35
僕らは地下への階段を降りた。乾燥した空気を感じる。オーナーのドラゴンは扉の向こうで僕らを待ち受けているだろうか。
僕と桃穂は顔を見合わせ、頷いた。
「んっ」
ドガッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!
桃穂が闘技場の扉を蹴り破った。
部屋の奥には身長ニメートル近い長身の竜アバターがいた。
まるで竜自身が燃えているかのように、体に炎を纏っている。おそらく永続的に発動できるSPCなのだろう。不覚にもカッコいい。僕もあんな技が欲しかった……。
「亜人よ、ここまで辿り着いたことは誉めてやろう。土竜の技と超人を使った作戦は悪くなかったぞ」
「土竜の技……?」
僕は地味な土属性だと思っていたが、竜族だったのか……。
ということは、父親は土竜なのだろうか。てっきりモグラやゴーレムだと思っていた。土竜なら土属性の中で一番強そうだ。
「貴様は自分の種族も知らぬのか。まあ良い。どうせ貴様はここで死ぬことになる」
「随分と自信家だな。僕はここまでノーダメージでお前の部下を倒してきたぞ」
「雑魚アバターを無双することなど、トッププレイヤーなら誰でも可能だ。むろん、我でもな」
炎竜は身に纏う炎を一層大きくした。勢いと熱気が凄まじい。攻撃と防御を兼ねたSPCなのだろう。
桃穂は炎を警戒して攻撃をためらっているようだ。やはりボスはそう簡単に瞬殺できないか……。
「貴様は何も知らないようだが、教えてやろう。土竜は竜族の中で最弱だ。防御に特化したステータスは殺傷力に欠ける。集団戦になればジリ貧になる。一対一では長期戦を強いられる。不遇なアバターだ。不遇なステータスを補う為に、トリッキー技を使って敵のミスを狙う。弱き者の戦い方だ」
確かに、僕の技の多くはカウンターや初見殺しに向いている。
しかし、殺傷力が低いということはない。僕はママ譲りの魔力を持っている。自分の魔法を弱いと思ったことは一度もない。
「あらゆるゲームにおいて、ステータスを一点特化させるのは常識だ。さらに、攻撃は防御より優遇される傾向にある。土竜はせいぜい上の下程度のアバターだ。ギルドの盾として重宝されるが、ソロでトッププレイヤーになった者はいない」
「だから何だ……。僕は"偉大なる魔女"の力と意思を継いでいる。お前を倒す為にここにいるんだ」
「なるほど……貴様は"最悪の魔女"の息子だったのか」
炎竜は何か面白いものでも見つけたかのように、ニヤッと牙を見せた。同じトッププレイヤーである炎竜は、ママのことも親子システムのことも知っているのだろう。
「亜人ごときがここまで辿り着いた理由はそれだったか。玉石混交の魔女アバターの頂点に立った"最悪の魔女"の息子とはな」
やはり、ママはトッププレイヤーの中でも一目置かれているのだろう。さすがソロでトッププレイヤーたちと敵対しているだけはある。
「魔女本人なら我も本気を出していたところだが、息子の貴様では話にならぬ。全属性最大火力を誇る炎竜と、竜モドキの違いを教えてやろう」
「こっちは二人だ。僕が手を出すまでもないかもしれないぞ」
「………………何?」
その瞬間。
炎竜の背後に移動した桃穂が、手に持った"泥団子"を振りかぶった。
タイミングは完璧だ。
一撃必殺。決まれば僕らの勝利だ。
「ん」
「甘い」
メラッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ。
炎竜の纏う炎が大きく揺れ、桃穂を弾き飛ばした。
「……ん」
桃穂はクルっと回転して壁に足を付けると、勢いを殺して地面に着地した。
怪我はなさそうだ。しかし、手に持っていた泥団子は燃え尽きている。炎竜のSPCは相当火力が高いようだ。
「亜人よ。貴様は超人の身体能力を過大評価しているようだな……超人ごときが我に敵うわけがないだろう。圧倒的な種族の差の前には、スピードなど無意味だと教えてやる………………炎咆哮の災害」
炎竜が詠唱した瞬間、その口から凄まじい量の炎が溢れだした。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
「クッ……」
あっという間に部屋は炎で埋め尽くされた。
全身が熱い。閉じた瞼が眩しい。ダメージを受けているのを感じる。僕は平気だが普通のアバターでは耐えられないだろう。このままでは桃穂が危ない。
「転がる岩の鎮魂歌ッッッッ!」
詠唱すると、地面から三つの岩が出現して上空に浮かび上がった。
岩は回転しながら互いにぶつかり合い、独特なリズムで音を鳴らし始める。
「魔法無効化か。早くも切り札を使ったな、亜人」
「切り札ならたくさんある」
炎竜の炎が消えた。ゴツゴツとした炎竜の鱗があらわになる。
これで炎は使えない。形勢逆転だ。
と思ったが、桃穂が部屋の隅で倒れていた。炎にやられてしまったのだろう。
「桃穂……」
超人は回復力が高いのですぐに回復すると思うけど、これは僕のミスだ。技を発動するのが一歩遅かった。
「亜人よ、止まっている暇があると思うか? 貴様が我の前で油断できる時間など、一瞬たりともないぞ」
「……えっ」
炎竜が巨大な羽をバサバサと揺らし、闘技場の天井付近まで飛び上がった。そのまま真っ直ぐ岩に向かう。
あの重そうな巨体で飛べるとは……。竜が飛ぶのは定番だが、実際に目の前で飛んでいると凄い迫力だ。
ファンタジー世界の王、モンスターの頂点、伝説の存在、そんなイメージの竜と目の前の炎竜が重なって見える。
「全種族最大の攻撃力と言ったはずだぞ……。我は生身でも、平凡なアバターとは比較にならぬ」
炎竜は闘技場の上空をなめらかに旋回し、巨大な爪で"転がる岩"を切りつけた。
ズシャッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!
二つの岩が半壊し、地面に転がった。
すかさず炎竜は残った一つの岩に噛み砕つく。
グシャッッッッッッッッッッッッ!
「んなッ…………」
あっという間に、三つの岩が破壊されてしまった。
転がる岩の鎮魂歌を爪と牙で止められるとは……こんな敵は初めてだ。
炎竜は魔法を使わなくても強い。使えばもっと強い。本物の強アバターだな……。
「これが炎竜と土竜の"格の違い"だ。貴様の小手先の技など、正面から叩き潰すのみだ。もはや貴様に勝機はない」
「決めつけるのは早いぞ……」
僕には炎竜を倒す新技がある。他の土属性の技と組み合わせて使用する変化技だ。
となると、まずはアレだな。
―― 飛行型泥人形。
ズォッッ……。
心の中でSPCを唱えた直後、地面から直径二メートルほどの泥の塊が出現した。
てっぺん部分がプロペラのような形になり、泥をまき散らしながら回転し始める。
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ。
泥の塊がゆっくり浮き上がった。見た目はまるで泥でできたヘリコプターだ。
しかし飛び方は不安定で、本物のヘリコプターとは似ても似つかない。
飛行型泥人形はのろのろと、ジョギング程度のスピードで炎竜に向かっていく。
「なんだそのノロマな技は……。貴様……我を愚弄しているのか…………?」
炎竜が怒るのも無理もない。僕が発動したSPCは"探査技"だ。本来は敵地へ送り込んで敵の存在を確認したり、罠の有無を確認したりするために使う。攻撃力は皆無。飛ぶ以外の効果もない。一言でいえば、"ただの飛ぶ泥の塊"。それが飛行型泥人形だ。しかし、ある条件を満たすと飛行型泥人形は一撃必殺の技に化ける。
「貴様のくだらない遊びに付き合っている暇はない。そろそろ終わらせてやる。我を挑発したことを後悔しながら死ぬがよい……」
炎竜は再び巨大な羽をバタつかせて空を飛び、飛行型泥人形を避けた。そのスピードは野生の鳥と同等だ。飛行型泥人形で追いかけていたら、百年経っても追いつかないだろう。
「我は竜族の中で二番目のスピードを持つ。貴様が何かを企んでいたとしても、我がその泥に触れることはない。万が一にも貴様に勝機はないぞ」
「それはどうかな」
僕は炎竜の後ろで桃穂が起き上がるのを確認していた。炎竜を倒す条件はすでに揃っている。
炎竜は桃穂を舐めていた。超人の回復力を計算していなかったのだろう。取るに足らない存在だと決めつけて、警戒を怠った。その驕りがこの状況を生み出したのだ。
「――竜の泥遊び」
新技を詠唱すると、飛行型泥人形がカチカチに固まった。泥から岩へ変化したのだ。
竜の泥遊びは土属性の技を【土、泥、砂、岩、小石、軽石】など、さまざまな材質に変化させることができる。
直径ニメートルほどの巨大岩は、桃穂にとっては適度な重さと硬さを持つ武器になる。
「んっ!」
桃穂がカチカチになった飛行型泥人形を掴み、炎竜に向かって投げた。
ブォンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!
「クッ…………小細工をッ…………火柱の」
炎竜は岩を避けながら詠唱しようとしたが、桃穂のスピードがそれをさせない。
桃穂は複数人でドッジボールをしているかのように、四方八方から炎竜に岩を投げつける。
炎竜はギリギリで避けるが、大技を詠唱できず、追い詰められていく。
「クソッ……クソッ……クソッ……亜人と……超人ごときがッ……! こんな小細工でッ……!」
炎竜は悪態をつきながら、バランスを崩して、地面に足を着いた。
「ん」
「ッッッッッ……!」
桃穂の投げた岩が炎竜の体に当たった。
そのタイミングを見計らって、僕は再び同じ技を詠唱する。
「――竜の泥遊び」
飛行型泥人形はまるで巨大なチョコレートが溶けたかのように、形が崩れた。
泥はじわじわと広がり、竜の体を包み込んでいく。
「こ、これは……まさかッッッッッ!」
「そうだよ。触れた敵のHPを奪い尽くす、一撃必殺の"泥団子"だ」
竜の泥遊びは土属性の技を、別の土属性の技に変化させることもできる。
僕は飛行型泥人形を直径ニメートルの巨大な"三度の飯より泥団子"に変化させたのだ。この大きさなら炎竜の炎でも防ぐことはできない。
ただでさえ殺傷力の高い泥団子が、数百倍の質量で炎竜に襲い掛かる。まさに一撃必殺だ。これに対応できるアバターはほとんどいないだろう。
「クッ……こんなものッ……こんな泥ごときッッッ……!」
炎竜は炎を揺らめかせ、泥を振り払おうとした。
泥はじわじわと炎竜の体にまとわりついていく。炎竜は底なし沼にはまったかのように、泥に体を浸食されていく。
「我がッ……トップアバターである我が、土竜ごときの技でッ…………!」
「土竜も炎竜も同じ竜だ。アバターのスペックに大差はない。けど、僕は魔女の力も受け継いでいる」
土属性のトリッキーな技とママから受け継いだ魔力。二つは相性が良かった。
だからこそ僕はこの短期間で、トッププレヤーである炎竜と対等に戦うことができたのだろう。
「我がッ! 我がッ! 我がッ! こんな場所でッ! 亜人ごときにッ! そんな馬鹿なことがッ…………!」
「お前は"現地人"を傷つけすぎた。僕は母親である魔女の意思に従って、現地人を守るために戦っている。それだけだよ」
「クッッッッ………………! 貴様ッ……! 貴様はッ……!」
炎竜の体は九割ほどが泥に包まれていた。
泥に飲み込まれる寸前、炎竜は僕を睨んだ。
「貴様は、"最悪の亜人"だ……」
ドプンという音とともに、炎竜は泥に包み込まれた。
体力があったのか、炎竜は泥に包まれた後も長時間モゾモゾと動いていたが、やがて動きが止まった。
「ふぅ……やっと終わった……」
炎竜は強かった。僕がこれまで戦ってきた敵全員を束にしたよりも強かっただろう。
それでも、僕は思っていたより楽に炎竜を倒せた。クラブハウスを潰すまでにかかった時間は、街に来るまでの移動時間を除くと、わずか三日だ。初心者にしては上出来だろう。
「桃穂、お疲れ」
「おつかれ」
いつも無表情だった桃穂の口元が、少しだけふにゃっと笑っていた。
僕は手のひらを桃穂に向ける。
パンッと子気味の良いハイタッチの音が闘技場に響いた。




