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喉の奥に何かが詰まっているような感覚になった。僕はそれを吐き出す。
「ゲップ…………ゲプッ…………」
やや下品な音を鳴らしながら、僕の口から拳サイズの玉が二つ飛び出してきた。表面は鉄球のようにツルツルとしていて硬そうに見えるが、その正体は"泥団子"だ。見た目ほどの硬さはない。
「なんだそりゃ……? バクダンか?」
「変わった魔法だな……一体何の種族なんだ……?」
「フッ、ただの亜人でしょう。どんな攻撃であろうと、当たらなければ関係ありません。この人数相手に何ができるのですか。怯える必要はありませんよ」
確かに、十人ほどを相手に戦うのは難しいだろう。
けど、なぜか負ける気がしない。
僕はハイエナアバターの男に向かって一直線に走った。
「んだぁオメぇ? オレと一騎打ちしようってのかぁ?」
「お前は桃穂を吹っ飛ばしただろう。真っ先にこの世界からリタイアしてもらう」
「やれるもんならやってみやがれッ半端モンがぁ!」
ハイエナ男が突っ込んできた。僕の倍ほどの速さだ。
「噛み頼みッ!」
「……こいつを食らえ」
僕はハイエナ男の攻撃を腹に受けながら、その口に泥団子をねじこんだ。
ズシャァアアアアアアアアアアッ………………。
僕は五メートルほど後ろへ地面を滑ったが、大したダメージはなかった。ハイエナ男は『ペッ』と唾を吐き、苦い顔になる。
「クソッ……汚ねぇもん食わせやがって……ただの泥じゃねぇかッ! やっぱてめぇは亜人だな! こんなクソみたいな魔法」
ハイエナ男は途中で言葉を止めた。
潰れた泥団子がじわじわとハイエナ男の体に広がっていく。まるで水槽に一滴の墨を垂らしたかのように、ハイエナ男の体は黒色に浸食されていく。
「な、なんだコレ…………取れねぇ…………クソッ、オイ…………なんだよコレ…………ふざけやがっ………………ッ…………」
ハイエナ男は地面に倒れた。その体は黒い泥に包まれている。泥は数秒間モゾモゾと動いていたが、やがてピクリとも動かなくなった。
「……亜人、何をしたのですか? ただの泥ではなさそうですが」
呪術師のような風貌の男が僕を睨んだ。こいつが敵のリーダーだろうか。黒の修道服を着て、七色の勾玉を首から下げている。防御力は低そうだが、MPは高そうだ。
「この泥団子は敵を喰うんだよ。僕はハイエナ男に泥団子を喰わせたんじゃない。泥団子にハイエナ男を喰わせたんだ」
三度の飯より泥団子は触れた相手を包み込み、HPを奪う技だ。単体攻撃だがその分威力は高い。森の中で何度かモンスター相手に試してみたところ、一撃必殺だった。さらにこの技は、相手から奪ったHPの分、僕のHPが回復する。相手の攻撃を真正面から受けて三度の飯より泥団子を叩き込めば、ノーダメージで敵を倒せる。防御力の高い僕にとって、効率のいい戦法だ。
この場には桃穂の家族の修道女たちがいるので、攻撃範囲の広い宝石箱の石礫は使いづらい。メイン技は三度の飯より泥団子になるだろう。
「奇妙な技ですね。私は貴殿に興味が湧きました。できれば生け捕りにしたいと考えます」
「さすがに舐め過ぎだろう」
「そうでしょうか? 私のレベルは95ですよ……黒勾王の敷地内」
呪術師の足元から四方数十メートルの地面が黒色に染まった。桃穂の動きを鈍らせた技だ。
避ける間もなかった。体が重い……。全方向への動きが鈍くなっている。水中にいるような感覚だ。しかし、それは効果範囲内にいる敵の下っ端たちも同じではないだろうか。
「魔法使いと呪術師の違いを教えてあげましょう」
「何……?」
不覚にも興味が湧いた。どちらも非物理攻撃を使う種族だが、明確な違いがあるのだろうか。
「魔法は使うモノ……一度に一つしか使えません。呪術はかけるモノ……一度に重ねることができます。つまり、こういうことです」
呪術師は後ろにいた男達に手を向けて唱えた。
「…………亡霊兵の祝福」
背後にいた男達の動きが軽くなった。まるで鎖から解き放たれたかのように、楽に体を動かしている。呪術の効果対象外になったのだろうか。男達が一斉に僕に向かって突っ込んでくる。
「調子に乗ったな亜人! この人数相手に勝てるのなんて、トッププレイヤーくらいなんだよ! お前みたいな身の程知らずは死ねッ!」
「泥団子だけは警戒しとけ。まだ一つ持ってるぞ。まだ出すかもしれない」
「ハァァアア? 言われなくてもわかってるっつーの! 手で投げるだけのトロい技だぞ!? 少し離れたとこから攻撃してれば、あんなクソに当たるわけねぇんだよ!」
確かにその通りだ。三度の飯より泥団子は当てるのが難しい。相手に警戒されたら、ほぼ当たらないだろう。
けど、この技には一つ強みがある。
それは、"僕以外にも使える"ということだ。
一度吐き出した泥団子は、土属性魔獣の皮で作られたアイテムで触ることができる。つまり僕以外でも投げられるのだ。僕は旅に出る前に余ったMPを使って泥団子を十個ほど作り、ママの家に置いておいた。
そして今、路地を回り込んだ真白が、"土蛇抜殻の手袋"を手にはめ、泥団子を持っている。
真白(小悪魔ver)はモデル歩きでスタスタと歩いていくと、アンダースローで、呪術師の背中に向かって泥団子を投げた。
「はい、どーぞっ」
「………………え」
魔術師の体にぶつかった泥団子は、グシャっと潰れ、呪術師の体にじわじわと広がっていく。
「なっ……まさかっ……そんな馬鹿なっ……この私がッッ……!」
呪術師の体がじわじわと泥に浸食されていく。振り払おうともがくが、広がる泥は止まらない。
やがて呪術師は泥団子に包まれ、動かなくなった。同時に僕の体を拘束していた呪術がフッと解けた。体が軽い。
「なッ……団長が一撃でッッッ……!」
「馬鹿なッ!? あの泥は高レベルの呪術師ですら解けないのかッ!? 亜人ごときの技がッ!?」
「ここは一旦退却して、ブレドラ様に報告を……」
男たちは逃げようとしたが、呪術師を失った彼らの動きはバラバラだった。その隙を見て、真白が桃穂の家族のシスター達を教会の中に避難させた。これで気兼ねなくぶっ放せる。
僕は足の速そうな獣系アバターに向かって詠唱する。
「宝石箱の石礫」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
鋭く尖った小石が口から飛び出し、放射状に広がっていく。その石は正面にいたグリズリーやジャガー系のアバターを瞬殺し、近くにいた魔導士や黒マントの謎のアバター達にも傷を負わせる。
「ぐぁああああああああああああああああ!」
「そんな馬鹿なぁああッ!」
「クソックソックソックソックソォオオッ!」
男たちはパニックになり、がむしゃらな抵抗をする。僕は冷静に一人ずつ狙い、無数の小石を浴びせる。
こいつらを逃がしたら、またいつか罪のない現地人を傷つけるだろう。そうはさせない。
ママはいまの僕と同じようなPKを繰り返し、"最悪の魔女"と呼ばれるようになったのだろう。たぶん僕とママの気持ちは同じだ。真白や桃穂たちを守る為なら、不名誉な二つ名を与えられても構わない。現地人殺しをしているプレイヤーたちを全員この世界から追い出す。
「宝石箱の石礫ッ!」
「……不意に闇に」
影使いのアバターが詠唱しようとしたが、先に僕の攻撃が影使いの体を貫いた。穴だらけになった影使いは、黒い血を垂らして地面に倒れる。
……こいつは桃穂を斬りつけたやつだったな。
念には念を入れて、手に持っていた余りの泥団子を影使いの体に投げた。
影使いの体は泥に包まれ、やがてその陰も消えた。戦闘を終えた僕の周りには、アバターの死体が十体ほど倒れている。全員倒したようだ。
桃穂は無事だろうか。早く病院へ連れて行かないと。
「桃穂……」
「ん?」
僕が駆け寄ると、桃穂は自力で体を起こした。血まみれだが、体の傷はほとんど消えている。
「傷は……大丈夫なのか?」
「ん、よゆう」
「余裕なのか……」
「なおった」
「なおったのか……」
どうやら超人は回復力が高いようだ。けっこう心配したんだけどな……。さっきまで本気で戦ってたのがちょっと恥ずかしくなってきたぞ。
「あ、あの……ありがとうございますっ……。私達を救ってくださって、なんとお礼をすればいいのか……。よろしければ、お名前を教えていただけませんでしょうか……?」
年長のシスターが僕の背後にいた。優しそうな人だ。シスターに感謝されると、凄いことをしたような気分になるな。
「僕は雑黒、桃穂の友達です」
「桃穂の……お友達?」
「はい」
「ざくろがわたしをおーくしょんでかってくれた。きょうからわたしはざくろといっしょ」
「「!?」」
「え、オークションで……え……」
「違います! 救出しただけです! 買ったとかそういうのではなく!」
桃穂のとんでもない発言で一瞬シスターの顔が引きつったが、僕が弁明するとすぐにホッとした顔に戻った。
「ふふっ、面白い方ですね。ぜひお礼をさせてください。お茶でもお入れしますから、教会の中へどうぞ」




