51.帰国
今話で完結となります。
──テーブルに鎮座する小箱に入った『鍵』を眺めながら、口元が先程からずっと緩みっぱなしの自分に恥ずかしいよりも、嬉しさが勝ってニヤニヤが止まらない。
「これってどっちなんだろう……」
スマホの画面を何度も見る。
先生に卒業式の記念写真とプレゼントのお礼のメールはしたが、返信も電話もない。
帰国準備で忙しいとは聞いていたが……
でもそれもあと少し! カレンダーを見る。
今日の日付にバツ印を、少し早いが先程入れた。
残り後19日!
やっと先生が帰ってくるんだ。
長かったようであっと言う間の一年だった。
そう言えば先生に初めてあったのも同じぐらいの時期だった。
3月22日の火曜日。
初めて出会った時に、憧れの神の前で初めて弾いたカプリース。
懐かしく思い、私の一番の宝物である御神 貴志プロデビュー作のドイツ公演のCDを手に取る。
プレイヤーに、と思った瞬間だった。
──ヴヴヴッーヴヴッー
先生だ!
急ぎ通話ボタンを押す。
『卒業おめでとう』
『ありがとうございます! それに花束だけでなく、あんな高価なバイオリンを。あれってお貸し下さるんですか? 凄くお高い品と聞きましたが?』
『ガダニーニ俺もう使うことないからなぁ。やるよ』
『ぇ?』
『別れてもアレ売れば生きていけるぞ数年なら』
『別れるって……酷い』
『前科あるからなぁ。俺、一回振られてるし』
『振られたって……先生があの時は』
『フランクフルト発LH716便。NRT到着時間14時10分。到着ゲートに迎えに来い』
『はい……泣いていいですか?』
『今は駄目。抱きしめられないから』
『せんせい……』
『待たせたな花音』
『……はい』
『20日までに一緒に住めるように荷物まとめとけ』
『ぇ?』
ええええええええ?
い、今、なんと? 何て言いましたか?
い、一緒に?
えええええ??
す、住むぅうううう?
『由紀から鍵受け取ったろ?』
『はい。あれって……えええええええ?』
『無理矢理とは言わないけど流石に』
『いえ! 行きます! 行きます! ずっと行きます!』
『日本語最後おかしいぞ。必要最低限しか持ってくるなよ』
『はい!』
え? 本当に先生と? 一緒に? えええええええ!!
ずっと一緒に? うそおおおおおおおおお!!
『必要なものは帰ってから俺が用意するから。お前に選ばしたら、ろくなことにならない』
『……酷くないですか? それ』
『ハートのマグカップとか絶対却下ですから』
何故バレた?
流石神ですね。
ハートのクッションは良いですか?
嘘、何持って行こう……どうしよう。お揃いの歯ブラシとか???
いやん~~
『必要最低限だけにしなさい。帰ってから一緒に見に行く。じゃあな』
『ツーツーツー』
い、今、一緒に見に行くって?
言いました? よね?
先生と一緒にお部屋のもの買い物に行けるってこと??
どうしよう!
鼻血出そう……
マグカップが駄目ならグラスはオッケーよねぇ?
お箸もお揃い?
お茶碗とか??
いやん~~夫婦みたい!!
この後ずっと、ニヤニヤ気持ち悪いぐらい一人で笑っていたのは言うまでもなかった。
◇
──この日をどれだけ待ち望んだであろうか。
毎日増えて行くカレンダーのバツ印を何度も何度も見て、残りの数字を指折り数えるのが日課になっていた。
数えては、間違っていないかもう一度数え、残り数の多さに涙した日々。
それも今日で終わる。
長いようであっと言う間だった。
私に夢をくれた部屋。そして愛をくれた部屋。
先生との思い出を沢山くれた日々を一緒に笑って、泣いてくれた部屋に私は深々と頭を下げる。
「有難うございました」
思い出がいっぱい詰まった部屋の鍵を静かに閉める。
胸が締めつけられる。
ゆっくり管理人室に向かった。
「お世話になりました」
「201号ですね。桜井 花音さん。では此処に名前を記入して下さい」
「はい」
日付と名前を記入する。
そして、鍵とお別れした。
その後、先生が予約してくれたタクシーが待つ下の駐車場に急ぎ向かった。
何度も先生と待ち合わせした思い出の駐車場。
先生の白い車が待つ姿を見て、何度もドキドキした。
今日でそれもおしまいになるのかと思うと淋しいような、いやニヤニヤが止まらない。
先生が帰ってくるうぅううう!
やったぁあああ!
◇
「お客さん着きましたよ。お客さん? 着きました!」
「あ、スイマセン!」
や、ばあい。寝てた……
昨日嬉しすぎて、朝まで眠れなくて。それからバタバタしていたら、結局時間がきてしまい。
車の揺れがあまりにも気持ち良くて熟睡していた……
「痛っ」
急いで降りようとして、膝をぶつけてしまった。
◇
「広い……広すぎる。先生が送ってくれた地図を見ながら探すが、広すぎでしょう。早めに来て良かった……」
取り敢えず先生に言われたようにカウンターを探す。
もうすぐ先生と会える!!
先生が帰ってくるうううううう!
あった!
先生が教えてくれた、案内カウンターが視界に飛び込んできたので嬉しくなり、私はいてもたってもいられず走っていた。
「ハァ、ハァ、こ、これなんですけど、何処に行けばいいですか? 到着ゲートって?」
先生が撮影して送ってくれたチケットの写真を、目の前の綺麗なお姉さんに見せる。
「では、ご案内しますね」
ワクワクが止まらない。心臓の音が飛び跳ね、呼吸をするのもやっとで、口から心臓が出そうって言う言葉の意味が今初めて分かった気がした。
「LH716便は入国審査中でございますので、今暫く此方でお待ち下さい」
お姉さんが優しく微笑む。
「あ、有難うございました!」
スマホの時間を確認する。14時17分。
先生ってもう日本に居るのよねえ? さっき入国審査中って。
掲示板の表示も到着になっているし。
この同じ空間に居るってことよねえ。
涙が溢れて止まらない。
もうすぐ……
先生が……
スマホをもう一度手に取り、時間を確認する。
14時17分。
変わっていない。
止めどなく流れる涙を拭くことさえ忘れてしまう。
涙でかすむ視界を何とか目を見開き、一点を見つめる。
次々と人の波が連なる中、愛しい人の姿を探す。
瞼を閉じてしまうと、その瞬間を見逃してしまうのが怖くて。
溢れる涙と戦いながらずっとその瞬間を待っていた。
その時だった──
世界が止まった。
全てが止まり真っ白になる。
少しづつ色が戻ってきて、音が戻ってきた。
「せんせい!!」
両手を広げて立つ先生に、私は走って飛びついた。
「ただいま」
強く抱きしめてくれたその腕の中、愛しい人の顔を見上げる。
「おかえりなさい、せんせ」
そっと優しく口づけしてくれた先生に強く抱きつく。
もう二度とその手を離さないでくれますか?
「待たせたな。花音」
「……はい」
「ただいま」
「……はい」
もう一人にしないって約束してくれますか?
私は何も言わなかったが、先生は黙って頭を撫でながら頷いた。
涙が溢れて止まらない。
ずっと、ずっと貴方の側にいたいです。
「愛している」
優しく微笑みながら囁いた神は、私の愛しい人。
強く握られたこの手をずっと信じてついていく。
沢山の愛をありがとう──
「なあ、飯食いに行っていいか?」
「……今、言います?」
「昨日の昼から何も食ってないんですが」
「また寝てたんですか?」
「夜中だぞ。乗ったの」
「最初に連れて行ってくれた所が良いです!」
「ん?」
「まさか? 覚えていないとか言わないですよね?」
先生が手を差し出し、絡めた指を互いに強く握る。
もうその手を決して離さないと決めた──
「行こうか」
「はい!」
『御神先生の秘蔵っ子 ──完結』
「今まで読んで頂き大変ありがとう御座いました。今話で完結となります」
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続編を思案中で御座います。その際は是非お立ち寄り下さいませ。




