最終話 日々は続く【後編】
ましろと別れた私は、夜の街をゆっくり歩いていた。
真冬の冷たい風が頬を撫で、頭に残っていた酔いがすっと引いていく。
ましろは本当に楽しそうだった。
最後まで「シェアハウス」の話を熱弁し、何を言っても引く気配がない。
結局、三人で住める物件をそのうち探すことになってしまった。
(……まあ、悪くないか)
独り言のように呟いて、小さく笑う。
茉莉花と二人きりより、ましろがいた方が安心できる場面は多い。
茉莉花もましろがいれば、きっと前向きになれる。
──毎日が賑やかで騒がしくなるだろう。
一ヶ月前には想像もしていなかった未来だ。
マンションへ戻る途中、技巧神社の鳥居が目に入った。
ここは私の実家だ。父が神主を務め、そして母さんが祀られている神社でもある。
……とはいえ、母さんは今、私に憑いているので、社殿には祀神がいない状態なのだけど。
鳥居をくぐり、月明かりだけが照らす参道を歩く。
静寂の中、私の足音だけが響いていた。
拝殿の前で財布から小銭を出し、賽銭箱へ投げる。澄んだ音が響く。
二礼二拍手一礼。
目を閉じて手を合わせると、冷たい夜風が頬をなで、心の奥にほのかな温もりが広がった。
≪禊なら拝まなくても、言ってくれたら何でも叶えてあげるのに≫
「こういうのは風情が大事なの」
気づけば隣に立っていた母さんが、いたずらっぽく微笑む。
月の光が母さんの輪郭をきらりと縁取り、現実感が薄れるほど綺麗だった。
≪今、お金に困ってるんでしょう。【金運上昇スキル】でもあげましょうか?≫
「……い、いいよ。そういうの使うと、楽を覚えて身を壊しそうだし」
図星を突かれて、返事が詰まる。
短期間で二度の引っ越し、長距離タクシー、そして近々また引っ越し。
財布事情は、正直かなり厳しい。
≪あの男からもっと慰謝料をぶんどればよかったのに≫
「区切りだから最低額で示談したんだよ。明楽を責めたいわけじゃないし」
≪禊は優しすぎるのよ≫
「母さんの娘だからね」
≪……私は優しくないわよ≫
そっぽを向く母さんの横顔は、どこか照れていた。
参拝が終わり、帰ろうとしたところ、声をかけられた。
「禊」
声の主は、父さん――対極院両儀だった。
夜も遅いこともあって、神主装束ではなく、ラフな私服姿だ。
「……父さん」
「少し座らないか?」
「うん。いいよ」
隅の方にある木製のベンチに腰をかけた。
父さんから缶コーヒーを渡されて飲む。
暖かいコーヒーが、夜風で冷えた身体をゆっくり温める。
「――今回の件……本当によく頑張ったな、禊」
「……ありがとう、父さん」
≪ふふん。私の娘だもの。当然でしょう≫
母さんが得意げにいう。
「俺の娘でもあるからな」
≪……まあ、それは……そうね≫
母さんは渋々といった感じで頷いた。
少しだけ身体が熱くなる。
――両親に揃って褒められるというのは、何歳になっても嬉しかった。
「……ちょうどいいな」
父さんは、懐から三枚の符を取り出した。
三枚の符の中心には、「天照」「月読」「素戔嗚」とそれぞれ書かれている。
「愛守。これを社殿に帰してきてくれ」
≪面倒ね。自分で返しなさいよ。それか使役すればいいじゃない≫
「この三体は――強すぎる。一時ならまだしも、常時使うには俺の器が足りない。
それに、社殿はお前の領域だろう。人が入るには……少々向かない」
社殿は神様が居る所とされている。
実際、私に憑くまでは、母さんは社殿にいた。
そして拝殿にくる参拝客の願いを訊き、面白そうな相手には試練を告げ、その様子を千里眼で観察。
達成すれば【スキル】を与える日々を過ごしていたようだ。
≪はぁ……しかたないわね。夫の頼み事だから、特別に聞いてあげる≫
母さんは、父さんから三枚の符を預かると、社殿の方へ飛んでいく。
「父さん。晴明は、「素戔嗚」のことを道満の式神って言っていたけど」
「ああ。その事か……。
芦屋道満が、十二天将を持つ安倍晴明に対抗するために、弟子の六道に造らせた式神だ
お前も知っての通り、十二天将は愛守の力を転位したものだ。
対抗する為には、十二天将を超えるエネルギーを持つ物が必要だった。
そこで六道は、愛守に言って、十二天将を上回る物として三体を造り出したとされている」
「……そんなことが。でも、道満の式神がどうしてウチの神社にあるの?」
「道満の死後に、六道が回収したようだ。強力な式神には間違いないので、そのまま神社の社殿に奉納。
今回のような緊急時に、対極院家の当主が使用するようにしてきた」
納得した。
弱体化していたとはいえ「素戔嗚」は玄武の防御を貫き、晴明へ刃を届かせた。
尋常の式神じゃない。
「……禊」
「なに、父さん?」
「もう少し実家に顔を出してくれないか。鵺が逢いたがっている」
「――……義娘が頻繁に来たら、鵺さんも気を使うと思うよ」
父さんが再婚して、高校生になった同時には私は家を出て、学校の寮で過ごした。
別に鵺さんの事が嫌いとかではないし、鵺さんも私のことを気遣ってくれている。
――でも、私のお母さんは母さんで、鵺さんじゃあない。
今は折り合いはつけているけど、昔はそんな子供ゆえの反発心があった
それに、なぜか義妹弟に嫌われている節があるので、ちょっと来にくい感じがしていた。
「そんなことはない。あいつは、実の娘のようにお前を想っている」
≪私のほうが禊を大切に想ってるわ!!≫
戻ってきた母さんが、負けじと叫んだ。
(……私、家族から距離を置いてばかりだったんだな)
夜魔に下された罪は「怠惰」。
人との関わりを怠った結果、茉莉花とも向き合えず、あんなことになった。
鵺さんとも、義妹弟とも。
後悔がないように、ちゃんと向き合っていかなきゃ。
「……修行もつけてもらってるし、月に数回は家族でご飯を食べるようにするよ
私の方は調整はできるけど、鵺さんは大丈夫そう?」
鵺さんは公安所属で潜入捜査のエース。
陰陽課と違って忙しい所だし、中々難しいのかもしれない。
「禊が来るというのなら、鵺も仕事を調整するだろうさ」
「……そうかな」
「ああ」
父さんは頷いた。
「――くしょん」
「寒い中、だいぶ引き留めてしまったな。禊、気を付けて帰れよ」
≪私がいるのに禊に何かあるわけがないでしょう≫
「……何かあった際の、相手側が心配なんだ。お前はそろそろ手加減を学べ」
≪失礼ね。学んでいるわよ。だから、地球はこうして無事に存在しているでしょう?≫
冗談……ではなく本気で言ってそう。
実際、母さんなら、それぐらいする力はある。
母さんは先日、龍脈の陰気を大量に吸収していることから、今は相当なエネルギーを持っているはずだ。
父さんは呆れ、私は苦笑いをする。
「それじゃあ、父さん。またね」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「うん」
父さんと別れ、鳥居をくぐる。
母さんと並んで、ゆっくり夜道を歩く。
≪禊≫
「ん?」
≪今、幸せかしら≫
少し考えてから答える。
「幸せよ。だって母さんが一緒にいるもの。母さんは?」
≪私も幸せよ。禊とこうしていられるんだもの≫
「そっか。私たち、一緒だね」
微笑み合い、夜空を見上げる。
星は瞬き、月は静かに輝いていた。
辛いことも苦しいこともあった。
けれど今は、支えてくれる大切な人がいる。
茉莉花との日々。
ましろとの賑やかな暮らし。
陰陽課としての仕事。
家族との時間。
すべてが私の人生を色づけていく。
きっと、また困難は訪れるだろう。
けれど今度は逃げない。
向き合って、受け止めて、乗り越えていく。
――それが、私の新しい日々だ。
【完】
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