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「お客様、こちらに彼女様がいらしております」
部屋を出たところで、僕らを案内してくれたディーラーが待機していた。大混乱の場内は一時封鎖されていて、試合に出た僕と超人の桃穂だけはVIP待遇のように先に外に出してもらった。
「ありがとう」
「恐縮でございます」
ディーラーの後に続いて、階段裏側に回り、近くの隠れ部屋に入る。キャストの控室のようなものなのだろう。中に入ると真白が座っていた。
僕と桃穂の勝負結果は引き分けだったが、真白は嬉しそうな表情で僕に駆け寄ってくる。
「素敵だったわ、あなた。とっても格好良かった」
至近距離で見上げてくる真白(小悪魔ver)は、大人の色気たっぷりだ。ピンと上向いた睫毛も、プルッとした唇も、計算とわかっていても魅力を感じる。戦闘直後でアドレナリン大量放出の状態だからなんとか耐えられているが、普通に向き合っていたらまともに目を見ることもできないだろう。こんな美女が僕の彼女のフリをしているなんて、今日は最高の日だ。
「そうか。君にそう言ってもらえてよかった」
「フフ」
真白が僕の腕に飛び込んできたので、僕は真白の肩に手をまわした。肩は肌がむき出しで、ツルッとした卵のような感触が手に当たる。僕は必死でポーカーフェイスを保ちながら、部屋を出た。
「挙手したときはどうなることかと思ったけど、超人と互角に戦ってたわね。凄いわ。魔法を使えたなら貴方が勝ってたでしょう?」
「まあ、そうかもしれないな」
そんなフェイクの会話で金持ちカップルアピールをしながら、ディーラーの後をついていき、地上へ出る。ディーラーは出口付近のカーテンの裏で、九十度の深いお辞儀をした。ここへ来たときよりも一層、挙動が恭しい。
「本日は引き分けと言うことでしたので、闘技の報酬はお渡しできないのですが、また機会があれば是非ご来店くださいませ」
「ふふふ、別にお金なんていらないわ。そうでしょう?」
「ああ」
僕はとりあえず真白の演技に乗っかる。
僕らが金持ちであると印象付けるには、真白の返事に乗った方が効果的だろう。金を持っていると思われれば、今後もここへ出入りしやすくなる。金は欲しいけど我慢だ。
「彼のカッコいいところが見れて楽しかったわ。素敵な誕生日プレゼントありがとう。私、このお店気に入っちゃった」
「勿体ないお言葉、恐縮でございます。オーナーのブレドラも喜びます」
「フフッ、またね~」
真白は最後まで余裕で、遊び慣れている金持ち美女の演技を貫き通した。わずかな綻びもない完璧な演技。無理をしてる様子はまったくない。おそらく、高次元でキャラクターに成り切っているのだろう。
店の外に出て、カバアバターのガードマンに軽く挨拶し、横の路地に隠れた。
僕はブハッ……と疲労交じりのため息を吐く。
「つ、疲れた……」
「私とのデート楽しくなかったの?」
「正直、楽しむ余裕は……ほとんどなかった」
「少しは楽しんでたのね。ふふふ」
真白は店の外に出てもキャラクターを崩さない。どこで見られているかわからないので、この対応は正しいのだろうけど、僕の疲労度は増すばかりだ。美女と一緒にいると普段の一・五倍の速度で寿命が縮んでいく気がする。
「なあ、真白。ずっとその状態でいて、疲れたりはしないのか?」
「全然。ほとんど素の私よ」
「え……」
この色気たっぷりの状態が素……? ということは、関西弁ウサギの方が偽物なのか……? だとしたらショックだぞ……。
「いつものウサギは素じゃないの?」
「あの子も素よ。女はね、いろんな顔を使い分けるの」
うーん……。素直に話してくれるのはありがたいけど、小悪魔キャラで説明されるとわかりづらいな。理路整然と話す理系キャラとかいないのか……?
「普段はほとんどウサギだったから、てっきりあれが一番素に近いのかと思ってた」
「そういうのじゃないのよね。なんといえばいいのかしら……?」
真白は唇に指を当て、軽く首をひねる。もはや小悪魔系の雑誌で表紙を飾れるレベルのルックスとポージングだ。僕の寿命がまた高速で縮んでいく気がする。
「楽しいときは、テンション上がったりするでしょう? そんな感じなの」
「どういうこと? もちろん、僕も楽しければテンションは上がるけど……」
「だーかーらー」
真白は急に僕に顔を近づけてきた。よく見ると化粧はとても薄い。元々白い肌に可愛らしい顔のパーツ、それらがわずかな化粧や表情の変化で大人の魅力を醸しているのだ。これまで真白がこれほど美人だと気づかなかったことが、今では信じられない。少し頬を膨らませている真白の表情が、可愛すぎて心臓に悪い。
「雑黒と一緒にいるから、普段はあの子になってるのよ」
「ん……?」
真白はぷいっと後ろを向き、胸元から取り出した鍵を路地の奥へ向けた。その頬はわずかに赤らんでいるように見える。まるで意味が分からない。
「着替えてくるわ……聖域たる湖は湖へ戻れ」
鍵か青い光が広がり、真白はその中へ消えた。
暇になった僕は先ほどの真白の言葉を思い出す。
僕と一緒にいるから、ウサギアバターになっている……? 僕といるときは、ハイテンションになっているということだろうか。
「わ、わからん……」
真白は謎多き女だ。僕が真白の心を理解するのは相当時間がかかるだろう。
僕は路地横のベンチに座り、今日初めて落ち着いた気分で空を見上げた。




