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僕らはディーラーに連れられて、地下二階に下った。闘技場の喧騒が消え、静かになった。ひんやりとした地下特有の空気にゾクリとする。
「こちらでございます」
ディーラーが扉を開くと、中は真っ赤な絨毯の敷かれたオークション会場だった。正面にステージがあり、客席には一人掛けのソファが並んでいる。高級なクラシックのコンサート会場といった雰囲気だ。
「ごゆっくりお楽しみくださいませ」
ディーラーはすぐに扉を閉めた。今日はチップを出す暇もなかった。僕らにオークションで気持ちよく金を使わせる為、最上級の接客をしているのだろう。昨日、僕らを上客と印象づけたことが効いたようだ。順調に攻略が進んでいる。
室内にいる客は、金持ちそうな服を着た人ばかりだ。スーツケースを持ったボディガードを連れている人が多い。僕と真白の服装はそれほど高級品ではないが、飛び入り参加だから許されたのだろう。黒だから悪目立ちはしていないと思う。
僕と真白は静かに前へ進み、空いている席に座った。雑談をしている人はほとんどいない。皆、上品にオークションの開始を待っている。金持ちは時間の使い方まで贅沢だと言わんばかりだ。
会場が暗くなり、オレンジ色のほんのり温かいライトがステージを照らした。ドレススーツ姿の長身の男と、露出度の高い衣装を着た女性が出てくる。
『本日は当ハウスの特別なオークションにご参加いただき、誠にありがとうございます。常連の方もいらっしゃいますが、初顔の方もいらっしゃるようですので、改めてルールをご説明させていただきます』
司会の男の口調は優雅だ。さりげなく"特別"や"常連"といったフレーズを散りばめ、この場にいることが一つのステータスであるかのような雰囲気を醸し出している。わかっていても、上品な雰囲気と男の軽快なトークに気持ちが膨らんでいく。この空気の中でなら、普段絶対買わないような壺や絵画もうっかり買ってしまいそうだ。
『……それでは本日の商品の登場です』
男が舞台の端に寄ると、タキシード姿の男四人が台車を舞台中央へ運び、すぐにまた舞台袖へ消えた。
女性のアシスタントが一歩前へ出る。
『こちらは黒士台の灯……百年に一度しか地上に現れないと言われている海底地――深海揺の岸壁に付着した黒土を材料とし、かの有名な灯台魔術士――ノラフが五年の歳月を賭して完成させた魔法具……』
美しい声、ゆったりと流れるような説明。商品の価値はよくわからないが、その説明を聞いていると、海の中を漂っているような安らぎを感じる。あの魔法具を落札することができれば、毎朝あの魔法具を眺め、優雅な気分で日々を過ごせそうだ……そんな気がしてくる。正直……欲しい。あの魔法具を手に入れて、周りに自慢したい……。もしも僕が金を持て余していたら、きっと買っていただろう。
会場の客も前のめりになっていた。説明が終わると入札タイムに移る。
一人の男が手をあげた。
「百万」
「五百万!」
すぐさま別の男が手を上げ、価格を吊り上げた。わずか一秒で値段が五倍に跳ね上がるとは……。
「一千万」
最初に百万と宣言した男が、強気で倍の価格を宣言した。まるで高値を宣言することで、自分の格を見せつけているような、金持ち特有の攻防だ。迷いなく高い金額を宣言する姿は、素人目から見てもかっこいい。
「三千万」
「三千五百万」
候補は最初に挙手した二人に絞られたようだ。二人が金額を宣言する声だけが、部屋に響き続ける。
「四千万」
「五千五百万」
「六千万」
金額の上昇率が減りつつある。二人とも予算の限界が近いのだろうか。徐々に金額を宣言するまでの間が長くなり、声の覇気も薄れていく。
これは……意地の張り合いなのだろう。商品を買うというより、自らの力で勝ち取ることを目指しているような熱気を感じる。
「七千五百万」
「八千万」
最後の宣言の後、二秒ほどの時間が流れる。
そろそろ決着だろうか。僕は急に目が覚めたように、この価格の異常さを感じた。勝負のさなかにいる二人も、プライドを捨て、現実を見始めるラインに来ているのだろうか。
そんなことを逡巡したとき。
「一億」
これまで沈黙を貫き通していた男が宣言し、勝負していた二人はガクッと力が抜けたように席に座った。
『本品――黒士台の灯は一億円でご落札となります。皆さま盛大な拍手を……』
会場にパチパチと上品な音が鳴り響いた。
僕は真白と顔を見合わせ、『場違いなところに来たな……』と目で語る。
司会の男が交換用の札のようなものを落札者の男に渡していた。落札者は金持ちの中でもワンランク上の金持ちなのだろう……。先ほどの雰囲気からすると、九千万円で落札できる可能性もあったはずだ。しかしこの男は一億円を宣言することで、二人の候補者たちの心をポッキリ折り、自らの力を誇示した。
「まずいな……」
僕の手持ちの金は五千万程度だ。他に金持ちの候補者がいたら、桃穂を解放できないかもしれない……。五千万もあれば余裕だと思っていたが、先ほどの戦いを見た後では心もとない……。
『では、次の商品に参りましょう。当オークションの目玉となりつつあります。こちらの商品です』
司会の男が合図すると、黒服の屈強そうな男たちがステージに出てきた。
一歩遅れて、ドレスを着せられた桃穂が出てくる。
見たところ、桃穂が奴隷のような扱いを受けている様子はない。黒服たちが手を触れることもない。万が一に備えて待機しているのだろう。桃穂はあくまでも自分の意思で、売られようとしている。それが自分の育った教会の為になると思っているのだろうか。
『ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。こちらは一つ上のフロアの闘技場で、九十九連勝を成し遂げた無敗の超人――桃穂……その圧倒的な強さは大人の鬼を子ども扱いするほど……最終戦のオッズはわずか1.001倍……観客のほとんどに勝利を確信させた少女は、闘技場の歴史に自らの名を刻み……舞台上の格闘家から、ただ一人の主人の武器となることを……決意しました……』
静かに語られる桃穂の背景に、会場は騒めきだした。
桃穂はいわば闘技場のヒーローだ。普通の超人とは比べ物にならないプレミアが
ついているのだろう。ましてや先ほどのアイテムと違って、こちらは人間だ。どう考えても高値になる。僕の所持金で落札できる可能性は低い……。
そろそろ入札が始まってしまう。こうなったら、今できる最善を尽くすしかない……。
『それでは、金額のご提示をお願いいたします』
「五千万ッ……! いや、五千……二百……二十三万……ッ!」
僕は所持金の残高を思い出し、最大の金額を宣言した。最初から高値で宣言すれば、他の人が勝負に乗ってこない可能性もある。そんなわずかな希望に賭けた宣言だった。
一秒……二秒……三秒…………。
会場は静まり返っている。誰も価格の上乗せをしてこない。
まさか、落札できるのか……?
心臓がバクバクと高鳴る。このまま終わることを祈り続ける。痛いほどの沈黙。なぜか奇妙な空気が流れているのを感じる。まさか、この金額は初期価格としても安すぎたのだろうか。
そんな不安を感じていると、ふと他の客の微かな声が聞こえた。
「超人に五千万だって……」
「魔法を使えない奴隷を雇ってどうするつもりなんだろうな……」
「闘技場に出てた女だぞ……しかも十二歳程度の超人……アレを飼うつもりなのか……? 確かに超人は希少種族だが……」
「随分物好きな男ね。手のかかるタイプを調教したいのかしら……?」
「ひょっとしたら、闘技場のファンなのかもしれないぞ。彼はまだ若いようだし、勢いで落札してしまった可能性も……」
「健全な趣味で五千万はないでしょ……。たまたま顔が好みだったんじゃないの……? 今から自分好みの女に仕上げるつもりよ」
「二千万でも高すぎるくらいじゃが……開始と同時に五千で宣言するとはのぅ……」
「必死すぎるわよね……。若くて背高くて、顔も悪くないのに……ロリコ……」
そこかしこで聞える騒めきで、自分がやらかしてしまったことを知った。
どうやら超人は魔法が使えない為、あまり重宝されていないらしい。二千万円でも買えるのかよ……。五千万の宣言は完全に失敗だったな。桃穂を救えたのは良かったが……おかげで"性奴隷として十代の少女を買った変態"みたいな扱いを受けている。なんという不名誉……。
隣を見ると、真白は『ドンマイ』みたいな顔をしていた。
『無敗の超人――桃穂は端数を切りまして、五千万で落札となります。皆さま盛大な拍手をどうぞー!』
舞台上にいた桃穂が僕を見た。ぼーっとしていたタレ目がパッと開き、口元に笑みが浮かんだ。
たった今顔を上げて、落札者が僕だと認識したようだ。
どうやら、桃穂は知り合いである僕が落札したことを喜んでいるらしい。
結果的には、桃穂の安全を確保することができた。作戦は成功だ。
さらに、僕と真白はクラブハウスの最深部まで到達した。今後は常連に近い扱いを受けるだろう。
クラブハウスを潰す道筋が、ぼんやりと見え始めた。




