39 クラブ活動見学
二日目の授業も順調にこなし、昼休みになった。
昨日と同様に、机を寄せて弁当を広げる。
「授業ってこんな感じで続いていくの?」
「そうだよ。実験とかは課外授業扱いだから、週末に実施されるときに参加する感じ。もちろん評価資料に含まれるけど。いろんな学年の実験授業を一緒にやったりするから、勉強が進んでいる人も沢山の実験が体験できて楽しいよ」
「授業は自主学習の補助だからね。どんどん先に進む人もいるし、興味のあることを研究する人もいるし。年に二回ある認定試験が評価資料だから、同じ学年でも人によって勉強内容が違うよね」
「優くんは男の子だから私たちとは立場が違うよね。私たちは単位制みたいな感じだから、自分で認定科目を増やしていくんだよ。授業はそれを前提にしてるから、聞きたい人が聞いているの。共通科目も多いけど」
「優くんは勉強がすごくできている感じだから、認定も大丈夫なんじゃないかな。男の子は必要ないかもしれないけど」
女子生徒たちが色々教えてくれる。
「みんなの話は参考になるよ。授業以外にはみんなどんなことしているの?」
「勉強のこと? 私は自主学習をやって、体育の課外授業を受けているよ。あとはクラブ活動をするつもり」
「クラブ活動があるの?」
「そうだよ。まだ入学したばかりだからみんな何もしていないけど、来月ごろから新入生も活動が始まるんじゃないかな」
学校といえばクラブ活動。優はそういうイメージを持っていた。
「どんなクラブがあるのかな」
「沢山あるよ。運動系と文科系。掛け持ちでもいいし。時々ほかの学校と合同で活動したり大会があったりするね。一般の大人の活動にクラブで参加したりもするよ」
「授業が終わったあとに活動しているの?」
「クラブによるね。放課後も活動しているけど時間が限られているよね。週末を使うと課外授業がとれなかったり寮生の実家帰りに支障がでたりするし。だからクラブに加入しても毎日出るんじゃなくて、自分の生活に合わせて出る感じかな」
「結構自由にできるんだね」
「そうだよ。授業と同じで、学校でやることはあくまで自分に還元することが大事だからね。卒業後も地域で同じようなことをしたりするから、みんな無理な計画設計はしないね」
どうやら前世の部活動とは違うようだ。
「優くんは何かクラブに入るの?」
「まだ何も考えていないよ。とりあえずは通学が今週だけだから、何の計画も立てていないんだ」
「歌や音楽ができるならクラブでそういうのを選んでもいいし、優くんは勉強はできているみたいだから学校外で活動することもできるね」
「学校外?」
「うん、そう。一番わかりやすいのは芸能人とかだね。学校と両立している人もいるからね」
芸能人かあ。歌手だよね。そう言えば首都には男性芸能人が多いって言ってたっけ。
「まあ、クラブ活動についてはまだ先のことかな。今は来週以降をどうするかを決める段階だから」
「そうだよね。優くんの様子だと今後も通学しても楽しい生活になりそうだけど、男の子は私たちとは色々違うから簡単には決められないよね」
「そうだね。男性保護官に相談しながらになるからね。でも今のところこの学校には好感が持てるよ」
「それは良かった。とりあえずは登校している間だけでも楽しんでね」
「うん、もちろんだよ。みんなのおかげで楽しく過ごせそうだから、ありがとう」
女子生徒たちの話を聞いていると、どうやら学校というところは前世との違いが大きいようだ。
授業もクラブ活動も、各自が必要な分だけ参加している。そして校外活動とも連携している。つまり各自の人生設計に役立つように、必要に応じて様々な機会を提供するのが学校の役割のようだ。そして一定の水準に達したら認定を出す。
能力主義の社会には合理的な教育制度なのだろう。男児が通学しないでいいのも、この社会ならば当然と言える。
一見すると各自がバラバラに生活している制度のように見えるけれど、そもそも地域社会や家庭でのつながりがあるから、前世みたいに個人が孤立しているようには感じない。前世のように学校に教育を丸投げしていないので、これが本当は国家教育の自然な姿なのだろう。
四時限が終わり、午後四時になった。
「優くん、今日もすぐに帰るの? クラブ活動を見に行こうよ。ついでに校舎の案内もするよ」
塚原と関原が優に話しかけてきた。優にとっては渡りに船だったので、怜良を見て確認してみると、大丈夫みたいだ。
「うん。お願いできるかな。一緒に見て回ってくれると助かるよ」
「じゃあ、一緒に回ってみようね」
「ありがとう。よろしくね」
「あ、私たちも行くよ。私たちも見て回りたいし」
「うん、一緒に行こうよ」
「荷物はロッカーに入れておいて、帰りに取りにくればいいよ」
結局昼食組の全員が一緒に回ることになった。もちろん怜良が距離をおいて付き添っている。
「改めて思ったけど、優くんは詰襟だから、なんかカッコイイね」
「そうだよね。生詰襟を初めて見た」
「何よ生詰襟って。変な人みたいじゃない」
寺路なながおかしな言い方をする。
「いや、男の子の中学生の制服なんて写真でしか見たことないから、こうして実物を見るとレア度が高いなって」
「まあ、言いたいことはわかるよ。優くんはよく似合ってるしね」
「この学校の男の子の制服って、詰襟だったんだね」
「詰襟は全国の中学生の男の子の制服だよ。中学生なら男の子はみんな詰襟」
「そうなんだ。ななはよく知ってるね」
「当然だよ。全国ではごくたまに男子中学生がいるからね」
「そう言えばそうだね。詰襟って全国一緒だっていうのは知らなかったよ」
優も知らない男児の制服ことを女子生徒が知っているのを見て、優はみんな好奇心旺盛な中学生らしいなと思った。
「じゃあ、まずは運動系を見て回るよ。わかりやすいからね」
塚原ひよりが率先して案内していく。塚原は真面目で優しい性格だ。
広いグラウンドを見ると野球、サッカー、陸上、テニスのクラブ活動が行われている。まだ時間が早いので基本的な練習をしているようだ。ナイター設備も見える。
「村の交流で女性のスポーツを見て来たけど、すごく激しくて僕には無理だと思ったんだよね。中学生でもすごいのかな」
優がそんなことを言うと、塚原ひよりが答えた。
「そんなことはないと思うよ。確かに大人になると男性には無理かなって思うものもあるけど。練習次第じゃないかな」
グラウンドの練習を見ている限りでは、優のような中学生男子でもやっていけそうだ。優は一等警護官に混ざって基礎トレーニングをしているので、あまり運動系の練習に忌避感はない。
「こうやって見ている限りでは、僕でもやっていけそう」
「そうだよ。中学生なら男の子でも大丈夫だと思うよ。優くんは何かスポーツの経験があるの?」
「水泳をしていたし、今は毎日走ったりしているよ」
「そうなんだ。ちゃんと運動してるんだね。それならどのクラブに加入しても大丈夫だよきっと」
「そうかな。いろいろ考えてみるよ」
そんな会話を交わしながらゆっくりと見て回る。体育館ではバスケットボールやバレーボール、体操や剣道や柔道などをやっている。ほかのみんなも色々話しながら見ている。
「運動部はこんな感じかな。どうだった?」
「案内してくれてありがとう。参考になったよ。いつもは警護官の人たちの訓練を見ているから不安だったけど、中学生の練習は普通そうで安心した。通学することになったら考慮に入れてみるね」
「男の子が加入することなんてないから、優くんが入ったらみんな喜ぶよ」
そんな会話を交わしてから、校舎の中に入った。
「では次は文科系だね。疲れてない?」
「大丈夫だよ。興味があるものばかりで、疲れるなんて忘れてた」
「あはは。それじゃこのまま続けて見て行こうか。疲れたら言ってね。全部は見れないし」
「わかったよ。気を遣ってくれてありがとう」
塚原ひよりは授業教室とは違う棟に進む。
「文科系は部屋に入らないとわからないから、選んで行くね。何か見たいものはある?」
「いや、任せるよ。みんなが見たいもので構わないよ」
「それじゃあ、まずは料理クラブに行こう。みんなもいい?」
「おー、いいね。なんか作ってるかな」
ぞろぞろ歩いていくと、いい匂いがしてきた。
「こんにちは。見学いいですか」
「あら、新入生ね。噂の男の子もいるのね。料理クラブにようこそ。遠慮なく入ってください」
扉を開けて入ると、料理をしている生徒がたくさんいる。
結構な人数だ。手分けして料理を作っているようだ。
「今日はコロッケを作っているのよ。よかったら試食してみてちょうだい」
「やったー! おいしそう」
どうやら寺路ななは試食狙いだったようだ。
「美味しいです。揚げたては最高ですね」
「ほんとだ、美味しい」
「優くんも気に入ったみたいだね」
「料理クラブはいつも美味しいものが食べられるから人気なんだよ」
そんなことを話してから、お礼を言って部屋を出た。
「美味しかったね。みんな、次はどこにする?」
「ちょっと写真クラブを覗いてみていい?」
「希は写真に興味があるの? じゃあ行ってみようか」
苅橋希の希望で写真クラブに行く。
「こんにちは。見学いいですか」
「新入生だね。見学どうぞ。案内するけど、何か聞きたいことはあるかい」
部屋に入ると沢山の機材がある。背景セットやコンピューター、照明器具のほか、いろいろなカメラもある。
「私がいろいろ聞きたいのでいいですか?」
苅橋希が前に出て案内を頼む。
「いいよ。他の人は一緒に聞いていてもいいし、機材を見ていてもいいよ」
「はい、ありがとうございます。作品を見せてもらっていいですか」
「ああ、もちろんだよ。コンクール作品を見せよう。ちょっと見せてあげて」
そういうと、他の人がコンピューターを操作して写真作品を見せてくれる。
「すごいですね、この山。どうやって撮影したんですか」
優が聞くと、答えてくれる。
「それはドローンだね。多重撮影して立体撮影をしてから、コンピューターで再構築して視点を決めているんだ。だから見たまんまではないよ。見たまんまの写真は別のコンクール部門になるからね」
前世の写真はこの世界では技術の一つに過ぎないようだ。前世のデジタル写真がさらに進化した感じになっている。
「そうだ。せっかくだから、今から君の写真を撮ってあげるよ。男の子の制服の写真なんて珍しいから、データを持って帰って家族に見せてあげるといいよ」
「いいんですか? 嬉しいな。ぜひお願いします」
優の人物撮影をしてくれることになった。
「じゃあ、そこに立ってね」
背後に白いスクリーンがある場所に立たされ照明器具が点灯される。
小さなカメラがいくつもついた機械がぐるりと囲む。大きなレンズのカメラもある。
「ほんとはスキャンしてデータをとってもいいんだけど、今回はカメラで映像を撮影するよ。はい、笑ってー」
色々なポーズをとり、撮影していく。音がしないのでいつ撮影しているのかわからない。
「はい、お疲れ様。撮影は終わりだよ」
「ありがとうございます」
「さて、これから処理するからね」
コンピューターに撮影データを呼び出す。
「AIで自動処理するよ。これで立体映像になるから、出来上がり。あとは好きな方向から見てね」
画面には優が写っており、横には立体映像が出ている。
「スキャンデータならポーズを変えたり表情を変えたりできるんだけど、今日は初歩的な撮影方法を使って固定データにしたよ」
「ありがとうございます。記念になります。素人が撮影するよりきれいに撮れてますね」
「ああ、撮影機材のグレードが違うからね。あとデータ処理技術の違いもあるね。素人の写真はデータの不具合があるから、それをAIに補充させるのが一般的だけど、元データをしっかりしたものにするのが大事だよ。比べるとやっぱり元データがしっかりしたものは差が出るからね。
写真クラブではそういう専門的な技術を勉強していくよ。突き詰めていくと、情報処理関係の仕事に役立つね。気に入ったら入会してみてね」
そう言ってデータを優に手渡してくれた。
「よかったね優くん。写真クラブはいろいろ役に立つことが多い感じだね」
「そうだね。写真を撮って回るのかと思っていたけど、勉強することがいろいろありそうだね」
苅橋希も話が終わったようなので、みんなで写真クラブを後にした。
「中学校だから初歩的なのかと思ったら、かなりレベルが高い気がするよ。料理クラブもちゃんと作っていたし、文科系はしっかりしている感じだね」
「そうだね。予算が結構あるし、卒業生が寄付したり指導に来てくれるからね。実務レベルのものもあるよ。高校とも連携することも多いから、文科系は結構レベルが高くなるんじゃないかな」
「人によっては文科系にいくつか順々に加入していって、技術や知識を身につけていく人もいるよね」
「見た感じは短期的にも結構勉強できそうだから、そんな感じの人もいるんだろうね」
優たちは休憩所に行き、ジュースを買って飲んだ。
「まだ時間あるけど、どうする?」
「もう少し見て回りたいな。施設や機材を使うところを見てみようよ」
「そうだね。全員がそろって行動できることも少ないしね」
「それなら後は天文クラブと音楽クラブでどうかな」
「それでいいよ。このみは星を見るのが好きだもんね」
こうして天文クラブを見ることになった。
「こんにちは。見学いいですか」
「ああ、いいよ。いらっしゃい。新入生だね。天文クラブにようこそ」
中に入ると望遠鏡が並んでいる。写真クラブと違って前世のイメージのままだ。
他には誰もいない。
「明るいうちは星の実物を見せられないけど、機材やデータなら見せられるよ」
「ぜひ見てみたいです。望遠鏡が沢山ありますね」
関原このみが興味津々で見て回る。
「うちはデジタルデータではなくて、望遠鏡を使って星を見たり、撮影するのが内容だよ。望遠鏡を使うのは夜の活動だから泊りになることが多いね」
「週末に活動ですか?」
「そうだね。長期休暇には大型望遠鏡を使わせてもらいに山の中の天文台に行ったりするよ」
「普段は機材の手入れとかですか」
「それもあるけど、理論的な勉強も多いよ。光学望遠鏡はアナログだからAIが使えないからね」
アナログな分野はAIは苦手だ。
「ちなみにこのクラブでは望遠鏡の設計をして自分で作成するよ」
「そんなこと出来るんですか」
「そうだよ。ガラス材質もいろいろ選べるから、ちゃんと勉強すれば市販のものより高性能になるね。費用は安いよ」
「それはすごいですね。もしかして追尾装置も作るんですか」
「よくわかったね。それは結構難しいから高校でやるのが普通だね。中学生の間は光学製品の設計作成で手一杯だと思うよ。他に何も活動しないなら別だけど。
星の写真撮影をするなら、写真クラブを経験するといいね。データ処理の勉強はあそこが一番だから。こっちは夜空の観測機材が専門ってことだね」
聞いていると前世よりもやはり高度だった。
「この時期から入会するなら、一年生でレンズ素材とコーティングの勉強。二年生で対物レンズと接眼レンズの設計の勉強。三年生で反射望遠鏡の設計の勉強かな。鏡体の設計も含めて実際に作成しながらになるね。
高校ではそれを追尾装置の作成でやる感じかな。追尾装置は望遠鏡の重量やバランスに合わせる必要があるから、望遠鏡の設計を先にやっておくとやり易いよ。追尾装置の設計は難しいからね
ちなみに余裕がある人は双眼鏡の設計もできるよ。ちょっと難しいけど」
なんだか専門家向けの話になっている。この世界の学校はやはり育成内容が高度だと優は思った。
こうして色々な機材の解説を聞いて星や星雲の写真を見せてもらってから、天文クラブを後にした。
「関原さん、あの説明を聞いてわかったの?」
「うん。本格的でよかったよ。天文クラブに入りたくなってきた。自分で設計した望遠鏡で星が見れるなんて、すごく素敵なことだと思うんだ」
「なんか想像してたより凄かったね。気温が上がるだけで溶ける材料をレンズに使って、冷却しながら望遠鏡を使うなんていうものもあったし、さっぱりわかんないよ」
「ええ、アナログな機材の取扱いっていうのは新鮮ね。写真クラブとは本質的に違う感じ」
「生涯の趣味としてはいいよね。じっくり取り組むのに向いている感じだよね。ただ夜起きてなきゃいけないのが辛そう」
「あなたはお子ちゃまね」
そんなことを言ってみんなで笑いながら、音楽クラブに向かった。
「こんにちは。見学いいですか」
「はい、どうぞ」
音楽クラブは音楽室で活動している。中に入ると結構多くの生徒がいる。
「このクラブでは歌うことが中心よ。演奏は再生システムでやるから、それに合わせて歌うのが中心ね。合唱もやっているわ」
音楽室は広い作りで、開放感がある。
この世界の音楽再生システムは独立に音場を作り出すため、反響を考える必要がない。そのため音楽室は窓が多く設置され、明るい造りになっている。
演奏は音楽再生システムが行うから、楽器を練習することはない。
しばらく演奏や歌を聴いてみる。
「どうかしら、優くん」
苅橋希が聞く。
「現世界の音楽を使っているんだね」
「そうね。普通そうだと思うわ」
「うーん」
優はどうしても現世界の曲がおかしく感じるので、合わせている歌も合っていないように感じる。
「僕の曲とは違う感じだよ」
「そうなのね。前世界の曲とは違いがあるのね。聴いたことがないから想像がつかないわ」
「うん、まあそうだよね」
前世界の曲がどうというより現世界の曲がおかしく感じるが、生徒たちも普通にしているので、それ以上は何も言わないことにした。
「だいたいわかったよ。僕はこれで見学はいいけど、みんなはどうかな」
みんなも特に何もないようだ。
そのまま音楽室を後にする。
「それじゃあ、また明日ね、優くん」
「ばいばい」
「みんな今日もありがとう」
みんなと別れ、優は怜良とともに帰宅した。
「優くんは気に入ったクラブはあった?」
「どれも加入したら楽しそうだって思ったよ」
夕食を食べながら、怜良は優に聞いた。
「運動系は結構普通だったから、加入してみたら楽しそうだったね。文科系はかなりレベルが高くて驚いたよ」
「いろいろ中学校の現状がわかっただけでもよかったわね」
「うん、それが一番の収穫だね」
混ぜご飯を食べながら会話が続く。
「クラブ活動だけに通ってもいいのよ」
「そうなの?」
「ええ、そうよ。優くんは学力の面でも全く通う必要がないから、授業に時々出るだけでもいいし、クラブ活動だけでもいいし。それは高校でも同じよ。これからの六年間を考えて決めるといいわ」
「そんなことしたら迷惑じゃないかな」
「そうでもないわよ。男の子は元々通学する状態じゃないのは学校は知っているし、部分的な出席でも男子と関わることができるなら、女子生徒には貴重な経験になるから奨励されるわ。要するに臨時講師が時々訪れるような感覚ね」
そう言われると優は気楽になった。
「固く考えて出席欠席を決めるより、柔軟に考えて決めるのがいいわよ。校長先生とも話し合って、そういう結論になっているから。毎日出席すると決めても、男子の精神状態が不安定になれば結局不規則な出席になるからね。それなら始めから柔軟な通学のやり方でいいのよ。その方が学校も対応しやすいわ」
優は怜良の話を聞いて、なるほどと思った。
「僕はこれからは歌を歌うことを中心にしていきたいんだ。ただ普通の経験もしたいから、それを両立できるように計画していくつもりだよ。
勉強については前世界のことを研究していこうと思ってるの」
「前世界の研究をするの?」
怜良は驚いた。
「うん。今日も音楽クラブで歌や曲を聴いたけど、やっぱり現世界の音楽はおかしいから原因が気になるんだよね。それに前世界の文化は僕には親しみ易くて居心地がいいんだ」
「そうなのね。私には現世界と前世界の歌の違いは分からないけど、優くんのやりたいようにしてね。歌を歌っていくなら、いろんな人に聴かせていくことになるわね。優くんが希望するなら音楽堂を使っていいわよ」
「音楽堂って何?」
「優くんが名簿上在籍する予定の高校がここから少し離れたところにあるの。そこに建設した総合音楽施設よ。大ホールや野外ステージがあるから、人に聴かせるならちょうどいいわ」
そんな施設があるとは優は知らなかった。
「そんな施設があるんだね。知らなかったよ」
「優くんのために建設したのよ」
その言葉を聞いて、優は箸でつかんでいたコンニャクを落とした。
「え、今、僕のために建設したって聞こえたんだけど」
「ええ、そう言ったわ」
怜良は混ぜご飯を呑気に食べ続ける。
なんだか会話がおかしい。優はそう思った。
「それって、ちゃんとした施設なんだよね? プレハブとかじゃなくて」
「ええ、そうよ。収容人員五千名のホールで、規模以外なら首都の国立音楽ホールにも負けない設備よ」
やはり聞き間違いではないようだ。
「何で僕のためにそんなもの作ったの?」
「何でって、優くんが一生懸命発声の練習をして頑張っていたからよ。そのうち使う時が来るかと思って、予め用意しておいたの。だからいつでも使っていいのよ」
怜良は気軽に言うが、いったいいくらかかったのだろうか。優は開いた口が塞がらない。
「何だかよくわからないけど、必要になったら使わせてもらうね。ありがとう」
「どういたしまして。他にも必要なものがあったら言ってね」
必要なものを言ったらとんでもないものを用意しそうだから、何も言えない。
「うん。大丈夫だよ。ありがとう」
「遠慮しなくていいからね」
実際には、優の歌が何らかの神の手がかりであることを悠翔天皇が予想しており、その指示で建設したものである。警備支援システムを組み込む必要があることや警備の訓練を重ねる必要があることから、時間に猶予をみて早期に建設を決定した。
悠翔天皇にとって人類は絶滅することが確定しているので、神の手がかりである優には、わずかな可能性であっても見逃さないように、多額の金額を投入することになっているのだった。




