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1-25 光

 壇上から、重厚な声が響く。


「皆様、本日はお会いできて嬉しく思います。この華やかな会を見て、我々教会は、第二王子がお集めになられた若いご夫婦方に、素晴らしい未来を感じております」


 大司教、アゾリアーヌ=ロドリゲス。教会の頂点に立つ豪華な法衣を着たこの男は、人を惹きつけるような、抑揚のある声で話し始めた。恰幅の良い薄白髪のこの男は、慈愛の表情で微笑みながら、聖水晶の前で恭しく両手を広げた。


「聖水晶は聖女様と我々をつなぐ光。本日はその加護を皆様と分かち合えるよう、聖水晶をお持ちしました。夫婦でお手を触れると、柔らかな桃色に光ります。どうぞ、お二人に愛の祝福がありますように」


 わーっと拍手が起こり、若い夫婦たちが聖水晶に列をなし始めた。美女な薬師長がにこやかにダメール様に話しかけた。


「私達も行きますか?」


「そうだな、ぜひご加護を頂こう。君たちも行くだろう?」


 その言葉にヒヤリとして、何と返そうかと息を呑んだ時、ディカルドが私の肩をそっと抱き寄せた。


「私達は皆様にお譲りします。これ以上愛の加護があると熱苦しくてご迷惑をおかけするでしょうから」


「ハッハッハ、これはこれは。若いとはいいですなぁ」


 そう言うと、ダメール様はデレデレしながら、薬師長と聖水晶の列に加わった。


 そっとディカルドを見上げる。


「……どうする?」


「どちらにしろ俺は神頼みは好きじゃない」


「ディカルドらしいね」


 うんざりとした顔をしているディカルドに、思わず吹き出した。


「なんだよ」


「ううん、さっきの完璧な貴族っぽさからの落差が凄いなって」


「……顔面の筋肉がつるかと思った」


「目の横ピクピクしてない?」


 そう私に言われたディカルドは、疲れたように眉間を揉んだ。頑張ってるなぁと、微笑ましく思う。


 会場は、聖水晶に並ぶ列と、歓談する輪、そして軽やかな音楽に合わせて踊る楽しそうな輪に分かれていた。


「ねぇ、あれに並ぶわけにもいかないし、せっかくだし踊っちゃおうよ」


「いいけど、お前まだ踊れんの?」


「余裕よ!前からダンスは得意だったでしょう?」


 そう、美術や裁縫はからきしだったけど、ダンスだけは得意だった。それも、優美なものよりも、激しいやつ。


「ディカルドこそ、訓練ばっかで踊れないんじゃないの?」


「俺の運動神経舐めんなよ」


「あら運動神経とリズム感は似て非なるものじゃない?」


 挑戦的にディカルドを見上げると、ディカルドも面白そうな顔でニヤリと私を見下ろした。


「いい度胸だ」


 ちょうどかかった音楽は、異国の太陽を思わせるテンポの早い音楽だった。何人か脱退していく中、広いホールにディカルドと陣取る。


「ちゃんとついてきてよ」


「お前がな」


 タンタンッと足を踏み出す。小気味よいリズムに、明るい笛の音。広いホールいっぱいに手を広げて、伸び伸びと踊る。


「やるじゃない」


「当然だろ」


 達人とまではいかないけど。それでも、体幹がしっかりしているディカルドの安定感が半端ない。


 それに、何となく、昔より色気を増したその表情に、少し照れてしまった。


「……お前今目逸らしたろ」


「気のせいでしょ」


 ごまかしつつ、身体をくるりと回転させる。シフォンのようなやわらかな深いゴールドのスカートが、ふわりと膨らんだ。


 ぱしりと身体をキャッチしてもらって、ディカルドを見上げる。


「ディカルドも目逸らしたよ!?」


「気のせいだろ」


 なんだこれ。昔より妙にドキドキしてしまうのは――やっぱり意識しているからだろうか。


 何となく微妙に生ぬるい空気の中、二人とも難なく踊り終わって、タンッと足を止めた。


 もうおしまいかな、と思いながら、二人で踊るスペースの外に目を向ける。


「まだ聖水晶のご加護を頂いていない方はいませんかー?」


 聖職者たちが、人の輪の中を歩きながら、まだ聖水晶に触っていない夫婦を探していた。


「……もう一曲踊るか」


「そうね……もう夫婦だから何曲踊ってもいいんだものね」


 楽しげな音楽がかかり始めた。もう一度手を取って、くるくると回り始める。


「なんか、楽しくなってきたかも」


「俺も」


 少し、ヤケクソかもしれないけれど。楽しい曲に合わせて踊っていたら、心も踊りだしたようだった。いつの間にかディカルドも楽しそうな顔になっている。


「ディカルドの家の庭で遊んでるみたいな気分になってきた」


「懐かしいな」


 踊りながら、色んなことを思い出してクスクスと笑った。


「私が池に飛び込んだ時のディカルドの慌てようったら無かったよね」


「あのヘドロだらけの池に飛び込むとは思わねぇだろ」


「えっそんなに汚かったっけ?」


「うそだろ……」


 失笑したディカルドが、また私をくるくると回してキャッチした。次にかかったのは優しい曲。だんだん疲れてきたから丁度いいと、息を整えながら、まったりと踊る。


「よく最後まで追いかけてきてくれたよね」


「じゃないと次何やらかすか分からなかったからな」


「そんなにお転婆だった?」


「かなり」


 ふわりとスカートが広がっては、受け止められて風のように流れる。


「あんまり酷いならほっといたら良かったのに」


「んなことしたらウチのクソババァに絞られるからな」


「えっそんなことある?」


「ある」


 どんなに回ってもしっかりと受け止めるディカルドの腕は、やっぱり硬くて、あったかかった。安心してまたくるりとまわり、その腕の中に収まる。


 ディカルドは、なんだか幸せそうな、でも、少し寂しそうな顔をしていた。


「いつだって俺を振り回すのはアニエスだけだったな」


「そう?」


「――それだけ、お前が大事だったってことだ」


 柔らかな音色の中、信じられない気持ちで赤銅色の瞳と見つめ合う。


 だって、そんなの。一体、いつから……?


 タン、と最後のステップを踏んで、ダンスが終わった。


「素晴らしい、お上手ですねお二人とも」


 その優しげな男性の声にハッとして、背後を振り向いた。


 白い、豪華な法衣。滑らかな、青みがかった長い髪の毛。随分と美しい、そして明らかに高位な身なりの男が、私の後ろに立っていた。


「良かったら、私も奥様と一曲踊らせて下さいませんか?」


「……申し訳ありません、少々踊り過ぎてしまいまして。妻は疲れてしまったようなので、これから休ませるところだったんです」


 すかさずディカルドが断りを入れる。


 男はその言葉を聞いて、優しげに目を細めると、豊かな布地の中から、そっと手を差し出した。


「では、仕方ありませんね。申し遅れました、私はユリウス=ロドリゲス。大司教の息子です」


「ディカルド=オーギュスティンです」


「あぁ、オーギュスティン家の跡継ぎのディカルド様でしたか。流石の身のこなしですね。お母様そっくりだ」


 ユリウスと名乗った男はディカルドと握手を交わすと、美しい顔でニコリと笑った。それから、視線を私に移す。


 何故か、ゾッとして、一歩後ろへ下がった。


「おや、すみません。驚かせてしまったでしょうか?お名前をお伺いしても?」


「――っ、アニエス=オーギュスティンです」


「あぁ、アニエスさんですか!私のいとこが学園にいましてね。レックスくんと同級生なんですよ」


「……よくレックスがアニエスの弟だとわかりましたね」


 ディカルドが、静かに微笑んでそう言った。ピリ、と空気が動いた気がして、息を呑む。


 ユリウス様はサラリと青みがかった髪を流しながら、首を傾げた。


「どういう事です?」


「ウォーカーの家名を名乗っていないのに、なぜレックス=ウォーカーがアニエスの弟だとわかったのかなと思いまして」


「……なるほど」


 少し大げさに驚いた表情をしたユリウス様は、いやはやと恥ずかしそうに笑った。


「すみません、正直に申し上げますと、本日の招待客の皆様の情報は、失礼のないように予習してきたんですよ。付け焼き刃の情報が見破られてしまってお恥ずかしい限りです。さすが――オーギュスティン家の方ですね」


 苦笑したユリウス様は、申し訳無さそうに私の方を見た。その優しげな視線に、何故か身震いをする。


「逆に失礼を働いてしまってすみません、アニエスさん。どうぞお許し頂けますか?」


 そっと、法衣の中から手が差し出された。


 だめだ、触りたくない、でも。


 この謝罪を受け入れない理由は、何もなかった。


 ゆるゆると、手を上げる。


 ユリウス様は、微笑むと、手をスッと差し出して、私の手を握った。



 ――瞬間、握られた手から、眩しい光が漏れ出した。



 真っ白な輝く光は明らかに普通の光とは違った。強い光があっという間に会場を飲み込む。


 慌てて手を引いたら、その光は消えたけれど。


 ユリウス様は、美しい表情で、ニコリと笑った。


「――――見つけた」


 その握った手の指には、透明な水晶でできた、光り輝く指輪が嵌っていた。


読んでいただいてありがとうございました!


光っちまったあぁぁぁぁ(´;ω;`)!!!

「指輪とか反則だろおぉおおぉぉぉ」と頭を掻きむしった荒ぶる読者様も

「大丈夫、まだ手はある」とニヤリと笑った策士なあなたも、

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また遊びに来てください!

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