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第171話 不穏なものを抱えて

 イドゥン支部長との秘密の会合をした翌日、俺はニーアと一緒に支部長室にいた。


「さて。君たちを呼んだのは王都に関する件だ。後9日でヴァルキュリア家が王都ヴァルハラに侵攻してくる。私たちも防衛のために出撃しなければならない。そこで君たちに頼みがあるんだよ。まず、カイツには騎士団メンバーを指揮してほしいんだ。引き受けてくれるかね?」

「それは構いませんが、なぜ自分なんですか? 他にふさわしい人がいると思いますが」

「いないといえば嘘になるが、総合的には君が指揮官をやってくれた方が良い。ウルたちもやる気を出してくれるだろうしね。それに、本部所属のあいつに主導権を握らせるのは危ないからねえ」


 あの男というのが誰かは分からないが、任された以上はやるべきことやるだけだ。


「ロキ。私は何をすればいいんだ?」

「君には参謀をしてほしい。六神王の情報を最も多く持ってるのは君だ。参謀になってカイツをサポートしてくれ」

「了解だ。全力で兄さまをサポートしよう」

「メンバーはカイツ、アリア、ウル、ダレス、クロノス、ラルカ、ニーア、メリナ、リナーテ、メジーマ、その他諸々合わせて18名」

「……厳しい戦いになりそうですね」

「ああ。ヴァルキュリア家もウリエルも尋常ではない戦力を用意するだろうし、私たちが勝つのは難しいだろう。だが勝たなければ、この国は終わりだ。国を、世界を守るためにも、君たちには全力で戦ってもらいたい。出発時刻は5時間後だ。それまでに用意と最終確認を済ませておいてくれ」




 俺は出発の準備を終わらせた後、ロキ支部長から王都に行くメンバーの資料を、ニーアから六神王に関する資料もらい、それを部屋で読んでいた。今回の戦いでは俺は指揮官であり、会ったことのないメンバーも指揮する。失敗しないようにするためにもメンバーについての情報は把握しなければならない。


「ふふ、熱心に読み込むカイツもかっこいいね」


 そう言いながらアリアが俺の背中に抱き着いてきた。


「アリア。今回の戦いは騎士団にとって重要な任務だ。間違っても仲間割れなんて起こさないでくれよ?」

「はーい。仲間割れしないよう頑張るよ~」

「頼むぞ? クロノスやニーアと仲悪いみたいだけど、喧嘩だけはしないでくれよ。そんなことされたらメンバー全体の士気にも関わるだろうし」

「大丈夫だよ。カイツの言うことはちゃんと聞くよ。嫌われるのは嫌だしね。ま、あっちが攻撃してきたら私も殺す気でやるけどね」

「……本当に頼むから、仲間割れしないでくれよ?」


 今回の作戦では、アリア、ニーア、クロノスは切り札のような存在だ。彼女たちをどう扱うかが勝敗に大きく関わってくる。何があっても対処出来るようにしないと。書類を読み込んでいると、コンコンとドアをたたく音が聞こえてきた。ドアを開けると、そこには1人の男性がいた。チョコレートのような茶髪を無造作に伸ばし、きっちり整えられた顎ひげに優しそうな眼のダンディーな男だ。


「あなたは」

「初めまして。あんたが噂の新人、カイツ・ケラウノスだな? 俺はバルテリア・レイド。騎士団本部の団員で、わけあってノース支部に出向してるんだ。今回の王都防衛戦にも参加するよう、本部長から命令を受けている」

「そうなんですか。それで、俺に何の用でしょうか?」

「なに。これから共に戦う仲間として、挨拶くらいしておこうと思ってな」


 彼が手を差し出したので、それに応じて握手すると、彼がいきなり握る力を強め、爪を立ててきた。


「どうした。色んな女とハッスルしすぎて腹でも下したか?」

「いきなりご挨拶ですね。何か恨みでもあるんですか?」

「恨みならありまくりさ。あんたはノース支部の破壊者だからな。知ってるぜ。色んな女をむさぼり食ってるって話」


 何の話だ。ロキ支部長といいこいつといい、意味深なこと言って混乱させるのはやめてほしい。というかどこソースの噂だ。俺は女をむさぼり食った覚えなどないぞ。


「まあ安心しな。たとえ組む相手が害虫だろうがゴミだろうが、俺は支部長の命令に従って行動するさ。仕事に私情は挟まないのが信条の1つだからな」


 彼はそういって手を放してその場を去っていく。その途中で。


「あのカップリングは!? おーい! そこの君たちいい!」


 2人組の仲良さそうな女性を見つけた後、急に興奮してその人たちの元へダッシュで駆け寄っていった。


「何なんだあいつは。ずいぶんとこっちを恨んでるみたいだが」

「カイツって、変な奴に逆恨みされること多いよねえ」


 逆恨みは言い過ぎだと思うが、確かに恨まれることは多い気がする。これからの戦いがすごく不安だ。私情を挟まないと言ってたが、あんなことをされた後で信用出来るわけがない。




「あっはっはっは! そんなことがあったんだねえ」


 あの後、ウルとダレスが俺の部屋にやってきたので、バルテリアとの一件を話した。ダレスは面白そうにゲラゲラと笑っており、ウルは同情の目を向けている。


「ダレス、笑い事じゃないでしょ」

「確かに。審判者(ジャッジメント)に恨まれるってのは、とんでもない幸運かもしれないねえ。恨まれるってことは、本気で戦える機会があるわけなんだから。私も恨みたくなっちゃうよ」

「不幸の間違いでしょ。全く。どいつもこいつもカイツに筋違いな恨みばかりして」

「筋違いな恨みねえ。バルテリアが俺を恨んでる理由は何なんだ? 破壊者とか女をむさぼり食うとか言われてたんだが」

「大方、あなたが私たちと絡んでるのが理由でしょうね。あいつは女同士の絡みが正義で、男と女の絡みは不純物だと思ってる意味不明な奴だから。過去にも、女と絡んだ男に暴行を起こしたとか聞いたことがあるわ」

「……そいつ、本部所属のすごい人なんだよな? 問題ありすぎないか?」

「騎士団の強い連中なんて問題あるやつしかいないじゃない。クロノス然り、アリア然り、ロキ支部長然り」

「なんで私が問題児扱いされてるのさ。クロノスとかニーアに比べればよっぽどましだと思うけど」

「あなたが一番ひどいわよ。いきなり裏切っていきなり舞い戻って。なんで罰されないのか不思議なくらいだわ」


 アリアは理解できてなさそうな顔をしてるが、ウルの意見には俺も同意だ。アリアが罰されないのもニーアが何の制限も受けてないのも不思議すぎる。そりゃロキ支部長も怪しまれるよな。


「まあ、彼は騎士団本部の人間なだけあって、私情を挟むことはないし、命令には忠実よ。作戦には支障ないと思うわ」

「それなら良いんだが」

「ところで。作戦はどうするんだい? やっぱり当たって砕けろ作戦とか?」


 ダレスが嬉しそうにそう聞いてくるが、そんな作戦をするつもりはない。


「王都に着いてから詳細を詰めるが、とりあえず大雑把なものは組んだ」


 俺は支部長から貰った王都の地図を広げて見せる。王都の形状は簡単に言うと、東西南北それぞれに巨大な門が1つ設けられており、周囲を壁に囲まれている地形だ。王族たちがいる王城は南門の近くに配置されており、主な貿易は北門付近で行われている。


「とりあえず、4つの門に何人か騎士団メンバーを配置し、敵の侵入を防ぐ。そして空中からの襲来に備えて対空攻撃が出来る奴を何人か王都の中で動かす。俺もその中の1人だ。そして最も問題となるであろう六神王やカーリー、ウリエルの襲来に関してだが、六神王たちは北門、ウリエルは南門から来ると思っている」

「その根拠は何かしら?」

「ヴァルキュリア家の目的は人体実験の素材を確保することだ。そのためにも大量の人間を捕獲したいだろし、北門から攻めるのがうってつけだ」

「大量の人材を確保したいなら、金持ちの多そうな南門を攻めそうだけど。金持ちって子だくさんなイメージあるし」


 アリアが質問してきたので、それに答える。


「南門付近にいるのは選ばれた貴族とか一部の金持ちだけだ。子沢山な貴族もいるんだろうが、それでも北門付近に住んでる住民の方が多いはずだ。選ばれなかった金持ちや庶民、ホームレスやストリートチルドレン。そういうのがわんさか集まってるだろうからな。それにヴァルキュリア家は、王族のようなめぐまれた奴らよりも、蔑まれ、貧乏に暮らしてるホームレスみたいなのを望んでる。実験が成功しやすいとかそんな理由でな。以上のことから、奴らは北門から攻めてくるはずだ」

「なるほど。流石カイツ。頭良いねえ!」

「ところで、ウリエルはなんで南門から攻めてくると? そいつは空を飛べるらしいし、普通に空中爆撃みたいなことしてきそうだけど」


 今度はダレスが質問してきたので、それに答える。


「奴が単体で攻めてくるならそうだろうな。だが、奴はストリゴイと手を組んでる可能性が高い。だから南門から攻めてくるんだ。なんせ、大将の王様に最も近い門だからな」

「なるほど。そういうことね」


 ウルが察したようにそう言う。どうやら俺の考えが分かったらしい。


「ウル。どういうことなの?」

「ストリゴイは吸血鬼。そして、吸血鬼が最も望むのは人間の血液。ストリゴイが手を貸す代価として、人間の家畜を望むのは不思議じゃないわ」

「つまり、ウリエルはストリゴイのためにも、できるだけ多くの人間を確保したいってこと?」

「そういうこと」

「なるほどねえ。でもそれが、南門を攻めることと何の関わりが?」

「ウリエルは人間に催眠をかける力を持っている。南門から王城を攻め、王族共を催眠にかければ、あとはそいつらが自分からウリエルに降参して家畜になることを志願し、それでゲームセットだ。兵士たちにどれだけやる気があろうと、大将が降参したら意味ないからな」

「それを防ぐためにも、南門と北門は徹底的に守護する必要があるわね」

「ある程度の対策はしてるが、それでも防げるかどうかは運次第だな」

「ふむふむ。にしても、なんでストリゴイって奴は人間の血が欲しいんだろうね。カイツの話だと、そいつは村を持ってて多くの人間を飼ってるって聞いたし、十分な量の血液を確保してそうなんだけど」

「村の人間以外の血を飲みたくなったのか、あるいは別の狙いがあるのか。なんにせよ、俺たちにとって碌でもないことは確かだな」

「頑張らないといけないわね。カイツ、この戦いに勝利したら、あなたに伝えたいことがあるの。だから絶対に死なないでね」

「心配するな。これでもそれなりに死地をくぐってきてるんだ。そう簡単に死なねえよ」

「そうそう大丈夫だよ。カイツは私がしっかり守るから。牛女は安心して死んでていいよ~」


 アリアがマウントを取るかのように抱き着く力を強め、ウルのことを馬鹿にしたような目で見下す。2人の間にバチバチと雷が走ってるように見えるのは気のせいではないだろう。


「言ってくれるわね。あなたよりは私の方がカイツも安心しそうだけど。私の方が包容力あるし優しいし」

「無駄に脂肪がついてるだけでしょ。頭に栄養行ってないんじゃないの?」


 ほんと、いろいろと不穏な要素が多すぎて不安になってくるな。なんともなく作戦を遂行できると良いんだが。






 ヴァルキュリア家が住む真っ赤な館。そこにあるソファで、カーリーは力なく横たわってる少女に営養剤を注射していた。


「ふふふ。可愛らしいですねえ。何もできない愚かで健気で可愛らしい子。無垢で無能で無意味な女の子。こういう子を育てるのも良い物です」


 彼女が恍惚とした笑みを浮かべてる中、近づく者が1人いた。


「相変わらず楽しそうだな。カーリー」

「アレクト。いえ、ぼっちのマリネと言った方がよろしいでしょ」


 彼女が言い終わる寸前に、刀が首元に突き付けられるも、彼女は目を瞑って余裕の笑みを浮かべていた。


「そのふざけた呼び方はやめろと言ったはずだが」

「ふふ。怖い怖い。一体何の用でしょうか?」

「お前、分かっていたんじゃないのか? ヘルヘイムでのこと」

「なんの話でしょう?」

「とぼけるな。ヘルヘイムでの戦い。私たちが勝てないということが分かっていたんじゃないのか? 貴様はジキル達が無駄死にすることを分かっていて送り出した」

「だからなんですか? あなたにとっては良いことじゃないですか。殺すべき相手が2人、勝手に減ったんですから。それとも、無様に死んだあの2人に思うところでもあったのですか?」

「あんなのに思うところなどない。奴らは貴様の嘘に魅了され、勝手に自殺しただけの愚か者だ。だが」


 アレクトはさらに刀を突き立て、首筋を血がつたっていく。


「貴様の真意を知っておきたいと思ってな。私の目的を知りながらヴァルキュリア家に置き、六神王をゴミのように扱う貴様の真意をな」

「真意なんて、そんな大層なものはありませんよ」


 彼女は刀を押し戻して離し、ソファから立ち上がる。


「私は常に楽しいことを求めてます。熾天使(セラフィム)も、六神王も、ヴァルキュリア家も、あなたも、カイツも、すべて私にとっての玩具。この世界は私にとってのおもちゃ箱なんですよ」

「なるほど。つまり勝ち負けなどハナからどうでもいいというわけか」

「そこまでは言ってませんけど~、まあ楽しめて生きていられたらなんでもオッケーです! 生きていないと、人生意味ないですからね。死んだらすべてがおジャンジャン。家族一緒に生きるって大事ですよ~」

「……ほんと、貴様はどこまでも私の神経を逆なでするんだな!」


 アレクトが刀を振るって斬撃を放ち、カーリーの首を切り落とした。しかし、断面からは血が流れておらず、飛ばされた首は水のようになって地面に落ちた。その後、新しい首が生えてくる。


「わーお。怖い怖い」

「貴様のそのふざけた戯れのせいで、妹は死んだ。私は今でも自分が許せないよ。あの時、貴様などに助けを求めなければ」

「ぷぷぷぷ~。後悔しても後の祭り。この言葉がこれほど似合う状況もありませんね~。あなたもジキル達と同じ。私の嘘に勝手に魅了され、家族を失って無様に生きながらえている。本にしたらとっても売れそうな面白人生ですね~。まるで舞台に取り残されたピエロのようです」

「そうだな。私の人生は実に滑稽だ。だがそんな滑稽なピエロでも、貴様の首をハねる程度のことは出来る。背中を刺されないよう気を付けるんだな」

「あらら~。私のことを今殺さなくていいんですか~? 姫様ビビってる~?」

「カイツを殺すまでは協力してやるだけのことだ。今最も殺したいのはあいつだからな。そのあとは貴様たちだ。植物男にそう伝えておけ」


 彼女はそう言ってナイフを何本も投げ、カーリーに突き刺して帰っていった。


「ぷー。痛いですねえ。痛覚が微妙に残ってるのも困りものです。にしても相変わらず鋭いですねえ。あなたの気配にも気づいてましたし」


 カーリーがドアの方を向いて言う。ドアの先にはプロメテウスがおり、アレクトを監視していたのだ。


「ほおっておいて良いんですか。カーリー様。あの女は少しばかり厄介ですが」

「良いんですよ。私の首を狙う身内なら、強くないと楽しくないですからね~。分かってると思いますが、間違っても監視とか拘束とかしないでくださいよ。そんなつまらないことは嫌いなので」

「……カーリー様がそうおっしゃるのであれば」


 彼は渋々といった様子で引き下がる。


「ふふふふ。9日後の王都決戦。そこでは楽しいことが盛りだくさん。ああ~、高ぶってきちゃいますねえ。一体どんな展開になるんでしょうか。頼みの綱だった六神王も減ってしまい、ウリエルとやガブリエルという化け物も敵になり、仲間からも首を狙われて大ピンチ~。おまけに盤上を揺るがすいくつものイレギュラー、そしてカイツ! 楽しみで楽しみで仕方ないですよ~。ああ、早く王都決戦が来てほしいものです」


 カーリーは恍惚とした笑みを浮かべ、よだれを垂らしながら館の窓から見える月を見ていた。

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