第181話 氷獄の刃
side カイツ
正直、どっちを守れば良いか迷っている自分がいる。後ろの国王とマリネの会話は俺にも聞こえていたので、あいつの国が滅んだ経緯や憎しみをなんとか理解できた。国民のこととか騎士団のことがなければ、あいつに味方したい気分になってくる。
でもそういうわけにはいかない。どんな事情があれ、奴はヴァルキュリア家であり、あの国王は一応守るべき存在でもある。王様がいなくなれば国は不安定になるし、民は混乱する。性格はねじ曲がってるんだろうが、それでも1国を支える人ではある。王様を守ることが最優先事項。問い詰めるのはその後だ。
「決着をつけよう。マリネ」
「そうだな。お前は私の妹を殺した罪人」
奴は一瞬で距離を詰めて斬りかかり、その攻撃を受け止める。
「ここで殺すのが相応しい」
「悪いが、俺とお前の戦いに相応しいのはここじゃない」
俺たちの周囲の床に丸い切り込みが入ると、円型に床が切り取られて地下へと落ちていった。その直後に奴を吹き飛ばす。
「王城の地下。没落した私への当て付けか?」
「別にそういうつもりじゃない。ここなら存分に暴れられるし、お前にも勝てるってだけだ」
「ふん。ずいぶんと偉そうだな!」
再び直進してきたので、すれ違いざまに腹を切り裂いた。しかし手応えは全く感じられない。この感じは。
「そこか!」
紅い光の刃を生み出し、何もない場所に投げつける。そこにアレクトが突然現れ、俺の攻撃を防御した。
「ちっ。流石に読まれているか」
「ついでに言うと、周囲にいる奴らの気配も分かる!」
剣に風を纏わせて一回転すると、さっきまで感じていた鬱陶しい気配が消滅した。確かゴーストだったか。このゴーストを生み出すのが奴の魔術。クロノスからこいつのことをある程度聞いてたから、魔術に関しては対策が打てる。問題は。
「全く。厄介な奴だよ。やはり、この刀を使うべきだな」
あの刀だ。この前使おうとしていたあの武器。ずいぶんと気味の悪い気配を放っている。一体どんな性能を秘めているのやら。
「見せてやろう。私の真の力を」
そう言うと、奴は煙のように姿を消した。だが気配は探知できる。俺は後ろから来る刀を受け止める。
「こんな騙し討ちは俺には当たらないぞ」
「あいにく、騙し討ちが目的じゃないんだ」
その言葉に疑問を持つと、俺の体が少しずつ冷えていくのがわかった。剣にも霜が降り始めている。
「離れろ!」
俺は剣に力を込めてふっとばしたが、奴は危なげなく着地した。
「ずいぶん妙な刀だな。なんだそれ」
「カーリーが私の魔力を込めて作った刀さ。名は天誅。貴様らのような罪人を斬るために手に入れた刀だ!」
天誅。奴が持つに相応しい刀だな。本当に戦い辛い相手だ。あいつは俺には想像もつかないような地獄を経験し、復讐のために熾天使の力を身に着けてここにいるのだろう。
恨みは真っ当なものだし、倒すのが正しいのかは分からないが、あの王様を守るためにも戦うしかない。勝つことに集中しろ。どういう事情があるにせよ、今のあいつは倒すべき敵なんだ。
「どうした。来ないのか?」
「少し考え事をしてただけだよ」
「ずいぶんと余裕だな。ならこちらから行くぞ!」
奴は再び距離を詰めて斬りかかってくるので、その攻撃を受け止めていく。受け止める度に刺すような冷気が俺を襲ってきた。
「厄介な刀だな。これならどうだ!」
一旦距離を取り、周囲にいくつもの紅い球体を生み出す。
「剣舞・五月雨龍炎弾!」
一斉に放つが、刀から吹き出す冷気によって龍炎弾が凍りついてしまった。
「なに!?」
「この程度か? あまりがっかりさせるなよ」
足元に刺すような痛みが来たかと思うと、いつの間にか片足を凍らされていた。
気配をよく探ると、何かが俺の足に絡みついているのが僅かに感知できた。それはムカデのように繋がって奴の刀まで伸びている。ゴーストを伝い、冷気を俺の足に当てたということか。
「終わりだ。心の臓まで凍えて眠れ」
「終わるかよ。剣舞・龍烙波動!」
体にありったけの魔力を込め、それを熱の波動を変えて凍りついた足を元に戻した。
「強烈な冷気を出す刀か。面白い能力だが、俺とは相性が悪いみたいだし、それだけじゃ俺には勝てないぞ」
「まさか、私の天誅がその程度の性能で終わるとでも?」
奴は突きの構えを繰り出して攻撃してくるが、その速度はさっきよりも遅く、簡単に見切る事ができた。
なんで急にスピードを落としたか分からないが、あの程度の速度ならカウンターで刀を飛ばして終わりだ。
射程範囲に入った奴の刀を弾こうとしたが、その動きが間に合わず、肩を貫かれてしまった。
「ぐっ!?」
「どうした? この程度のスピードも対応できないほど疲れたのか?」
「うるせえよ。剣舞・龍烙波動!」
再び熱の波動を解き放って攻撃するが、その攻撃は簡単に避けられてしまった。
まずいな。流石に内部に冷気を当てられるとかなりのダメージになる。というかさっきのはなんだ。明らかに対処できるタイミングだったはず。なんで対処出来なかった。
「さて。そろそろ終わらせるとしようか」
奴は先程よりも遥かに速い速度で接近して斬りかかる。受け止めようとするが、俺の動きが間に合わず、肩を斬られてしまった。それと同時に刺すような冷気が俺の体の中に入り込む。
「のやろう。剣舞・龍刃百華!」
剣を横振りに一振りするも、それらは受け止められてしまう。その直後の斬撃も速度が遅く、力が弱いために全て止められ、全くダメージにならなかった。
「たく。一体何をしやがった」
「お前に話す理由はないだろ」
「ご尤もだな」
第2開放で完全に力負けしている。これからの戦いのためにも力は温存したかったが、身体能力も落ちてるし、余力を残してる余裕はないか。
「六聖天・第3開放!」
第3開放の力を発動し、膂力が上昇していく。
「! 力が。それに姿も」
「ここからが勝負だ!」
奴を吹き飛ばし、剣を上段に構える。
「剣舞・斬龍剣!」
上から振り下ろして斬撃を放つ。しかし、それは目に見えないゴーストに防がれてしまった。だがそれで終わらせはしない。俺は一気に距離を詰めて斬りかかる。速度は落ちていたが、それでも奴を少しずつ追い詰めることができた。
「これで!」
「ふん」
奴の姿が消えたかと思うと、いつの間にか俺の背後に立っていた。この前の憑依みたいなやつか。だがそれへの対策は済んでる。首にかけたマフラーを鞭のように伸ばし、奴の腕を捕らえた。
「なに!?」
「剣舞・鎖龍爆破!」
マフラーを伝って俺の魔力を流し、大爆発を起こした。そのせいで俺も少しばかりダメージを負ってしまった。だが奴もそれなりのダメージを負ったようで、全身に軽い火傷のような傷を負っている。
「やるじゃないか。少し見誤っていたよ」
周囲を観察すると、あちこちに霜が降り始めていた。あの刀の冷気は強烈だが、それでもこんな急激な速度で周囲が冷えていくわけがない。そして、さっきからずっと冷えていく体。動きが鈍くなったこと。これらから導き出せる結論は。
「その刀の冷気。特殊なものだな。温度が固定されているといったところか?」
「ほお。よく気づいたな。そう、この刀の冷気は永遠に周囲を冷やし続ける。冷気の温度が変わることはない。たとえ貴様の体内に入ろうともな」
なるほど。俺の動きが鈍っている理由も分かってきたな。ミカエルのおかげで周囲の温度が低くなっても動きが鈍ることはない。だがあの冷気は呼吸を通じて俺の体中に入り、中を冷やし続けている。そんな状態じゃ動きが鈍るのは当然だ。中の臓器も冷気でやばいことになってるだろう。さっさと勝負を決めた方が良さそうだ。
「剣舞・双龍剣」
剣を2本に増やし、距離を詰めて連続で斬りかかる。冷気のせいで本来の動きはできないが、それでも少しずつ追い詰めてはいた。
「やるな。だが」
攻撃してる最中、足下から嫌な気配を感じて距離を離した。
「鋭いな。足をひっかけてやろうと思ったのに」
「たく。そのゴーストってのは本当に厄介だな」
「私にとっては便利で助かるんだよ。色々と役に立つしな」
そう言うと、彼女は何かを気にするように周囲を見渡す。隙だらけに見えるが、斬ったところで意味がないだろうし、そもそも近づかせてくれないだろう。
「どうした。気になることでもあったか?」
「いや。そろそろ良い頃合いだと思ってな。はあ!」
奴はいきなり斬撃を放ってきたが、それは簡単に切り裂いて無効化した。この程度の攻撃でどうにか出来ると思ってるわけではないようだが、何を考えてる。
「やるな。ならこれはどうだ!」
奴は何回も刀を振って複数の斬撃を生み出すが、あまりにも狙いがお粗末だった。一気に近づき、すれ違いざまに袈裟切りを放つ。もちろんこれは効いてるわけもなく、奴の体は煙のように消えた。だが、こんな小細工はもう通用しない。
「剣舞・斬龍剣!」
上段から剣を振り下ろし、何もない場所に斬撃を放つ。すると、突然アレクトが現れて攻撃を防御した。
「見抜かれることなど想定内だ。この程度の攻撃など」
「誰がその程度で終わるといった!」
俺が手を突き出すと、奴の周囲を水が包んだ。水は氷漬けになって砕け散ってしまうが、俺はその隙に奴の背後に回り込んだ。
「剣舞・四龍戦禍!」
2本の刀で4つの斬撃を高速で放ち、奴の背中を切り裂く。
「があっ!? やるじゃないか。だが!」
嫌な気配を感じると、後ろからゴーストに体を捕らえられた。視認できないから確実ではないが、この感じだと羽交い締めされているのだろう。
「終わりだ!」
動けない俺を狙って刀を突き刺そうとするが、これぐらいのことを想定しないほど馬鹿じゃない。
「風よ!」
周囲に竜巻を発生させ、風の刃が敵をズタズタに切り裂いた。ゴーストは倒せたが、マリネへの手応えはない。逃げられたか。
それを裏付けるように奴の姿は煙のように消え、少し離れた場所に立っていた。
「流石はミカエルの器に選ばれた男だ。私とここまで戦える奴は久しぶりに見た」
あの憑依みたいな技の仕組みもだいぶ分かってきた。次で仕留める。
「少し厄介だし、こいつを使うとしよう」
奴が指を鳴らすと、背後から巨大な白狼が現れる。この感じからして、ゴーストを巨大化させたというところか。巨大化した影響なのか、気配もかなり大きくなってるし、視認できるようになっている。何が狙いか知らないが、警戒した方が良さそうだ。
「行け。狼よ」
「グルオオオオオオ!」
狼は雄たけびを上げて俺にかみついてくる。その嚙みつきを飛んで躱し、首を切り落とした。しかし、その首は即座に再生し、頭を振り回して攻撃してきた。何とか剣で防御できたが、壁に叩きつけられるほどにふっ飛ばされてしまった。
「がっ!? まさか再生するとはな。ずいぶんと厄介な化け物だ」
「複数のゴーストを練り混ぜ、再生力と攻撃力を上げた怪物だ。さあ、どう対処する?」
狼は再びこちらに接近して噛みつこうとしてきた。それをジャンプで回避し、背中に剣を突き刺した。
「斬るのがだめなら破裂させるまでだ。剣舞・絶龍怨嗟!」
狼の体がぶくぶくと膨れ上がっていき、白い煙を吐き出しながら粉々にはじけ飛んだ。煙は煙幕のように視界を塞ぎ、おまけに感知能力が封じられたか、周りの気配が分からなくなってしまった。
「くそ。最初からこれが狙いか」
この状態だとマリネどころか奴が出してるゴーストの気配も掴めない。ならば。
「風よ!」
周囲に突風を発生させて煙を吹き飛ばした。しかし、それが間違いだったのだ。
「なに!?」
吹き飛ばすために出した風は一瞬にして凍りつく。そこから何十本もの蔓のように氷が伸びていき、俺の体を突き刺した。
「がっ……しまった」
最初からこれが狙いだったんだ。斬撃や狼による攻撃は、この一撃を入れるための時間稼ぎだった。




