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第九章 ユキの顔

 六歳の秋に、俺はユキの顔が「変わる」ことに気づいた。


 変わる、というのは、感情によって変わる、ということじゃない。それはずっと知っていた。


 俺が気づいたのは、仕事の話をするときと、俺の話をするときで、ユキの目が違う、ということだ。


 仕事の話をするとき、ユキの目は少し遠い。何かを計算しているみたいな、少し前を見ているみたいな目。


 俺の話をするとき、ユキの目は俺にある。距離がなくなる感じがする。


 ある夜、俺は聞いた。


「ユキ、仕事、大変?」


「どうしてそう思うの」


「仕事の話をするときの目が、疲れてる感じがするから」


 ユキは少し驚いた顔をした。


「……気づいてたんだ」


「うん。なんで疲れてるの」


「仕事はそれなりに大変だよ。でもやれてる」


「評価点は上がってる?」


「……少し難しいね、最近」


「なんで」


「評価点をもらえる人とのつながりを作るのが、時間的に難しくて。仕事してると、なかなかそこまで手が回らないから」


「俺のことが忙しいから?」


 ユキは少し黙った。


「関係ない。俺のせいじゃない、って言いたいの?」


「そうは思ってないけど、心配してくれてるのはわかった。ありがとう」


「ありがとう?」


「心配してくれて」


 俺はその「ありがとう」が少しおかしかった。


「ユキが疲れてるのに、俺がありがとうって言われるの?」


「あなたが気にしてくれることが、嬉しいから」


「俺が嬉しいと思ってくれるから、ありがとうって言うの?」


「……そうね、そうかな」


「それって、循環してる」


「循環?」


「俺が心配して、ユキが嬉しくて、俺にありがとうって言って、俺がまた何かを感じて——終わらない」


 ユキは笑った。


「そうかもしれない」


「それって、いいことなの?」


「終わらなくてもいいことは、あると思う」


---


 ソラに後で話した。


「循環が終わらなくてもいいことがある、ってユキが言ってた」


「どう思いましたか」


「逆に聞くの?」


「あなたが感じたことを聞きたいと思いました」


「……なんか、そうかもしれないと思った。得点制度みたいに、上がったり下がったりするんじゃなくて、ずっと続くものもあるのかな、と思った」


「続くもの、ですか」


「得点は変わる。持ち点も変わる。でも俺がユキのことを心配することは、変わらない気がする。それって得点に入らないけど、ある」


「そうですね」


「そういうのって、制度には入らないの?」


「入りません」


「なんで入らないの」


「測れないからだと思います」


「測れないから入らない。でも、あることは確か」


「あなたが感じていれば、あります」


 俺はその夜、それをずっと考えた。


 測れないけど、ある。


 俺にはその言葉が、大事なことを言っている気がした。でもそれが何なのか、まだはっきり言えなかった。

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