第187話 一時の休息
戦いが終わった王都。瓦礫や死体が転がる惨状を1人の女性が空から見つめていた。雪のように白い肌を持ち、目は血のように赤い幽霊のような存在、ネメシスだった。彼女の全身には白い鎖が巻き付けられており、動きづらそうにしている。
「ふーん。今回はヴァルキュリア家も本気なのね。ずいぶんと王都がしっちゃかめっちゃかになってるじゃないの。私にとっても重要な拠点だし、こんなにも暴れられると困るんだどな〜」
「それは、お主の計画とやらに関係しておるからか?」
後ろから聞こえた声に彼女は振り返る。そこにいたのは大人Verのミカエルだった。
「一応、初めましてじゃな。お主の事は我が半身からよお聞いとるよ。」
「アナザー・ミカエルだっけ? あなたのせいで、私の体が雁字搦めに縛られてしんどいわ~。少しだけ封印を緩めてくれると嬉しいのだけど」
そう言って彼女は、自身を縛る鎖を見せつけてくる。
「悪いが、そうするわけにはいかんのじゃ。お主はかなり危険な存在じゃからの。ヴァルキュリアの奴らとは違う異質な紅い翼と熾天使の力。そして、お主が持つ恐ろしい力。一瞬だりとも油断できぬわ」
「……はあ。あなたたちやニーアも神獣そうだけど、すっごい邪魔なのよね~。どいつもこいつもカイツに寄ってたかって。カイツは私だけが独占して良い男なのに」
「そんなルールは存在しないじゃろ。なあネメシス、わっちたちと争うのはやめぬか? 同じ男を愛する者同士、あまり戦いたくないのじゃが。長年生きてきたわっちから言わせてもらうが、お主のように愛に狂って何もかも傷つけるような女は、碌な末路を辿らんぞ」
「冗談はやめてよ。私はあなたたちのようなぽっと出のお姫様もどきたちと仲良くする気はないの。カイツは必ず私のものにする。ヴァルキュリア家に操られ、死を待つだけでしかなかった人形のような私を彼は助けてくれた。自分の命も厭わずに」
彼女はその思い出を噛み締めるように自らの体を抱きしめる。
「あの時、私は彼が欲しいと思った。独占したくなった。でも出来なかった。彼はいろんな女に愛を振りまくばかり。だから彼を独占するためにニーアやネメイツを殺した。ま、あの鬱陶しい妹は生きてたみたいだけど。」
「そんな事をして、あやつが喜ぶと思っておるのか? お主は自分の欲望のためにカイツを傷つけておるだけじゃぞ」
「彼が喜ぶかどうかは問題じゃないのよ。私が彼を独占したいだけなのだから」
「お主がカイツに取り憑いておるのも、独占するための計画か?」
「まあね。精々、彼と過ごせる幸せな今を噛み締めてると良いわ。もう少しで、その幸せもなくなって、最悪の不幸が襲いくるのだから。私が他の女共とは違うということをちゃーんと見せてあげる」
その言葉を最後に、ネメシスは煙のように消えてしまった。
「あやつ。何を考えておる」
アナザー・ミカエルはネメシスがずっと余裕の態度を崩さなかったことに疑問を持っていた。今の彼女はミカエルとアナザー・ミカエルに封印され、カイツを乗っ取ることも力を使うこともほぼ不可能。だというのに、彼女は大して気にしていないように見えた。
「ヴァルキュリアの問題が片付いたら、あやつの監視を強める必要があるかもの」
アナザー・ミカエルはそう考えた後、カイツの中へと戻っていった。
Side カイツ
ヴァルキュリア家の攻撃は収まり、兵士や騎士たちには一時の休息が訪れた。
ダレスやラルカ、ウェスト支部メンバーの全員はヴァルキュリア家との戦いで傷つき、面会謝絶状態になっている。心配だが、今は医者やアリア、クロノスの腕を信じるしかない。今、騎士団の中で回復魔術を使えるのは彼女たちだけ。ちゃんと協力してると良いんだが。
「で。なんで俺は首根っこ引きずられてるんだ」
「そりゃ、これから地獄のような会議に参加してもらうためさ」
俺はバルテリアに首根っこを引きずられながら歩いていた。マリネと戦った時のダメージが回復しきってないから、こういうことされるのはしんどいのだが。
「会議ってのは、被害状況の報告やこれからの対策をするためのものか?」
「察しが良いな。参加するのは王国の兵士団長って人とか国王とかその他もろもろだ」
「ずいぶんと適当な覚え方してるな」
「俺の脳内メモリーは、くだらない男共を覚えるために使わないんだよ。お前のような百合の破壊者は別だがな」
相変わらず言ってることがよく分からない。俺が何をしたというんだ。
「あら。バルテリアさん。来ていらしたのですね」
そうこうして歩いてると、1人の女性が声をかけてきた。
「なっ……あの顔は」
そいつの顔には見覚えがある。マリネの記憶で見た、クーデターを起こした民衆の中心に立ち、先導していた女だ。やはり王国の関係者だったようだな。しかもあの豪華なドレスやらアクセサリーからして恐らくは。
「王女様。お久しぶりでございます」
「相変わらずあなたは敬語なんですね。この方は?」
「この方は騎士団に入った新人、カイツ・ケラウノスでございます」
「あら。この方が噂のカイツですのね。初めましてカイツ。わたしはアクア・リグラード。リグラード王国の第1王女です」
やはり王女様だったか。まさかこんなところで、クーデターの先導者と会うことになるとは。
「あなたの噂はお聞きしてますよ。弱者の虐げられない世界を作るという理想のために騎士団で戦い続ける素晴らしい人と。王族の人間として、あなたを尊敬しています。私もあなたのように弱者を救えるような人間になりたいと思い、日々努力しています」
「そうなんてすか。お褒めに預かり、光栄の至りです」
「そんな敬語で話さず、タメ口で話してくださいな。そちらの方が私も嬉しいですし」
「……は、はい。努力します」
「タメ口で話してください。敬語はもう聞き飽きてるんです」
「わ、分かった……努力する」
「よろしいです。それで、バルテリアさんはどうしてこちらに?」
「これから王族の会議がありまして。戦況報告やこれからの対策について話し合いをしなければなりませんので」
「会議。いつもの愚痴の言い合いですね。全く。お父上たちにも困ったものです。民のことなど無視して自分のことばかり。人として恥ずかしい限りです」
「父上のことをそう言うものではありませんよ」
「構いませんよ。あんな奴は父親でもなんでもありませんし。酷いことばかり考えてますし」
父との仲はあまり良くないようだな。マリネの記憶からして、こいつはクーデターの先導者で間違いない。それに。
儂は何も悪くない! あの腹黒娘がすべてやったことじゃ。それに、弱き国が強き国に滅ぼされるのは世の理。儂には何の非もないわ!
国王の言ってたあの言葉からして、こいつもクーデターに何らかの関与をし、何かを考えていたのは確実だろう。
何を考えているかは分からないが、ひとまずは静観するのが良いだろう。下手に動いても事態が悪くなるだけ。ただでさえヴァルキュリア関連のことでいっぱいいっぱいだ。今はこれ以上問題を増やしたくない。
「それでは、私たちはこれで」
「分かりました。会議、頑張ってくださいね」
俺が考え事をしてる間に話が終わったみたいで、アクアがそう言って場を去ろうとするが、その前に立ち止まって俺に話しかける。
「カイツ。明日もヴァルキュリア家の侵攻があると思いますが、がんばって下さいね。私も微力ながら応援してます!」
「ありがとう。王女にそう言ってもらえると助かるよ」
「ふふふ。では、またいつかお会いしましょう。あなたの理想が叶うことを願っています」
そう言って、彼女は今度こそ去っていった。
「……どうした。やけに考え事をしてたみたいだが」
彼女が去った後、バルテリアが俺の首根っこを引っ張りながらそう聞いてきた。
「……別に。なんでもない」
「もしかして、アクア様も自分の女にしたいとか不届きな事を考えてたわけじゃあないよな?」
「そんなわけないだろ。それよりも、そろそろ会議が始まる時間じゃないのか?」
「おっとそうだ。こうしちゃいられないな」
そうして引っ張られながら歩いていると、豪華な飾りが彩られた扉の前に着いた。
「着いたぞ。お前は何も喋らなくて良いが、その代わり姿勢と聞く態度だけは良くしといてくれよ」
そう言われて首を離され、姿勢を無理やり正される。バルテリアが扉を開けると、既に貴族メンバーや兵士団長と思われる人たちが集まっており、俺達が一番最後だったようだ。一番奥にいる国王が苛ついたように話す。
「遅いぞ。一体何をしておったのだ」
「すいません。なにぶん、騎士団の方でも色々と後処理が立て込んでまし。あなた方の会議よりも色々大事な事がね。本当に申し訳ありません」
明らかに反省はしていないのが丸わかりだ。国王もそれに気づいたように険しい顔をするが、一々追求するのも面倒なのか、スルーして会議を続ける。
「さて。これから会議を始める。兵士団長ラギス。我が国の被害状況を」
「はっ!」
国王の言葉に従い、頑丈な鎧に身を包んだイカツい顔の男が紙の束を持って立ち上がる。
「兵士側の被害は甚大です。出撃した兵士の約3割以上が偽熾天使に殺されたり、連れ去られたりしています。また、王都へのダメージも深刻であり、住民も4割以上が連れ去られたり殺されたりしたとのこと」
予想以上に被害が大きいな。もっと俺に力があれば、犠牲を減らすことも出来たかもしれない。そう思うとやりきれない気持ちになってくる。
「ああ。なんと嘆かわしい。貴様ら騎士団がちゃんとしていないから、大切な住民や兵士に多くの犠牲が出てしまった。これは由々しきことだぞ。バルテリア」
よくもまあ、ここまで思ってもないことをスラスラと言えたものだ。こいつにとって大切なのは自分の命だけだろうに。
「申し訳ありません。それはこちらの不手際ですね。何の言い訳も出来ません。私達が頼りないせいで、あなた達王族の方々に不安を与えてしまった。万死に値する罪です」
まあ、バルテリアの方も思ってもないことをスラスラ言ってるが。絶対どうでも良いとしか思ってないだろう。
「ふん。まあお前たちの罪については、この戦いが終わった後に問い詰めるとしよう。それより、敵の戦力はどれくらい減らせたのだ」
「ウリエルの方は攻撃していないので分かりませんが、ヴァルキュリア家の方は、偽熾天使をかなり殺しましたし、残りは僅かでしょう。仮に多くいても大した問題はありませんが。主戦力と思われる六神王は我が美しき百合の花たちのおかげで、残り2人です。こちらにはまだ沢山の手札が残ってますし、ヴァルキュリア家との戦いで負ける可能性は低いかと。敵が隠し玉を持っていた場合は分かりませんが」
「なるほど。ではウリエルはどうする? 現時点で奴に勝算はあるのか? 伝説の四大天使が一体。あれを倒すのは容易ではないだろう。我が国への被害はどうなる? 私の命は守り切れるのか?」
「ご心配なく。こちらには対四大天使用の切り札もあります。いざというときはそれを使いますのでご安心を」
対四大天使用の切り札とは大きく出たな。ニーアやクロノスでもほとんど歯が立たないあの化け物をどうやって倒すつもりか知らないが、口調からしてかなりの自信があるみたいだ。
「ふむ。まあ策があるなら良かろう。とにかく、貴様らは引き続き我らを守るために死ぬ気で戦え。良いか? 間違っても貴族や私のような者たちが殺されるような事はあってはならんぞ。そうなれば、国は立ち行かなくなるからな」
「心得ております。我らの命を懸け、あなた方を守り抜きます」
「結構。では、これからの戦いについてだが」
その後も退屈な会議は1時間以上続き、終わる頃には体がクタクタになっていた。
会議が終わった後、俺は奴と別れて街に赴き、騎士団のために用意された宿泊施設の屋根に座っていた。周囲の建物はボロボロになっており、あの戦いの悲惨さを物語っているようだ。俺にもっと力があれば、この惨状を防ぐことも出来たのに。
「……はあ。本当に上手く行かないな」
「見つけたわ。こんな所にいたのね」
声のした方を振り向くと、ウルが立っていた。彼女はそのまま俺の隣に座る。
「ウル。なんでここに?」
「話したいことがあったから探してたのよ。それよりどうしたの? あなたはマリネとのダメージが残ってるんだから、部屋で休んでないといけないのに」
「俺は問題ねえよ。ウルこそ大丈夫なのか?」
「私は六神王とかに何かやられたわけじゃないからね。にしても、あちこちボロボロで酷いものね」
「そうだな。俺にもっと力があれば」
「カイツは頑張ったじゃないの。六神王を1人倒したし、そいつを味方につけた。これだけで大勲章よ」
「だが、俺があそこで倒れてなければ、もっと人を救うことも」
「こーら」
話してる途中で、いきなりデコピンされた。
「いっつ……なにすんだよ」
「ネガティブになりすぎ。失ったものより救ったものの数を数えなさい。じゃないとやってられなくなるわよ。あなたが救った命も確かにあるってこと、それだけは忘れないようにしなさい。あなたがいたから王族の人たちは助けられたし、民への被害を減らすことも出来た。今はそれで良いじゃない。あなたは騎士団に入った頃よりも遥かに強くなってるし、目指す理想にもきっと近づいてる。そんな気に病む必要はないわ」
「そうだな。確かに失ったものばかり数えてても仕方ない」
「そうよ。反省も大事だけど、たまには自分を褒めてあげないと体がもたなくなるわ。カイツは今日、沢山の人を救うことが出来たし、六神王の1人を味方につけた凄い人なのよ。今日だけじゃない。あなたは前の無人島での戦いでも六神王の1人を倒し、私達を救ってくれたスーパーマンなの。もっと自分を誇りなさい。あなたはとっても強くて優しくて凄い人なのだから」
彼女はそう言いながら俺の頭を撫でてくる。こそばゆい感じだが、不思議と心が癒やされる。王族はともかく、マリネを助けることは出来た。昔と比べたらずいぶんな進歩だ。あの研究所で全てを失った頃に比べれば。
「ありがとう、ウル。心が軽くなってきた」
「どういたしまして。やっぱり、そうやって笑うあなたはかっこいいわね」
彼女は顔を赤らめながらそう言う。
「そういえば、お前の話って何なんだ?」
「あなたに話したいことがあるのこの戦いが終わったら、考えてほしいことがあるのよ」
「なんだ? 騎士団のこれからとかか?」
「そんなものじゃないわ」
彼女は宣言するように指さして言い放った。
「私との結婚。そして子作りを」
一方、騎士団に与えられた宿の一室にて。
そこにはニーアとマリネの2人がおり、テーブルを挟み、向かい合わせに座ってお茶会をしていた。雰囲気はお世辞にも温厚とはいえず、一触即発のような事態となっていた。そんな中、ニーアが何かを察知したかのように顔を上にあげる。
「どうした?」
「いや。誰かが兄様をたぶらかす気配を感じた」
「? お前は何を言っているんだ」
「まあいい。後でその女のことを問い詰めるとして、貴様には聞きたいことがある」
「ヴァルキュリア家の戦力だろ? 私が把握してる限りだが、ヴァルキュリア家の主戦力、六神王はあと3人いる」
「3人だと? 人数の数え間違いじゃないのか?」
「いや、合っている。1人はプロメテウス。奴の魔術は分からないが、恐らく物質を成長させる魔術だ。2人目はヘラクレス。異常な頑丈さとカウンターバースト、そして目を見た相手を洗脳する魔術、洗脳眼を使える。奴は自身の魔術を嫌っていて基本使わないが、今回の作戦では使うだろうな。カーリーもかなり本気のようだし、彼女の命令があれば、奴は魔術を使う」
「残りの1人は誰だ。新しく補充でもしたのか?」
「いや、恐らく最古参の者だ。最後の1人はデウス・キメラ。カーリーの介護を受けている廃人。存在しないナンバー0とも呼ばれている」
「デウス・キメラ? そんな奴見たことも聞いたこともないぞ」
「私も見かけたことぐらいしかないが、言語能力も運動能力もなく、生きた肉塊のような存在だ。だがどういうわけか、あの女はそんなものをやたらと大事にしている」
「魔力が強いとか、異質な魔術を扱うとかか?」
「いや、奴の魔力は赤子に等しいレベルだ。魔術を使うところも見たことがないし、あの状態で使えるとは思えない。だがあの女が大事にしている存在。もし戦場に出てきたときは注意しておいた方がいい」
「なるほど。頭の中に入れておくとしよう。ほかに知ってることはないか? 奴らの作戦とか」
「作戦は分からないが、翌日に何をするかはわかる。プロメテウスが南門、ヘラクレスが北門を攻める予定となっている。偽熾天使もかなり少なくなっているはずだ。今日のような物量作戦をやる力はもうない。だが」
「相手は精神操作の魔術を持つものと六神王のリーダー、そしてカーリーに得体の知れない存在。油断は禁物ということか」
「そういうことだ」
「なるほど。なら次の質問だ。お前は今、騎士団の味方と判断して良いのか? それとも兄様だけの味方か?」
「誰の味方でもない。勘違いしないでもらいたいが、私はカイツの行く末を見届けると決めただけで、味方になったつもりなど微塵もない。奴を助けたのは、死なれては困ると判断したから。それだけのことだ」
「なら、お前は次の戦いでどう動くつもりだ? 私達の邪魔をするなら」
「逸るな。お前たちの味方をするとは言ってないが、敵になるとも言ってないだろう。明日の戦い、私はカーリーの元へ行ってあの女を殺す。元々私の獲物だし、あの女のせいでカイツに何かあっても困るからな」
「……ほお」
妙にニヤニヤしたニーアを見て、マリネは少し不快そうに質問する。
「なんだ?」
「いや。なんだかんだ言いつつも、兄様のことを好いているのだと思ってな。もっと素直に出せば良いものを」
そう言われると、マリネは顔を赤くして目をそらす。
「勘違いするな。私は奴のことなど好いてはいない。あくまで見届けると決めただけだ。カーリーはその障害になると判断したから殺す。それだけだ」
「そうか。まあそういうことにしておいてやろう」
「ふん。話はもう終わりか? なら帰るぞ」
そう言って、彼女はそそくさと部屋を出ていった。
「全く。兄様の人たらしにも困ったものだ。天然であれなのだから性質が悪い」
彼女は呆れたように言いながら、用意してた紅茶を飲む。
「ま、兄様の女癖の悪さは後で矯正するとしよう。まずはヴァルキュリア家、そしてウリエルとガブリエルだな。誰が敵であろうと、兄様の敵になるなら、まとめて消し飛ばすだけだ」




