2 転生
「ありあと、れーらたん」
夕飯を終え、片付けてもらってお礼を言う。
子供用の椅子に腰かけ、足をぷらぷら動かしている。
「しばらくしたらお風呂に入りましょう」
「あーい」
椅子に座ったまま答える声は、可愛らしい幼児のものだ。
咲坂優、三歳。
白銀に近い髪、碧みがかった目。色白な身体。
前世の記憶を持った小さなおこちゃま。
この世界に転生して三年が過ぎました。
さすがに生まれた時の記憶は訳わからなくて、ほとんど残っていない。
出生後数か月過ぎてやっと、状況を最低限でも把握するようになった。
前世の記憶、二十歳を目前にした夜の記憶。
そのままこの身体の記憶につながっている。
前世に小説で読んだことがある。
転生というものだね。
それを受け入れるのに半年はかかったと思う。
だって、二十歳のお祝いが本当に楽しみだったから。
それに前世では不自由だった身体が、幼児とはいえ健康体。
手足をばたつかせるだけで驚きいっぱい、幸せいっぱいだった。
前世の記憶はただの夢、思い過ごしかと思うこともあったけど、やはり実際の記憶だとしか考えられない。
目が見えるって、驚きの連続だった。
人の顔がいっぱい。
自分を覗き込む大人の顔は、初めて見る体験だった。
表情というものを理解するのに時間がかかった。
身体の反応のままに泣いたり笑ったりすると、大人の顔の様子が変わる。
それで感情と表情の結びつきがわかるようになった。
動くものを目で追う経験は初めて。
くるくる回るおもちゃを見せられたとき、新鮮な感覚がして必死で見つめてしまった。
驚いたり笑ったりじゃなくて。
大人たちは僕の集中力に驚いていたみたい。
言葉はわからなかったけど。
「一緒に入りましょうねー」
「あーい」
椅子から降ろされ、手をつないで風呂場に向かう。
今世の自分は、やたらと甘えん坊だ。
自由に動く身体を手に入れて、ちょっとした動作にも億劫な気持ちがわかず、ついついちょこちょことした「子供っぽい動作」をしてしまう。
歩くときは手をつないだり、足にしがみついたり。
須堂怜良、三十歳、女性。
僕の専属「男性保護官」。
この家で同居し、生活全般の面倒を見てくれている。
身長一七五センチ。濃い茶色の髪と目。色白の鍛えられた身体だけど、女性らしい見た目。
美人さんだと思う。前世ではよくわからなかったけど。
炊事洗濯掃除、その他様々な手配など、親代わりにこなしている。
僕は怜良さんと共に大人になるまで生活していくことになっている。
この世界は、そういう世界だ。
「目を閉じてね。はい、ざぶざぶー」
「うきゃきゃっ」
身体の小さな僕にはシャワーを使わず、頭から湯船の湯をかけられはしゃいでしまう。
そして湯船にじゃぽん。
「肩までつかるんですよ」
「あーい」
ぷかぷか浮いている姿を横目に、怜良さんは自分の身体を洗っている。
こんな生活を始めて、すでに一か月が過ぎた。
出生後三歳まで、僕は近代的な男性用施設で集団生活をしていた。
男子は出生すると隔離され、乳幼児期は男子だけで生活するんだって。
もちろん大人には女性職員がたくさんいるけど、乳幼児は男子だけ。
ただし乳幼児同士で過ごす時間は入浴や食事、睡眠時などしかなく、大人との会話などが中心の生活となっていた。
どうやら大人がたくさん話しかけて、あいさつをできるようにしたり、道徳の基礎を教え込んだり、理性的な考え方をするようにさせているらしい。
男女の大人から分け隔てなく面倒をみてもらい、遊んでもらったりして過ごしていた。
そして三歳の年度がすぎると施設を出て、それぞれ独立して生活することになった。
その時、各自に女性が「男性保護官」として専属で配属され、その保護官とともに大人になるまで同居生活を送る。
生活場所は男性居住区画のマンションだ。
実は施設は男性居住区画にあったんだね。
「はじめまして、優くん」
保護官との顔合わせで、怜良さんは優しく微笑んでくれた。
前世の弱視で見ていたヘルパーの長嶋さんの記憶が大きかった僕は、(長嶋おばちゃんには申し訳ないけど)怜良さんのきれいな顔に照れてしまい、顔があげられなかった。
その後たびたび面会を重ね、この家への引越しを終わらせた。
この家は、マンションといっても高層ではなく、小規模なものだ。
小規模マンションはお金がかかるから、贅沢だと思う。
こういうマンションが敷地にたくさん散らばっている。
広々とした区画には様々な施設、お店がある。
怜良さんと車で出かけることも多い。
この区画には小学二年生が終わるまで住むことになっている。
そして小学三年生からは男性はこの区画を出て、保護官とともに一人一人ばらばらに住むことになるらしい。
幼稚園や小学校もあるけど、自宅学習でもいいらしい。
そしてほとんどの男性児童は自宅学習を選ぶとか。
「もう寝ますよー」
「あーい」
お風呂から上がってしばらくすると、怜良さんがいつも通り声をかけてきた。
この家ではいつも二人で寝ている。
パジャマに着替えて、怜良さんに抱きついて寝るのです。
施設や前世では経験しなかったことだね。
こうして今日も幸せに一日が終わります。