18.可愛い探し
温かな陽光差し込む清々しい朝、色々な音が混ざり合いまるでそれは、おもちゃ箱から音が跳ねているようだった。
そんな楽しそうな朝の一時の中、どんよりと眉間に皺寄せている少女の姿があった。
「ヴぅーー。何か違う。観客が可愛く思えるように。ってどんな感じなのよ。そもそも可愛いって何? 何処よ? 無理ぃいいいいいーー」
「御神音楽」御神 貴志が作り上げる独特の世界。
官能的且つ叙情的、気品溢れ荘厳な世界。時に泣き叫ぶような激しい激情や、地獄の入り口へ誘われるような、冷たく背中がゾクゾクする。かと思えば、先日のエルガーのような甘く柔らかい、本当に愛の告白のような音も。
ただ、その数多い演目に「可愛い」を前面にテーマにした公演は1本も存在していなかった。
「甘く温かく柔らかな優しさ」と、彼が言う「可愛い」が同じではないことは、花音も痛い程分かっていた。
「可愛い音って何ですかああぁあ」
先生、無理です……
可愛いとは無縁の世界に生きておりました。
御神 貴志 教本に「可愛い」の四文字は載ってなかったんだもーーーん!!
由紀様?
いや、違う。「可愛い」ではない。
天使か妖精だ。
可愛い??
「ん? 何、この暗いどんよりした空気?」
高科は、教室のドアを開けた瞬間、閉めようかと一瞬思ったぐらい、重苦しく、何とも言い難いどんよりした部屋に絶句した。
「たかじなぜんぜぇえ。可愛いって何ですかあ?」
長い黒髪を顔の前に貼り付けて、両腕を前に伸ばして近づいて来る女に、仰け反りそうになる。
「こ、怖いさ、桜井。それ俺に聞く? 愚問でしょうに……」
コイツこわ! 寒っ!
この姿を貴志が見たら、アイツなら絶対無言でドア閉めてるわ。
俺って優しい……
「……天野先生」
「もっと愚問」
高科先生が残念な子を見るように同情の目で私を上から見下ろした。
その時だった。
メール?
『神様』
先生だ!
『進んでいるか? 可愛いは教室内だけじゃないぞ。ましてや音楽だけではない。世界中の可愛いを探してみるんだな』
昨日の私のメールの返信だった。
可愛いが分からないどうしようって。先生に泣きついてしまったからだ。
室内だけじゃない? 音楽だけじゃないってどう言うことだろう?
外? あ!
可愛いをみつけて来いってことか!
「高科先生! お願いがあります!」
「ん? 何だい?」
「今日一日、お休み下さい!」
「え?」
いきなり休みたいと言う少女に驚きを隠せなかった。
あれだけ辛くても絶対に練習を休んだことがない、練習の鬼が休みたいと?
何ごとだ?
「可愛いを探しに行きたいんです!」
なるほどな。
天才的な絶対音感を持つにも拘わらず、以前は基礎を知らない素人だったが、今はなんとか音楽学校入学レベルまで基礎は身につけた。
頭と耳で聴いてきた音楽。
それを「コピー」する技術だけはこの二ヶ月で学んできた。
ただそれは、精巧な「コピー機」の音で、深みや重みがない。
彼女の唯一の欠点はそこだ。
ツィゴネルのように「御神味付け」の料理しか、今の彼女には料理出来ない。
当然あの貴志がその欠点に気付かない訳がない。
今回の夜宴で、協奏曲やヴィヴァルディある中、わざわざ一番苦手と思える「花のワルツ」をぶつけてきたか。
その意味が高科はようやく分かった。
「夜宴に忖度は駄目だろ? 由紀姫また脅したな?」
消え入りそうなぐらい小さな声で独り言を呟く。
「ぇ? 何か言いましたか? 高科先生」
「あ、いや?」
本当、耳だけは恐ろしく良いな……
「仕方ないねぇ。では姫の運転手を務めさせてもらいますかね」
「ぇ? 良いんですか? 高科先生!」
嘘! 神! あ、神は先生だから女神!
あれ? 女神は女性か? あ、でもお母さんみたいだから女神でも良いか?
「仕方ないでしょう。君に万が一何かあったら、俺この学校追い出されるし、下手したら音楽会から追放されかねないもん」
「ぇ?」
「魔王だよ?」
「音楽会から追放って、流石にそれはないかと」
「何言ってるの。御神財閥の力知らないの? 世界中にコネクション持っている家の御曹司だよ? まあ、それなくてもアイツの人気と実力だけで、御神 貴志にノーって今言える音楽屋はいないよ」
「……」
実際先生に指揮して欲しいって団体は山のようにあるし、ホール所有者も人気指揮者「御神 貴志」に来て欲しいのは当然だろう。チケットの完売は保証されているのだから。
◇
「高科先生、これ食べようよ~~」
「はぁ? さっきクレープ食べたばかりじゃん」
「可愛いもの探しだもーーん。ほら、並びますよ~~」
女子ばかりが並んでいる「ケーキ屋」の列に並ばされる高科は、子守役を買って出たことに後悔していた。
「このケーキ凄い! 美味しい! 可愛い! 写真撮ろうっと!」
店内の女性達が色々な角度で写真撮影していることを確認し、私もそれに習う。
「良ければこれもどうぞ……」
「ぇ? 本当に良いんですか?」
ええ。もう僕には食べられません。こんな甘いものばかり立て続けに。
貴志覚えてろよ!
◇
「高科先生、おそーーい! 早くぅ。こっちこっち。見てみてこれ可愛い!!」
遥か遠くに見える小さな少女を、呆れ顔で見つめる。
「現役女子高生の体力半端ないな……おじさんにはついていけません」
遠くから大きな声で両手を振って、自分の名前を呼ぶ妹に、高科は半分呆れながら、でも半分は心が洗われるような懐かしい気持ちに何故か、なっていた。
天野や御神同様「音楽」だけの青春時代だった。毎日、周りと切磋琢磨し「音」だけを追求してきた。
高校になって「彼女」と呼べる存在は人並みにはいたが、それも留学を機に自然と別れていた。それから大学を経て、社会人プロ音楽家となっても、結局同じようなことの繰り返しだった。
結局は「音楽」を優先してしまって駄目になっていた。
「俺もあいつのこと言えないな……」
御神 貴志のような派手な印象の容姿ではないが、一般的に言うイケメンの部類の男は、過去に酷い別れ方をした女性達に、何となく懺悔の気持ちになっていた。
「これ可愛い!」
クマのぬいぐるみを持って可愛いと、はしゃぐ少女の笑顔に奴の顔が一瞬だけチラつく。
「なるほどね」
汚れを知らない子供のように、信頼しきった顔で一心に自分に向けてくる瞳を見て、あの冷血魔王が揺らいだ理由が分かった気がした。
彼の生い立ちや「御神」での扱いを長年見てきた高科だからこそ、分かるのかもしれなかった。
「買ってあげるよじゃあ」
「ぇ? 本当ですか?? 先生好き!」
「魔王に抹殺されるのでお止め下さい姫様」
「抹殺って……」
「笑って~~」
「これまさかとは思うが、貴志に送るつもりじゃないよねえ?」
「当然送りますが!」
「……姫様、命が私は惜しいのでどうかお許し下さい」
「ぇ? もう送っちゃった!!」
「……短い間だったな。姪っ子よ」
「え?」




