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静かになった地下の階段を上がり、一階に出ると、ボディガードの残党が待ち構えていた。その数およそ二十五人。
まだこんなにいたのか。おそらく炎竜との勝負で衰弱した僕らを倒そうという魂胆なのだろう。
「炎竜はゲームオーバーになったよ」
僕は事実をそのまま伝えた。敵が目の前にいるというのに緊張しない。炎竜との戦闘の後で気が緩んでいるのだろう。誰かに似てきてる気がするな。
「フハハハハハハハハ! やってくれるじゃないか亜人! オーナーのブレドラを倒してくれたなら、店の財産を引き継ぐ権利は副店長であるオレにある! よくやってくれたぞ! 誉めてやろう! 特別に貴様は見逃してやる! とっとと帰りたまえ!」
調子に乗っているのはピエロのようなアバターの男だ。身なりはしっかりしている。男の服も店の豪華な内装も、大半は現地人の犠牲により得たものなのだろう。危うく見逃すところだった。闘技場の出演者達やオークションで奴隷として売られた人々のような犠牲を出さない為に、こいつらも掃除しておかないといけない。
「桃穂、もうひと暴れできるか?」
「ん」
転がる岩の鎮魂歌を使えば、桃穂はこいつらを瞬殺できる。大した手間ではない。
「ま、待てッ! すまない、今のは冗談だ。もちろん金を渡そう。ここは手打ちといこうじゃないか。私はこう見えて平和主義者なのだ。特別に貴様に財産の二割を分けてやる」
ピエロアバターの男は引きつった笑みを浮かべている。僕に媚びることでこの場を逃れようと思っているのだろう。強い者には金を払い、弱い者からは金を奪う、こいつらのやり方にはうんざりだ。
「転がる岩の鎮魂歌」
部屋の床が捲れ上がり、巨大な三つの岩が出現した。
三つの岩は回転し始め、室内を魔法無効空間へと変える。
「ま、待てッ! 待ってくれッ! 話せばわかるッ! 俺はブレドラにそそのかされただけの平和主義者だッ! 信じてくれッ! その証拠に金、金をやるッ! 金庫に入っている金、全部やるッ! オークション会場の一番奥の部屋に金庫があるんだッ! それを全部貴様にやるッ!」
ピエロアバターの保身ぶりに呆れて、僕は何も答えず、桃穂に合図した。
次の瞬間、桃穂が残党を吹っ飛ばした。チンピラのような男は頭から壁に突っ込み、蛇のようなアバターは天井の梁にぶら下がり、干物のようになる。桃穂の掃除を僕はあくびしながら見届ける。
わずか数秒で残党達は壊滅した。店のそこかしこで呻き声が聞える。立っているのは副店長と僕と桃穂だけだ。
「な……そんな……バカな…………。ま、待ってくれ……ブレドラが死んでようやく俺の番が来たんだ……。今度は俺がレルガルドーオンラインを謳歌する番なんだ……。俺はブレドラのような派手な悪さはしない。俺は平和主義者なんだ。信じてくれッ……!」
「お前は自分の身の安全を願っているだけだろう。他人を思えない奴を、平和主義者とは呼ばない」
「ッッッッッッ!」
ピエロアバターは顔を真っ赤にした。僕の言葉が図星だったのだろうか。他人に言われるまでもなく、こいつは自分の子狡さに気づいていたのかもしれない。利益を得て、欲を満たしている間は、自分の弱さから目を逸らせていたのだろう。けど、そんな夢も終わるときがきた。
「テメェッ……ふざけやがってッ……! 人が下手に出てれば……調子に乗りやがって……。仮にも俺は店の二番手、純血の"トリックスター"だ。亜人ごときが怒らせていい相手じゃねぇんだよッッッッ! ぶっ殺してやるッッッッ! 見えざる壁を作る両手ッッッッッッッ!」
ピエロアバターが叫んだが、何も起こらない。
当然だ。こいつは頭に血が上って、大事なことを忘れている。
僕はあまりの愚行に少し驚いた。
「魔力無効化中だよ」
ピエロアバターは最後に「え!?」という道化の表情を見せた後、桃穂に吹っ飛ばされた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ようやく終わったーっ!」
「お疲れ様やでー! 雑黒も桃穂も、よう頑張ってくれたなぁーっ! あかん、ウチ泣きそうやっ!」
「おつかれー」
僕らはエルフの経営するケーキ屋で祝勝会を開いていた。今回のケーキは美味しい。おまけに店員は美女のエルフばかり。夢のような空間だ。
「二人でクラブハウス乗り込んでボスまで倒すなんて、凄すぎるで! 炎ドラゴン倒したんやなぁ! これで街も平和になるし、教会も助けられるし……あかん、なんかもう感極まって、ケーキの味わからへん」
「あまいよ」
桃穂が真白にケーキの味を教えてあげた。そういう意味じゃないよ。
「それで、真白。本当に後のことは任せていいのか?」
「もちろんええで。二人が頑張ってくれた分、ウチも頑張らなな」
僕らはあの後、クラブハウスの金庫にあった数億の大金を奪ってきた。その金は桃穂の教会に寄付する予定だ。さらに街の平和を守る為、教会に"信頼できるボディーガード"を紹介する。そのボディーガード探しを真白が引き受けてくれるとのことだ。
「ボディーガードにはアテがあるのか?」
「うーん、せやなぁ。候補がおればええねんけど、まだわからへん。街で聴きまわって情報探すしかあらへんなぁ」
真白の"嘘を見抜く目"があれば、"信頼できる人"かどうか判断することはたやすい。しかし、街の平和を守れる強さを持つ候補者はすぐには見つからないだろう。
「だったら、闘技場の出演者を探してみたらどうかな」
「闘技場の出演者?」
「彼らは力があると認められて闘技場に出演してたんだ。闘技場では魔法禁止だったけど、闘技場の外でなら魔法を使えるから、案外、強いアバターもいたんじゃないかな」
闘技場ではオーガを含む九十九人の力自慢が桃穂に瞬殺されたが、魔法使用可能であれば、桃穂より強い奴もいただろう。候補は九十九人いる。クラブハウスで資料を探せば、リストもすぐ手に入る。
「おお、ナイスアイディアや! ええなそれ。お金もらう為に出演していたはずやから、用心棒引き受けてくれる可能性高いで!」
「だな」
桃穂の教会が用心棒を雇うことができれば、僕らは安心してこの街を離れることができる。今後、炎竜と同じような敵が出てきたとき、教会を守ってくれるだろう。




