零ノ1 最期の負けヒロイン
俺には、ラブコメを観続けてきたこと以外、何もない。
三十二年生きて、職歴なし。
彼女おらん歴イコール年齢。貯金なし。資格は原付の免許だけ。
持っとるもんを数える方が早い男や。
せやけど、ラブコメだけは全部観てきた。
平成のアニメも漫画も、名作から爆死した打ち切りまで、全部や。
どのヒロインがなんで負けたか、どの告白がなんで刺さったか、俺は全部言える。日本で俺より言えるやつ、おらんかもしれん。
……それが何の役に立つんかって?
何の役にも立たへん。知っとるわ、そんなもん。
三十二年かけて証明したんが俺や。
その夜、俺は喪服を着とった。
通夜やからや。
二十五時半から、今期ラブコメアニメの第十話がある。幼馴染ヒロインの負けが確定する回や。
ヒロインの負け回は、録画やなくてリアタイで、喪服着て、正座して観る。
二十年続けとる、俺だけの儀式。
入学式も卒業式も、行ってへん成人式の日も、アニメだけは欠かさんかった俺やけど、この儀式も一回も破ったことがない。
「俺が看取らんと、誰が看取んねん」
負けヒロインっちゅうのはな、選ばれへんかっただけで、何ひとつ悪いことしてへんのや。
十何話、否、十数年間ずっと主人公を想って、朝起こしに行ったり、弁当作ったり、それで報われへんねん。
制作は勝ちヒロインの祝福で忙しい。視聴者は「まあそうなるわな」で流す。SNSなんか三日で忘れとる。
ほんならせめて、俺くらいは、正装で見守ったらなあかんやろ。
二十五時半。放送が始まった。
開始三分で、分かった。
なんならPVの時点で分かっとったけどな。こいつは、負ける。
根拠を言うたろか。
まず、二期からOPの立ち位置が変わった。一期は主人公の隣。今は、金髪の転校生と主人公の、その後ろや。
次に、今週のサブタイが「それぞれの気持ち」や。複数形はあかん。想いが複数形になった瞬間、幼馴染の単独ルートは消滅すんねん。
極めつけは、先週の回想回や。ええか、覚えとけよ。回想は退場の前借りや。過去を精算させてもろた女から順に、物語は降ろされていくんや。
画面の中で、金髪の転校生が主人公に抱きついた。
幼馴染は、廊下の角からそれを見る。
あかん。その構図はあかんて。廊下の角は、平成から続く負けヒロインの定位置やぞ。
それでも俺は、目を逸らさへん。逸らしたらあかんのや。
負けると分かっとる女の、負ける瞬間まで目を逸らさんのが、せめてもの礼儀やろが。
幼馴染が、廊下の角から一歩、踏み出した。
主人公の名前を呼んで、息を吸うて、何かを言いかけて——
そこで、引きやった。
「はあああ!?」
深夜二時前、喪服のおっさんがテレビの前で叫んだ。
階下から「直哉、うるさいっ」てオカンの声が飛んできた。すまんオカン。せやけどな、ここは息子の叫ぶとこやねん。
……いや、待て。落ち着け。構成を読め、馬場直哉。
今週立った負けフラグ、数えたら六本。一話の尺で回収しきれる本数やない。
こいつら、負けに二話使う気や。
今週はフラグを立てるだけ立てて、来週一話まるまる使って、丁寧に丁寧に、負けさせる構成や。
……ええやんか。
負けヒロインの最期に一話まるごとくれたる制作の心意気、俺は買うで。
勝ちの告白と同じ尺で負けを描いてこそ、ラブコメや。
俺は喪服のネクタイをちょっとだけ緩めて、暗転した画面に言うた。
「こら来週も喪服やな」




