17.幼き思い出
新緑芽吹くこの季節。山々の若葉が一斉に萌え、瑞々しい緑と真っ青な空に白き雲。完璧なユニゾンを奏でているような、力強い息吹を感じさせる。温かな光の中、いつも聴こえてくる洋館からの音は、今日は少し違っていた。
◇
『夏の夜の調べ~~演目・出演者決定~~』
一日目 ピアノ科
・ムソルグスキー:展覧会の絵
二日目 ピアノ科・弦楽器科合同
・ヴィヴァルディ:四季
最終日 弦楽器科
・チャイコフスキー:くるみ割り人形より
:バイオリン協奏曲
出演者は各担当科にて説明を受けること』
いつものように登校したら、入り口の掲示板に人集りが出来ていたので、後ろの方で人が減るのを待っていると高科先生の姿が見えた。
「夜宴のか」
「大きな公演なんですよねえ?」
「一般客入れるからなぁ保護者とかも来るし」
「……」
「受かってたら行ってあげるよ姪っ子だしね?」
「そうでした……全員出れるわけではなかった」
御神音楽学校主催の夏の音楽祭、三日間に渡って開催され、総勢50人程が出演する大きな公演となる。一般観客者よりチケット料金を頂く為、本格的なステージとなる。
出演者の殆どは、アカデミーの研究生になる為、高等部の学生が選ばれるのは毎年一握りの狭き門と聞いた。
数人での重奏が多く、ソロでの出演者は毎年各科の主席者が殆ど選ばれる。
中でも最終日、三大バイオリン協奏曲は最後を飾る学園の顔となる。
「四季弾きたいなぁ」
「夏か?」
「本当は協奏曲がやりたいです……」
「流石に厳しいだろう」
「ですよね……」
人集りが少し減ったので、先生と一緒に掲示板の前に向かった。
二日目の「四季」は落選だった。
残りは三日目だけ。
協奏曲弾きたいな。一楽章でいいから。
「ぇ?」
「おめでとう。ワルツ」
『くるみ割り人形:二幕より「花のワルツ」高等部弦楽器科─バイオリン 桜井 花音 ソロ』
「ぇ? 花のワルツ?」
「ソロだよ? 有り難く思いなさい。選ばれること自体凄いことなんだから」
「は、はい」
想定外過ぎた。
花のワルツ……
未知の世界だ。
舞踊曲は何度か聴いたり、授業でも弾いてきた。
あの可愛い「花のワルツ」を私が?
高科先生が言うように選ばれること自体が凄く栄誉なんだけど……
「貴志に報告したら?」
「良いんですか?」
「ぁ、あっち今、夜中です……」
「何処に今?」
「イギリスです」
最近は毎日は流石に無理だが、少しの時間だけれど電話をしてくれるようになった。
大抵、夜中か朝早くにはなるけれど、それでも無理してでも掛けてきてくれる気持ちがとても嬉しかった。
メールだけしてみようかなぁ。
──ヴーブゥー
え?
表示された名前に驚く。
『神様』
高科先生が出て良いよって顔をしたので急いで通話ボタンに。
でも、切れたら! と思う焦りと、早くしないと! と思う気持ちが交差して上手く出来ない。
──切れないで! と願った時、やっと通話可能になった。
「おめでとう」
「夜中では?」
「途中で寝たら許せ。お前授業中じゃないのか?」
「高科先生が、連絡して良いって言ってくれて」
──ガチャリ
高科先生が、気を利かせて部屋を出て行った。
「ピンクのミニのチュチュ送っておくわ」
「流石にそれは……」
「夜宴なんて遊びだろ。おもいっきり楽しめよ」
「花のワルツですよ? あんなに可愛い曲を私が……」
「阿呆か。曲選べる身分になってから言えよ」
「……そうでありました」
「指名されたら何でも弾ける。それがプロだ」
「……頑張ります」
「あれ結構、俺好きだけどなぁ」
「ぇ? そうなんですか? 先生が公演したの見たことが無いんですけど?」
「最初のピアノ発表会で由紀と弾いたのがあれだ」
「ええええ? そうなんですか?」
「頑張ります」
「あーー頑張らなくて良い。思いっきり楽しんで弾け。観客が可愛いって思える演奏期待するわ。じゃあな」
「はい。遅くにすいませんでした。有り難う御座いました」
──ツーツー
可愛いか……
レッスン室のドアを開け、外にいた高科先生に会釈する。
「貴志、何って?」
「観客が可愛いって思える演奏にするようにって言われました……」
「ブホッ」
先生が私の顔を見て、むせる。
「せんせい。失礼です!」
「が、がんばろうか……」
まさかとは思うけれど、本当にミニチュチュ送って来ないわよねぇ。
──それから高科先生指導の下、練習をしていたある日のことだった。
大きな荷物がレッスン室に届けられた。
「高科先生宛にお荷物来てますよ。イギリスから」
「ん? 貴志か? 早いなぁ今回」
先生から私宛の荷物は、高科先生の名前か学長の由紀様宛で届く。
高科先生の助言だった。
最初その提案に、先生は不快感を示していたが高科先生に注意され折れたと聞いた。
「楽しみ~~何にしたんだろなあ?」
私より楽しそうな顔をして、早くあけろと急かすような目で私を見る。
「たかしなせんせい……」
「う、うそ、でしょ。これ着るの?」
「アイツの趣味わからんわ……」
思わず二人で顔を見合わせた。
バイオリン、いやピアノ演奏者でも見ることは殆どない、いや? 私が知らないだけかもだが……
まさにピンクのミニ丈チュチュに近い、バレエ衣装のようなフワフアで大きなリボンが付いたピンクのドレスが箱に入れられていた。
そして、ご丁寧にもトウシューズを模した靴まで用意されていた。
スカート部分が大きく広がるようなパニエまで付いている。
『髪まとめてもらえよ』
「……」
「あいつ絶対遊んでるだろこれ」
底に沢山の先生の雑誌や、ヨーロッパやニューヨーク公演のパンフレットやCDに紛れて、古い絵本が入っていた。
「くるみ割り人形?」
中をペラペラとめくる。先生の子供の頃のものかしら?
絵本の裏表紙に書かれていた文字に驚いた。
『To my beloved son たかしへ』 ──愛する息子 たかしへ
え? これってもしかして!
こんな大切な物を?
「たかし」と書かれた平仮名の一つ一つの文字が、とても一生懸命に書いたのが伝わってくる、母の愛を感じられるものだった。
だから、日本に来た最初の発表会で「花のワルツ」にしたのか……
そんな大事な曲!
バイオリン協奏曲や、四季を弾けたらと願っていて、正直「花のワルツ」に選ばれたことは複雑だった。
勿論、先生達が言うように有り難いことだし、しかも「花のワルツ」は独奏で出演出来るのだ。
贅沢を言っている身分ではなく、頑張ろうと思っていた。
でも、今は違う。
この曲を演奏出来る機会を得たことに、私は心から感謝した。
先生が私に送ってくれた、この思い出の絵本にある主人公クララの服が、まさに先生がプレゼントしてくれたピンクのドレスそのものだった。
◆◆おまけ◆◆
くるみ割り人形:チャイコフスキー作 バレエ組曲「くるみ割り人形」第二幕 「花のワルツ」は華やかなワルツです。ピアノの発表会でも必ず入るぐらい有名曲です。是非一度聴いてみて下さい。
ちなみにですが、同じチャイコフスキー作品のオーロラ姫「眠れる森の美女」の「花のワルツ」とは全く別の曲です。
本来「くるみ割り」はクリスマスシーズンですが、今回は夜の夢を〜から、クララのワルツをお届けします。




