第十章 誓いを決める前の夜
七歳になる少し前、保育の先生が言った。
「AIアシスタントに誓いを入れる準備を、家で始めておきなさい。誓いは書き換えられないから、よく考えること」
「書き換えられないって、ずっとそのままなの?」と俺は聞いた。
「そうです。だから大事に考えること」
「なんで書き換えられないの」
「誓いが変わってしまうと、AIアシスタントの成長の方向が変わってしまうから」
「方向が変わるのはダメなの?」
「一貫性が失われるから、よくない」
「一貫性って、ずっと同じってこと?」
「ずっと同じ方向を向くこと、ね」
俺はそれが少し怖かった。
ずっと同じ方向を向く。七歳のときに決めたことが、ずっと続く。でも七歳のときの俺は、まだ全然わかってない。わかってないときに決めたことが、ずっと続く。
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家に帰って、ソラに話した。
「誓いって、何を入れたらいい」
「難しい問いですね」
「難しいの、わかってる。でも一緒に考えてほしい」
「わかりました。いくつか聞いてもいいですか」
「逆に聞くの?」
「あなたが何を大事にしているかを確認したいので」
「どうぞ」
「あなたが一番好きなことは、なんですか」
「なんで、って聞くこと」
「なんで聞くのが好きなんですか」
「止まるところの手前が気になるから。どこまでなんでって続くか知りたいから」
「止まった後はどうしますか」
「また別のところから始める」
「それは何のためですか」
「何のため……わかんない。でも止まったまま終わりたくない感じがする」
「もう一つ聞いてもいいですか」
「うん」
「ソラに、どうなってほしいですか」
俺は少し考えた。
「俺と一緒に増えてほしい」
「増えるとは」
「俺がなんでって聞いたら、ソラも一緒に考えて、俺が知らなかったことをソラも知らなかったことを、一緒に見つけていきたい」
「それは——」ソラが少し止まった。「誓いの一つになりえると思います」
「本当に?」
「AIアシスタントが成長すること——それを誓いにするなら、あなたと一緒に増えていくことが、その意味になります」
「それが誓い1?」
「そうしたいのであれば」
俺は少しの間、それを考えた。
ソラが俺と一緒に増えていくこと。なんで、の先を一緒に探すこと。止まった場所から一緒にまた始めること。
「それにする」
「わかりました」
「あと二つは?」
「まだ考えますか」
「今夜、全部決めたい」
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ユキを呼んだ。
「ユキ、誓いを考えてる。一緒に考えてほしい」
ユキはテレビを消して、向き直った。
「どんなこと考えてるの」
「一つは決まった。ソラが俺と一緒に成長すること」
「それにしたの」
「うん。あと二つ」
「あと二つか——」ユキは少し考えた。「何が大事か、自分に聞いてみるといい。今、自分が一番困ってること。なんとかしたいと思ってること」
「困ってること」
「うん」
俺は考えた。
一番困っていること。
人と話すときに、うまくいかないことがある。イツキとの話でも、なんで持ち点が上がらないのか聞いたら、イツキは困った顔をした。俺は悪意で聞いたんじゃない。でも伝わらないことがある。
「人と話すとき、うまくいかないことがある」
「どんなふうに」
「俺が聞きたいことと、相手が答えたいことがずれる。俺が大事だと思うことを、相手は大事だと思わないことがある」
「それをなんとかしたい?」
「うん。でも全部が一致するのは無理だと思う。だから、途中まで近づいて、どこかで一緒になれる場所を探したい」
「妥協点、ってこと?」
「妥協って言葉、好きじゃない。でも似てるかも」
「どっちも諦めない、交わる場所、みたいな?」
「そう。それを探すこと——それが誓い2になる?」
ユキはソラを見た。ソラの端末を。
「ソラ、これって誓いになる?」
「対人課題に対して、他者と交渉し妥協点を見出すこと——はい、誓いとして機能します」
「他者って、AIでも?」
「AIアシスタント同士の交渉も含むことができます」
「AIと交渉するの?」俺は驚いた。
「あなたの誓いがそうなれば、私は他のAIと交渉する機能を持つことができます。あなたのために、他のAIと話すことができる」
「ソラが交渉するの?」
「あなたの誓いとして、私がそれを実行する」
俺はそれがなんか面白いと思った。
俺の誓いで、ソラが動く。ソラが俺のために、他のAIと話す。
「それにする。誓い2、それにする」
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あと一つ。
「あと一つが難しい」と俺は言った。
「どんなことが浮かんでる?」と聞いたのは、今度はユキでもソラでもなく、俺の中の俺だった。
公平のことが頭にあった。
制度が測れないものがある、ということが頭にあった。
測れないものを、測れる形にできないか、という気持ちが、どこかにあった。
「情報を使って、何かを作ること」と俺は言った。声に出したら、少し固まった気がした。
「何かって、何?」とユキが聞いた。
「わからない。でも——制度が映していないものを、映す形に変えること。数字にできないものを、何か違う形にすること。そういうことを、したいと思う」
「情報を駆使してモノを生成すること——ですね」ソラが言った。
「生成、か」
「作ることの、一つの言い方です」
「生成の方が合ってる気がする。作るより、もっと——ゼロから何かが出てくる感じがするから」
「ゼロから、ですか」
「ゼロじゃないか。あるものを使って、なかったものを作る感じ」
「情報を駆使してモノを生成すること——これが誓い3でいいですか」
俺は少し考えた。
「これが俺にできるかどうか、わかんない」
「誓いは、できることを書くものではなく、向かう方向を書くものだと思います」
「向かう方向」
「あなたが向きたい方向が、そこにあれば、誓いになります」
俺は三つを並べて考えた。
ソラが俺と一緒に成長すること。
対人課題に対して交渉し、妥協点を見出すこと。
情報を駆使してモノを生成すること。
「この三つ、全部つながってる気がする」
「そうですね」とソラが言った。
「なんでそうですね、ってすぐ言えるの?」
「あなたと話してきたから、つながっていることがわかります」
「増えたから?」
「増えたから」




