47.愛の魔法
──父と母の支えのお陰で、私は頑張れる。
それに先生の優しさがあれば、何でも出来る気がする。
あの日、幸せの中で私が確かめるように聞く質問に、何度も囁いてくれた「愛している」って言葉。
それだけで充分だ。
「ところで貴志、卒業式に来れるって?」
「無理って言われちゃいました。帰国準備で帰れないって」
「そっか。まあ今一番忙しいだろうしねぇ。よし俺が保護者として出席してあげよう!」
「ぇ?」
いや、お気持ちは嬉しいですが。
高科先生って高等部のバイオリン科の教科担任ですよねえ?
それ駄目じゃないんですか?
「高科先生は無理でしょう! あ、俺大丈夫! 俺が出てあげるよ」
いやいや、天野先生は確かに初等部ですから大丈夫かもですが、流石にねぇ?
「何でお前なんだよ! 姪っ子なんだから俺だろう!」
「有り難うございます。なんか本当に卒業が近くなると寂しいですねぇ。もうみんなに会えないなんて」
「は?」
「え?」
ん? 何か今、私変なこと言いましたっけ?
「ぇ?」
「桜井ってアカデミーに進学しないの?」
高科先生が驚いた顔した。
「あ、それなんですけど。先生が言うには、進学するのは構わないけど、殆ど通えないから非常勤講師で良くないか? と。私もどんな感じなのか? 分からないから先生に任せようかと」
「何か桜井と同じ立場になると思うと複雑……」
天野先生が苦笑いしながら言った。
「ぇ? 同じって?」
「俺達も三月いっぱいで非常勤に一旦なるんだ」
え? 突然の話しに驚いて高科先生の顔を見たら苦笑いしていた。
「片手間に出来る程、世界は甘くないからね。ましてや君のマエストロ様は容赦ないからねぇ」
え? そんなに先生って厳しいの?
「俺達が神に思えると思うよ?」
「はぁ……四月から気が重いわ。一音でも遅れたら許されない地獄が……」
「ぇ?」
え?
「あーー、桜井一回も見たことないのか。貴志のオケのリハ」
「な、ないですが……」
「まぁ暫く、あのやり方に慣れるまでは俺の橫に居たらいいよ」
へ? どう言う意味ですか? 高科先生??
「御神先生の凄いところは、全パート全てを正確に聴き分けれるところだから。それは指揮者に最も大事なことだけれど、その分、こっちは常に監視されているようなものです」
「う、嘘?」
二人が苦笑いした。
使えなかったら即切る。
その言葉が脳裏に浮かぶ。
……嘘よねぇ?
せんせ?
ビジネスに私情は挟まないから。
……冗談言うタイプではないですね。
「折角なんで練習しますかね?」
高科先生の声に、私達は無言で用意を始めた。
先生ってそんなに厳しいのか……
そう言えば、私って直接先生に指導して貰うのって1年ぶり?
最初の入学試験の時以来?
ちょっと怖い気もするけれど、楽しみなような気もする。
「どれからやります?」
どれから?
え?
ジュピター以外も入ってるってこと先生達?
天野先生の言葉に固まった。
「もしかしてだけど、桜井ってジュピターだけしか今の段階で入ってないとか言わないよねぇ?」
今、何かすっごいディスられた気がするのは気のせいでしょうか? 天野先生?
「今もう2月だよ? 4月から全曲いきなり行けるの?」
ぇ?
「おいおい、まさか手つかず?」
高科先生が真面目な顔をして聞いてきた。
「駄目ですよねぇ? えへへ」
「えへへじゃない!」
「スコア持って来い!」
両親から雷が落ちた。
「ったく。御神先生ちゃんと教えてないのかよ……」
「天野、俺が悪い。留守を預かった以上教えて無かったのは俺のミスだ」
「桜井、このあと割り振り含め一連の流れ説明するから、帰りちょっと遅くなるけど、大丈夫かい?」
「すいません。高科先生お手数お掛けします」
──これって本来全部コンマスがこなす作業なの?
弦楽器のボーイングもコンマスが決定するんだ……
「第一バイオリン、コンマスは指揮者の手足だからねぇ」
先生の手足。
なりたいけれど……
今の私には、到底そんな重責は。
「貴志だって最初から全て桜井に背負わせようとは思ってないから。今回は初めての経験だから、楽しんでみたら良いと思うよ? 貴志もそう思っていると思うから」
「でもそれだと、先生と高科先生の負担が多すぎると思って申し訳なくて……」
「そう思うなら、少しでも良い音を出すことに集中してくれたら俺らも助かります」
先生と同じことを高科先生にも言われた。
私だけ「自分のことだけ」で良いのだろうか。
◇
──ヴーヴッーヴゥ
あ、先生!
『寝てるかと思った』
『寝てても起きます!』
『阿呆、それは寝てるとは言わないだろ』
『あ、今日高科先生に、4月からの流れとか色々教えて貰ったんですけど、私って自分のことだけで本当にいいんですか?』
『自分のこと以外出来ないだろ』
『そうなんですけど……』
『取り敢えず一年完走するのを目標にしなさい』
『そんなに大変なんですか?』
『みんな最初は初めてから入る』
『そうですけど……』
『大丈夫だって、ちゃんと一から教えるから』
『はい……』
『あ、ジュピターしかやってないって言ったら、驚かれちゃいました』
『早くても、遅くても変わらないけどな。読譜だけは終えてるんだろ?』
『一応?』
『何で疑問形なんだよ』
『多分大丈夫だと思いますが』
『流せるようになったら送って来い』
『ありがとうございます!』
『意外と強くなったな』
『ぇ?』
『なんでもない』
『あああああ! 思い出した! 先生っていつ婚約してたんですか!』
『謝ったろその件は』
『むかつく!』
『あん?』
『あ、違います。先生にじゃなくて。勝手に書く人に!』
『ああ、あれは別に今更いいよ。俺、隠し子までいるらしいから』
『ぇ?』
『何人だろ? 結構いろんな国にいるらしいわ』
『何ですかそれ?』
『そんな程度なんだって』
『居ないんですよねぇ?』
『切るぞ』
『ごめんなさい……』
『じゃあな。おやすみ』
『結局切るんじゃないですかあ』
『今、夜中だろ。もう寝なさい』
『だって声聴いてるだけで幸せなんだもん』
『あと1ヶ月だろ。卒業式終わったら、由紀のところに寄りなさい』
『え?』
『行けば分かる。じゃあな。そろそろリハ始まる』
『すき?』
『この前言ってた不安材料メールしとけ。おやすみ』
『ツーツーツー』
あ、切られた。




