プロローグ
初投稿です。
手探りではありますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
あ、プロローグは自己満で書いたので読み飛ばしていただいて構いません(笑)
澄んだ夜空に浮かぶ城塞は、まるで誰かの体温を忘れたみたいに冷たかった。
白い壁に磨き上げられた床。
規則正しく灯る青白い明かり。
どこを見ても清潔で、どこを見ても無機質で、どこを見ても息が詰まるほど完成されている。
綺麗すぎる場所というのは、案外、死体に似ているのかもしれない。
その手すりにもたれかかりながら、下界を見下ろす一つの影。
磨き上げられた黒靴と皺ひとつないスーツを着た男は、両目を覆う藍色の法衣のような眼帯の奥で青い光をちらりと灯した。
眼下に広がる迷路のような街並み。
煤煙に塗れたスラムの奥。
鉄屑みたいに積み上がった建物の隙間に配管の中を巡る熱が走る。
人の体内を流れる微かな魔力を青い炎の魔眼は見逃さなかった。
生物研究所で暴れた獣じみた波長も、その逃走の軌跡も、夜の闇の中に銀の残像を引いていた。
「これは、面白そうな玩具が……」
男は小さく笑った。
ようやく、だ。
ようやく遊べる。
男は娯楽に飢えていた。
望めば大抵のものが手に入り、少し魔道具を弄れば世紀の発明すら生み出せてしまう。
だが、そういうのはつまらない。
綺麗なだけの世界は、中身のない本と同じだ。
表紙だけ立派で、中は空っぽ。
研究所で逃げた実験体。
その痕跡を追う追手。
そして、泥の底でもがきながら、契約だの合理性だの言って自分を誤魔化しているスラムの運び屋。
最近見つけたお気に入りの駒。
あれはいい。
実にいい駒だ。
男は指先で一枚の新聞を弄んだ。
上質な紙だ。スラムの子供が一ヶ月働いても買えないくらいには、無駄に。
紙面には、世界の輝かしい未来が踊っていた。
無尽蔵の魔力資源。
恒久的な安定。
誰もが笑顔で幸福を享受する明日。
――少数の犠牲は必要経費であると、その行間が雄弁に語っていた。
まったく、よく言う。
男は紙面を眺め、肩を揺らした。
「綺麗な嘘ほど、よく燃えるのだよ」
空は静かだった。
彼はもう一度、眼下を見た。
泥にまみれた街。
錆びた鉄骨。
ひび割れた屋根。
何かを失いながら、それでもなおしぶとく息をしている底辺の世界。
あそこには傷がある。
隠しきれなかった痛みがある。
そして、大抵の物語は、そういう場所からしか生まれない。
「運命とは、誰かに与えられるものではない」
手の中の新聞をひらりと持ち上げる。
「踏みにじられた泥の中から、無理やり引きずり出すものだよ」
新聞の端が夜風に震えた。
あと少し指を離せば、それで終わる。
たったそれだけで、物語の歯車が動き出す。
男の喉の奥から、心底楽しそうな笑い声が漏れた。
「……見せてくれ。君たちがその『傷』で、どんな物語を綴るのかを」
指が離れる。
新聞は夜風に煽られ、頼りなく宙を舞った。
上へ下へと翻りながら、一直線に泥の底へと落ちていく。
清潔な上層の光が遠ざかる。
代わりに、煤けた煙突群が近づいてくる。
白い壁の静寂はもうない。
あるのは蒸気の唸り、どこかで鳴る金属音、路地裏で怒鳴る声、濁った水の流れる音。
新聞は落ちる。
綺麗な理屈を載せたまま。
誰かの未来を謳いながら、誰かの現実へ向かって。
ひらり。
そして最後には、汚水の溜まった路地裏へと吸い込まれていった。
――ぐしゃり。
泥水が跳ねた。
黒いブーツが、その新聞を容赦なく踏み砕いたのだ。
紙面に刷られていた笑顔は泥に潰れ、未来を語る文字は靴底に擦り潰される。
ブーツの主はちらりと足元を見た。
黒のロングコート。
泥汚れを嫌うくせに泥の街から逃げられない少年。
闇に溶ける黒髪と、暗がりの中で錆びた銅みたいに鈍く光る瞳。
――ページ。黒衣の少年は、足元を一瞥して鼻で笑った。
「完璧な未来、ね」
配管から垂れた水滴が、新聞の上にぽつりと落ちる。
「臭いものには蓋をするってか」
しゃがみ込むことすらしない。
彼は足先で無造作に紙を蹴り、完全に泥の中へ沈めた。
「……他人の痛みを踏み台にする奴は、いつか足元をすくわれる」
吐き捨てた独り言は、蒸気の唸りの中にすぐ溶けた。
コートのポケットに両手を突っ込み、彼は一切の未練なく歩き出す。その背中が暗がりに紛れると同時、背後の路地から荒々しい足音が複数飛び出してきた。
静かだった夜は、もう終わった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
小説投稿はまだまだ初心者なので、読みづらい部分もあるかもしれませんが、楽しんでもらえたら嬉しいです。
評価・ブックマーク・感想などいただけると、かなりモチベになります。
今後も少しずつ更新していく予定なので、よろしくお願いします。




