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 オークションは途中退席が認められるような雰囲気ではなかったので、僕らは最後まで入札の様子を見学した。金持ち同士の意地の張り合いは見ごたえがあり、不覚にも楽しんでしまった。桃穂を売るような悪徳オークションでなければ、もっと心の底から楽しむことができただろう。


『これにて、本日のオークションは終了とさせていただきます。落札者の方は商品の引き換え部屋へご案内いたしますので、お席でお待ちくださいませ。その他の方は速やかにご退席ください』


 司会の男が言うと、場内の七割ほどの人が席を立った。入札に立候補して負けた人たちは悔しそうな顔をしている。そうでない人も残念そうな顔をしている。この場に残っている入札者達が選ばれし者で、退出する人たちは敗者のような雰囲気だ。これはオークション運営の戦略なのだろう。


 大金を落としてくれる入札者は、奥の部屋まで『ご案内』してくれる。落札できなかった客に対しては、『速やかにご退席』を命じる。司会の男の微妙な言葉の使い分けが、この空気を作り出している。金持ちたちがプライドをぶつけ合うほど、運営が儲かるシステムだ。オーナーのドラゴンは人の心の弱い部分につけこむのが得意なのかもしれない。


 しばらくすると、落札者一人に対し、案内役が一人ついた。僕のところに来たのは露出の多い衣装を着た美女だ。思わず見とれてしまいそうなルックスで、百点満点のスマイルを浮かべている。それでも真白(小悪魔ver)の方が美人だ。僕は冷静に美女の声掛けに応じて席を立った。


 奥の部屋に入ると、七つの個室が並んでいた。廊下の先にある部屋も含めると、二十部屋以上ありそうだ。随分と広いな。

 そのうちの一つへ案内されて中に入ると、華やかな衣装を着た桃穂がちょこんと前で手を揃えて待っていた。


「ほんじつから、ごしゅじんさまの……ごしゅじんさまの……えっと、なんだっけ。ごしゅじんさまの……おんなとしてはたらきます」

「ブッ……」


 運営に最初の挨拶を仕込まれたのだろう。きっと"女"の部分は"従事者"とか"待女"のような言葉だったに違いない。

 なぜか真白が半眼で僕を見ていたので、僕は「普通にしてていいよ」と桃穂に言い、真白からそっと目を逸らす。


「えっと、失礼いたしました。雑黒様、真白様。この度は超人―桃穂をご落札くださり、誠にお礼申し上げます。本日はこの場で代金をお預かりさせていただき、こちらの桃穂をお渡しする形式となっております」

「わかった。金を用意するよ」


 僕は真白に目で合図すると、真白は胸から聖域となりし湖(ロックノックレイク)を取り出した。金はママの家に置いてある。


「ねぇ、あなた、代わりに取ってきてくれない? あんな重いお金、私持てないわ」


 真白が僕に聖域となりし湖(ロックノックレイク)を手渡してきた。"甘やかされている彼女"の演技を徹底してるな。


「仕方ないな」


 受け取った鍵は、ほんのりと温かい。ついさっきまで真白の胸の谷間に挟まっていたからな……。

 僕は顔が熱くなるのを感じながら、詠唱する。


聖域たる湖は湖へ戻れ(ノックノックレイク)


 水色の光が広がった。二メートルほどの楕円だ。長身の僕もなんとか入れる。

 光をくぐると、ママの家に出た。真白が泊まるときに使っている二階の奥の部屋だ。

 棚に置いてあった袋を持って、もう一度水色の光をくぐり、鍵を押し当てた。


「――解除」


 入口となっていた光が消失した。聖域となりし湖(ロックノックレイク)によって生み出した出入り口は、アイテムの使用者以外も自由に出入りできるので、使った後は入り口を消しておかないといけない。


「珍しいアイテムをお持ちですね。さすがでございます」


 美女が明るい声で言った。僕は特に反応せず、「よろしく」と言って金の入った袋を渡した。僕にできる精一杯の"クールな彼氏"の演技だ。


「確かに、お預かりいたしました。それではこちらの桃穂をどうぞ」

「ああ」


 桃穂が僕の方へ寄ってきたので、僕はその頭にポンと手を置いた。桃穂は嬉しそうな顔をしている。僕が主人になったことを、純粋に喜んでいるようだ。妙な金持ちの家に売られずに済んで、よかったと思っているのだろう。


 僕がオークションで桃穂を購入した理由は、桃穂を解放する為、そして桃穂の教会に金を渡す為だ。桃穂は自分が売られることを甘んじて、教会に金を渡そうとしていた。その意思は尊重したい。

 

「あのさ、お姉さん。その金の何割かは、桃穂の教会に送られることになってるんだよね?」

「ええ、そうです。落札された金額の二割をお送りすることになっております」

「その金、桃穂の手で、直接教会に送り届けてもいいか?」


 案内役のお姉さんは表情にわずかなとまどいを見せた。金のことだから疑い深くなるのは当然だろう。


「僕らはこれから桃穂と一緒に、教会に挨拶に行くつもりなんだ。金はそのとき桃穂の手から届けさせたい。別にクラブハウスの運営を疑ってるわけじゃないんだけど、金を渡すなら早い方がいいからさ」


 運営側からしたら、正規の手続きとは異なるので、色々面倒に感じるだろう。

 そう思ったが、お姉さんは百二十点の営業スマイルで頷いた。


「かしこまりました。では、教会への取り分――五千万モルモの二十%、一千万モルモをお渡しいたします。ただいま準備いたしますので、少々お待ちくださいませ」

「ありがとう」


 思ったよりもすんなり要望が通ったな。オークションの落札者は運営にとって、丁重に扱うべき存在のようだ。支払いのタイミングだったことも、要望を通りやすくしたかもしれない。ここで"やっぱり買うのをやめる"と言ったら、運営の損害は大きいだろう。

 お姉さんが目の前で金を分配し、袋に詰めてくれた。僕はそれを受け取って再度礼を言う。


「桃穂、親孝行しに行くよ」

「おかね、ほんとにわたしのうちにくれるの?」


 桃穂がぱぁっと顔を輝かせて、僕を見上げた。僕は桃穂に袋を渡してポンと頭に手を載せる。


「そうだよ。今から一緒に渡しに行こう。お母さんとお父さんも喜んでくれる」

「うんっ!」


 教会についたら、僕は事情を説明して、桃穂を教会へ帰すつもりだ。そうすれば、桃穂は家族の元で暮らすことができるし、教会はしばらく金に困らない。

 僕らはクラブハウスの内部を知ることができたし、短時間で上客としての地位を築くことができた。そう考えれば五千万モルモの出費は高くないだろう。


「ありがとうございました。オークションは定期的に開催しておりますので、よろしければ、またのご参加をお待ちしております」

「ああ、また来るよ」


 次にこのクラブハウスに来るときは、たぶん、ここを潰すときだろう。


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