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38 友達

「やっとお昼だね。みんなー、優くんと一緒に食べようよ」


 登校初日の昼休み、塚原ひよりが周囲に声をかける。


「ちょっとまって、弁当とってくる。机よろしく」

「わかったよ。私の分もお願い!」

「いいよー。日替わりでいいんだよね」

「うん」

小郷こざと、行こう」


 優の周囲の女子生徒が机をガタガタくっつけ始める。


「優くん、一緒に食べようね」

「うん。よろしくね。これって、ご飯の準備してるの?」

「そうだよ。みんなで向かい合って、おしゃべりしながら食べるの。いつもそうしてるんだよ。小学校でもそうだったからね」

「そうなんだ。楽しそうだね」


 給食ではないが、優は前世の小説の通りの行動に、またまた感動していた。

 ふと怜良を見る。


「私はお昼を食べないから気にしないでいいわよ」

「そうなの?」

「ええ。警備があるから、ここでいろいろ連絡したりしているのよ」

「わかったよ。じゃあ、みんなとご飯食べるね。お弁当ありがとう」

「好きなものを入れておいたからね」


 怜良と会話を交わす。怜良は特一級要人保護の現場責任者なので、携帯糧食で済ませている。昼休みは生徒や教師が多数移動するので、警戒レベルを引き上げる必要があるのだ。また、下校時の警護計画の調整と確認をしなければならない。


 手慣れた様子で机が並べられ、優を中心に昼ご飯の準備ができた。


「優くんの机はここだよ」

「ありがとう」

「弁当とってきたよー」

「ありがと。準備できてるよ」


 女子生徒が座る。優も座った。


「私は矢口香苗やぐちかなえ。優くん、よろしくね」

「私は小郷樹里こざとじゅり。よろしくね」

「私は寺路てらみちなな。よろしく」

苅橋希かるはしのぞみよ。よろしくね」

「みんなよろしくね。僕のことは優って呼んでね」


 自己紹介をしてから、みんなが行儀よく食事を始めた。


「もしかして今お弁当取ってきたのって、寮の人の分?」

「そうだよ。お昼前に校舎に配達されるの。よく知ってるね」

「うん、一応この学校のこと少し調べたからね。通学範囲が広いから、寮があるのは知ってたんだ。三人が寮なんだね」

「そうだよー。香苗とななと私が寮だね。月曜日から木曜日まで、宿泊するんだよ」


 小郷樹里が矢口香苗、寺路ななの寮住まいを紹介する。


「そうなんだね。もしかして小学校からそうだったの?」

「そうだよ。家からだと遠いから、寮に入れば生活時間が沢山とれるからね。すっかり慣れているよ」

「寮の人と通学の人は生活が随分違うことになるんだね。慣れると楽しいのかな」

「うん、寮はよくできているから、不満はないよね。小さいころは寂しい時もあったけど、みんな仲良しだし寮母さんたちも優しいから、今は実家との二重生活もメリハリがあって楽しいよ。それに寮だと勉強がやり易いしね」


 優は前世のことを思い出して心配したが、自分の場合とは大分違うようなので安心した。


「優くんてどんな生活なの? 男性保護官との生活なんて想像できないよ」

「そうそう。一応の知識としては知ってるけど、男の子の生活って秘密に包まれてるよね」


 塚原ひよりと関原このみが身を乗り出して聞く。


「そうだね。言われてみると、外の人には想像つかないよねきっと。

 今はあそこの怜良さんと二人で暮らしているよ。怜良さんが生活の面倒を見てくれているから、僕は勉強ややりたいことをさせてもらっているよ」

「へえ、やっぱり集団生活じゃないんだよね」

「そうだね。男の子は基本的に一人一人での生活になるね。学校にも通学しない人が多いから、成人するまでずっとそうなのかな。もちろんみんな男の子同士の友達がいるけど」


 女子生徒は男児の生活の実態を知らないので、みんな興味津々だ。


「男性保護官と何年も一緒の生活っていうのは、飽きたりしないの?」

「どうだろうね。実は他の男の子のことはほとんど知らないんだよね。僕は怜良さんと一緒の生活は楽しいし、一般市民区画での生活が始まってからは家族や村の人たちとの交流も多いから、男性保護官との生活には満足しているよ」

「結構充実してる感じなんだね。大人の男性はうちの村にもいるけど、優くんの年代は見たこと無いから想像つかないんだよね」

「男の子なんて滅多に見かけないよね。外出することも少ないって聞いてるし」

「そうだよね。中学校に登校するなんて、私の家族に話したらびっくりしてたよ。おばあちゃんたちも聞いたこと無いって」

「お祭りで男の子と踊ったことあるけど、会話がなかったよ。いつも男性保護官と一緒にいるイメージかな」


 みんなの話を聞いていると、男児の印象は優とは随分違うようだ。


「男児は生まれてすぐに、まずは男性居住区画の乳幼児施設に保護されるんだ。そこでは二等男性保護官と成人男性が集団生活の面倒を見てくれる。そして三年経つと一等男性保護官が専属でついて、男性居住区画で二人暮らしを始めるの。

 小学二年生の年度が終わるまで二人だけで生活するから、男性保護官は親代わりでもあるけど、親そのものではないからみんなとは成長環境が違うよね。

 男性居住区画では大人の保護官以外には女性がいないし、男児は男児と交流を持って生活するから、一般の女性には慣れていないと思うよ」


 女子生徒たちは次々と明かされる優の体験情報に聞き入った。


「そうなんだね。知識としては知ってるけど、こうして聞くと男の子は大変だね」

「男の子が普通の女性と話をしないのは、そういう環境だからなんだね」

「もちろん人によって色々あると思うけど、僕の場合は大変と思ったことはないよ。恵まれ過ぎてて、なんか申し訳ない感じ」

「そうなの?」

「うん。健康で、衣食住があって、教育をしてもらえて、大事にしてくれる人がいる。これ以上の望みはないよ。だから通学したり寮に入ったり家を手伝ったり、みんなの方が大変なんだなって、今日ずっと思っていたよ」


 優が言うことは女子生徒にとって当たり前のことなので、みんなは優は謙虚な男性なのだと思った。

 家族の意味を未だに心で理解できない優には、男性保護官との同居と家族との同居の区別がつかないでいた。


「優くんは普通に私たちと話すよね。他の男の子とは違うってことだよね」

「そうだね。違うと言っていいんじゃないかな。どうしてかは、よくわからないけど」

「なんか優くんは男の子とかじゃなくて、大人だよね」

「うんうん、そう思う」

「そうかな? いつもこんな感じで生活してきたけど、そんなこと言われたの初めてだよ」


 優は初めて会う女子生徒たちに前世からの内面が見抜かれていることに焦りを感じた。


「優くんがこうやって普通に話してくれるし、登校もしてくれるから、よかったよ」

「そうだよね。男の子とこうしてお昼ご飯食べる経験なんてないもんね」

「そうそう。成人にならないと男性は見かけないから、同じクラスに男の子がいる学生生活なんて、なんか不思議だよ」


 女子生徒は途切れることなく思ったことを喋り続ける。優はこんな風景にもかつての憧れを思い出し、登校してよかったと思った。


「みんな優くんに質問ばかりしてないで、少しは私たちのことを話してあげましょうよ」


 苅橋希が言う。苅橋希は落ち着いた女性の印象だ。


「そうだね。ごめんね優くん。何か聞きたいことはない?」


 矢口香苗に話を振られたので、優は今日一番の印象を聞いてみることにした。


「授業を受けてみて驚いたよ。すごく高度な教育だと思う。みんなずっとこういう教育を受けてきたの?」

「ええ、そうよ。これが当たり前ね。何に驚いたのかわからないけど、ずっとこんな授業よ。そう言えば優くんとは違うのかしら」

「さっき塚原さんと関原さんに話したけど、僕の場合は一般的な男の子の教育とは違うから参考にならないと思うけど、僕自身は怜良さんの助けを借りて自分で学校の教育範囲を勉強してきたよ。だから授業の内容がとても良くできていて感心していたんだ」

「そうなのね。一時限での発言が凄すぎて、どういう勉強をしてきたのか想像できなかったわ。優くんの勉強よりも私たちの勉強の方がレベルが下だと思ったのだけど、違うのかしら」


 大人びた雰囲気の苅橋希が聞く。


「みんなの勉強の方がしっかりとしたものだと思うよ。僕は自分で考える時間が全体としては長かったから、色々と違いがあるだけで」


 優は前世を含めた勉強時間があるので、そう言った。


「優くんから見てそうなら、事実なのかもね。優くんは前世界の知識がかなりありそうな感じだったけど、前世界のことも勉強しているの?」

「うん、そうだよ。僕は歌や音楽が趣味というか一番やりたいことだから、許可をもらって自分で前世界の音楽や音楽教育の研究をしてきたんだ」


 優の発言を聞いて、女子生徒たちはみんな驚いた。


「優くんは音楽が好きなの? しかも前世界の」

「うん。歌うのが好きだよ。発声練習も小さい時からしてきたんだ」

「すごいね。どんな歌を歌うの?」

「現世界の歌は好きじゃなくて、自分が楽譜を作った歌とか、前世界の歌が好きだよ」

「前世界の歌なんて聞いたこと無いよ。それに優くんは自分でも曲を作ってるんだね」

「まあ、そういう感じになるね」


 優はここでも前世を隠す。


「今度、優くんの歌を聴かせてよ。男の子の歌なんて聴いたことないよね」

「そうだね。大人の男性歌手が歌うのは聴くけど、成人前の男の子の歌は聴いたことないね」

「優くんはいつも家で歌ってるの?」

「うん。時々だけど、一人で歌ったりするかな」


 優はいつも一人で部屋で歌っているので、そう答えた。


「一人で歌うなんてもったいないよ。どうせなら私たちに聴かせてほしいな」

「そうだよ。恥ずかしいとかなら別だけど、せっかく優くんが自分で曲を作ったりしてるんだから、人に聴いてもらうのがいいんじゃないの」

「私も優くんの歌を聴いてみたいわ」

「私もー! いつも若い人の歌は女の子の歌しか聴かないから、優くんの歌が聴きたい!」


 女子生徒たちからの熱烈なリクエストを受けて、優は気圧されながらも意外に感じた。まだ歌を公開していないので、自分の歌がどのように評価されるか考えたことがなかったからだ。

 すでに優が歌を人前で披露することについては六勝から許可が出ている。あとは警備の問題だけだ。


「……うん。別に構わないよ。まだほんの少しの人にしか聴いてもらったことがないから、みんなの気に入るかわからないけど」

「そうなんだ! じゃあ、優くんの歌を聴く日を決めようよ!」

「そうね。今度の週末はどうかしら」

「優くんはどう? 優くんの都合のいい日にしようよ」

「場所はどこがいいかな。この学校にする?」

「私たちも何か歌おうよ。優くんに中学生の流行りの歌を聴かせてあげなきゃ」


 女子生徒たちがワイワイと盛り上がって、優の人生初ライブの段取りを決めていく。

 どうやら前世のカラオケ施設のようなものはないようだ。

 優は予想外の食いつきを見て、少しあっけにとられていた。


「ちょっと待ってね。色々と事情があって、僕一人で予定を決めるわけにはいかないんだ。怜良さーん」


 優は怜良を呼ぶ。優には多数の警護がついているので、優は勝手に行動を決めるわけにはいかないと思っている。


「どうしたの?」

「あのね、みんなが僕の歌を聴きたいって言っていてね。こんどの週末にどうかなって話しているんだけど、どうかな」


 怜良は少し考え込む。


「そうね。週末にこの学校を使うのは色々と大変だから、優くんの家ではどうかしら。音響設備も充実しているしね。来る人はここにいる子たちだけかしら」


 週末に学校を使用することはできるが、週末の警備を変更するのはもう少し先に考えていたので、怜良はそう答える。


「来る人は今ここにいる六人だけでいいのかな」

「そうだね。まずは私たちで聴いてみる感じかな。人数が多いと優くんが歌いにくいかもしれないし」

「優くんの家にお邪魔するなら、この人数で限界よね。初めてだからちょうどいいんじゃないかしら」

「じゃあ、金曜日の午後はどう? 寮生は木曜日の夜に実家に帰るけど、金曜日なら木曜日も宿泊して、優くんの家のあとに実家に帰る感じにできるし」


 みんなが意見を言っていく。


「じゃあ、金曜日の午後一時半に咲原の僕の家にしよう。各自のお昼ご飯のあとでちょうどいいんじゃないかな」

「それで決まりでいいかしら。みんなにはこちらから送迎車を出すわ。警護官が迎えに行くから、準備しておいてね」


 怜良が女子生徒たちに伝える。


「はい、わかりました。迎えに来てもらっていいんですか?」

「ええ。警備の関係で、うちからの送迎車の方がいいのよ。終わったら寮の子も含めて各家庭に送り届けるから、寮の女の子たちも帰宅の荷物を送迎車に乗せてきていいわよ」

「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて準備しておきます」


 こうして初登校の日に、優は女子生徒を六人も自宅に招くことが決まった。

 四日間だけの体験登校のはずが、優が女子生徒たちと友人になり、自宅に招く約束をしているのを見て、怜良は心の中でとても喜んだ。


 午後の三時限目は理科。物理、化学、生物の基礎を学んでいく授業となっている。

 これも前世とは違う。様々な実験の資料を題材に、分析を加えていく。前世のように理論や公定解釈を覚えていくのではない。物理公式を導く実験を分析すると当然ながら法則が導き出されるが、前提公式や法則を絶対視しないため、幅広い観点からの検討が加えられる。

 前世の教科書では「結果ありき」の実験や推論ばかりが掲載されていたが、実際の実験結果とは厳密には違いがある。それが今世の学校では正面から問題視されるために、難度が上がっている。分布のバラつきにも注目する。

 授業を観察していると、このような検討を加える訓練をしているのは、近似を安易に重ねることを防止することと、実験の方法の厳密な再検討が目的であるようだ。


 四時限目の国語も終わり、初日の授業が終わった。





「学校はどうだったかしら」


 怜良は家でお茶を淹れながら、優に聞いた。


「とてもいい経験になったよ。今までの夢がかなったし、怜良さんありがとう」

「そう。よかったわ」

「今までは、自宅学習があるのにどうして通学するのか不思議だったけど、あの授業を聞いてこの国の教育はとても良くできていると感心したんだ」


 優が興奮気味に話す姿を見て、怜良は小学生が学校の出来事を一生懸命に親に話す姿のように感じて、優しい表情になった。


「そうなのね。優くんはもう高校の勉強まで修了しているから、このまま授業を受けてもいいし、どんな風に過ごしていくこともできるわ」

「まだ今後の計画は決められないけど、あと三日間の授業を受けて、色々考えてみるよ。授業に普通に出席するのも意味のあることだね」

「ええ、そうよ。それに人の沢山いるところで一緒に勉強するのは、優くんには得るものが多いかもしれないわ。今日も女子生徒たちとお友達になっていて、とてもいいことだと思うわ」

「あの子たちは僕を友達と思ってくれてるのかな」


 優はそんなことを言う。


「当たり前じゃない。自己紹介をして、一緒にお昼ご飯を食べて、週末にお家に呼ぶなんて、それをお友達というのよ」

「そうなんだね」


 優は前世も今世も友達というものがよくわからず、自己完結した生活を送って来ていたので、新たな人間関係の理解に関して怜良の言うことを素直に聞いた。


「今までは地域や家庭や職務上のつながりのある人間関係だったけど、学校はそういうものがないところから関係が始まるから、学校で仲良くなったなら、それは友達よ。優くんが経験したことがない人間関係だったわね。初めて学校でのお友達ができてよかったわね」


 担任に言われて彼女たちが自分に良くしてくれているだけと思っていた優は、学校で怜良が自分を見ていた印象がそういうものなんだと聞いて、人間関係のあり方を少し学んだ。


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