欠伸混じりで文句を言うタグーに頬を膨らませた。
「お待たせしました」
ガイが部屋に入ってきて、コーヒーをタグーの前に置く。タグーは「ありがとう」と一言礼を言って湯気の立つカップを手に取り、熱々のコーヒーを啜った。
「……で。そいつは完成しそうか?」
ロックの問い掛けに、タグーは少し口をきつく結び、「んー……」と低く呻った。
「完成はするよ。完成はするけどさ……。……使えるのかどうかは、別問題だね」
「使えなかったら、タグーの作り方が悪いってことだみゅ」
「何言ってンの。フローレルの指示の仕方が悪いんだよ」
「タグーの作り方みゅっ」
「フローレルの指示の仕方っ!」
ロックは睨み合う二人の間に入って、「まぁまぁ」と苦笑した。
「どっちもどっちだ」
宥めるつもりで言ったのだが、「一緒にされたくない!」と、二人はロックを睨む。
ガイは、「なんだよその目は?」と、逆に睨み付けるロックに顔を向けた。
「ノアコアには潜入するんでしょうか?」
ガイの問い掛けに、ロックは彼を振り返って鼻から息を吐いた。
「さぁな……。クリスたちがまた会議でゴチャゴチャと話し合うんだろうけど……。俺たちも参加させてもらえるかどうか……」
そう言いながら肩をすくめるロックから、ガイはゆっくりと窓の外に顔を向けた。
「行動を起こすなら早いに越したことはないのですが……。昨日の今日です。ノアコアの対策も強化されていくことでしょうから」
「クロスたちに会って、キッドたちの無事と、フライたちが生きているのかを確認したら、即行動ってコトになるだろうけどな……」
ロックは机の上に座って足を組んだ。
「クリスはすぐにでも行動を起こしたいだろうけど、他の上官連中は頭が固ぇから、そう簡単に会議も進まねぇだろうし」
「そうですね」
「けど……なぁ」
ロックは腕を組んでため息を吐いた。
「このままじゃ、なぁ……」
その頃――
アリスは候補生の制服に着替えて、機動兵器格納庫の一画、整備区画へと足を運んでいた。
彼女が見上げているその先で、エンジニアのクルーたちが総出で修理に当たっている機動兵器……。
「……」
……ディアナ……。
セシル専用のこの機体を見上げながら、アリスはその周りをぐるりと一周する。と、
「君っ、危ないからあっちに行ってろっ」
エンジニアの一人が、そんなアリスを見てうっとうしそうに声を上げた。
アリスは「……あ、すみません……」と少し後ろに下がり、邪魔にならないような場所を見つけて、胸にポッカリと穴を開けたディアナの姿を見つめ続けていたが、意を決して、前方を歩いていたエンジニアに「あのっ……」と声を掛けた。
「なに?」
「……すみません。このディアナの……設計図、パイロットマニュアルはないでしょうか?」
「マニュアルはあるけど……。でも、こいつはセシルさんの機体だったからね……。彼女がいない今、総督に許可をもらわないと見せてもらえないよ」
「総督って……、クリス医務官ですか?」
「ああ。……ん? 君、セシルさんのトコの生徒だろ? ……こいつに乗りたいって言うンならやめておいた方がいいよ」
見抜かれて苦笑され、アリスは訝しげに眉を寄せた。
「どうして……ですか?」
「セシルさんは昔の、パイロットとしての腕もあったからこいつを動かすことができた。ライフリンクとしての力もあったし。けど、君はライフリンクとしての知識しかないだろ? パイロットとしての腕がなきゃ、こいつは動かせないよ。こいつだけじゃない。他の機体も。そうだろ?」
アリスは、エンジニアのもっともな意見に少し俯いた。
「まぁ……ライフリンクとしても優秀で、パイロットとしても優秀な人材ってなかなかいないだろうからね。……こいつは、このまま眠ってしまうかもな」
寂しげに言いながらディアナを見上げる、エンジニアの後を追うようにアリスも“彼女”を見上げた。
エンジニアは小さくため息を吐くと、アリスを振り返った。
「君には君のできることがあるだろうから、そっちをがんばった方がいいと思うよ」
諭すように、そう優しく告げ、「それじゃ……」と自分の持ち場へと足を向ける。アリスは彼の背中を見送ると、再びディアナを見上げた。
……あたしにできること……。
『護らなくちゃいけないモノがあるなら、それは同時に戦う時……なんじゃないかと思う』
……護らなくちゃいけないモノ。あたしはそれを見つけた。……偽りじゃない。同情でもない。哀れみでもその場凌ぎでもない。……護りたいモノ。だから……。
アリスは、司令塔の方へと目を向けた。
だから戦う。……強くなってみせる――。
「できたー!!」
タグーは嬉しそうな声を上げて大きく背伸びをした。
ロックやガイが興味津々に彼の目の前にある機械に視線を向ける中、二人の背後から覗き込んだフローレルは、顔をしかめて、不愉快げにタグーを睨み付けた。
「みゅー? コレ、フローレルが言ったものじゃないっ」
「ダメだよ。キミの言ったとおりには作れないってば」
「それじゃダメみゅーっ!」
タグーがため息混じりに否定するが、フローレルは首を振り、断固として譲らない。
「ちゃんとフローレルが言ったとおりに作るみゅーっ!!」
「爆弾を作ってるんじゃないんだからね」
タグーは頬を膨らませるフローレルを無視して「よいしょ……」と椅子から立ち上がり、マジマジと機械を見つめるロックに目を向けた。
「試験的に使ってみようか」
「ん? ああ。……一応クリスに断っといた方がいいだろうな。あと、フライたちが生きてるかも知れないってコト、教えてやるか」
「そうだね」
タグーは、壁掛けの艦内交信機へと向かったロックを目で追い、傍でずっと見守るだけのガイを見上げた。
「クロスの人たちに会ったら、すぐにノアコアに行けるモノなの?」
「そうですね。行けないことはないでしょう。しかし、その前に彼らといろいろ話を交えた方が賢明です」
「……前に言ってた、ノアのことについて詳しい話を聞いた方がいい、ってヤツ?」
タグーの問いにガイは頷いた。
「あなた方はノアの番人について戦いを交えた情報しか知りませんから。現状、彼らのことについてはほとんど何も知らないと言ってもいいんじゃないでしょうか」
タグーは少し考え込み、思い出したようにフローレルを振り返ると、二人の話しを聞いていた彼女はサッと背を向けた。
――そう、異人は、ノアの番人と名乗る人間たちに対して恨みや怒り以上の何かを持っている。曖昧なことしか言わないフローレルの言動も気になる。
「総督執務室に行くぞ」
ロックは、足早にみんなの元へと戻りながら笑みを浮かべた。
「フライたちのこと話したら、すぐこっちに来いってさ。クリスのヤツ、嬉しそうだった」
「そりゃそうだよ。僕でも嬉しいモン」
「よしっ。そいつを持っていくか!」
「あ。アリスは? 誘わなくっていいの?」
タグーが手作り交信機を持ち上げながら伺うと、ロックは「そういやぁー……」と、何かを思い出すように視線を上に向けた。
「あいつ、今日はちょっと独りで行動したいって言ってた。夕方にでも現状報告にしに来いって」
「独りで行動? ……どうしたんだろ?」
「さぁな。けど、昨日みたいな暗い雰囲気はなかったから。何か企んでるんだろ」
あっけらかんとして肩をすくめられ、タグーは訝しげに眉を寄せた。
「……それでいいの?」
「ん? 悪いのか?」
目をパチパチさせて首を傾げるロックに、タグーは少し顔をしかめ、呆れるようなため息を吐き、「……行こう」と、みんなを誘った。
総督執務室へと向かいながら、今後のことを予想し、歩き保って話ていたが、執務室の手前、向かいから歩いてきた姿に足を止めた。アリスだ。
ロックは訝しげな表情で、同じく怪訝そうなアリスを顎で差した。
「なんでお前がここに居るんだ?」
「……ロックたちこそ、どうしてここに?」
「俺たちはクリスに呼ばれたんだよ。お前は?」
「……。クリスに用事があって」
「なんの?」
「……。なんでも」
「用事があるんだろ?」
「……」
「で、なんの用事なんだ?」
「……。他の用事を思い出した」
アリスはそのまま話を逸らして彼らの横を通り過ぎようとしたが、ガシっとロックに腕を掴まれて足を止めた。
「逃げるな」
「逃げてないわよ」
睨み付けてくるロックに、アリスも負けじと睨み返す。険悪な二人の間に、タグーが「ま、まぁまぁ……」と入り、両手で持っている機械をアリスへと上げて見せた。
「見て。交信機ができたんだよ」
嬉しそうに報告され、アリスは「へぇーっ」と、笑顔でそれを見つめた。
「徹夜したの!? すごいねっ! ……もう使うの?」
「うん。その許可をもらいに来たんだよ。あと……フライたちが生きてるかも知れないってコトの報告に、さ」
「……そうか。……うん。そうだね」
「アリスも一緒においでよ」
タグーに笑顔で誘われたアリスは、しばらく間を置き、躊躇いを露わにした。
「……爆発、しないよね?」
そーっと伺うその言葉で何かを思い出したロックは、衝動的に一歩、タグーから離れた。
タグーは、ムカッ! と、二人を交互に睨み付けた。
「爆発しないよっ。ヒドイなっ!」
「そ、そう? じゃあ……うん。一緒に行く」
アリスは頬を引きつらせながらもにっこりと笑い、タグーは不愉快そうに目を据わらせた。
様子を見ていたガイは、ロックの傍に寄って小さな声で問い掛けた。
「タグーは過去、何度爆発を起こしているのでしょうか?」
アリスの怯え様を見ていて疑問になったのだろう。
ロックは苦笑した。
「そりゃもう、ここであいつの存在を知らないヤツがいないくらい」
「有名なのですね?」
「そういうこった」
「僕が有名なのは、腕だよ、腕っ」と、タグーは不愉快そうにみんなを睨んだ。
「腕だな、腕」と、ロックが総督執務室へ向かうドアを開けると、
「そうね、すごい腕よね」と、アリスは笑いながら後をついて行く。
「どんな腕みゅ?」
フローレルが首を傾げてタグーの細腕をマジマジと見るが、タグーはふて腐れて、ドスッ、ドスッ、とロックたちの後を追った。ガイはキョトンとするフローレルに「行きましょう」と声を掛け、彼女と一緒に中に入った。
「おはようございます」
執務室前の秘書官に敬礼をすると、秘書官は微笑みながら内線ボタンを押し、「候補生たちが参りました」と小さく報告した。しばらくすると、ドタタっ……と執務室から勢いよく走ってくる足音が聞こえ、「バン!」と大きなドアが左右に開いた。
「フライたちが生きてるって!?」
クリスを含め、上官たちが勢いよく飛び出してきて、彼らのあまりに険しい形相にロックたちは少し後退りした。
クリスはロックの前に行くと、興奮気味に彼の肩に手を乗せた。
「本当なのか!?」
「あ、ああ……。いや、まだわかんねぇけど。それを確かめたいんだよ。早く」
「ああっ。わかってるっ。け、けどどうしてっ?」
ガイはロックの横に並ぶと、ロックとタグーにも話した内容を彼らにも聞かせた。
クリスは真剣な面持ちでその話を大人しく聞いていたが、ガイの話が終わるなり、タグーの手に持たれている交信機を見て、「それか!」と声を上げた。
「それで交信するんだなっ?」
「うん。なかなかいい出来でしょ?」
自信満々にニッコリ笑うタグーに、クリスは苦笑した。
「こいつを使うことで、ノアの奴らにも探知されると思うんだ。……大丈夫か?」
真顔で、それでもどことなく心配そうに問い掛けるロックに、クリスは力強く頷いた。
「フライとセシル、そしてエバーの住人たちの生死が問われる。そんなことに怖がってちゃかっこ悪いでしょーに」
以前と変わらぬ冗談口調に、ロックは少し口元に笑みを浮かべた。
「そうこなくっちゃな」
「んじゃ、使ってみようよ!」
タグーが嬉しそうに大きく告げると、ガイとフローレル以外のみんながサッ……と離れた。
キョトンとしていたタグーは状況を理解し、目を据わらせ、クリスは「い、いや……」と頬を引きつらせながら笑った。
「い、一応……な」
「……。いいよ。もぉ」
タグーは膨れっ面で口を尖らした。
「じゃあ、執務室、貸してよ。僕が試してくるから」
フン、とそっぽ向き、上官たちの間を通って執務室に向かうと、その後をガイが付いて行く。その気配を感じたタグーは足を止めて、同時に足を止めたガイを見上げた。
パチパチと瞬きをするタグーの視線に、ガイは少し首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「……え? ……あ……ううん……」
タグーは躊躇いがちに少し視線を逸らしたが、顔を俯かせるとちょっと嬉しそうに笑った。その姿にロックとアリスは顔を見合わせ、「……はぁ」と大きくため息を吐いた。
「待て待て。付き合ってやるよ」
「……あんたたちだけじゃ心配だからね」
そう言いながらタグーとガイの傍に近寄ると、フローレルも「みゅーっ」と、慌ててみんなの後を追う。クリスは、そんな彼らに苦笑し、秘書官に向かって指示を出した。
「今から交信をする。何か異常感知したらすぐに連絡をよこすように司令塔のオペレーターに伝達してくれ。あと……万が一に備えて、インペンドの機動準備を」
「了解しました」
クリスは、執務室に入ったロックたちを振り返った。
「消化器は用意して置いてやるからな」
いたずらっぽく、どこか愉快げに笑うクリスに、タグーは「いーだっ」と歯を剥き出しにし、アリスは「……無事を祈ってて」と目で訴え、ロックは「裏切り者め」と目を据わらせた。
――執務室のドアが閉まると、小綺麗にしてあるこの広い部屋の中、無口なままで立ち竦む。
それぞれが目を合わせ、そして……
「……コレが成功したら、全てが変わるぞ」
「クロスの人たちとの合流。キッドさんたちや、フライとセシル教官の生死もわかる……」
「ノアの番人のことも明らかになるし。……そして……」
ロック、アリス、タグーの三人は、大きく頷いた。
「……本当の戦いは、これからだ」
三人が同時に似た言葉を発すると同時に、タグーは交信機をテーブルに置き、そして数回深呼吸をした。
……頼むから壊れないでよ……。
祈るように見つめると、みんなを窺うことなく、スイッチへと手を伸ばした。周りのみんなは顔を強張らせながらも彼から離れない。「……よしっ」と、タグーは意を決してスイッチに当てた指先に力を入れた。――カチっ、と、スイッチを入れると、ヒュイィーン……と、微かに起動する音が内部から聞こえ出し、しばらくして、みんなドッ……と肩の力を抜いた。爆発は免れたらしい。
「……フローレル」
タグーは脱力気味にフローレルを傍に呼んだ。大半は彼女の指示を優先にして作られたモノ。操作は彼女に任せるしかない。
フローレルは、「みゅー……」と交信機を見ていたが、電卓部品を使っているボタンを数カ所打ち、しばらく間を置いた。――小さなスピーカーから、ザザッ……と乱れるような音が聞こえる。
フローレルは再びボタンを打った。
「……通信コードは?」
隣で窺っていたタグーが問い掛けた。どう見ても、フローレルが打っているボタンの番号が一度目と二度目、バラバラだった気がする。
「みゅ? 通信コードって、ないみゅ」
当然みゅ。と、言わんばかりのキョトンとした表情に、タグーは「……、え?」と顔をしかめた。
「じゃあ……何を打ってたの?」
「適当みゅ」
「お、おいおい。どういうこった?」
背後にいたロックも顔をしかめている。
フローレルはロックたちを振り返って、笑顔で肩をすくめた。
「みゅー。フローレルたちはね、交信ってもの、あまり利用しないみゅ。ただ、“ここにいる”って信号を出して、それを見つけてもらうみゅー」
顔をしかめていたタグーは少し困惑気味に身を乗り出した。
「ち、ちょっと待ってよ。じゃあ……何もこんなの作らなくったって、ケイティの交信機を使えばいいんじゃんかっ」
「ダメっ。それじゃダメっ」
フローレルは、口を尖らせるタグーに首を振った。
「ここの交信機、単純。ノアコアにあった交信機と似てるみゅ。だから使えない。フローレルたち、信号を見て判断するみゅ。信号がノアからのワナだったら大変みゅ。信号を見る時、ノアのモノじゃないってわかる信号じゃないと、みんな、来てくれない。ここの交信機の信号、ノアのと似てたら、みんな、来てくれない。だから信号送る時の交信機、ノアが使わないようなガラクタ使ったり、自作するみゅ。フローレルの仲間たち、おかしな信号だって思ったら、調べに来てくれるみゅ」
「……それで“見つけてもらう”ってコトなのか?」
「みゅ」
フローレルは頷いた。
タグーはなにやら不愉快な顔をしている。つまり……“ヘンテコな信号を出すモノ”を作らされたってコトか。
「……じゃあ、今のでお前の仲間たちは……」
ロックの言葉にフローレルは笑顔で頷いた。
「見つけてくれるみゅーっ」
ロックとアリスは互いに顔を見合わせて嬉しそうに頷いたが、
「みゅー……その前に、ノアの番人が来なかったらいいけど」
と、小さく付け加えられて表情を消した。
――確かに彼女の言うとおりだ。異人の彼らが“おかしい”と思う信号を、ノアの番人が見逃すはずはない。
ロックはすぐに執務室から出た。彼の姿を見た上官たちは顔を上げて、“無事”を確認する。その視線を気にすることなく、ロックはクリスに近寄った。
「交信は成功してると思う」
その一言に周りが安堵のため息を漏らすが、ロックは真顔でそんな空気を払拭した。
「クロスが俺たちを見つけてくれるのが早いか、それともノアの番人に攻撃されるのが早いか、どっちかだ」
言葉の意味を理解できたのは極一部。その中の一人、クリスは険しい表情で頷いた。
「至急、インペンドを警備にあたらせよう」
「俺たちも出ちゃダメかっ?」
指示を出そうとしたクリスに、ロックが詰め寄った。
「俺たちにも出撃させてくれよっ」
クリスだったらあわよくば、そんな期待もあった。しかし、クリスは上官たちの鋭い視線の中、苦笑しながら少し考え込んだ。
「しかし……なぁ」
「……クリス」
執務室からアリスが姿を現し、クリスは「ん?」と振り返った。
アリスは、少し視線を斜め下に置いて小さく言葉を切り出した。
「……ディアナのパイロットマニュアル……見せて欲しいの」
クリスは笑顔を消し、ロックはロックで「……え?」と驚いた表情で彼女を見据えた。
アリスは顔を上げると、訴えるように身を乗り出して言葉を続けた。
「あたしっ……、あたしにも起動させることができるならっ……」
「何言ってンだよ」
クリスが口を開く前に、ロックが訝しげに腕を組んだ。
「無理に決まってンだろ。あれはセシル教官の個人機として作られたんだぞ。それに、お前はパイロットじゃないだろ」
「……エンジニアの人にもそう言われた」
「エンジニア? って、お前、今日の用事ってのは……」
「け、けどっ、ひょっとしたらあたしにもできるかも知れないよっ?」
「無理だ」
必死に訴えるアリスに、ロックは呆れるようなため息を吐いて首を軽く横に振った。
「何を企んでるかと思えば……。お前はライフリンクだろ? 俺のインペンドに乗らなくてどーすんだよ」
「……わかってる……けど……」
アリスは躊躇って言葉を濁し、悲しげに俯く。
二人の様子を見ていたクリスは小さく息を吐いて苦笑すると肩をすくめた。
「気持ちはわからないでもないけどね。けど、だからって簡単に“はい、わかりました”ってワケにも行かないんだよ。ディアナはセシルじゃないと起動できない。悪いけどね、アリス。……君には無理なんだ」
クリスはアリスに近寄ると、宥めるように肩をポンポンと優しく叩いた。
「焦ることはない。君はライフリンクとしての役目があるんだから。パイロットとしての役目はパイロットに、ロックに任せればいいんだよ」
「……あたし……自分で戦いたくって……」
俯いたまま、悲しげに呟くアリスにクリスは少し微笑んだ。
「君は戦ってるよ。君も、ロックもタグーも、自分たちが思っている以上に戦ってる。それは、俺もみんなもよくわかってる」
「じゃあ出撃させろよっ」
ロックがここぞとばかりに口を挟んだ。
「俺たちにも戦わせろっ。なっ?」
クリスは、「諦めの悪い奴だな……」と、大きくため息を吐いた、――その時! 突然、辺り一面に警報が鳴り響いた。集っていたみんなは驚いて狼狽えたが、クリスはすぐに秘書官が差し出す非常用内線通話機を手に取った。
「どうした!?」
赤い警告ランプが点滅し、上官たちが慌てふためく中、タグーたちはすぐに執務室から出てきてロックとアリスの傍に寄った。
「信号をキャッチされちゃった!?」
「……そういうことだろうな」
ロックはどこか遠く、何かを探すように見回したが、その視界に、頭を押さえて顔を歪めるアリスが映り、傍に近寄った。
「おい、大丈夫か?」
「……うん」
アリスは痛々しく顔を歪めながら、チラ、と、「早く避難を!」「シールドは!?」と口々に騒いでいる上官たちを見た。
「……けど、……ここから早く出ていきたい……」
「……だろうな」
と、アリスの視線の先に目を向けたロックは、苛立つように舌を打った。
《インペンド戦闘クルーは直ちに搭乗手続きを終え、機動兵器出撃口へ集合!! 砲撃部隊は甲板へ集合してください!!》
クリスが受話器を置くと同時に艦内放送が警報音に紛れて鳴り、それに耳を傾けることなく、クリスは上官たちの元に足早に近寄って、彼らを誘導し出した。
そのまま司令塔に向かうのだろうクリスに気付いたロックは、慌てて彼の後を追い、腕を掴み取った。
「待てよクリス!」
上官たちが睨む中、クリスは冷静な表情でロックを振り返った。
「グランドアレスの姿はない。ザコ機だ。お前が出る程じゃないだろ?」
「違う! そうゆうんじゃないって!」
焦るようにすがりつくロックに、クリスは少し顔をしかめて問い掛けた。
「落ち着けよ。いったいお前はなんのために戦うんだ?」
ロックはクリスの言葉に目を見開き、息を止めた。
『――何のために戦っているか、考えたことはある?』
突然、脳裏に響いた言葉。そして、見知らぬ少年――。一瞬だったが、パッと浮かんで、消えた……。
躊躇うように目を泳がすロックが何を考えているのか見当も付かないクリスは、ため息を吐いて、自分の腕を掴む彼の手を掴み、そっと離した。
「いいか? 戦いに参戦できたからって、それが“戦い”じゃない。よく考えるんだ」
「……。知るかよ……」
ロックは顔を逸らすと拳を作り、そして、グッと力んでクリスを睨み上げた。
「俺は戦う! こんなトコでじっとしてられっか!!」
ロックはそう吐き捨てると、ダッ! と駆け出した。
タグーは「……あぁまた!」と呆れ、ガイを見上げた。
「行ってくるね!!」
「お気をつけて」
タグーは頷いてロックの後を追う。
アリスは、呆れて肩の力を抜くクリスを見上げた。「……どうしても駄目?」と伺うその視線に気付いたクリスは、ため息を吐きながら首を振った。
「……、君は100%回復してるんだろうね?」
「……はいっ」
「……よし。インペンドを出撃できるよう、指示を出しておくから。……くれぐれも無理をするなよ」
「わかりました!」
クリスの指示に周りの上官たちは「候補生たちになんてコトを!!」「出撃をやめさせろ!!」と大きく怒鳴り散らしていたが、アリスはそんな彼らに敬礼をして、ガイとフローレルを振り返り、「……待っててねっ」と笑顔で告げてロックとタグーの後を駆け足で追った。
――……戦う意味? ……そんなの……!!
警報が鳴り響く通路、クルーたちとすれ違い、または並びながら、ロックは機動兵器格納庫へと向かう。
……意味なんて知るかよ! 戦いが起こってるから俺は戦うだけだ!!
「ロック! 待ってよ!!」
背後からの声に走る足を緩めて振り返ると、タグーが息を切らして横に並んだ。
「ホントに! …すぐ飛び出すんだから!!」
「うるせぇな! 俺に合わせてすぐに来い!!」
「何勝手言ってんの!? アリスも来るよ! 待ってあげなくちゃ!!」
タグーの言葉が終わるか終わらないかのその時、背後から「ちょっと待ちなさいよー!!」と、怒鳴るような声が聞こえてきた。
「ンもぅ! 世話が焼ける!!」
アリスは息を切らしながら、足を緩めていた二人に駆け寄った。
「クリスがインペンドを出撃できるようにしてくれるって!」
ロックは「……そっか」と小さく返事をしただけ。三人は、アリスのスピードに合わせて足早に格納庫へと向かった。その途中、アリスはロックに並ぶと、真っ直ぐ前を見据える彼を見上げた。
「……ねえロック」
「ンだよ」
「……クリスが言ってたこと。……なんのために戦うのか、って……」
アリスの質問に、ロックは早足のスピードを緩めたが、それでも何事もなかったかのように足を進めた。
「……。さぁな」
それ以上の返事をする気はないのだろう。口を閉じたロックに深く追求はせず、アリスは斜め後ろから付いてくるタグーの横に並んだ。
「……タグーは? なんで戦うの?」
タグーは肩をすくめてロックを睨み付けた。
「だって、ロックの相手できるのって僕らだけじゃん。じゃないとロックが暴れるモン。インペンドが起動できねぇーってね」
「なんだとタグー!!」
「ホントのことでしょ!!」
足を進めながらも睨み合う二人に、アリスはキョトンとし、ため息混じりに少し苦笑した。
――格納庫まで来ると、戦闘員のクルーたちでごった返していた。
タグーはエンジニアの顔見知りの先輩に駆け寄ると、
「出撃命令を受けてきました!」
と、報告する。エンジニアは準備の整っている三人を確認し、出撃口の方を指差した。
「通達は受けている! 第三ハッチの五番ゲートに用意してあるから! 気を付けて行くんだぞ!!」
「了解!!」
三人は口を揃えると、指示された場所へと駆け出した。
強化ガラスを挟んだ向こう側の出撃口に段々と近付くに連れ、発進するジェットエンジン音や振動が直に伝わるようになる。三人は、出撃ハッチ毎にわかれた、長く連なる搭乗口の中、自分たちのインペンドが用意されてある第三ハッチの五番ゲートへと向かった。そしてそこに着くなり、担当エンジニアが彼らを出迎えた。
「ロック・フェイウィン、タグー・ライト、アリス・バートンだな!?」
「はい!!」
「よし! 総督からの指示で、お前たちは後方支援出撃だ! 危険を察知、被弾したらすぐに戻ってくるんだぞ!!」
「はい!!」
返事を揃えると、三人はコクピットへと向かった。
「……後方支援だ? ざけんなってんだ」
小さく文句を吐きながら操縦席へと座り込み、メットを被ってシートベルトを締めるロックの隣、タグーもシートベルトをし、コクピットハッチを閉めるボタンを押した。そしてハッチが閉まるとすぐにインペンドを機動させる。それと同時に外部スピーカーからクリスの声が入った。
【お前らは後方支援だ。文句があるなら降りろ】
見抜いたような不機嫌な口調に、ロックは「へっ……」と鼻で笑って見せた。
「今更降りれるか」
「インペンド、機動。モニターチェック。コントロールバネル異常なし。防御システム作動。パワーゲージ能力値アップ。オールグリーン」
タグーが素早くチェックを入れると、ロックは、パワーゲージのバーが上がったのを確認して操縦桿を握った。
【五番ゲート、インペンド、ナンバー18。出撃準備でき次第、第三外部ハッチへ進んでください】
「了解」
ロックはオペレーターに応えると、タグーを見た。「準備はいいか?」と伺うような視線にタグーは頷き、念のため、真顔で忠告した。
「ムチャはしないようにね?」
「ムチャに耐えろ」
ロックは目を据わらせたタグーに少し笑うと、操縦桿を引いた。それと同時にインペンドが足を踏み出す。
「……アリス」
微かな振動を感じながら、パワーカプセルの中にいるアリスはロックのメットの後頭部に目を向けた。
「なあに?」
「さっきの質問……。なんで戦うのか、って」
「……。うん」
「……わかんねぇよ、戦う意味なんか。……けど、俺はここにいるんだ」
タグーは、前を見据えるロックに目を向けた。
「ここにいる俺が全てだ。理由なんて、ない。ここにいるから戦う」
「……。うん」
「それと……」
「……ん?」
「お前がディアナに乗りたいって気持ちと、一緒かもな」
アリスは顔を上げた。
ロックはメットの下、口元に笑みを浮かべた。
「……護りたいモノがあるから、戦う」
アリスは、しばらく間を置いて小さく微笑んだ。タグーも少し微笑みながら、インペンドのコントロールを継続する。
ロックはインペンドを外部ハッチの前に立たせた。
「ジェットエンジン、点火!!」
タグーの言葉と同時か、一歩遅れて、インペンドの背後のジェットエンジンが勢いよく噴射され、ロックは、グッ……と操縦桿を握り締めた。
「……お前はディアナには絶対に乗るな!!」
ジェットエンジン音に掻き消されそうなロックの声に、アリスは「え……?」と顔を上げた。
「お前はここにいたらいいんだ!!」
アリスは振動に耐えながら、少し首を傾げた。
「インペンド、ナンバー18! 出ます!!」
ロックの声と同時に、身体にGが掛かり、インペンドは外へと飛び出した。
――初めての実戦だ。タグーは教科書通りの手順を一通り済ませながら、外部スコープで周りの状況を窺う。
ロックはジェットエンジンを緩めつつ、地面に降り立ち、すでに構えている数体のインペンドの後方へと向かった。その間、外部スピーカーからはいろんな無線内容が飛び込んでくる。誰がどこの配置に付いた、誰が出撃した、など。
「……敵機は?」
「……わからない……」
タグーは外部モニターを確認しながら呟いた。
「……反応がない。……本当に敵機を確認したのかな……」
「……ノアの奴らのやることだからな。……油断はできないぜ」
「……うん……」
「アリス、念のためにディフェンスを上げておいてくれ」
「了解」
「タグー、電剣の電圧を確保してくれ」
「了解。……電剣70%」
ロックの指示通りそれぞれがこなしていく。
――敵機を確認してから、すでに数分が経っている。にも関わらず、敵機の姿はどこにも見あたらない。外部スピーカーからも「誤信じゃ?」という話の内容が伝わって来出した。
「……おかしいな」
操縦桿から手を離すことなく、外部モニターを見つめるロックと同様に、タグーもモニターからできるだけ目を離さないように外部の状況を確認し出した。
「いったいどうしたんだろ? ……やっぱり誤信だったのかな」
タグーは顔をしかめて、インペンドの前後左右上下とモニターを展開させた。
「……この静けさは不気味ね……」
神経を研ぎ澄ませ、背後のアリスが呟いた。
「……嵐の前のなんとか……ってね……」
「……ああ」
ロックは返事をしながらグッと操縦桿を握った。……とその時!!
《敵機確認!! ……す、すでに囲まれています!!》
女性オペレーターの悲鳴に近い声に動揺が走った。
「タグー!!」
ロックは焦るように声を上げると、タグーはすぐに動体センサーをチェックした。
「……そんな!!」
大きく目を見開いた彼のモニターには動体センサーの状況が映し出されている。そこにはすでに無数の敵機が確認され、それが増え続けている――。
「こ、この距離!! もう目の前だよ!!」
【どういうことだ!! どこにもいないぞ!!】
【故障か!?】
【そんな……馬鹿な!!】
外部スピーカーからも慌てふためく交信内容が聞こえてくる。
ロックは愕然とした表情で外部モニターを見て、「……チッ」と舌を打った。
「何も見えねえ!!」
「もう来てるよ!!」
「……空か!?」
インペンドは空を見上げた。しかし上空は青いまま、何もいない。――と、次の瞬間、外部モニターに閃光が走り、身体が大きく揺れて三人は「……っ!?」と息を止めた。
ロックは「くそっ……!」と外部モニターを凝視した。
《敵機、地底から襲撃!!》
「……!?」
ロックは「くそ!!」と吐き捨て、操縦桿を引いた。
インペンドが勢いよく空へと飛び立つと同時に、外部モニターに映し出されたのは、砂煙と同時に湧き出るような、見たことのない機動兵器の数々だ。
……そうだ。ここは“ノア宇宙船”。地面から敵機が出現したっておかしくはないんだ!
周りのインペンドもロック同様、宙に浮いていたが、敵機の姿を確認するなりそれぞれが対峙し出した。それに触発され、ロックが操縦桿の側のレバーを引くと、インペンドは電剣を引き抜いた。
「行くぞ!!」
バリアを張るケイティや小艦隊に敵機が襲い掛かろうとするのをインペンドが制する。ロックも加勢しようと、その中に飛び込んだ。時折響いてくる振動を直に受けながら、ロックは操縦を、そしてタグーは周りの状況とインペンドの状況を把握し、アリスはパワーを落とすことなく、外部モニターを凝視した。
爆音と爆風、そして眩しい閃光が辺り一面を染めていった。混戦となり、地面には無数の“鉄屑"が転がる。――だが、ロックは敵機を攻撃しながら何か違和感を感じていた。
……なんなんだ? この……手応えのなさは……。
そう。未知なる相手だ。多少なりとも苦戦するモノだと思っていた。数だって半端じゃなく敵機の方が多い。なのに、状況は、誰が見てもロックたち、フライ艦隊群が圧倒的に勝っている。何か奇妙な違和感が残る。
ロックは攻撃する手を止めることなく、背後のアリスに気を向けた。
「アリス!! 何か感じるモノはないか!?」
アリスは激しく揺れる振動に耐えながら、目を閉じて神経を集中させた。
「……わからない……。何も……感じない」
ロックは少し顔をしかめた。
……“何も“感じない……?
「どういうこった!?」
「……ビットでも、感じるものはあったのに……敵機には何も感じない。……パイロットがいないか……それとも……無意識なのか……」
「無意識!?」
ロックは敵機の攻撃を避けて電剣で攻撃しながらタグーに気を向けた。
「敵の情報は!?」
「ケイティからはまだ何も届いてないよ!」
「……なにかおかしいぞ!!」
ロックは吐き捨てるように言ったそのすぐ後、タグーは「……ハッ!」とモニターを凝視した。
「ロック!! 何かがこっちに急接近してる!!」
「なんだって!?」
「……僕たちに向かってくる!!」
ロックは操縦桿を握り締めると、前を見据えた。その直後、本当に視線を向けた時、目の前に今までの敵機とは違う機動兵器が現れ、突然、剣を振り下げてきた。ロックが咄嗟に素早くその場から飛び退くと、ガキイィィーン!! と、敵機の剣が地面に突き刺さった。電剣じゃ、鉄の剣を受け止めることは不可能だ!
「何あいつ!!」
タグーが愕然とした表情で叫んだ。明らかに今までとはタイプが違う。
ロックは舌を打つと電剣を直し、鉄剣を抜いた。
彼らを襲ってきた機動兵器は地面から剣を引き抜くと、隙を見つけて攻撃を仕掛けてきた味方のインペンドに向かって剣を振りかざした。人間のように滑らかに動く素早さに付いていけず、味方の腕が切り落とされた。あっという間の出来事に目を見開くロックたちの目の前、味方のインペンドは為術もなく、敵機によって腰から二つに切り裂かれてしまった。爆発を起こす寸前に機体から脱出用のポッドが飛び出し、パイロットたちは難を逃れたようだ。
しかし、目の当たりにしたロックの形相が段々と険しくなった。
……こいつ……!!
敵機は休むことなく、再びロックたちが搭乗しているインペンドに斬り掛かってきた。ロックは舌を打つと、振り下ろしてくる剣を受け止め、弾き返し、お返しと言わんばかりに攻撃を仕掛けた。だが、敵機のスピードに付いていけず、剣を奮っても空振りで終わる。その度にロックが「くそ!!」と言葉を吐いた。
「パワーゲージ、95!! アリス! これ以上は駄目だ!!」
汗を流しながらタグーが忠告した。敵機の攻撃でアリスも興奮しているのだろう。無意識のうちにどんどんパワーが上がっていく。
ロックは、難なく攻撃を避ける敵機を外部モニター越しに睨み付けた。
「……あいつ!!」
敵機は、ロックが攻撃する手を少しでも緩めると剣を奮ってくる。その度に、ロックはギリギリで避け、そして振り払った。
――周りでも同じようにクルーたちが戦っている。ここで負けるわけには行かない!!
敵機が勢いよく斬り掛かってきて、ロックは操縦桿を素早く動かし、それを受け止めた。互いに一歩も譲ることなく、力の競り合いをする。
「……くっ……そぉ……!!」
ぶれる操縦桿に力を入れ、ロックは顔を紅潮させた。
外部モニターを食い入るように見ていたアリスは、ふと顔を上げた。
――脳裏に過ぎる何かの気配……。……この感じは……
「……ロック! こいつ、ノアの番人よ!!」
「……なんだって……!?」
アリスの大きな声にタグーも「え!?」と目を見開いた。
「あんたと競り合ってた男よ!! 間違いない!! あいつだわ!!」
タグーは外部モニターに映された敵機を見た。……あの、半分鉄で覆われてた!?
ロックは「……あいつかぁ……!」と低く呻るように言うと、
「……くっ……そおぉぉぉー!!」
大声を上げて操縦桿を押すと、インペンドが敵機を押しやり倒した。
「てめぇ!! 絶対ェ許さねぇ!!」
倒した状態のまま、剣で突き刺そうとした瞬間、敵機の左腕部からレーザーミサイルが発射され、対面していたインペンドの右腕を貫通し、剣を持っていたインペンドの腕がガクン! と力が抜けるように下に落ちた。
「右腕上部、被弾!!」
タグーが慌ててチェックを入れる。
「右腕部、油圧システム破損!! コントロール不能!!」
タグーの言葉が終わるか終わらないかのその時、敵機はインペンドの腹部に足を向け、蹴り上げた。衝撃をもろに受けた機体は勢いよく地面の上を滑り、倒れ込む。
「アリス! 大丈夫か!」
ロックがすぐに声を掛けると、「……だ、大丈夫っ」と、声は震えているが、はっきりとした口調が返ってきた。
ロックは「くそっ……」とすぐにインペンドを立たせた。
タグーは手を動かし、状況を確認しながら焦り気味にロックを振り返った。
「背部防御値ダウン!! 腹部損傷!! ヤバイよ!!」
《ロック!! 引き返せ!!》
とうとう、クリスからの指示が外部スピーカーから聞こえてきた。
《後はクルーたちが片付ける!! お前たちは戻ってこい!!》
怒鳴るような声に、ロックは歯を食い縛った。
「……戻らせてもらえるンならな」
そう言うロックの視線の向こう、敵機が不気味に彼らの方を向いている。時々、味方のインペンドが攻撃を仕掛けるモノの、やはり手に負えない相手なのか、尽くやられていった。
ロックは舌を打った。
――……確かにこのままじゃやばいな……。
《ロック! そいつはお前たちを狙っている!! 早く引き返せ!!》
クリスの声に、タグーも段々と焦ってくる。
「……ロック!!」
「……、なんで……」
ロックは操縦桿を握り締めた。インペンドが剣を左手に持ち替え、ジェットエンジンを噴射させた。
「……なんで俺たちを目の敵にするんだ!! こいつ!!」
インペンドが空高く舞い上がると、敵機もそれを追い掛けてきた。周りのクルーたちの手助けもあって、なんとかケイティに戻ろうとするのだが、しかし、敵機は簡単に彼らを逃がしてくれない。壁になろうと出てきてくれた味方たちを斬り、尚もしつこくロックたちを追い回す。まるで、ヤンチャな子猫がネズミを弄ぶような光景だ。
「……くそ!! 逃げられねぇ!!」
ロックは汗を流しながら叫んだ。
空を飛び回り、その間も敵機は攻撃を仕掛けてくる。庇うように出てきたインペンドたちが次々と斬り倒されていく――。
「……このままじゃ犠牲が多くなるばっかりだよ!!」
タグーが地面へと落下していく仲間たちを見て、身を乗り出し、悲痛な表情で叫んだ。彼らの生死はわからないが、それでも、自分たちを庇って傷を負うんだ。……数体の機動兵器が。数人のクルーたちが……。
ロックはインペンドを操縦しながら息を切らした。――その時。
《遠方から何かが迫ってきます!!》
女性オペレーターの声に、タグーは急いで外部確認した。
――確かに何かがこっちに向かってきている……! ……また敵機……!?
これ以上同タイプの敵機が現れたら、完全に勝機は失われる。さすがに頭が混乱してきたが、次の瞬間、
《来たぁー!!》
と、フローレルの甲高い声がスピーカーから聞こえ、ロックたちは「……え!?」とモニターを凝視した。
何か“風のようなモノが流れてきた”。そう感じた次の場面には――
「……なっ……」
ロックは愕然と目を見開いた。
ロックたちが搭乗しているインペンドと敵機の間に、いつの間にか見知らぬ機動兵器が立ち塞がり、敵機に向かって銃口を向けていた。
《みゅーっ!! 来た来た来たあぁぁーっ!! 来たみゅーっ!!》
フローレルの嬉しそうな声が機内に響く中、ロックは唖然とした。
……なん、だ……? ……いったい……どこからやって来たんだ……?
機動兵器は微動だにすることなく、敵機に狙いを定めている。それを見た敵機は、しばらくの間それに向き合い続けていた。地表、そして空中のインペンドも、交戦しながらこの様子に息を飲む。
――……敵機が動き出した。
スゥー……と背中を向け、遠ざかっていく。つまり退却しているのだろう。その敵機を見習うように、他の敵機類も攻撃を中断して遠く消えていく。砂埃と、爆撃で生じた白い煙、残骸のオイルが焼け、立ち上がる黒い煙の中に溶け込むように。
タグーは肩で息をしていたが、深呼吸をすると、ドッ……! とシートに深くもたれた。
「……。こ、怖かったあぁ……」
気の抜けた正直な言葉。そんなタグーに突っ込むことなく、ロックはモニター越しに、銃を下ろした機動兵器を睨むように見つめた。
しばらくして外部スピーカーから、本艦に戻るように、と言うオペレーターの指示があり、みんながケイティに戻っていく。
ロックのインペンドは地表に降り立つと、少し遅れて同じように地表に降り立った機動兵器の出方を窺った。相手の機動兵器は、じっと遠くを見ているようだったが、ゆっくりと、ロックの方を振り返った。それから間もなく、コクピットらしき所のハッチが開き、ロックたちは外部モニターを凝視した。
……いったいどんなヤツが出てくるんだ?
ハッチが開き、全開すると、そこから人影が現れた。しかし、立ち上る煙でよく見えない。
強い風が吹いて煙を連れ去ると……
「……、へ?」
タグーはキョトンとした。
現れたのは少年だ。笑顔でこちらに向かって手を振っているのだが、
「……あれ……ひまわり?」
額の汗を手の甲で拭いながら、アリスは訝しげに目を細めた。
――そう。こちらに向かって手を振っている彼の、その手に握られているのは大きなひまわりの花だった。




