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妖怪画家と雇われ妻、そして狸 〜大正広告結婚はあやかしの色〜  作者: 平本りこ
第三話 この場所で生きるため、妖怪画家と雇われ妻そして狸は光を描く

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4 鯰を描いてください

(なまず)を描いてください」


 それが、帝都に社を構える馴染みの新聞社、東東日報(とうとうにっぽう)からの依頼であった。


 しかし、なぜ鯰。


 普段、表情筋の利用率がすこぶる悪いと自認している露景(ろけい)だが、自ずと眉根が寄ってしまう。


「鯰と要石(かなめいし)ですよ。地震は、地中の大鯰が起こすっていう話があるでしょう。それを抑え込むのが、霊験あらたかな要石」


 怪訝そうな露景を察し、眼鏡の下で人の良さそうな笑みを浮かべた丸っこい顔の中年男が、手を揉んだ。


 先ほど差し出された名刺によると、彼は東東日報社員の橋爪(はしづめ)徳之介(とくのすけ)。先日、ねずねと金助(きんすけ)が訪ねてきた日の午前中に、西瓜を持って異動の挨拶に訪れた青木の後任だという。


 東東日報といえば、明治期に、大衆向けの絵入り新聞を発刊して知名度を上げた新聞社だ。見澤家の庭に風で舞い込んで、那子が露景の元に向かうきっかけをつくったのも、東東日報の結婚広告であった。


 露景が東東日報に広告を出したのは、画家としての仕事の縁でもある。


「初代の砂川露景は虎烈刺(コレラ)の終息祈願に妖怪絵を描いて、文明開化直後の帝都を救ってくれたでしょう。だから三代目の砂川露景である先生が、また絵を描いてくれさえすれば、地震が収まるという寸法なんです」


 三代目、とはいうものの、実のところ、初代からずっと同一人物だ。あまりに長命だと不審がられるので、襲名しているという体にして、画家業を続けているのである。


 橋爪が言ったのは、露景の絵の師匠がまだ壮健だった頃、彼の勧めで描き上げた疫病退散を願うまじない絵のことだろう。


 明治期に入り、海外から流入したと思われる恐ろしい病、虎烈刺。多くの人間たちが、激しい嘔吐と下痢に襲われて、たったの数日で死に至った。


 露景は病の流行を静めるため、虎烈刺の字面から連想し、虎の妖怪が退治されるまじない絵を描いた。それは錦絵(にしきえ)に仕立てられ、疫病退散に効果があると話題になって、一時期は大衆のみならず、華族までもが買い求めたほどだ。しかし。


「残念ながら、この地震の原因は鯰ではない」


 露景の言葉に出鼻をくじかれて、橋爪は膝に置いていた手をかくんと滑らせた。


「いや、そりゃそうなんですけど、でも」

「法螺貝です」

「ほ……ほら?」

「この山には、大地を鳴動させ、豪雨を呼び寄せる法螺貝が棲んでいる。いくら鯰を抑えたところで原因が異なるのならば、意味はないでしょう」


 呆けた顔で露景の顔を眺めていた橋爪は、はっと我に返り身を乗り出した。


「いやいや、よくわかりませんが、鯰の方が売れますって。ぜひうちの『月刊まゆつば』に鯰絵を」

「目的はご利益ですか、それとも売上? 効果のない物を地震避けだと偽って、購読者を騙そうと?」

「うっ! い、いや、しかし法螺貝か。少しわかりづらいんじゃないかな。それこそ、地震が収まらなかった時に法螺吹きって言われるかもしれませんし」

「鯰の方が法螺話なのに?」

「うううっ」


 橋爪は胸を押さえてびくびくと三回ほど身体を跳ねさせる。いちいち反応が大きな男である。


「そこまでおっしゃるのなら法螺貝でもいいですけど……うん、うちの三面記者にそれらしい記事を書かせて一緒に載せれば……」


 顎に手を当てぶつぶつと一人会議を始めた橋爪は、たいそう難しい顔をしている。何か妙なことを言っただろうかと、露景は内心で小さく首を傾けた。


 露景としては別に、新聞社の姿勢を咎める意図などなく、純粋に疑問を覚えただけなのだが。


「まあ、どうしても鯰と石を描けということなら、それで受けましょう。注文の詳細は……」


 袖の内側で組んでいた腕を解いた時だった。


「あ、だめです。今、お客様が」


 玄関の方角から、那子の困惑声が近づいてくる。続いて慌ただしい複数の足音が押し寄せたかと思えば、ほどなくして勢いよく障子戸が開いた。


「やあやあ、穴守(あなもり)!」

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