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 言葉の意味を理解した瞬間、衝撃に襲われた。


……この少女が魔女ママ? ということは、僕は年下の女の子をママと呼んだり、膝枕してもらったりしていたのか? トランプでボロ負けして泣かされそうになったり、真白との仲を微笑ましい感じで後押しされたりもした。もし本当なら死ぬほど恥ずかしい。


 確かに、ゲームアバターの年齢と現実世界の年齢は無関係だ。年上っぽいアバターだからといって、年上とは限らない。だが……あの口調と色気、世界を知っているような賢さ、圧倒的なトランプの強さなど、人生経験豊富な年上女性のイメージだった。まさか、魔女ママが僕より年下の女子だなんて………。


「ふふっ、想像通りの反応ね。びっくりした?」

「………………嘘だよね」

「本当よ」

「実は君のお姉さんか、お母さんが魔女ってオチだよね」

「違うわよ。私が雑黒のママ。最悪の魔女と呼ばれていて、現地人を守るために戦っているわ。雑黒には手料理を食べさせてあげたり、膝枕してあげたり、この世界で死にそうなことを教えてもらったりもしたわね」

「……信じないぞ」

「一緒にログアウトしたのに疑うの?」

「ッ……!」


 ログアウトしたのはほんの数秒前だ。それを知っているということは、この少女がママである可能性は高い。それでも、一瑠の望みを信じて僕は質問する。


「じゃあ、なんで僕がここにいるのか説明できる?」

「もちろん。雑黒が現実世界で死にそうになってることを話してくれたとき、学校の話もしてくれたでしょ? 私は雑黒が寝てる間に一度ログアウトして、雑黒をここへ連れてきたの。うちのメイドは優秀だからね。雑黒が土実野どみの高校の二年生ってことも、"怪"って子があの王堂おうどう家の息子ってこともすぐに突き止めてくれたわ」


 筋は通っている。僕の高校の名前や怪の苗字も合っている。しかし、どうやって調べたのだろう。昨今の学校は個人情報の保護にうるさいので、たとえ名家が相手でも生徒の情報を教えたりはしないはずだ。ましてやうちは公立高校。親が学校に寄付するような制度はないし、PTAの権力も低い。学校から強引に情報を引き出すルートはないはずだ。


「僕の家の住所はどうやって調べたの……? 僕は教えてないはずだけど」

「もちろん、問題の当事者である"王堂おうどう家"に連絡を取って教えてもらったのよ。ついでに息子さんの悪事について、当主に教えてあげたそうよ。息子さんは甘やかされていたみたいだけど、今回は怒られるでしょうね。問題が明るみになれば、当主の立場も悪くなるんじゃないかしら」


 怪の家と対等に話せる家があるなんて……僕の知らない世界は広いな。

 怪が親に怒られているところなんて想像つかないけど、それが本当ならとても愉快だ。


「ちなみに、雑黒に暴行を加えた不良たちは逮捕されたから安心して。うちで探偵を雇って、証拠を集めて、警察の上層部の知り合いに渡しておいたの。捜査はスムーズだったそうよ。裁判が始まったら、相手側の弁護士に圧力をかけるつもり。きちんと罪を償ってもらわないとね」


 冷静な口調で言う少女……じゃなくてママなのか。ここまで理路整然と話せるのなら、アバターで大人のフリをすることなど造作もないだろう。恐ろしい女子中学生だな……。


「雑黒君も意識が戻ったら事情聴取を受けることになっているけど、手短に済ませてくれるように計らっておくわ。担当警察官はうちと仲のいい警部の直属の部下だから」

「ありがとう。何から何まで世話になって、何と言っていいのか」

「気にしないで。それより、私がママだってこと、信じてくれたかしら?」

「うん、信じるよ」

「ふふっ、それなら私のこと呼んで」

「うっ……」


 少女は悪戯っ子のような笑みを浮かべている。

 まさか、この羞恥プレイをさせる為に向こうの世界でママと呼ばせていたのか……?


「ほら、呼んで」


 大きな瞳に見つめられ、逃げ場を失う。

 圧倒的なルックスを持つ名家の美少女に、一生返せない恩を受けた上、レルガルドーオンラインの世界で甘えてしまった弱みも握られている。この状況で拒否する勇気は僕にはない。


「わかったよ……ママ」

「ふふっ。恥ずかしそうにしちゃって」


 顔が熱い。人生で最も恥ずかしい時間だな。少女ママは基本的には優しいけど、人を辱める趣味があるようだ。ルックスも人柄も良い名家のお嬢様。そんなパーフェクト少女にも一つくらいは変な趣味があるということか……。


「それで、僕がすべき用事っていうのは、事情聴取のこと?」

「それもあるけど、一番は雑黒の両親の説得ね。できれば雑黒はうちに住んで欲しいの」

「この家に……?」

「そうよ。だって、雑黒は頭を打ったんでしょう? 問題ないとは言われているけど、心配なのよ。うちにいれば何か問題が起きても、専属の医師が見てくれるわ。それに、一緒にログアウトしたり、一緒にご飯を食べたり、タイミングを合わせやすいでしょう?」

「それはありがたいけど……迷惑じゃないかな」

「全然。私がそうしたいの。私のお父様とお母様も納得してくれてるわ。あ、雑黒にとってはお爺ちゃんとお祖母ちゃんになるのかしら?」


 少女ママの冗談はきついが、この家に住ませてもらえるのだとしたらありがたい。我が家は貧乏なので、僕が家を出れば、それだけ負担が減るだろう。僕自身もこの家を居心地よく感じている。


「ということだから、今から雑黒君の両親に会いに行くわよ。もう連絡を取ってあるから、準備してね」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 数日ぶりに両親と再会した。僕はタキシードを着ている。正式な話をする場合、正装をするのが良家の常識なのだろう。

 しかし、ショボい我が家のリビングにタキシードは似合わない。おまけにママやメイドさん、ママの両親――お爺さんお婆さんなどとは冗談でも呼べないほどの美男美女――も、貴族のような服を着ている。違和感が凄いな……。テレビから抜け出してきたみたいだ。


「えっと……それで、雑黒をそちらのお家に住ませていただけると……?」

「はい。私の娘が雑黒君をいたく気に入っておりまして、住み込みの執事として、我が家に迎え入れたいと申しております。私共としても、彼の優秀さは伺っておりますので、是非ご両親に許可をいただきたく」

「うちの雑黒が……優秀……?」


 親父よ、同感だが、心底不思議そうな顔をするな。ちょっと傷つくだろ。建前でそういうことになってるんだよ……。


「突然のお話で失礼と承知しておりますが、私共の住み込み労働の条件はそれほど悪くありません。息子さんをおあずけいただければ、丁重に扱わせていただきます」


 ママのお父さん(西洋風な超絶イケメンダンディ)が言うと、メイドさんがスッと契約書とパンフレットをテーブルに置いた。


 契約書には月の給料や労働条件が書いてあり、パンフレットには屋敷の写真や家主の言葉、経営方針などが載っている。まるで私立高校だな。個人の家でこんなものまで作ってるのか……。


 親父と母さんはそれをまじまじと見た後。


「まあ、そういうことならいいんじゃないかな? 給料も俺より高いし。なーんつって、ハハハ」「それでもやはり、大切な息子を人様におあずけするのは……」


 二人は真逆の反応をしていた。

 親父はあからさまに『しまった!』という表情をした後、咳払いした。


「いえ、確かに良い条件ですが、大切な息子ですから、父親としては不安もあるわけです」


 どの口が言ってんだ。


「お気持ちお察しします。ですが、お母様はいかがでしょうか」


 ママのお父さん(西洋風ダンディ)は、我が家の主導権が母さんにあることを瞬時に見抜いたようだ。さすが名家の当主。

 母さんは親父を睨んでいたが、視線を戻した。


「住み込みで働いた場合、高校には通い続けられるのでしょうか? それと、定期的にこの家に帰ってくることはできるのでしょうか?」

「高校は申し訳ありませんが、退学していただきます。ですが、我が家で終身雇用とさせていただきますので、生活の心配はございません。また、ご帰宅の方は問題ございません。休みは不定期ですが、週休三日とさせていただいておりますし、ご家族のご事情があれば、突発的に有給をお使いいただくことも可能です」


 なんという好待遇だ……。僕がまともに高校と大学を卒業しても、これほどいい就職先は見つからないだろう。親父は『俺もここに就職したい』みたいな顔してるし。


 実際には、僕はレルガルドーオンラインで命がけで殺人プレイヤー達と戦う労働が義務付けられているのだが、それは僕自身が望んでいることだ。対価を貰わなくてもやっていただろう。


「高校の卒業はできないのですね……。それはやはり不安ですが……。これほど良いお話はないでしょうし、雑黒の将来を決めることになりますから、私は本人の意思に任せようと思います」


 真っ当な返事をしたお母さんの横で、親父が「私も同意見です」と口調だけは立派に言った。


「僕はここで働きたい。働かせてください」

「決まりですね。では、雑黒君。よろしくお願いします」


 ママのお父さんと握手をした。力強い手だ。この人は約束を守ってくれそうだと感じた。


「ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、どうぞ息子をよろしくお願いいたします」

「ご心配なく。雑黒君はうちの娘が認めた青年ですから、立派に努めてくれるでしょう」


 話がまとまり、僕はママの屋敷に住むことになった。職業はママの専属の執事ということになっているが、実際の仕事はメイドがやってくれるらしい。おかげでレルガルドーオンラインに集中できそうだ。



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