第183話 理想のためにやりたいこと
カイツは氷の十字架に閉じ込められており、辺りは絶対零度に等しい冷気が満ちていた。
「呆気ないものだな。まあ、紛い物の理想を宣う奴などこの程度のものか。冷たい棺の中で、己の罪を懺悔しろ」
彼女がその場を去ろうとすると、背後でパキパキと氷が割れるような音がした。即座に振り返ると、氷の十字架が割れ、その中に閉じ込められていた彼は姿を現した。
「ふう。氷の中ってのは良いものだな。頭が冷えたおかげで、色々とすっきりした」
「まだ生きていたか。だが、ここは既に私の世界だ」
アレクトが指を鳴らすと、巨大な氷が彼を閉じ込めるように現れた。
「どう足掻こうと、貴様に勝つ手段はない」
「それはどうかな?」
後ろからした声に振り向くと、氷に閉じ込められたはずのカイツが立っていた。
「なっ」
「氷に包んでくれたお返しだ!」
彼は彼女の腹を全力で蹴り飛ばし、大きくふっ飛ばした。
「ぐっ!? このお!」
彼女が剣を振ると、彼の頭上に何体もの氷の龍が現れる。
「死ね」
その言葉と共に一斉に襲ってくるが、彼は自身の体に炎を纏わせる。
「龍烙波動 焔!」
炎で強化された熱の波動が氷の龍を水へと変えた。
「炎で強化した龍烙波動。これは使えるな」
「馬鹿な。さっきまではここまでの強さは無かったはず。それに、なぜ貴様の体は凍らない。既に絶対零度に等しい冷気が貴様の中に入ってるはずだ」
「簡単だ。お前の冷気は確かに脅威だが、同出力の熱をぶつければ何とかなる」
「熱だと? だがそんな高出力のものはーーまさか!」
「そう。龍烙波動と炎を体内に流し込んでるのさ。これのおかげで、お前の冷気を気にせず動ける。ちょっと体がしんどいけど、まあ贅沢言ってる余裕はないからな」
「少しは策を弄してるようだが、その程度で我が天誅は破れない!」
彼の足下から巨大な氷の刃が飛び出すも、それを躱して一気に接近する。
「剣舞・龍刃百華!!」
横一閃に剣を振りぬくも、その攻撃は氷の壁で防がれてしまい、剣を凍り付かせて壁に固定してしまった。
「終わりだ!」
彼女が天誅で突き刺そうとした瞬間、無数の斬撃が彼女の体を切り裂いた。
「があ!?」
しかし、その攻撃は痛みはあれど、全く血が出なかったのだ。それでも生まれた隙は大きく、カイツは剣を氷の壁から引きはがし、刃のない側面で攻撃しようとするも、彼女はそれを躱して後ろに下がった。
「馬鹿な。冷気の影響を受けなくなったにしても、動きが速すぎる。手加減でもしていたのか?」
「手加減してたつもりはねえよ。ただ、さっきまではフラフラ迷って、どうすれば良いか分からなかったからな。けどようやく、やりたいことを見つけた」
「やりたいこと? 妹の真似事をした理想を追うことか?」
「それもある。けどそれ以上に、俺はお前を救いたい。お前と一緒にいたい」
彼の言ったことに、アレクトはぽかんとしていた。その後、クスクスと笑いをこらえるように顔をおさえる。
「ふ、ふふふふ。ははははは! 私を救って一緒にいたいとは。氷漬けにされて出た結論がそれか。戯れるな!」
再び、カイツを包み込むように巨大な氷が現れ、彼はそれを躱して接近して斬りかかるが、その攻撃は受け止められる。
「一体どういう思考をしてればそんな言葉が出てくる。私を救いたいと思うなら、とっとと死ね。それが私にとっての救いだ!」
彼女は何度も斬りかかるが、その攻撃を、彼は全て受け止められていく。
「お前の過去を聞いて、氷漬けにされて、ミカエルに怒られてようやく分かったんだ。俺はお前を殺したくない。ヴァルキュリア家から救い出して、俺の作る世界を見てほしいんだ!」
「……どこまでも舐めた態度で。ふざけるなあ!」
彼女は台風のような勢いの冷気を飛ばしてカイツを弾き飛ばす。それと同時に彼の剣や体が凍り付いていく。
「くっ。こんなもの!」
熱の波動を飛ばし、凍り付いた体や剣を溶かした。
「私は自らの意思でヴァルキュリア家に身を置いているんだ。救い出すも何もないんだよ。それに貴様の作る世界を見るなど吐き気がする。テルネのことを理解してない偽りの理想など破綻するにきまってる」
「そうだ。お前から見れば、俺の言葉は偽りで、戯言にしか感じないだろう。それでも俺は見てほしいんだ。俺の思いを。作ろうとする世界を! それがお前の気に入らないものと感じたなら、いつでも俺を殺せ。テルネの身内1人すら納得させられないなら、この理想を抱く資格もない。そのためにも、俺はお前をヴァルキュリア家から救い出す。あんなクズ共は俺が滅ぼして、お前には幸せになってほしいんだ!」
「ほんと、ずいぶんとふざけたことばかり口にしているな。私に幸せなどない。あるとすれば、この身を焼き尽くす復讐の豪火だけだ! たった1人残された私には、何も残ってないんだよ!」
彼女は周囲に絶対零度に等しい冷気の竜巻を起こし、その中に何百本もの氷の刃が混じり、彼の体を傷つけていく。龍烙波動を鎧のように放つも、冷気を完全に防ぐことはできず、徐々に体や剣が凍り始めていた。それでも、進むことを諦めなかった。
「何も残ってないことはない! 俺がそばにいる。お前と一緒にいたいから!」
カイツはその言葉と共に接近し、アレクトの腕を掴む。彼女は必死に放そうとするも手放さず、攻撃を全て剣で受け止めた。
「なぜそんなことにこだわる。妹を殺した償いでもしたのか?」
「違う。俺はお前と一緒にテルネの理想を叶えたいんだ。お前の過去を見て理解したんだ。弱者の醜さを、ただ外道な強者を倒せばいいわけではないことを。お前がそれに気づかせてくれた。テルネの理想を叶えるためにはお前の力が必要なんだ。それに、復讐の炎に包まれて、破滅の道を進んでる奴を見てられないんだよ! お前は1人じゃない。俺がお前の手を掴む。だから、ヴァルキュリア家なんかにいるんじゃねえ。俺と一緒に来い。俺は、お前に生きててほしいんだ!」
その言葉には強い思いがこもっているということは、今のアレクトでも理解することはできた。しかし。
「話にならないな」
彼女は自分の翼を龍のような形に変えてカイツに攻撃する。流石の彼もこれを剣だけで受け止めるのは難しく、後ろに下がって躱し、距離を取った。
「口だけなら、どんな馬鹿でもぺらぺらと綺麗事を言える。だがテルネは、あれだけの地獄を味わってもなお、弱者の虐げられない世界を作るために努力し続けた。貴様が妹と同じだけの覚悟を持つというのなら、その言葉が口先だけのものでないと証明したいのなら、まずは私を倒して見せろ。私すら倒せないような雑魚の作る世界など、見る必要すらない」
「望むところだ。絶対にお前を納得させる。その翼引きちぎって、ただの人間に戻してやるよ」
アレクトは両手の甲を重ね合わせる。
「魔術結界 死霊の廃王国!」
2人は一面が廃墟の死の世界へと降り立つ。
「魔術結界。魔術の奥義とも呼べる力」
「さあ。貴様はこの世界でどう踊る?」
彼女が指を鳴らすと、彼の足下の地面が、何かが飛び出すかのように大穴が開いた。それは透明になってる獣の幽霊であった。幽霊は体を食いちぎろうとするが、間一髪でそれを躱されてしまった。
「あっぶねえ。透明の攻撃というのは厄介だな」
「よく躱したな。ならばこれはどうだ!」
彼女が指を鳴らすと、彼の体内に幽霊が出現し、体の動きを封じられると共に心臓を締め付けられる。
「ぐっ……がああ」
「この攻撃だけでは終わらんぞ」
彼女はさらに、彼の周囲に何体もの獣の幽霊を生み出す。もちろん、カイツにはその姿を認識できていない。
「終わりだ」
一斉に攻撃を仕掛け、獣の牙が食らいついたその瞬間。
「剣舞・龍刃百華!」
横一閃に剣を振りぬくと、無数の斬撃が霊たちをズタズタに切り裂いた。
「やっぱり霊の追撃を用意してたか。攻撃に備えておいてよかった」
「ちっ。だが中にいる幽霊はどうする!」
「既に対策は済んでるよ!」
彼はそう言って、己の肉体を剣で貫いた。
「剣舞・零距離龍炎弾!」
剣に紅い光弾を生み出し、それを体内で爆発させる。それによって幽霊を破壊した。
「……驚いたな。そんな力技で解決するとは」
「お前の幽霊がクッションになったから、ある程度のダメージは軽減できた。威力も霊を倒せるギリギリの出力に抑えたしな」
「だが、そんな力技で何度も解決できると」
彼女が再び彼の体内に霊を生み出そうとした瞬間。
「剣舞・双龍剣。六聖天 脚部集中!」
剣を2本に増やし、足に六聖天の力を集中させる。その力で一気に距離を詰めて斬りかかる。彼女は背中の黒い翼で妨害しようとするも簡単に避けられ距離を詰められてしまう。かろうじてその攻撃を防御は出来たが。
「くっ!」
「また体内に霊を出されるのは面倒だからな。魔術を出される前に潰す!」
彼は何度も斬りかかっていき、彼女はその攻撃を防御するのがやっとだった。彼は一撃一撃の威力を落とす代わりに剣のスピードを最優先にして攻撃していた。それによって彼女は魔術の発動をほぼ封じられており、形勢は彼の方に傾いていた。しかし、それだけでは勝負を決める一手にはならない。
「この程度で止められると思うな!」
自身の肉体を煙のように消し、遠くにいるところに魂を憑依させて避難する。それと同時に魂を切り分けていくつものダミーを生成した。しかし、その直後に紅い光剣が何十本も襲い掛かってきた。しかもそれらはダミーや本物関係なく、すべてに襲い掛かってくる。
「なっ!? ダミーもろとも。くそ」
それらを全て弾くも、ダミーたちは抵抗できずに刺されて消滅した。つまりそれは、本物だけが残ったということ。弾いた直後、一気に距離を詰めて斬りかかられる。防御には間に合ったが、魔術を発動させる隙は全く無かった。
(やはり、奴にはこの策は通じない。こうなると魔術を使う隙を出すのも難しいか。しかも、このスピード。防ぐだけで精一杯だ。だが)
攻撃を続けていると、カイツの剣にヒビが入った。
「! これは」
「忘れたか。天誅は常に冷気を放出している。お前の肉体は熱で防御できてるようだが、剣はそうもいかなかったようだな」
そして、それは小さな隙を生んだ。彼女にとってはその隙は十分なチャンスだった。後ろに下がり、周囲に何十本もの氷の槍を放って攻撃する。その攻撃は紙一重で避けられるも、それは想定内のこと。
「やるな。ならこれはどう対応する?」
再び彼の体内に霊を出現させ、心臓を締め付けていく。
「ぐう……何度も同じ手を喰らうかよ」
六聖天の力を体内の臓器に集中させ、霊からの攻撃を弱めていた。しかし、それでもダメージがなくなったわけではなく、動きをほぼ完全に封じられていた。
「多少は対策をしてるというわけか。だがその程度の防御では意味はない」
彼女が剣を振ると、氷の竜巻が彼を包み込む。
「くそ。厄介なものを」
「その竜巻の中では、お前は私の姿を認識できない。これで本当の終わりだ」
彼女が指を鳴らすと、彼の目に見えない獣の幽霊を出現させる。だが、追撃が来ることは予測しており、彼はその対策をするために剣を地面に突き刺す。
「剣舞・五月雨龍炎弾!」
地面に何十発もの紅い光弾を埋め込み、それを地雷のように一斉に爆破させる。その破壊力で竜巻を一瞬だけ弱め、霊たちの動きを止めた。そして、彼は攻撃の準備をする。
「魔力解放 剣舞・神羅龍炎槍!」
彼は炎を纏った巨大な龍となって襲い掛かる。アレクトはその攻撃を間一髪で躱す。彼は避けられたところで龍炎槍を解除し、彼女に斬りかかる。
「まさかあんな方法をとってくるとは。とことん力技による解決が好きなようだな」
「お前みたいな奴相手だと、いちいち策をこねくり回す余裕なんてないからな。このまま押し潰す!」
超スピードによる連続攻撃でアレクトはどんどん削られていく。カイツの武器、デュランダルのヒビも大きくなっていったが、そんなことは眼中にないといった感じで攻撃を続けていった。
(このままでは破られるのも時間の問題か。ならば)
彼女はあえてでたらめに刀を振るい、わざと弾かれるように仕向けた。
「! 何を」
「こんな手は使いたくないのだがな」
そういった直後、彼女の腹を凍った血の槍が飛び出し、カイツの体を貫いた。
「があ!? この!」
彼はそれでも負けずに剣を振るうも、それは躱され、距離を取られる。腹に穴を開けることにはなったものの、少しだけ彼女の優位に立つことは出来た。
「ここまで追い込まれたのは初めてだよ。小細工で貴様にとどめを刺すことが出来ないことは分かった。だから!」
天誅に強い冷気と魔力が集中していき、それは氷の刃を作り出す。それは大太刀よりも大きな氷の剣に成長した。
「断罪の剣。今持てる最高火力をぶつけるとしよう。私を納得させたいなら、私の覚悟の象徴であるこの剣を折ってみせろ。そして示せ。貴様の作りたい世界を」
「上等だ!」