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 クラブハウスを出た僕らは、桃穂の家族のいる教会へ向かった。


「桃穂はずっとこの街に住んでるのか?」

「そーだよ」

「あのクラブハウスがいつできたか知ってる?」

「んー、ずっと前」


 桃穂の回答はアバウトだ。あまり参考にならない。クラブハウスと戦う為に、少しでも多くの情報を知りたいんだけど……。


「桃穂が生まれた後かしら? それとも生まれる前?」

「あと」


 真白のフォローで"ずっと前"が"約十年以内"まで絞られた。コミュニケーションに関しては真白に任せた方がよさそうだな。


「あのクラブハウス、悪いことしてるでしょう? 桃穂の知ってること、なんでもいいから教えてくれないかしら?」

「んー……あんまりやさしくないかも……? でもね、おかねくれるときもある」


 桃穂は闘技場で勝ち抜いていたので、ファイトマネーを貰っていたのだろう。けど、子供ながらにクラブハウスの運営の腹黒さを薄々感じているようだ。


「あの店は人を売ったりしてるじゃない。それは悪い事でしょ」

「そーなの?」

「そうなのよ」

「へー」


 へーって……。

 自分が売られたというのに、桃穂はのほほんとしてる。まあ、それほどひどい目に遭ってなかったということだろう。不幸中の幸いだ。桃穂が奴隷だの、ましてや性奴隷などという概念を知っていたら、僕らへの警戒心が強まって、話がややこしくなりそうだからな。


「うち、そこのところ右にまがってすぐだよ」

「オッケー」


 クラブハウスから教会までは十五分程度の距離だった。話はそこそこ聞けた。これ以上桃穂から情報を得るのは期待できなそうだ。


 レンガの道(当然、車は通ってない)を曲がると、三百メートルほど先に大きな教会が目に入った。周囲に家はそれほど多くないので、遠くからでもはっきりと見える。土地が余っているのだろうか。


 よく見ると、教会の前には複数の人がいた。黒服の男達と、白服の女性や子供たち。白服の方がシスターだろうか。黒服の方はスーツ姿だ。種族はバラバラだが、ゴツい体つきのアバターが多く、そのうちの一人が白服の少女の手を掴んでいる。


「これは名誉なことだ。大人しくしろ。逆らうのなら、教会への寄付は断たれるぞ! "炎の鮮血(ビビッドレイン)”を敵に回して、貴様らがこの街で生き延びれると思うのかッ!」

「やめてくださいっ! その子は戦いを好む子ではないんです! 闘技者になるなんて無理ですっ! この子が怪我でもしたらどうするんですかっ……!」


 黒服の大男と、年長と思われるシスターが言い争っている。少女は怯え、青ざめた顔をしている。

 まさか、あの子を無理矢理、闘技場に出場させようとしてるのか……?


「馬鹿か貴様は? 闘技者が勝とうが負けようが、怪我しようが死のうが、我々には何の損害もない。それらを含め、上客を喜ばせる為のエンターテイメントだ」

「そ、そんなッ……!」

「我々には桃穂の代わりとなる闘技者が必要だ。そして、この教会で戦えるのはこのガキだけだろう。だからコイツを次の闘技者にする。ブレドラ様のご命令だ」

「ですからこの子はっ……! 争いごとが苦手なんですっ……!」

「争いごとが苦手な超人スーパーヒューマンだと? 笑わせるな。闘技場で数発殴られれば、嫌でも戦うだろう。恨むなら、戦闘種族に生まれた自分の運命を恨むことだな」


 大男が強引に少女の手を引いた。シスターは泣きながらその場に崩れ落ちる。

 これが、あのクラブハウスのやり方か。金を渡して言うことを聞かないなら、力づくでも従わせる。戦いたくない少女を闘技場に引っ張り出す。そんな強引な運営をしていたのか。


 桃穂がクラブハウスに対してそれほど悪感情を抱いていなかったのは、たまたま利害が一致していたからだろう。桃穂は戦うことを嫌とは思っていない。自らの意思で報酬を貰って闘技場に出ていた。けど、怯えている少女は桃穂とは明らかに違う。


 猛烈な怒りが湧き、拳を強く握りしめた。そして、止めに向かおうと踏み出したその瞬間。


「だめえええええええええええッ!」


 隣にいた桃穂が叫んだ。

 これまでののんびりした話し方からは想像もできないほどの怒声だった。

 止めに入るつもりか。だとしたら危険だ。相手は大人の男が五人以上なのに。

 そう考えたときには、桃穂は僕の隣から姿を消していた。


「やああああああああああああああああッ!」


 男の一人が吹っ飛んだ。手足をヒラヒラさせながら、五メートル以上浮き上がり、そのまま落ちていく。桃穂に殴られ、意識を失ったようだ。

 桃穂の乱入に気づいた男達が、瞬時に桃穂を振り向き、戦闘態勢になる。


黒勾王の敷地内ブロック・ブラック・テリトリー

噛み頼み(オーマイファング)ッッ!」

「……不意に闇に騙し討ちドッペル・ザ・ゲンガー


 三人の男が詠唱した瞬間、地面が黒く染まり、桃穂の動きが鈍くなった。さらに、ハイエナのようなアバターの男が桃穂の体を牙で吹っ飛ばし、浮き上がった桃穂の体を黒い影がズタズタに切りつけた。


 桃穂は血をまき散らしながら宙を舞い、ズシャッ……と鈍い音を立てて地面に落下した。

 その間、わずか三秒程度。

 何もできなかった。猛烈な嫌気がこみあげてきた。


 正直に言えば、僕は楽観視していた。超人スーパーヒューマンの桃穂なら、黒服の男達と互角以上にやりあえると思っていた。そんな甘い考えの結果がこれだ。


 桃穂は意識を失っている。全身には切り傷を負っている。

 闘技場で無敵だった桃穂が、一瞬で戦闘不能になってしまった。

 これは僕の責任だ。

 僕がもっと早く反応していれば、この結果は変えることができたはずだ。


「お前ら……ふざけるなよ」


 僕は黒服の男達に近づいていく。男達は怒る僕を見ると再び構えた。


「なんだ、お前は……?」

「こいつは店で見たことがあるな。桃穂と戦っていた闘技者だろう」

「ああ、百連勝を阻止した空気の読めない男か。そんな奴が俺たちに何の用だ? まさか戦友をやられて頭に血が上ったのか?」


 ああ、その通りだ。僕は頭に血が上っている。僕を怒らせたことを、こいつらは後悔するだろう。


「ハッ! 亜人がこの人数相手にやる気のようだな。半端な魔力に半端な攻撃力、貴様のような亜人は集団戦に最も向かないのだぞ? 身の程知らずに社会の常識を教えてやろうか」


 半端な魔力、半端な攻撃力、どちらも不正解だ。

 僕はママの血を引き継いでいる。魔力は本職の魔法使いと遜色ない。

 そして、攻撃力は最弱だ。ステータスの桁が一つ小さい。

 なぜか僕のステータスは魔力と防御力に特化しているのだ。そして、この二つの力は相性がいい。


「社会の常識を学ぶべきなのはお前らだろう。桃穂に手を出した時点で、お前らはゲームオーバーだ」


 僕は対人戦で初めて使う新技を詠唱した。


「……三度の飯より泥団子(ウィズグリーンティー)


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