第62話
それは騎士と竜の激しい戦いのようだった。
エルヴィラの口を強く吸ったアルケタは、刺青の竜の鉤爪のように、彼女の乳房を鷲掴みにした。馬乗りになった彼がさらに深く身を沈めると、槍を突き刺されたかのようにエルヴィラが絶叫した。
互いが互いを征服しようと何度も入れ替わった。騎士は槍で激しく責め立て、竜は彼の背中に鋭い爪を立てた。だが、魔法の竜が乗り移ったかのような彼女の体力は無尽蔵だった。やがて、防戦一方になったアルケタに跨ったエルヴィラは、妖しい目をして腰を動かし、何度も歓喜の叫び声をあげるのだった。
どれほど時間が経ったのか分からない。
すでに雨はやんでいた。
激しい戦いのすえ、精根尽き果てたふたりは、ただ抱き合っていた。
エルヴィラが立ち上がり、裸のまま寺院の入口へ歩いていった。エルヴィラはむしろ元気を取り戻したように思える。尻を振って歩く彼女の背中を、アルケタはぐったりと眺めていた。
もう立ち上がれそうにない。
俺は――この戦いに負けたのか?
しばらくすると、よろよろとアルケタも寺院の入口に向かった。エルヴィラの隣の石段に座る。
灰色の空では雨雲がもの凄い速さで移動し、ところどころ雲の切れ目からは西日が差し込んでいた。乾ききっていた山々も瑞々しさを取り戻している。
「ほら、虹だよ!」
とエルヴィラが遠くを指さした。
「帝国で見たのは久しぶりだ!」
アルケタは無言で彼女の手を握り、ふたりはしばらく空を眺めていた。太陽が沈み始め、遠くの山にかかった虹が薄くなっていく。
エルヴィラが隣のアルケタを見た。
「ありがとう。これで古い呪いが弱まったと思う」
「弱まった? 解けたわけじゃないのか」
「たぶん、一度で壊れるようなものじゃないと思う。何度も何度も繰り返さないと駄目なんだ……」
と口にしてから、エルヴィラは慌てて言った。
「いや、そういう意味じゃないぞ!」
「俺だって、今日はもう無理だ」
「そうだね、明日は婚約式だから……」
エルヴィラの言葉に、複雑な気分になったアルケタは黙り込んだ。衝動の炎は収まったが、胸の内では整理できない感情がくすぶり続けている。欲望は満たされたが、この想いが叶うことなんてあるんだろうか。
何も言わないアルケタの顔を、エルヴィラが覗き込んだ。
「お前たちの晴れ姿をパレードで見たら、僕らはイグマスを出発するよ」
「南大陸か」
「あっちはルラル教も広まっていて、商売がしやすいから」
「もう戻ってこないのか?」
「それは航海次第だね。でも必ず会いに来るよ、僕ひとりだけでも……」
と口にしてから、エルヴィラが悲しそうに首を振った。
「……でも分からない。父から離れられるほど、指輪の力が弱まったのかどうか。それにそのときには、もうお前はドルシアと婚約しているんだ。二度と会わないほうがいいのかもしれないな……」
太陽は沈み、西の空は真っ赤な残照だけになった。
「そんな先のことは誰にも分からないさ」
「……そうだね」
アルケタの肩にエルヴィラが頭をそっと預けると、ふたりは夏の夕焼けをいつまでも眺めていた。




