第6話・魔物と魔王軍
コウルの街を出た道すがら、エヴァルスとタンクは脇道で仕留めた魔物に舌鼓を打っていた。
「あの街で食い物貰ってくればよかったなぁ」
「かさばるよ」
タンクの愚痴を軽く流しながら焼いた肉を頬張る。
ただ焼いただけの肉を口にすると調味料くらいだったらよかったかも知れないと自分の考えを覆した。
「ところでよ、次の街はどこに向かってるんだ?」
「タンク、もしかして何も考えず歩いてた?」
自ら先んじて歩いていたのでエヴァルスはすっかり目的をもって進んでいると思い込んでいた。
当の本人はそんなことなくただ道なりに進んでいただけだったのだ。
「うるさいな、道があるんだから進んでたらどこかに着くだろ」
「タンク。ボクらは別に遊びで旅をしてるわけじゃないんだよ?」
「わかってるよ。そうは言ってもこのまま魔王の城に行っても勝てないだろ」
タンクの言葉に押し黙る。
コウルの街では辛くも魔物を退け子どもを助けることができたものの運が味方したことはふたりも充分にわかっていた。
街に出る程度と言えば言葉が悪いがまだまだ王都の近くに出る魔物で苦戦しているのであれば、元凶である魔王に太刀打ちできるわけなど無かった。
「武器もだけど、この紋章ってなんなんだろうね」
エヴァルスは自分の手に浮かんでいる紋章を眺めた。
この紋章のせいで旅に出ることになった。
しかしこの紋章についてわかっていることはほとんど無い。
魔法を使う魔力の源泉であること。
紋章によって発動する魔法が違うこと。
このふたつしかわからない。
それは何もわかっていないことと同じだった。
「だよな。これで特別な魔法が使えるならいざ知らず」
タンクも頷いた。
エヴァルスの火炎。
タンクの身体強化。
確かに魔法として、こと戦闘に置いて有用であることは間違いない。
だが、唯一無二の性質かと聞かれればそんなことは全くない。
実際コウルの街で魔法の話が出た時も街の人間が驚いた様子が無かったことが良い証拠だ。
「コレって貧乏クジの証拠だったりするのか」
あまりの言い草に顔をしかめるエヴァルス。
「言い方。でも何かしらの利点は欲しいよね」
そんな都合の良いことがあると本気で思っているわけでは無いだろう。
ただ世界に差し迫る危険に悠長なことを言っていられない。
そんな焦りを覚えながらエヴァルスは残った肉に口を付けた。
「ぴぃぃぃ!」
ちょうど食事を終えた時、何か音が聞こえた。
聞こえた、なんて軽いものではない。
明確に、危険を知らせる叫び声があたりに響いたのだ。
その音に向かって視線を飛ばすふたり。
さほど離れていないようだった。
「行こう」
「人の声じゃないだろ、アレ」
すぐに立ち上がったエヴァルスとまだのんびり座っているタンク。
「放っておけよ。無駄に巻き込まれることはない」
「もし魔物なら少しでも減らさないと、ね?」
「しょうがねぇなぁ」
エヴァルスの伸ばした手を掴むとゆっくり立ち上がるタンク。
「急ごう。……なんだか、こっちに近付いて来てる?」
ふたりが声の方向を向くと先ほど聞こえた音が徐々に大きくなる。
その音に呼応するように茂みの揺れる様が近付いてきた。
「来るぞ……構えろ」
「ぴぃぃっ!」
茂みの中から飛び出してきたのは何とも奇妙な生き物だった。
魔物の一種なのだろう。
ピンク色の表皮に顔の左右にあるヒゲのような突起。
背中にはヒレがあり、しっぽまで続いている。
大きさは膝から腰丈といったところか。
人間のように2本の足で走って呆然と見ていたエヴァルスにぶつかると背中からころんと倒れ込んだ。
「うぱっ!?」
いきなり視界が変わったことに驚いたのか仰向けのまま足をじたばた動かしてまだ走ろうとしている。
「……コレ、なんだ?」
「魔物、じゃない?」
警戒していたところに出てきたまるで危険を感じない生き物にふたりは緊張を解いた。
「倒すか」
「タンク、無駄に倒す必要ないよ。ほら、こんなに可愛い」
「うーぱー!!」
自分がひっくり返っていることにまだ気付かず、一生懸命、足をばたつかせる生き物に手を差し伸べる。
「立てる?」
「うぱっ?みぃぃ!」
覗き込んだエヴァルスに驚き、顔を引きつらせた魔物はようやく倒れていることに気付いたようだ。
よく見ると前足になにか持っている。
どうやらそれは蜜のかたまり。
まるでハチの巣を切り出したような六角形の代物だった。
「なんだろう、コレ……」
エヴァルスが手を伸ばした瞬間、魔物が走ってきた茂みから巨大なハチが現れた。
ハチを見た魔物は「みぃ!」と鳴き声を上げてエヴァルスの背中に隠れる。
この状況を見てふたりは同時にため息を吐く。
「エヴァ、コイツ渡して終わりだ」
「助けようよ」
「いーや。魔物は魔物同士、勝手にやってもらえば……何しやがる!?」
エヴァルスの足元にいた魔物はタンクのズボンに切り立しハチの巣を擦りつけている。
その様子を見ていたハチは横向きに8を描くように飛び出した。
無関係を貫こうとしたタンクだったが、盗んで来たであろうハチミツを擦りつけられたことでしっかりと同罪にされてしまう。
「うぱっ!」
魔物、サムズアップ。
「ぶっ飛ばしていいか!?」
「それより、来る!」
攻撃予告をしていたハチは頭から突っ込んでくる。
狙いはもちろんタンク。
とんだ濡れ蜜、ならぬ濡れ衣を着せられたタンクはまっすぐ迎え撃つためにその場に足を踏みしめる。
「所詮ムシ、ふっ飛ばして……」
タンクの目の前に迫るハチ。
殴りつける寸前に飛んできていたハチから湯気が出始める。
いや、違う。
湯気であれば下から上に立ち込めるはず。
しかし、今出ているものはハチの身体から下へ降りていっている。
タンクが気付くかどうかの間にハチの羽の動きは止まり、みるみる失速、そして地面に墜落する。
「……なんで?」
「タンク、避けて!」
目標が目の前で墜落したことで気が緩んでいたところにエヴァルスの鋭い声が響く。
考えたわけじゃない。
ただエヴァルスの声に反応して半歩引いただけだった。
その半歩。
ただ胸を反らしただけに見える回避運動。
その避けた紙一重のところに鋭い氷柱が何本も飛んできた。
「……勘の良いヤツめ」
ふたりは氷柱が飛んできた茂みからゆらりと人影が現れた。
長い髪、長身痩躯。
それよりも目立つ、髪から突き出た青い角。
左眉の上にそびえる片角が、彼を異形ということを物語っていた。
「お前……人間じゃないな」
タンクは濡れた頬に触れながら片角を睨みつける。
指先には赤い雫。
どうやら躱しきれなかった氷柱が頬をかすめていたようだった。
「汚らわしい。ヒトなどと同列に並べるなどと。まぁいい。そのケモノを寄越せ」
爪の付いた手をゆらりと差し向ける。
その先にはエヴァルスの足に隠れる魔物。
「お前、コイツを狙っていたのか!」
「そうか、渡さぬか。なら」
片角は手を差し向けたまま、肉眼でも見える速度で魔力を高めていく。
胸にある青い石が光るのに呼応するように周囲の空気が冷え始め、シュクの腕周りの空気が渦巻いた。
エヴァルスは咄嗟に反応して、応じるように魔力を高める。
(間に合わない)
魔法の展開は片角の方が早い。
エヴァルスの炎が生み出されるより早く、氷柱が発射体勢に入る。
「エヴァ、壁!」
迎撃展開をしていたエヴァルスにタンクは叫ぶと自ら突進していく。
氷柱はまっすぐエヴァルスに向かって飛んでいく。
しかし展開した炎の壁で狙いが逸れてかすりもしない。
魔法展開で無防備になった片角に殴り掛かったタンクだったが、携えた直剣を抜くと剣の腹でタンクの拳を受けた。
「やるじゃねぇか」
「手ぬるい」
目線のみタンクに向けるとそのまま脚を振り上げて腹部に蹴りを叩き込む。
死角から打ち込まれる蹴りに空いていた手で抑えると勢いを利用して後方宙返りで距離を取る。
「タダのヒトでは無いようだな」
「オレばかり見てていいのか?」
タンクの言葉の直後、片角の顔面に火の玉が直撃する。
だが、まるで水でも拭うように燃える火を払う片角。
「……炎。なるほど、そっちが勇者か」
「貴様、何者だ」
タンクはごくりと唾を飲んだ。
「魔王軍掃討将・シュク。まだ勇者の抹殺は命じられていないが事のついでだ」
じろりとエヴァルスに視線と剣を向ける。
あまりに露骨な殺気にエヴァルスは寒気を覚える。
銅剣を抜くよりも早く、目の前に差し迫るシュク。
すでに剣は振るわれ、首に迫る。
「うぱっ!」
そんな時に魔物がエヴァルスの膝裏を殴り、その勢いで後ろに倒れた。
空を切る剣。
「ち、2度目は」
「こっちのセリフだ!」
先ほど止められた拳をシュクの顔面に向かって振るう。
シュクは軸足を踏み込み回るように躱すとそのまま回る勢いでタンクの後頭部に肘を刺し打つ。
「みっ!」
足元に居た魔物はタンクのふくらはぎを引っ張り転ばせる。
「ふざけたマネを」
歯噛みをしながらタンクの足元にいる魔物に剣を突き立てるシュク。
剣が走る道にエヴァルスは銅剣を挟み込む。
ギャリっという耳障りな金属音が響き、ふたりを助けた魔物の脇に剣が突き刺さる。
「うおら!」
倒れていたタンクは目の前にあるシュクの腹に脚を打ち上げた。
剣が地面に突き刺さっていた状態では躱すこともできず、身体が宙を舞う。
飛んだ身体を翻し、足から着地するシュク。
「助かった!魔物!」
「うぱぱっ」
乱暴な礼を言われた魔物は前足を組んで胸を張る。
「……遊びのつもりだったがな」
シュクはジロリとふたりと1匹を睨む。
ふぅとひとつため息を吐くと両手を合わせて剣をまっすぐ差し向ける。
今までと明らかに変わった雰囲気にエヴァルスとタンクは身構える。
「やべぇ、なんかしてくる」
「逃げなきゃ」
エヴァルスが足の向きを変えようとしたとき、足が地面に張り付いた。
「逃がすわけがないだろう」
目を向けるとシュクの背後に丸太ほどもある氷塊が浮かび上がる。
「ここまで魔石の残量を使うことになるとはな。これで勇者を屠れるならば良いだろう」
「タンク!」
「こっちも動かねぇ」
タンクもエヴァルスと同じように足が地面に付いてしまっているようだ。
「うぱー」
ふたりが動けないでいると魔物がエヴァルスの足を引っ張る。
「動けるの……なら逃げて!」
魔物は首を振ってよちよちとふたりとシュクの間に割り込んだ。
「何してんだ!」
「ちょうどいい、お前も消えろ!」
シュクが向けていた剣を振り下ろすと背後に浮いた氷塊が飛んできた。
「うっぱぁ!」
魔物が叫ぶ。
その声に反応してエヴァルスの紋章が青く光った。
ほとばしる魔力は、そのまま魔物に向かっていく。
ゆっくりと口を開く魔物。
目の前には氷塊が迫っていた。
「潰れろ!」
「っぱぁ!」
瞬間。
氷塊を包む青い炎。
一瞬で拡がった熱は離れていたエヴァルスとタンクにまで届くほどの熱で氷を消し去った。
「な、なにぃ!?」
勢いは止まらず、シュクに向かって進んで行く炎。
胸にある青い石が光り冷気を作るも途中、ヒビが入り砕けてしまう。
「なんだと……!」
身をひるがえし走り出すシュク。
背後には青い炎が迫っていた。
「くそぉ!!」
シュクの身体を青い炎が捉えて包み込む。
炎にまみれたその時、シュクは大地の割れ目に落ちて行った。
「……うご、けるな」
シュクが割れ目に消えるとふたりの足は解放された。
どうやら冷気で凍らせていたようで、解放されたあともしびれが残っているようだった。
「ありがとう、助かったよ」
エヴァルスは魔物の頭を撫でる。
青い炎を吐いた直後、その場でぱたりと眠ってしまった。
「……大丈夫か、コイツ」
タンクは魔物を見下ろす。
その心配を受けてエヴァルスは頷いた。
タンクの心配は理解している。
先ほどの炎は、異常だった。
青い炎など、見たことがない。
しかも紋章から力を得ていたのはエヴァルス本人も、脇で見ていたタンクにもはっきりとわかるほどだった。
今回はあくまでもふたりを救うためにその力が使われた。
だが、必ずそうだとは限らない。
「わからない。でも、信じてみる」
タンクの言葉に返したエヴァルスの答えは曖昧なものだった。
ただ心配をよそに、魔物は穏やかな顔で眠るのだった。
「この雪辱、必ず……」




