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「どうだった、真白」
二時間遅れで帰宅した真白に聞いた。
真白の表情は浮かない。疲労も見えるが、それ以上に桃穂の置かれている状況が悪いのだろうか。
「アカンな。桃穂は明日、オークションにかけられるらしいわ」
「オークション……? 人身売買ってことか?」
「せや。あのクラブハウスはな、もう一つ深いとこの地下で奴隷を売っとるらしいねん」
奴隷……この世界にもそんな忌まわしき文化があるのか。あるいは、ドラゴンアバターが人間界からその発想を持ち込んだのだろうか。
「けど、なんで桃穂が……。あの子は闘技場で活躍してるのに、奴隷にするのは不自然じゃないか?」
「勝ちすぎやねん。九十九連勝やで? 桃穂は強いけどな、闘技場で賭けが成立せーへんようになっとるらしいねん。経営者のあくどい判断やで。名前の売れた超人やったら金持ちが群がるやろ」
「っ……」
なるほど、闘技場で使えるだけ使っておいて、不要になったら奴隷として売り飛ばすってことか。
「なんで桃穂は僕達に何も言わなかったんだ……? 嘘をついてまで、売られる必要はないだろう」
「家の為やな。桃穂は教会で育っとんねん。自分が売られたお金は教会にいくようになっとるらしいで」
兄弟が多いというのは、施設育ちだったということか。貧乏な家、人身売買、闘技場、全てが繋がった。今向かっている結末は最悪だが、このタイミングで僕らが真実を暴いたことは幸いともいえる。桃穂が売られる前なら、まだ手の打ちようがある。
「真白、クラブハウスを潰すのは後回しだ。明日、桃穂を救出する。力を貸してくれ」
「桃穂を救出って、そないなことできるんか? 人身売買の会場におるんは、ただの金持ちのオッサンらちゃうで……? 大金手に持って、相応のボディガード連れとんねん。それが何十人……何百人おるかわからへん。全員敵に回すんはいくら雑黒でも無謀やで……?」
「いや、明日は戦闘にはならないよ。正攻法で戦う」
「正攻法て……? どうやって桃穂助けんねん?」
僕の考えた作戦は至ってシンプルだ。上手くいけば、そのまま一気にオーナーのところまで辿り着けるかもしれない。
「簡単なことだよ。僕が桃穂を買う」
「ええええええええええええええええええ!?」
真白は絶叫した。そして、かつてないほどの勢いで僕に迫ってきた。
「アカンアカンアカンアカンアカン! 女の子買うのはアカン! わかっとるで、お手伝いさんやろ? せやったとしてもやな、女の子はアカン! 人手不足やったら小鬼とか雇ったらええねん! 小鬼力持ちやからな! 働き者やで!? それか普通のオッサンでもええ! そこらへん歩いてる普通のオッサンでもええねん! 時給五百モルモで働いてくれませんか言うたら働いてくれるわ! なんやったらウチがオッサン連れてきたるで!?」
「待て待て待て! そうじゃないよ」
真白は誤解してる。というか、お手伝いさんにオッサンはいらない。僕の言葉が足りなかったのかもしれないが。
「桃穂を開放する為に、オークションを利用するだけだよ。本当は力づくで桃穂を助けたいところだけど、さすがにそれは無謀だ。だからオークションで僕の全財産を使って、桃穂を開放する」
「え……なんやそれ!? ええええ!? それはまあ……悪いことちゃうけど……ええのん?」
「まずは桃穂の救出が最優先だからな」
「おぉ……そか……まあ、せやな……。雑黒がそういうんやったら……ほんまに下心はないねんな?」
「ないよ」
「ほっ」
真白は僕の目を見ると安心しきった表情になった。嘘を見破る能力を使ったらしい。あれほど疑っていたのに一瞬で信じてくれるとは……やっぱりこの能力は役に立つな。僕は何度助けられているかわからない。しかし真白の前で嘘をついたら悲惨なことになりそうだ。今後気を付けよう。
「そしたら明日、地下のオークション会場に入るまでの手引きは真白に任せるよ」
「わかったで」
僕らの作戦会議は十分程度で終了した。互いに信頼しているので、話がスムーズにまとまる。僕らの作戦会議はいつもあっという間だ。
真白は僕の部屋から出ていこうとしたが、ドアのところで立ち止まり、振り向いた。
「せやけど雑黒。明日お金使うなら、節約した方がええんちゃう?」
「節約……?」
「部屋二つ取るのはもったいないやろ。一緒の部屋にしたらええやん?」
「………………いや、それはやめておこう」
この提案は何度かされたが、同じ部屋で真白(化粧を落としたver)が寝ていたら、僕は睡眠不足に陥るだろう。ベッドが別々だったとしても、童貞の僕に耐えられる自信はない。
「そか。ほなおやすみ、雑黒」
「おやすみ、真白」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、僕と真白(小悪魔ver)は再びクラブハウスに潜入した。
例のごとく僕がカウンターで酒を飲み、真白が昨日と同じディーラーに話しかける。ディーラーは顔見知りになった為、昨日よりも警戒が薄いように見える。
「それでね、彼ったら私の誕生日プレゼント忘れてたのよ? 確かにディナーはごちそうしてもらったけど、やっぱり形に残るものが欲しいじゃない。もうね、それで昨日は喧嘩しちゃって」
真白は昨日が誕生日だったという設定を利用して、ストーリーを作り上げている。情報を引き出すには演技力だけでなく、頭の回転も必要なのだろう。これほど頭が良さそうなのに、ウサギverのときはポンコツな勘違いをするから不思議だ。
「でもね、仲直りしたの。今日ここで遊んだ後、お店で何か買ってくれるって。ふふっ、楽しみだわ」
ディーラーが真白の話に相槌をうっている。昨日はボソボソとやる気なさそうだったのに、今日は明らかに営業トーンだ。僕らは上客と認識されたのだろう。
「何か特別なものが欲しいのよね。この辺りでオススメのお店ないかしら? できれば彼に埋め合わせさせられるような、ちょっと高級なお店がいいなぁ」
真白は悪戯っぽい表情で、"彼氏に高いプレゼントを買わせようとする悪女"を演じている。僕のアバターは耳がいいので全て聞こえているのだが、聞えていないフリをしつつ酒を飲む。もしも本当の彼女があんな会話をしていたら恐ろしいな……。
ふとディーラーの声が小さくなった。真白にだけ聞こえる声で、何か言っている。
「……ん? そうね。お手伝いさんは別にいらないかなぁ」
真白の反応から察するに、人身売買の話を持ち掛けられたのだろうか。けど、真白はまだ食いつかず、興味なさそうにしている。僕らの狙いを悟られないように、慎重に相手を釣っているのだろう。駆け引きも上手い。
「あ、でもガードマンは欲しいかも。最近、家にドロボウが入っちゃってね。お金とか宝石とか色々取られちゃったの。悔しいわ……」
"お手伝いさんはいらないけどガードマンは欲しい"……この条件は桃穂にピッタリ当てはまる。さりげない嘘エピソードを混ぜながら、真白はオークションに興味ある客を演じているようだ。
ディーラーが真剣な表情でボソボソと話し始めた。真白の撒いたエサに食いついたようだ。
真白はうんうんとテンポよく頷き、ぱぁっと顔をほころばせる。
「面白そう! それって五本くらいでも参加できるのかしら?」
五本というのは、五千万円の隠語だろう。所持金をさりげなく明かすと、ディーラーの目がさらに真剣味を帯びた。
オークションで儲けた金はおそらく、ほとんどこのクラブハウスが搾取するのだろう。奴隷に興味があり、裏の世界に理解があり、金を持っている客は、絶好のカモに違いない。
僕らは今日、自らそんなカモになる為、ここに来ている。
「彼に聞いてみるわ。普段なら駄目って言いそうだけど、昨日のことがあるから、いいって言ってくれると思うわ。フフッ」
真白が僕のところに近づいてきた。僕にだけ見える角度でパチっとウインクする。
「ねぇ、誕生日プレゼントのことで、面白そうな話があるの」
どうやら成功したようだ。




